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三十二話 狂犬王子の牙(2)

 ◆クロヴィス視点


「……」



 ジゼル嬢は俺の無言を提案の可否についての思案中と思っているのか、瞳に期待を乗せてこちらに眼差しを送ってきている。



 反吐が出る。

 同じすみれ色の瞳でもこうも美しさが違うのか。俺が見たいすみれ色は今固く閉ざされて見えないというのに。


 ジゼル嬢は父親と母親に愛され、あらゆるものを与えられ、常に守られ大切なものを奪われたことがないのだろう。苦労も我慢もしたことがない、願いは叶うと信じ疑わない典型的なお姫様の皮を被った『餓鬼』だ。



「先日といい、本当に貴様は傲慢な女だな」

「え……」



 不機嫌なまま出した声は、自分が思うよりも低い。



「ナディア嬢は俺に対して有益な存在だということを、自分の力で示した。だからエスコートしても良いと判断したが……お前は? 俺に対して何の価値も示せていないのに、隣に立ちたいと?」

「わ、私は社交界では評判が良いと自負しております。その私を隣に置けば、クロヴィス殿下の評判も良くなるかと」

「お前は今の俺の評判が悪いと言いたいのか? あ?」



 立ち上がって椅子を蹴り倒し、ジゼル嬢を見下ろした。

 失言に気が付いたのか、ジゼル嬢の顔から赤みが消えていく。



「そ、そういう意味ではございません」

「じゃあ自分は評判が良いという可愛い自慢か。とんだナルシストだな」

「……っ」


 今までは相手を思いやるような発言で持ち上げ優しい令嬢を演出し、相手をコントロールしていたのだろうが、あいにく俺には効かない手だ。

 それが効くのは、ジゼル嬢に好感を持っているのが前提。そんなものこっちは微塵も持ち合わせていない。



「それに俺の評判は上がっては困るんだ。お前みたいなヤツの怯える顔が見たいからな……それでも隣に立ちたいのなら、俺のところまで落ちてこいよ」

「どうしたら……何をしたら、宜しいですか?」



 まだ諦めていないのか、唇を震わせながら縋ってくる。

 だから間近で仮面を外し傷痕を曝け出すと、そいつの口から声にならない悲鳴が漏れた。

 俺は胸ポケットからオイルライターを取り出し、顔の前に出した。


「俺と同じ顔になったら認めてやるよ」



 狂気を滲ませたような笑みを向け、ライターに火をつけた。

 ついにジゼル嬢は腰を抜かし、目から涙を溢れさせた。



「い……いや。それだけは……っ」



 俺はすかさずマスカール夫人が握りしめているハンカチを奪い取り、ジゼル嬢の顔に寄せた。



「いやぁ!」



 俺の手はヤツに叩かれ、弾かれる。俺の手から血がポタリと落ちた。



「はっ、貴様が望む王子らしく、優しく拭いてやろうとしたのに……あぁ、そうか。俺の暗殺でもするつもりだったのか。隣に立ち、毒を仕込んだナイフでこうやって傷付けて」



 血が流れる手のひらを見せつけ、感情を表情から消した。

 ジゼル嬢は歯をカチカチと鳴らし、弱々しく首を横に振る。



「ち、ちがっ」

「王族に対する傷害行為だ。捕まえろ」



 そう命ずると、騎士は手枷を取り出してあっという間にマスカール伯爵、夫人、ジゼル嬢を捕らえた。床に跪かされた三人は状況が飲み込めず、呆然とこちらを見ている。


 俺は騎士が元に戻した椅子に座り、見下ろした。手についた傷は、ニベルが包帯を巻いて手当てしてくれてある。



「さて、申し開きはあるか?」

「ジゼルだけでなく、どうして私とオルガもこのような扱いを?」

「俺を欺いた罪だ。ナディアが眠っているのは体調不良ではなく、お前たちが故意に眠らせたせいだと分かっている。これでな?」



 マスカール夫人から奪い取ったハンカチを摘まんで揺らす。



「そのハンカチが何を意味するのか私には……」

「睡眠効果のあるアロマの香りがすると言ったら、わかるか?」

「――っ」


 微量であってもすぐに毒に気づけるよう俺は訓練してある。ほのかに香る程度でも、有名な物であれば判別は難しくない。

 マスカール伯爵は俺が全てを見抜いていることに気が付いたのか、額から大粒の汗を流した。



 ナディアは別室で睡眠効果の強いアロマで眠らされたあと、この部屋に寝かされた。眠っている彼女の姿を見せて欠席が仕方のないものだと俺に思わせ、王家から向けられる負の印象を軽くさせたかったのだろう。

 途中で起きてはならないからと、夫人が見張りながらアロマを染み込ませたハンカチを使って、直前までナディアにかがせて眠らせていた。

 これは妖精から得た情報だ。


 それを利用するためにジゼル嬢を恐慌状態に陥れ、ハンカチをわざと近づけた。アロマが染み込んだハンカチと知っているコイツは、反射的に拒絶するように俺の手を弾いた。

 そのタイミングで妖精が風の魔法で俺の手に傷をつけ、王族に危害を加えたという分かりやすい証拠を作ればおしまいだ。爪で切れたことにすればいい。

 これで遠慮なくナディアを保護できる。



「ご、誤解ですわ!」



 俺が屋敷に来て、初めてマスカール伯爵夫人が口を開いた。



「誤解とは?」

「ナディアは勝手に倒れたのです。わたくしどもが気付いたときに既に意識はなく、それが極度の緊張からくる疲れだと知り、よく休んで寝られるように……親心でアロマを使っていたのですわ。信じてくださいませ」

「実際に医者なんて呼んでいないのによく回る口だ」

「そんなことは――」

「では、確かめてみようか」



 そう言うとニベルが新しいハンカチと、金色の粒子が漂う液体の入った瓶を渡してくれた。

 俺は液体をハンカチに染み込ませ、ナディアの鼻と口を覆うように優しく当てた。



 妖精の加護が与えられた、どのような毒も薬も無効化する特別なものだ。薬師の愛し子に作ってもらった対毒殺用の特注品『妖精の秘薬』を使う。

 一分ほど経過すると、彼女の瞼がピクリと動いた。



「ナディア、大丈夫か?」

「……クロ……ヴィス、でん、か?」

「あぁ、俺だ! ナディア、来たぞ」



 大きな声で名前を呼ぶと、固く閉じられていた瞼がゆっくりと開き、すみれ色の瞳が姿を現した。彼女はぼんやりと視線を彷徨わせたあと、俺の姿を見つけて目を見開いた。



「クロヴィス殿下……本物?」

「あぁ、迎えにきた」

「――っ、クロヴィス殿下!」



 ナディアが両手を伸ばしてきたので、受け止めるように抱きしめた。

 腕の中に収め、彼女の温もりを感じようやく無事を実感する。



「待たせたな。怖くなかったか?」

「怖かったです。部屋で待っていたら急に意識が」

「そうか。そのとき何か香りがしなかったか? 例えばこのような」



 夫人の持っていたハンカチの香りを嗅がせる。妖精の秘薬が効いているため、睡眠の効果は出ないはずだ。



「この甘い香り……部屋でもしました。独特だから覚えております」

「これは睡眠効果のあるアロマだ。嗅いだら強制的に眠りに落とされるものだ。それで体調は悪かったのか?」

「まさか、デビュタントのために万全に備えておりました」

「よく言った。お前たちが知っての通り眠らされていたナディア嬢と来たばかりの俺で口裏合わせは出来ない。これは真実の証言だ……さぁ誰が馬車を待つ部屋でアロマを焚いて、彼女を寝かせたのだろうな?」



 振り向き、ギロリと睨めば「きっとメイドが間違って」と夫人が言い出した。往生際が悪い。

 そのタイミングで父上に頼んでいた応援の騎士が乗り込んできたので、俺らの代わりにマスカール伯爵家三人を連行してもらうことにした。

 ついでにナディアの待機していた部屋の調査やアロマ類の押収も任せ、あとは王宮で尋問すればいい。

 俺はナディアに向き合った。



「もう大丈夫だ。緑の館で休もう」

「え? 夜会はどうなさるのですか?」

「こんなことがあったあとだ。欠席して、また次の機会を待とう」

「大丈夫です。私、出られます。連れてってください!」



 ナディアがこんなにも強く意見するのは初めてだった。すみれ色の瞳からは譲らないという強い意志が感じられ、俺の服を掴む手には力が入っていた。



「どうして、そんなに頑ななんだ?」

「だって、延期してしまうとクロヴィス殿下との婚約が遠のいてしまいますわ。ようやく幸せに……大好きな人と一緒にいられるようになれると楽しみにしていたのに。こんなことで――」



 気付けば、俺はナディアに口付けをしていた。彼女の頭の後ろを手で押さえ逃すまいと、求めるように深い口付けを。

 ニベルの咳払いを耳が拾い顔を離せば、熟れきった果実があっという間に手で隠れてしまった。



「ひ、人前ですのに……!」

「ナディアが悪い……と言いたいところだが、心にグッときて我慢できなかった。詫びに願いを聞いてやる。夜会に行くぞ」

「――きゃ」



 ベッドに座っていたナディアを横抱きにして持ち上げた。



「殿下、ひとりで歩けます」

「夜会に出るからには成功させる。体力を温存しておくためにも、黙って抱かれていろ。またされたいか?」



 脅すように額をコツンと重ねると、彼女は観念して大人しく俺の腕に身を任せた。




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