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二十六話 嫉妬から生まれたもの(2)

 そうして研究棟に戻って一息つく間もなく、私はお父様に本邸に呼び出された。



「殿下に、変なことを吹き込んだのではないでしょうね!? ジゼルがこんな扱いを受けるのは初めてよ!」



 応接室に入ってすぐお義母様に責め立てられる。

 ジゼルはお義母様の腕の中で放心状態のままで、お父様は一気に老け込んだようにソファに深く腰を沈ませていた。


 私は「いいえ」とただ短く返事をした。

 嘘を言っていないと分かったお義母様は、それでも私のせいにしたいと言わんばかりに睨みつけてくる。



「だったらどうして可愛いジゼルが――!」

「オルガ、やめなさい。ジゼルが勝手に話を進めようとしたのが気に障ったんだ。社交界ではそれくらい無邪気な方が可愛くて良いが、殿下の前では許されない行為ということだ。ナディアに非はない」

「旦那様……あの女の娘を庇うの?」



 人が変わったように瞳を潤ませ、縋るような声でお義母様はお父様に訴える。

 けれどもお父様は首を横に振った。



「相手が悪かったのだよ。アスラン卿の件で先に気分を害した私にも責任がある。オルガ、分かるね?」

「……はい」



 すごい。

 これまでどんな理不尽なことで私が責められても、叩かれても、全くお義母様を止めなかったお父様が動いた。クロヴィス殿下の脅しが効いている証拠だ。

 これならしばらくは平和に過ごせると安堵したのも束の間――



「私……クロヴィス殿下のこと、好きになってしまったわ」



 静まり返った応接室に響いた言葉に、一瞬自分の気持ちが零れてしまったのかとドキリとした。

 けれども言葉を発した可憐な声は私のものではない。



「仮面をつけているのに、あれほど麗しい殿方を見たのは初めてよ。この胸の高鳴りは恋以外のなんでもないわ」



 クロヴィス殿下の姿を思い出しているのか、ジゼルはうっとりと笑みを浮かべて胸に手を当てた。



「ジゼル、何を言っているんだ!? あの傲慢で横暴な恐ろしい姿を見たはずだ。王族以下の人間はどうでもいいと思っている冷徹なお方だ」

「お父様、そうかしら? とても凛々しく、揺らがない強さを感じましたわ。気に入った人は大切にする情に厚いところもあるようだし、ふふ。お気に入りを越えて愛してもらえたら、どれだけ大切にしてもらえるのかしらね」

「ジゼル、本気なの? だってあなたは前は別の――」

「殿下の方が素敵だわ。お母様だって、お父様のような運命の殿方と出会ったら、どんな相手でも捕まえなさいって言ってたじゃない」

「そうだけれど」


 お義母様は、既にお父様に妻子がいるのを知っていて誘惑し、子まで成したのだ。ジゼルを反対できる資格はなかった。


「ふふふ、お母様なら応援してくれるわよね? 今回は浮かれて失敗してしまったけれど、次お話しできる機会があればもっと上手くやるわ。幸いにもお姉様とクロヴィス殿下には繋がりがあるんですもの、ね?」



 自信に満ちた笑みを向けられて、私は体を強張らせた。



「ふふ、そう緊張しないで。お姉様はこれまで通り忠実な侍女として、お仕事を頑張っていればいいのよ」



 こうして私は応接室から解放された。

 まだ夕方前だというのに、私は研究棟に戻るなり倒れ込むようにベッドに飛び込んだ。

 パールちゃんが心配そうな顔で覗き込んでくる。



「大丈夫?」

「ありがとう。色々ありすぎて、少し疲れちゃったみたい……あのね、私クロヴィス殿下のこと好きになってしまったようなの」

「ウン」

「でもジゼルも殿下のことを好きになったみたいで、何をしてくるか分からなくて怖いの……取られたくないの」



 クロヴィス殿下は私を好きで、私のものだから駄目――と言えたら良かったのにと思ってしまった。その資格がないのが悔しいと感じてしまった。



「私、クロヴィス殿下に気持ちを伝えようと思うの。そうして――」

「ナディア?」

「えっと、私ったらなんて考えたらずなのかしら」



 気持ちを伝えて王子妃になってマスカール伯爵家から緑の館に移ったとしたら、この研究棟と温室はどうなるのか――と思い至ってハッとした。



 もう軟膏も美容クリームも彼女たちに作る必要がなくなった今、お父様たちが大切に残しておくとは思えない。



 ここはいつも寄り添ってくれたパールちゃんにとっても大切な居場所で、母の唯一の形見。森に同じ温室を作ればいいという問題ではない。



「どうしよう。クロヴィス殿下の側に行きたいけれど、ここを失いたくない」

「クロヴィス様、頼ル」

「でも私は既にお世話になってばかりで、我がままだと思われたら」

「皆ニ聞イタケド、クロヴィス様良イ人。信ジテ」

「パールちゃん……!」



 可愛らしい小さな姿をぎゅっと抱きしめた。

 ジゼルの雰囲気に飲みこまれて不安ばかり膨らんでいたけれど、クロヴィス殿下の真っすぐに向けてくれる気持ちの方を信じるべきだ。


 温室が残せるかどうかは分からないけれど、相談くらいで嫌うような狭量な人ではない。



「ありがとうパールちゃん。明日聞いてみるね」

「ウン。私、ドコニダッテ、ナディアノ近クニイルカラネ」

「ふふふ、嬉しいわ。じゃぁ今日はパールちゃんの好きなお芋のオープンオムレツを作るわね。アスラン夫人から教わったから、前より上手に作れるはずよ」

「ワーイ!」



 その夜はお腹いっぱい食べて、どうやって自分の気持ちを伝えようか悩み、喜んでくれるかと期待を膨らませ、いつもより遅めの就寝となった。


 待たせてしまった分、きちんと素直な返事を――と自分に言い聞かせながら翌朝研究棟を出ると、扉の前に屋敷の使用人が立っていた。



「ナディア様、ジゼル様より第二王子殿下への手紙を預かっております。どうかお渡しくださいませ……どうか」



 まさかわざわざ私を使うとは……見え透いた魂胆に呆れ手紙を凝視する。通常の送り方では彼の手に届く前に破棄されることを知っているということだ。

 そういう内容を書いたのだろう。

 それを受け取ることに躊躇していると、使用人の手は小さく震え顔色が悪いことに気が付いた。



「……殿下がお読みになる保証はありませんし、ましてやお返事がいただけるような期待はしないよう伝えてください。とりあえず預かりましょう」

「ありがとうございます!」



 手紙が私の手に渡ると使用人は酷く安堵した様子で、屋敷へと駆けて行った。

 屋敷の窓を見れば淡い蜂蜜色の陰が見えた。きっと彼女だろう。

 私は手紙を鞄に入れるところをあえて見せ、緑の館へと出掛けた。




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