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嘘つきな悪魔みたいな  作者: おきょう


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第8話

「ぶっ!!!」

「下品ですよ、陛下」


リカルドは執務机の上に盛大に紅茶を吹き出した青年に冷たい視線を送った。

広げた書類が汚れてしまったのに気付いて、責めるように睨みつける。

一般人からすれば非常に迫力のある責苦だろう。

しかし当の本人である金髪碧眼のやたらと煌めいた風貌のシルヴェストル王はリカルドからくる強烈な威圧感などさらりと受け流して見せる。

美しい見目に反して適当な性格のシルヴェストル王は、衣服の裾で汚れた口元をぬぐいながら部下であるリカルドに声を上げる。


「だってお前!!結婚してもう1か月だぞ?!一度も嫁を抱いてないってどういうことだ!」

「どうと言われましても」

「立たないのか?」

「……違います。あなたには関係ないでしょう」


おしゃべりを得意としないリカルドは、他の男たちと違ってあっぴろげに下の話をすることに抵抗があった。

なのにこの王は言葉巧みに聞きよって今回のように簡単に必要な情報を引き出してしまうのだ。

机仕事は面倒くさがってしょっちゅう脱走するくせに、口だけは上手い。

この口の上手さでシルヴェストルは並み居る臣下や他国の重鎮達と渡っている。


今回もまんまと口車に乗せられて漏らしてしまった自身に対してリカルドはため息をつく。

そんな普段は無表情で面白みのない側近の表情の変化をシルヴェストルは面白そうに眺めていた。


「関係ないわけがなかろう。腹心であるお前が、いい年になっても浮いた話ひとつなかったお前が!突然嫁を貰ったかと思えば、なんと一回りも年下の幼な妻。まさかロリコンだったとは予想外だ」

「ロリっ…たまたま年が離れていただけです」

「ふん。---まぁ、ロリコンだろうが年増好きだろうが、結婚出来たのはなによりだ」


何せ立っているだけで女子供に泣かれる強面の男だ。

地位と権力目当てに近づいてくる女はいたが、純粋に好意を持てるほどに関わってくれる女は居なかった。

権力目当ての女にふらふらと釣られるような人間でも無いため、20代も後半に入ろうという年になっても独身であり続けていたのだ。


「生涯寂しい一人身かと思っていたから、まぁ良かった。改めておめでとう」

「ありがとうございます」

「って事でほら、さっさとリカルドみたいなのと結婚出来る奇特な嫁に会わせろ」

「機会があれば」

「…そう言われて1か月も待っているのだが。奥方の予定はまだつかないのか」

「えぇ。何分慣れない首都での生活に戸惑っているようで」


可愛い部下の結婚式に、実をいうとシルヴェストルも出席したがった。

けれど、忙しい身であるから、突然決まった結婚式の日程に調整がつかなかったのだ。


「ですからしばらくは顔を合わせる機会など無いと思いますよ」

「ちっ…」


リカルドはあきらかに、ティナを王宮に連れてくるのを先延ばしにしたがっている。

大事な大事な妻にちょっかいをかけられたくないのだろうと、シルヴェストルは当たりをつけていた。


「…で、どうして1か月もごぶさたなんだ?」

「あなたが呼び出したんでしょう」

「そんなの初夜だけだろう!あれから何回夜が過ぎてると思っている」

「………」

「だんまりで私が引き下がるとでも?リカルド・グランメリエ侯爵」

「…はぁ」


リカルドだって、この夫婦関係が少しおかしいなどと分かっている。

妻との交流が2・3日ごとに躱すメッセージカードだけなんて。

でも、一応それなりの理由はあるのだ。


「…寝ているもので」

「は?」

「農村地帯の育ちの娘ですから、日が落ちると同時に寝て、日が昇ると同時に起きるような生活だったらしく。…日付変更前後の帰宅時間には当然熟睡しているんです」

「……」


リカルドの台詞に、シルヴェストルは目を見開き口をぽかんと開けて間抜け顔で驚いている。


そう。

リカルドはよほど余程忙しく無い限り、基本的には毎晩帰っていた。

もちろん毎晩ティナと同じベッドで、ティナの隣で寝ている。

しかしティナは熟睡しているから言葉を交わせないだけなのだ。

そこが寂しいとも思うが、眠いのに無理をさせて起きておくようになど言えるはずもない。


「……朝は?その言い方ではとても早起きなのだろう?おはようのちゅーくらいかましているだろう?!」

「……まぁ。一方的に」

「いっぽうてきぃ?!」

「寝るのは習慣で早いのですが、何故か朝は弱いらしく。…起き出すのは午前9時ごろだと聞いています」


リカルドが起きるのは午前5時ごろ。

剣が鈍らないように庭で鍛錬がてら軽く運動をして、朝食をとり出仕するのは7時ごろだ。

当然ティナは夢の中にいる。

これも眠いのに無理させて起きて欲しいなど更々思わないから、起こさないようにそっとベッドから抜け出ていた。

実際リカルドは、気持ちよさそうに寝ているティナの可愛い顔を眺めているだけで幸せになれるのだから特に問題はなかった。


「…それ、嫁は知っているのか?」

「それ?」

「だーから。リカルドの話を聞くと、奥方の寝ている間に全部済んでいるではないないか。相手はお前の姿をこの一か月ちらとも見ていないように思えるのだが」

「………っ」

「もしかして今頃気づいたなどと」

「…………」

「馬鹿者が」


結婚して1か月間。

リカルドは毎朝毎晩ティナを堪能してきた。

眠るティナを何時間と眺め続けるのも、細く長い薄茶の髪を手のひらで梳くのも、頬や唇に口づけを落とすのも、物凄く楽しくて満ち足りた新婚生活を送っているのだと思っていた。

目に見えて鮮やかに変化していく庭も、ティナの手によるものだと聞いて眺めているだけで幸せな気持ちになれた。

しかしそれはリカルドに限ったことであり、ティナ自身は一切リカルドと交流していないのだと。


彼は間抜けにも、今更気が付いたのだ。(うと)すぎる。

呆けたように立ちすくむリカルドの様子で、シルヴェストルは事態を察して意地悪く笑って見せる。


「あーあ。新婚1か月、一度も顔さえ見せない旦那か。…リカルド。お前、見限られてないと良いな」

「っ………!!」


シルヴェストルの台詞は、リカルドに金棒で後頭部を殴られたかのような衝撃を与えた。


まさか。まさか。まさか。

そんなはずがない。……と、思いたかった。

背中に一筋の冷や汗が伝って、ぞくりと寒気がした。

どう考えても今まで何ひとつしてこなかったリカルドを、ティナが相変わらず好いてくれるなんて都合の良いことあるはずもない。

まだ16歳の身で、たった一人で知る人の居ない地に嫁いできたティナ。

彼女を、絶対に幸せにしようと誓ったのに。

まったく全然誓いを果たせていないどころか、むしろ一人ぽっちで放置などと非情なことをしてきたと、気づいてしまった。


「まったく…」


固まってしまったリカルドの手から、シルヴェストルが書類の束を抜き取った。

そして椅子から立ち上がると、その書類の束で背の高い臣下の胸を軽く2度叩く。


「今日はもういい。さっさと奥方の元へ帰ってやれ」

「……は?---い、え。…仕事がありま---っ-」


ばちん!


大きな音が、室内に響いた。

シルヴェストルが今度は丸めた書類の束で大きくリカルドの頭を叩いたのだ。

一瞬意識が飛んでくらりと足元を揺らすリカルドに、シルヴェストルは胸を張って王らしい威厳のある声を出す。


「この仕事馬鹿がっ。そのような状態で仕事など迷惑だ、邪魔だ、鬱陶しい!」

「………」


ここまで言っても仕事を全うしたいらしい馬鹿真面目な男リカルド。

悩んで恐ろしく怖い顔になっている大きな背を、シルヴェストルは苛立たしげに片足で何度も蹴り上げて扉へと追い立てる。

金髪碧眼の綺麗な見目には似合わない乱暴なそぶり。

あきらかに喧嘩慣れした様子から、若かりし頃のやんちゃっぷりが伺える。


「何を呆けてる!いいか、嫁と話し合うまで王宮への出入りを禁じる。命令だ!さっさと行け!」




******************************



「---まさか、あんなにアホだったとは。奥方も可愛そうに」


クッションの聞いた椅子に全身を埋めながら、シルヴェストルはリカルドの消えた扉をみて苦笑を漏らす。


「いや…むしろ相変わらず、か?」


リカルドは頭も切れるし、腕もたつ。

愛想は凄く悪いが、この国で1・2を争うほどに有能な頼れる男だ。

なのに変なところで配慮がたらない間抜けな行動をたまに唐突に見せる。

あの仏頂面で可愛い天然っぷりをかますところがシルヴェストルは面白くて仕方がない。

だからシルヴェストルはリカルドを気に入って側に置いているのだ。面白いから。


「しかしあのベタ惚れっぷり。私がすでにティナ殿と2人きりでお茶までした仲であるなどと知られれば、本気で怒りそうだな」


ティナは口には出さなかったが、あきらかに自分がシルヴェストル国王だと分かっている様子だった。

メオなどと言う偽名を使った意味がないくらいに、本当にあっさりと見破られてしまったのだ。


「…よし。今日のはこのことを書くか!」


そう思いつくなり、身を乗り出して机の引き出しを開けた。

いつも定位置にしまっている便箋を一枚取り出すと、机の上に置きペンをもつ。


愛しい姫君へ送る手紙のネタになってくれた可愛い部下とその妻に感謝しなければ。

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