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森を越えて

 街道の名残らしき跡が草原に伸びている。時たま岩場や荒れ地はあるものの、全体としては起伏の少ないその道を俺達は進んでいた。



「ウォルファート様は無名墓地(ネームレスセメタリー)に行かれたことはあるのですか」



「浅い階ならな。ちょっと触れる程度だから雰囲気を知っている程度」



 話しかけてきた兵に答えながら馬を操る。ブフルという鳴き声を上げながら、俺が騎乗した馬はちょっとした道の出っ張りを回避した。他の馬もそれに続く。今回のダンジョン攻略には俺も含めて合計十五人で当たる。その十五人全員が馬に乗って移動しているのだから小隊規模だ。



 目的地である無名墓地(ネームレスセメタリー)に着く前に、それを覆う森を抜けねばならない。馬はそこで降りる予定だ。連れていくのも危険なので、王都から遅れて発つ別働隊に回収してもらう手筈にしている。 



 (一気に制圧しなくていいから気楽ではあるか)



 今回のダンジョン攻略--クエストネーム"銀の聖戦(シルバージハード)"--は短期決戦の必要はない。むしろある程度魔物を倒しまくり(グラン)を稼がねばならない為、上層階から中層階をひたすらうろうろして敵を倒しまくるのも重要だった。もちろんダンジョンに残された宝物があればそれも回収対象になるし、過去に無名墓地(ネームレスセメタリー)に挑み不運にも倒れた冒険者の成れの果てから遺品を頂戴するのも、重要な資金源となる。



 そもそも無名墓地(ネームレスセメタリー)とはいかなるダンジョンなのか?

俺がここに挑んだのはまだ勇者として名を馳せる前だった。まだ自前の軍の数も少なく、むしろばらばらに分かれて冒険者のようにパーティーを組んでいた頃だ。戦闘経験を積む為に当時の仲間達と踏み込んだのだが、まあ出たわ出たわ、不死者(アンデッド)の群れが。対不死者(アンデッド)戦用に準備しておいた銀のロングソードが無ければ生還は叶わなかっただろうと思うと背筋が寒くなる。



 いや、背筋が寒くなるのは別にそのことだけでもないか。何度も似たような目にあってきたしな。ま、とにかくその時の記憶と冒険者ギルドに記載されている情報から無名墓地(ネームレスセメタリー)は地下十二階まであるのは確認されていた。そこから下があるのかどうかは定かじゃないけれど、あると考えるのが自然だろう。




******




 そもそもダンジョンとは何か。一概に答えるのは難しいが、一般的な定義によると"自然あるいは人工の一定規模以上の遺跡、洞窟、廃墟などの構造物が長年に渡り存在し魔物が住み着き、危険化したもの"ということになる。一定規模ってまた曖昧な基準だが、ざっくり一番奥まで往復して数時間以上かかる程度というのが一応の目安だ。それ以下ならダンジョンとは認定されずただの危険地帯となる。



 そしてまた不思議なんだが、ほとんどのダンジョンにはその象徴となるようなアイテムが隠されている。魔物が集まる為に奴らが振り撒く魔気が凝結してそのようなアイテムになるのか、あるいはもともとダンジョン内にあったアイテムなのか、あるいは変わった趣味を持った誰かがダンジョンの記念品として置いていくのかは分からない。けれど大抵そういう物があるんだ。それがどういう形をしているのかは見てみないと分からないが、一際豪華な宝箱に入っていたり、ふざけたケースだとご丁寧に"ダンジョン攻略おめでとう!"なんてメッセージが添えられていたりするから一発でそれと分かる。



 歴史が浅かったり自然に出来たダンジョンなんかには無いケースもあるが、無名墓地(ネームレスセメタリー)はその名の通り、身寄りの無い不幸な遺体が埋められていた墓地を基礎としている半人工的なダンジョンと言われている。象徴となるアイテムは恐らくあるだろうというのが一致した見解だった。



 そしてもしあるとしたら。



 メジャーなダンジョンだけに今まで踏破されてきた地下十二階までは調べ尽くされており、そこには象徴アイテムが無いのは確認されていただけに。



 更に下の階があり、そこに踏み込まなくては最終攻略は覚束ないだろうってわけさ。今回俺達がそこまでやるかは分からないけどね。




******




 とりあえず森までは王都から馬で三日の距離であり、のほほんと進んでもあっさり着いた。半日ほど待機して遅れてきた馬回収部隊に引き渡し、代わりに当面の食糧を受けとる。ダンジョン攻略の難しい点は食糧の現地調達が難しい点だ。野生の獣や植物がある野外ならともかく石造りのダンジョン内には血の通わない不死者(アンデッド)しかいない。当然食えるわけないので食糧を何とかして持参しなくてはならない。



 今回のクエストでダンジョンに篭る期間は一ヶ月半を予定していた。たまたまだが、アニーが言った初夏の月八日には王都には戻ることのできる日程だ。誕生日ねえ、はっきり言って忘れてたわ。しかし、そんなこと言おうものならどやされかねんし......



「女ってこええな、ラウリオ」



「エリーゼちゃんて恐いんですか? まだ二歳なのに末恐ろしいですね」



「いやいや、直に三歳だよ......ってちげーよ! 大人の女の話だよ!」



「セラさんて大人でしたっけ、あ、そういうことか。なるほど」



「ニヤニヤ笑うな! 違う、アニーだアニー!」



 くそう、迂闊に愚痴も言えねえぜ。ラウリオの奴、最初会った時はすげえ素直でいい青年だと思っていたのに段々あいつらに毒されてきやがった。素直だから吸収しちまったのか。



 こんな阿呆なやり取りをしながらも警戒は解いていない。俺とラウリオを除けば連れてきた兵のクラスは戦士(ファイター)が六名、魔術師(ソーサラー)が二名、スカウトが二名だ。これに不死者(アンデッド)戦の経験が豊富な冒険者三名を加えてトータル十五名だ。冒険者は戦士(ファイター)が一名、魔術師(ソーサラー)が一名、もう一人がやや特殊で退魔師(エクソシスト)と名乗っていた。俺もあまり見たことは無いが、結界術や対不死者(アンデッド)に特化した特殊スキルを使用出来るとのことで採用した。



 欲を言えば治療術士(ヒーラー)が欲しかったが仕方あるまい。手が空いている者がいなかったのだから。代わりの手段として回復薬(ポーション)は出来る限り用意したし、今回のクエストには更に準備をしている。



 頭の中で今までの準備をもう一度整理しながら歩く。まだ森の入口だ。木々の間からこぼれる陽射しは明るく、葉の密度が低いことを伺わせた。今はぞろぞろと歩くとぶつかりやすいので適当に三人一組に分かれている。咄嗟の襲撃に対応するならこれくらいの人数の方がやりやすいからだ。



「ちょっと視界悪いですね。やっぱり木が邪魔だな」



 俺の前を行くラウリオが、シダらしき長い葉の植物を棒切れで払いながら呟いた。こういう植物に毒がある場合があるから、なるべく素手で触らない方がいいのだ。



「そりゃそうだ、森だからな。だがまだまだ木々の密度が低い。もっときつくなるぜ」



 答えながら俺は森の中の気配を読んだ。先行隊がいるので基本的に奴らが何か警告しない限りは大丈夫なんだが、時折は自分で警戒するに越したことはない。自分の身は自分で、というだろ?



 (ん? 今何かカサッて言ったか?)



 俺の耳が微かな異音を捉えた。かなり小さい生き物が走った時にこんな音を立てる。いや、だが先行隊は何事も無かったように進んでいるが。



 だが二度目に同じ音が聞こえた時、俺は迷わず警戒の声を発した。僅かにほんの僅かにだが、木々の隙間からちらっと生き物の姿が見えたからだ。茶と黒の森の影に溶け込みやすい服の裾さえ分かれば、相手が誰なのかは分かる。



「ダークインプだ! 矢に気をつけろ!」



 俺の言葉とほぼ同時に前を行っていた連中が散開した。おお、やるじゃないか。ありゃ自分達でも気づいたな。人間の子供くらいの背丈しかない邪悪な妖精がダークインプだ。まあそんなに強くはないが小刻みに矢を放ってきたり、木陰に溶け込みながらこちらの隙を狙うので面倒くさい。



 すぐに戦闘は始まった。視界を遮る木々のせいで戦闘の全体像が掴みづらい。森を住家とするダークインプに地の利はある、他の魔物がこの騒ぎを聞き付け集まる前に片さないとちょいと面倒だな。



 (とはいえ、心配するほどでもねえか)



 武装召喚(アポート)でショートソードのみ呼び出した俺だが、瞬く間にこちらが魔物を蹴散らすのを見て緊張を緩めた。それなりのレベルの完全武装の兵に手練の冒険者だ。奇襲も許さずに敵を捕捉したならば、たかだかダークインプ如きに遅れを取るはずもない。



 討ち漏らしらしきダークインプが一匹、木々の間から現れた。俺の姿を認めるとさっと小さな弓に矢をつがえようとしたが、そこまでだ。ゲッというような声をあげて倒れた小さな妖精の額には一本の銀の刃。言うまでもないさ、俺が念意操作で放った攻撃一発で仕留めたのは。



 被った頭巾を血で汚し倒れた魔物。近づかずにそいつを見下ろす。



「運が悪かったな。あの世で後悔してろ」



 戻るように操作しダークインプの死体から回収したショートソードを自分の右手の辺りに浮かせながら、俺は周囲を確認した。「よし、撃退したぞ」「もう敵はいないな?」という声が聞こえてくる。問題なくあっさり勝利というところか、ま、この辺でつまずいていたらお話にならねえけどね。




******




 森の中にいる魔物はダークインプだけではなかった。巨大な蜘蛛に人の顔がついたカーススパイダーや陸生の蛸であるランドオクトが襲撃してきた。しかしこれらも蹴散らした。それもあっさりと。得た(グラン)は大したことないが、全員が慣れるにはもってこいの機会と思えばちょうどいい。



「ウォルファート様、そろそろ森を抜けます」



 ラウリオの声に頷く。森に入って六時間、いい頃だ。この辺りで俺とスカウトクラスの人間が先頭になる。無名墓地(ネームレスセメタリー)が近くなってきたならより注意を払う必要がある為だ。ま、それでもダンジョン上層階までは大したことはなかろうが。



 間もなく森を抜けた。ここからダンジョンまでは近い。その為か最後に見た森の木々は木肌の色が灰色に変わり、奇妙に節くれだっている。不死者(アンデッド)の放つあの世の空気の影響だろう。



「必要以上にぴりぴりすることはないが、用心しろよ。不安な奴は念の為に聖水を飲んどけ。心の隙間に取り付く悪霊もいるからな」



「了解です、通達します」



 いつのまにか周囲の空気はどんよりと湿ったものになっていた。雨も降っていないのに太陽の光は射さず、白い霧がかかったような視界の悪さに俺はため息をつく。あーあ、何とも陰欝だねえ。さすがは無名墓地(ネームレスセメタリー)周辺の土地だ、昔の記憶通り墓場らしく暗いわ。



 そのまま三十分ほどゆっくり進むとあった、あった。俺達の目の前に崖のように立ちはだかる岩肌、そこにぽっかりと黒い穴が開いている。人はもとよりあのエイプキングすら身を屈めずに入れるだろうサイズの穴は、まるで俺達を飲み込もうとする冥府への誘いにも見えた。



「これが"無名墓地(ネームレスセメタリー)"ですか。何とも不気味な」



「ダンジョンだから当たり前だろ、お前今からびびってんの?」



「誰がだ!」



 兵達の小声が聞こえてきた。ま、初めて見る奴が見たらちょいとくらいびびっても仕方ないわな。けして気持ちいい場所じゃねえし。途中で休憩日は入れるが一ヶ月半もこんな陰欝な場所に付き合うんだ。心が折れる奴が出ないか見てやらんと駄目だな。



「予定通りダンジョン入口近くに野営する、準備しとけよ」



 指示を出した俺は手近な岩に座り、明日からの攻略に思考を集中させた。長丁場だ、準備は万端にしてきたのだから後は体力と精神力が命運を分ける。

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