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再戦 二人の勇者

 俺の周囲には人はいない。恐れをなしたのか、ベリダム軍の兵士達が遠巻きにしているからだ。ま、ただ単に国王軍に対処するために俺から離れただけかもしれないけどな。


 

 この場においては、それは重要なことじゃない。重要なことはただ一つ。今こうして俺がベリダムと再戦の機会を得たってことだけだ。ああ、身震いがする。一度は死地に追いやられたことが生む恐怖? それも少しはあるだろう。だがそれを遥かに上回るのは--狂おしい程燃え上がる戦闘意欲だ。



 勝つ。勇者に二度の敗北は無い。



「......生きていたのか」



「いや。確かに死んだよ」



 俺の返事にベリダムは眉を潜めた。ラウリオは後ずさりながら、ギョッとした顔になる。そんな幽霊を見たような反応しないでくれよな。地味に傷つくからさ。



「俺、しぶとくてさ。あの世から舞い戻ってきたって訳だ。この右目がその証っていやあ信じるか?」



「つまり、またむざむざ殺されに来たということか。せっかく拾った命ならば大事にすればいいものを」



「言うねえ。けど、負けっぱなしは性に合わねえんだよな」



 ベリダムの黄金色の視線と、俺の白銀色の視線がぶつかり合う。それぞれの闘気も同じ対照を描く。言葉と言葉が火花を散らし、それはそのまま戦いへの準備運動となっていた。



「--そうか。とりあえず一つ私が言えるのは」



 今の俺と相対しても尚、ベリダムは気圧されていない。大したもんだ。



「今度こそ貴様を地獄の底に叩きこみ、二度とその面を見ずに済むようにしてやる。首も四肢も切り落とし、全てを塵にしてやろう!」



「--ああ、いいぜ」



 いい面構えだ、ベリダム。



「それでこそ、わざわざあの世から舞い戻ってきた甲斐があるってもんだ」



 心持ち膝を落とした。無言のまま念意操作を開始、ミスリルのショートソード六本を準備する。奇しくもベリダムも同じ攻撃を初手に選んでいた。赤熱したショートソード六本が奴の周りに浮かぶ。



 もし以前のままなら、俺の念意操作が負けるだろうが......そうはならない自信はあるさ。



「再戦と行こうぜ、ベリダム・ヨーク!」



 俺の声が合図となった。鎖から解き放たれた猟犬のように、お互いのショートソードが射出準備を整える。ベリダムの方の小剣は白銀の刃に赤々と燃える炎を纏っている。ならば俺の方はどうか? すぐに分かるさ。



白銀驟雨(シルバースプラッシュ)紅嵐(スカーレットストーム)!」



白銀驟雨(シルバースプラッシュ)--」



 ここからだ......! 行け!



「--輝刃(シャイニングエッジ)!」



 一際強烈な銀の煌めきを帯び、俺の手元から六本のショートソードが飛び出した。




******




 さっきまで俺は物質化(マテリアライズ)を防御の為だけに使ってきた。事実、闘気の濃度を高めて固体を形成出来るこの技術は防御に相性がいい。相当強度のある防衛線を構築出来るし、普通の盾のように手に持つ必要もなくそのメリットはでかい。



 だがそれだけじゃない。アウズーラが物質化(マテリアライズ)で大剣を作ったように、攻撃にも利用出来るのは分かっていた。それならばと使用方法を考えたのが、俺のよく使う白銀驟雨(シルバースプラッシュ)の強化だ。



 (今までとは違うんだよ)



 原理は難しくはない。まず念意操作を使いショートソード六本を操る。次に物質化(マテリアライズ)により俺の闘気の濃度を上げつつ、それでショートソードを被覆(コーティング)してやると完成だ。あくまで念意操作が主、物質化(マテリアライズ)はその対象の強化の為の従という合わせ技がこの白銀驟雨(シルバースプラッシュ)輝刃(シャイニングエッジ)だ。



 だが見た目からしても、闘気に覆われたショートソードは剣身が長くなり、幅も広がっている。素材であるミスリルの銀の輝きは更に力強さを増し、いっそ神々しい程だ。ベリダムが自己流にアレンジした白銀驟雨(シルバースプラッシュ)でもこいつなら!



 空中でお互いのショートソードが激突する。合わせて十二本の小剣が帯びるは、深紅の火炎と白銀の闘気。ぶつかり合った衝撃で念意操作の対象から外れかけたが、それを持ち直し再び叩きつけた。



「おおおっ!」



 俺の闘志が乗り移ったかのように、一際強く闘気が疾走する。



「な、そんな馬鹿なっ!?」



 ベリダムの放った白銀驟雨(シルバースプラッシュ)紅嵐(スカーレットストーム)が次々に火炎の爆発を巻き起こし、行く手を遮ろうとするが。全てを防ぐには今一歩足りなかったようだ。



 一本。たった一本だが俺の小剣が防御を抜いた。まっすぐ飛んだそれは、あっさりとベリダムのカイトシールドに防がれた。ちっ、手傷までは負わせられないか。だがベリダムは悔しそうな表情を見せつつ横にステップする。先手を封じられたのがショックなのか。



 このお互いの白銀驟雨(シルバースプラッシュ)のぶつかり合いが更に続く。素早くショートソードを呼び戻し、今度はバラバラに撃ち込んだ。時間差を置いて飛んだ小剣を、ベリダムは丁寧に撃ち落としにかかる。



「やる、一筋縄じゃいかねえな」



 流石にちょっと悔しい。俺の力を先の一発で認めたのか、俺が襲いかからせた六本のショートソードを自分のショートソードを操り迎撃してくる。これほど滑らかな防御は、余程念意操作に習熟していなければ出来ない。



 二人の間の空間を次から次へとショートソードが飛び交う。連鎖的に刃と刃が噛み合い、それに恐ろしい速度で金属音が重なり鼓膜を叩き続けていった。空中で鎬を削る剣と剣は、術者の不可視の手により操られる。一分の隙があればそこをこじ開けようと唸り、守る側は一分の隙があればそこへの侵入は許さないとばかりに俊敏に防ぐ。



「ほぼ互角かよ」



「前とは違うか」



 俺とベリダムの声が重なった。そう、瞬く間に積み上げられた百以上の剣交をもってしても、天秤は釣り合ったままだ。闘気で強化された俺の輝刃(シャイニングエッジ)と火炎で強化されたベリダムの紅嵐(スカーレットストーム)は破壊力では同等。そして互いの念意操作の技術も均衡していた。銀の煌めきと真紅の煌めきが舞い続け、それはいつ果てるとも分からない。



 俺がショートソードの一本を上から叩きつければ、ベリダムはそれをやはり一本使って受け流す。火炎の奔流に飲まれて威力を反らされ、逆に奴が攻めに出る。俺がそれを他の小剣を回して防ぐ。この間僅か三秒に満たない。神経を擦り減らすような攻守のやり取りだ。



 拉致が開かないと考えたのは、俺の方が先だった。念意操作を続行しつつ、風系攻撃呪文の斬風(ウィンドスラッシュ)を唱えた。斬撃飛び交う空間を通過し、鋭い風の刃がベリダムを狙う。片手で受けられたが注意は引いた。そうなるとほら、集中力は乱れるよな。



 踏み込んだ。右手のバスタードソード+5をかざしながら、同時に念意操作を続行させた。動きが落ちたベリダムの六本のショートソードを俺は七本の剣で制圧しにかかる。ここで--前に出る! タワーシールドの守りもある、行けると踏んだ。

 弾いた。完全にではないが、奴がショートソードで築いた牙城を突破した。一、二撃は食らったが何てことはない。軽い一撃に過ぎねえ。



「先手はもらうぜ」



 念意操作は一旦止める。僅かにダメージはあるものの、今この戦いで主導権を握っているのは俺だ。せっかく掴んだ流れだ、最大限に生かさせてもらおう。



 間合いを詰めてくる俺は当然接近戦狙いと、お前はそう思っているだろう。だが走りながらでも短い呪文ならば--いけるんだよ。



 俺が唱えた呪文は氷系の攻撃呪文の氷槍(アイススピア)......の変形だ。



「高々この程度っ!」



 ああ、ベリダム。お前は優秀だよ。俺が呪文を放った際の魔力の放出具合、それだけでこれが氷槍(アイススピア)だろうと検討をつけたのだから。通常ならばその通りだ。俺の呪文は潰され、逆にお前が反撃後チャンスを掴む。



 そう、通常ならばだ。



 氷槍(アイススピア)は足元から数本の氷の槍を突き出し、刺突と凍傷による二重のダメージを与える攻撃呪文だ。防ぐには対魔障壁にせよ盾にせよ、下方に向けて防御するのが正解となる。割と初歩の呪文だけにそこまでダメージも高くは無い。



 だからベリダムがカイトシールドを地面へ向けたのを、俺は笑いはしない。ただ俺が上を行くだけだから。



 黒い地面を割って、青白い氷の塊が覗く。だがこの攻撃は不発に終わるはずだ。読まれれば成す術もない--



 --読まれなければいいのさ。



「何っ!?」



 ベリダムが驚きの声をあげた。



「初めてだろ? 氷鎌(アイスシックル)!」



 俺は呪文を完成させた。



 地面からまっすぐ伸びるはずの氷、それが異常な軌道を描く。まるで地表を這うように真横に伸びた四本の氷塊は、ベリダムを囲む蛇のようにその先端をもたげた。鋭い穂先ではなく、大きめに研がれた鎌のような三日月型の先端が。



 四方から氷鎌(アイスシックル)が獲物を狙う。十分に殺傷力のある一撃を秘めてはいたが、ベリダムの反応が上だった。 氷槍(アイススピア)ではないと見切った瞬間、対応を変えたらしい。氷鎌(アイスシックル)の内の二本は剣で叩き切られた。一本は盾で防がれ、残る一本は鎧の頑丈な部分で受け止められてしまった。実質的にはノーダメージか、やりやがる。だが、その端正な顔に冷や汗が見えたのは気のせいじゃないよな。



「ウォルファート、貴様、今何を?」



「ちょいといつもの品をアレンジしてやっただけだ。心配すんな、まだまだあるからよ?」



 我ながら人の悪い笑いを浮かべていたと思うんだよな。ギリ、と歯を噛み締めたベリダムの顔がそれを証明してるよ。

 一々説明はしてやらないが、奴も多分気がついているだろう。既存の攻撃呪文が違う形態になったのは、右目に宿るこの赤い六芒星(ヘキサグラム)の影響だと。



 魔力の増加、そして新しい呪文の追加だけじゃねえ。呪文の発動条件を一部変更して異なる形でも発動させられる、それもまた可能になったわけだ。根本的な威力は変わらないにしても、目先は変えられる。それに次に何が来るか分からないのは地味に嫌なもんさ。



 呪文合戦ならば絶対にベリダムに引けを取らない。そう言い切るだけの自信がある。



 再び対峙する。二人とも念意操作に使ったショートソードは収納し、武装はシンプルだ。剣や盾を持ちながらでも呪文は使えるから、ここからはシンプルに底力の比べ合いになりそうだな。



 俺がまず一歩踏み出す。白銀色の闘気が揺れ、秋の陽光が差し込む戦場にアクセントを作る。ベリダムもそれに応えるように一歩踏み出す。奴の目や髪と同じ黄金色の闘気が高らかに放たれ、それは陽光と溶け合った。



 まだ勝負は序盤に過ぎないのは二人とも承知だろ。長い戦いになりそうだ。

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