お誕生日会ですね 1
俺も一応父親だ。シュレンとエリーゼの誕生日会を今までしなかったわけじゃあない。ただ去年まではけして大きいとはいえない町のこれまた質素な家住まいだったので、粗末でこそないが華やかな誕生日会ではなかった。
「しかし今年は違う。なんたって王都の一等地に構えた大邸宅で開くんだからな、フハハハ!」
「お前は何を言っているんだ、あほか」
「恥ずかしい......」
そう、威張っているのは俺じゃない。この誕生日会に招いたアニーだ。いつもよりおめかししているのは立派だが、忙しく宴の準備をしているメイドの邪魔になるので端に寄れってんだ。姉のアイラは"もういや"と言わんばかりに額に手を当てている。
「お前も大変だな、いつまでもやんちゃな妹がくっついて」
「--そ、そんなことないですよ!? ああ見えていいところもちゃんとあるんですからあの子!」
「だよね! さすがお姉ちゃんは分かってるなー、だーいすきー」
「なあ、アイラの目が泳いでいるのが見えないのか、お前の目は節穴でその首の上に乗っているのはカボチャなのか」
「はい、カボチャです」
「否定しろよ!」
久しぶりに会ったというのにアニーのとぼけっぷりは相変わらずだ。いや、ますます磨きがかかっている気がする。けどシュレンとエリーゼはこんなお騒がせ娘が大好きなんだよな。きっと自分と年齢が--主に精神年齢が--同じくらいだというのを見抜いているからに違いない。
「今何か言いました? あたしの悪口ですか!?」
「いわねえよ。思っただけで口にしてないだけだ」
俺はべーと舌を出しておちょくってやった。いつも言い負かされてたまるかってんだ。
初夏の月八日、シュレンとエリーゼがこの世に生を受けて丸三年の月日が経過していた。
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昨日までに誕生日プレゼントは買ってある。俺はよく分からないからセラに全部手配してもらった。クエストの都合で遅れるかもしれなかったしな、仕方ない。とりあえずセラに任せておけば大丈夫だろう。しかしほんとにあの時イヴォーク侯から引き取ってよかった。やはり四六時中見てくれる人間がいると安心出来るな。
「ウォルファート様、シュレンちゃんとエリーゼちゃんのお着替え終わりましたよ」
おっと、噂をすればなんとやら。背後からかかったセラの声に振り向くと、普段は流しているだけの髪をアップにしてその目と同じ青色のドレスを着た彼女がいた。露出は少ないが珍しくミニ丈なので膝がスカートから覗いている。
ほー、馬子にも衣装ってやつかなどと呑気に思っていると、そのセラの背後から二つの小さな影がするりと現れた。タタタッと俺やアニー、アイラの周りを走り始める。
「シュレン、かっこいーいー?」
「エリーゼ、かっこいーいー?」
まだまだ細い子供らしい声を揃えて双子が俺に聞いてくる。シックな黒のベストと同色の半ズボンでキメたシュレンも、子供用の淡いピンク色のドレスを着たエリーゼもよく似合っている。うん、だがエリーゼよ。女の子の場合はかわいいと聞くんじゃなかろうか。
「おっ、二人とも決めてるな。あんまりバタバタ走って皆の邪魔しちゃダメだぞ。せっかくのお料理が床に転がるからな?」
「「えー、遊びたいよー」」
「うふふ、子供ですもんねえ、まだ」
アイラ、お前昔こいつらの母親役やってた時はもっと必死こいてたと思うんだが......手を離れたらもうかわいくてたまらないという目しかしてねえな。うん、子供ってつかず離れずの距離で時々遊ぶくらいが一番楽だよなーと考えていたら。
「パパがおにー!」
「おいかけっこしよ!」
さっそくシュレンとエリーゼのご指名が入りましたよ、あーあせっかく着替えさせたのに汚すなよ?
キャー! と何が楽しいのか、お誕生日会場という名のリビングを脱走した二人を俺は姿を見失わないように追いかける。いくら走っても子供の足だ、知れているさ。適当に玄関前まで走らせておいて、さっと二人の首根っこを引っつかむ。
「ほうら、捕まえたー」
「「はーなーしーてー!」」
「やだね、お前らほっといたら汚すに決まってるからさ。はい、おしまいおしまい」
「お邪魔しまーすっていきなり勇者様ですか!」
おっ? と俺は顔を上げた。シュレンとエリーゼも「だあれ?」と小首を傾げる。大人一人と子供二人の視線の先には、小柄な女の子が普段と違う白いスカート姿で立っていた。さすがに脚剥き出しのパンツルックは止めたのか。
「よお、迷わずこれたかいロリス」
「迷うわけないじゃないですか、僕は方向音痴じゃないですからね」
女性にしては短めの青色の髪から帽子を取りながら女の子--ロリスが答える。こういう格好すると女らしく見えなくもない、ただずいぶんちびっ子だけど。
「で、ご挨拶です。初めましてお二人。シュレン君とエリーゼちゃんですよね」
俺の膝にまとわりつく双子にロリスが挨拶する。そうか、こいつ俺の一日中遊ぶことという冗談を真に受けてるのか。二人に気に入られようとしているのだろうか、その目が真剣だ。
「パパー、このひとだーれー」
「ちっちゃいねー!」
シュレン冷たっ! エリーゼは単純に酷い。確かにロリスは色んな意味で女として小さいがそんなに言わなくても! あ、落ち込んでるし。
「ふ、ふふ......そうですね、どうせ僕は胸無いですよだから普段ショートパンツで視線を下に集めてごまかしてきたのにスカートだからばれちゃったんですね、でもそんなにはっきり言わなくたっていいじゃないですか子供って残酷だー! 青春の馬鹿ー!」
なあ、うちの子が悪かったよ、ロリス。だから言っていいか。青春関係なくね? あーあ、壁に向かってブツブツ言い始めたよ。めんどくせーな、こいつ。
「そう気を落とすなロリス、別に女の価値が胸で決まるわけじゃ......」
「フォローする気ないですよね!? 僕更に落ち込みましたよ!」
「えっ、更にえぐれたって?」
「「えぐれたってなーにー? パパーおしえてー」」
いや、悪かった。聞き間違えた俺も、無邪気に追撃した双子も悪かった。だからロリス、そんなにへこむなよ。お前のいいところを分かってくれる人はきっといるさ。多分大陸中探せばどこかに。
******
「あ、勇者様が戻ってきた」
「あら、お客様ですか?」
ロリスを客間に連れて戻ると、アニーとセラが出迎えてくれた。そうか、二人ともロリスと会うのは初めてだったな。あとこれで来ていないのはエルグレイとラウリオだけか。
「初めまして、ロリス・クラインです。ウォルファート様とは先日のクエストで色々と」
次のロリスの言葉に俺は心臓が止まりそうになった。
「......助けられること多々ありまして深い仲です」
わざとだ、絶対さっきの意趣返しだ。横から見ていた俺には分かる。ロリスが一瞬意味ありげに流し目を寄越したことが。確かにダンジョンに潜って命まで助けたという意味では浅くない仲だが今のは確実に狙ってたろ!
「--そうなんですの、それはそれはご丁寧なご挨拶痛みいります。私、ウォルファート様の"妻"のセラ・コートニーです」
表面的にはセラの顔も声も変わらないが、その青い右目が細められ極低温の氷を思わせ。
「--あちらに荷物置場がありますからご案内しますね。あたし、アニー・オーリーです。勇者様とは"昔からの"仲ですから」
アニーのこめかみにうっすら血管浮いてるのは何故!?
「ありがとうございます、アニーさん。僕も昔の勇者様のお話が聞きたいなーと思っていたところなんですよー」
「遠慮なくどんどん聞いてくださいね? あたしも深い仲ってどんな仲なのか聞いてみたいわー、すごく興味ありますから」
ロリスとアニーが表面上和やかに見えながら水面下でバシバシと角突き合わせている絵図が俺には容易に想像出来た。俺をいじりたくてたまらない二人はいわば同族嫌悪といったところだろうか......胃が痛い。そしてこっちはこっちで--
「ウォルファート様」
「はいっ!?」
「私、あの方のおっしゃる"深い仲"がどのような関係なのか、お聞きする権利ありますよね? 内縁とはいえ妻ですものね?」
「ご、ご説明させていただきます......」
ねえ、セラさん。昨日ベッドで寝ながら俺の話をしおらしく聞いていた君はどこに行ったのかな。戦闘能力無いって嘘だろ、その右目の殺気だけで人が殺せそうだぞ。はっ、まさかこれが伝説の邪眼か!?
「セラ、目つきこわーい、やーだー」
シュレン、空気読んで!? 三歳児に無理な芸当なの分かってるけど読んで!?
「パパふかいなかってなーにー? エリーゼしりたいー」
エリーゼ、お前はもっと読んで!? シュレンの百倍読んで!?
結局、一人冷静なアイラの仲立ちの下、俺がセラに全ての事情を一から十まで話して誤解を解いてもらうのに三十分はかかった。「勇者様が素人の女の子に手を出すわけないじゃないですかー」という遠慮の欠片もないアイラの言葉が一番効いたのは複雑な気分だ。
「さすがうちのご主人様は違うわー」
「これっていわゆるハーレム? お子様のお誕生日会に家庭外の女連れてくるってやっぱり--」
「「夜の勇者様よねー!」」
「ハモルな、そこ! 口動かすより先に手動かせよ!?」
おかしいな、俺はいつの間にメイドにまでいじられるようになったんだろう。公爵位ってこんなに軽い物だったっけ。
******
「ガタンゴトーンガタンゴトーン」
お誕生日のプレゼントでもらった電撃戦用重装突撃馬車の玩具を手にしてシュレンはご機嫌だ。ああ、この二頭立ての玩具の馬車、見た目がいかつい漆黒に塗られあちこちにデフォルメされた武器が収納されている。色々と突っ込みたいことはあるんだけど。御者の兜から何故か獣耳が突き出していることとかも些細なことだから、まあいいや。
「エリーゼお人形好きー、はい、おくすりー」
うん、エリーゼもご機嫌で良かったな。但し書きに"世界初! 本物の回復薬を与えることで元気になる生体人形! お子様の情緒教育にぴったり!"なんてそのどう見ても刀傷だらけで服は破れ血まで出ているぼろくず--いや、一応人形らしいが--を大事に抱えて器用に回復薬を注いでいる。ああ、一瓶50グランするのにもったいない。
「いやあ、気に入ってもらえてよかったですよ。子供のプレゼント選ぶのなんて初めてだから緊張しました」
「エルグレイさんの選んだ重装突撃馬車、かっこいいですよね! 男の子はやっぱりああでないと!」
「いやいやー、ラウリオさんの生体人形も素晴らしいよ。あの腐りかけた皮膚の色といい、顔から転げ落ちそうな目玉といい文句の付けようがないよね。ほら、エリーゼちゃんがあんなに嬉しそうに回復薬与えてるし」
お前らか。うちの子に変な趣味を植え付けようとしているのは。凄くいい笑顔で互いを讃えあうエルグレイとラウリオ(こいつら二十三歳で同い年だ)。しかし善意で持ってきてくれたプレゼントに文句は付けられない。その程度の常識は俺にもある。
恐る恐るエリーゼが遊んでいる生体人形を覗くと口から回復薬の滴を垂らしていた。あれ、さっきより肌艶が良くなってる気がする。ボサボサだった髪も明らかに増えてるし、目玉も透き通り始めたぞ。人形なのにギャーとか時々叫び声をあげるのは何故なのかは......もう考えないことにしよう。
「パパー、おにんぎょうさんなおったー」
「どうですか! まさに世話をすればするほど成果がでるこの魔法技術の粋は! エリーゼちゃんもこんなに喜んでますよ!」
「ごめんラウリオ、俺には呪いの人形にしか見えねえよ」
さっきまで瀕死の紫色の肌でボサボサ髪だった人形がなんで回復薬一個でこんなシャッキリしてんだよ! 絶対おかしいだろ!? 中に死霊でも封じ込めているんじゃないのかと俺は本気で疑った。死霊--まさかあれか、俺がこの前倒したリッチがこの人形に乗り移ってるんじゃなかろうかとちょっとびびったことは誰にも言わないでおく。




