5-9.
邦珂を自宅に届けた時にはすっかり日が暮れており、今日の調査はこれで終了となった。
魔法少女研究会の連中はこの後も独自に調べ物をするらしいが、少なくとも千春の今日の仕事は終わりである。
千春は魔法少女研究会メンバーと別れて、昨日と同じ街の安宿で休んでいた。
「"…まあ、ざっとこんな感じだ。 詳しい話は、研究会の連中に聞いてくれよ。 お前の方にも資料とかを送るって言ってたから、その内メールでも来るんじゃ無いか?"」
「"ふ、ふーん…。 ま、まあそこそこ面白い事件のようね"」
「"はははは、強がるなよ。 ジャーナリスト志望で野次馬根性丸出しのお前が、こんなホラー映画に出てきそうな事件に興味を持たない訳無いだろう?"」
「"…ええ、その通りよ!? 何で私はそこに居ないのよ!? 不可解な呪い騒ぎ、その犯人と目される自殺した中学生の少女、その中学生の無実を信じる健気な魔法少女! 美味しいネタが一杯じゃないっ!?"
"いいこと、明日は絶対そっちに行くからね、バカ春!!"」
大学の関係で残念ながら本日欠席だった朱美に対して、千春は煽りも兼ねて電話での経過報告を行っていた。
今日の調査で色々と収穫があったが、真実が近づくどころか謎が増えているばかりの状況である。
千春としてはもう少しシンプルな事件の方が好みであるが、この複雑怪奇な事件は朱美の好みには合致するだろう。
実際に電話越しでも朱美が心底悔しがっている事が、電話越しでも千春には手に取る様に分かった。
この様子ならば本人の宣言通り、例え何があっても彼女は明日にでもこの街へと来るに違いない。
「"ちなみにお前の見解としてはどうだ? 俺は邦珂って子の話もあるし、死んだ中学生はやっぱり無実だと思うんだけど…"」
「"あんたは単純でいいわね…。 その子は自殺した中学生にとっては、所詮は身内でも何でもない仲の良かった隣人でしか無いのよ。"
"きっと邦珂って子は、美波って子のほんの一側面しか知らない筈。 美波って子が裏でどんなことを考えていたなんて、分かった物じゃ無いわ"」
「"まあ、お前はそう言うよな…。 どっちにしろ、もう少し調べないと…"」
邦珂の話に心打たれた千春は、彼女が強く主張する美波無実説を信じることに決めた。
その一方では朱美が今語ったように、やはり美波が犯人である可能性が十分にあり得ることも理解している。
魔法少女研究会の連中も、あの場では邦珂に全面的に協力すると調子のいいことを言っていた。
しかしよく考えて見れば彼らの目的はこの事件の調査であり、邦珂に協力しようとしまいとやることは変わらないのだ。
今も邦珂を縛り付けている呪い騒ぎの事件、これを解決すれば彼女は良くも悪くも美波と言う呪縛から解き放たれる。
本当に美波が無実ならばハッピーエンドだし、美波が犯人でもビターエンド程度には収める事が出来るだろう。
明日はほぼ間違いなく朱美が千春たちに合流するので、急ぎの用事でも無ければ明日に回して構わないだろう。
千春は事件の話がひと段落した事もあり、明日に備えるために電話を切って休もうかと考えていた。
「"まあ、詳しい話は明日しようぜ。 じゃあ、そろそろ…"」
「"…ああ、忘れていた! バカ春、この前はどうして、いきなりメモリーから飛び出したのよ? 寺下さん、あんたの奇行を見て心配してたわ"」
「"うっ…"」
しかしそれに先んじて朱美は、千春に取って触れて欲しくない傷口を抉った。
事件のことに集中して意識の外に出していた喫茶店メモリーで解雇された苦い思い出、それを思い出した千春は思わず顔を歪めてしまう。
電話越しで千春の顔など分かる筈も無い朱美は、喫茶店メモリーから逃げ出した千春の行動を責め立てる。
「"あんたが馬鹿なことは知っているけど、あれは無いでしょう。 寺下さんは未だにあんたなんかを雇ってくれている、器の広い人なのよ。 この前の時も、寺下さんはあんたのことを考えて…"」
「"もうあの店の話は良いだろう。 俺はもう喫茶店メモリーを解雇された、駄目な無職男になったんだから…"」
「"は…、解雇? あんた、何を言って…"」
朱美の苦言に対して、千春は不貞腐れたように解雇された自分はもう喫茶店メモリーとは関係ないと主張する。
その言葉を聞いたは朱美は、電話越しの千春には分からないだろうが明らかに戸惑いの表情を浮かべていた。
「"…はぁ、そういうこと。 そっかー、確かにあんたは近頃はろくに仕事してなかった物ね。 その負い目もあって、寺下さんに解雇されたと思ったのかー"」
「"はっ、どういう…"」
少し経ってから千春の言葉の意味を把握したらしい朱美が、疲れたような溜息を漏らした。
一人で納得して落ち着いたらしい朱美とは対照的に、彼女の口から出てきた独り言に近い言葉を聞いた千春が動揺してしまう。
朱美が本当のことを言っているならば、千春が寺下から解雇されていない事になるからだ。
「"詳しい話は寺下さんから聞くのが筋だから、私は此処では何も言わないわ。 でもこれだけは言っておく、あんたのそれは盛大な勘違い。 自爆よ、自爆。 本当、バカ春はバカ春なんだから…"」
「"自爆って…」
「"いいから今回の事件をさっさと片付けて、真っ先に寺下さんの所に行きなさい! そこで今度こそ、ちゃんと話を聞くのよ! いいわね、バカ春?"」
「"お、おう…、分かったよ…"」
朱美はそれ以上多く語る事は無く、全ては千春と寺下の話であるの一点張りであった。
マスクドナイトNIOHの仕事に忙しくて店をサボりがちになった現状、ウィッチと言う千春に代わる新米店員の存在。
これらの要素から千春は喫茶店メモリーを解雇されるだと察したのだが、朱美の反応を見る限りではそれは単なる早合点だったらしい。
それならば千春が店から逃げ出さなければ、あの場で寺下は何を話すつもりだったのか。
全てを知るためには千春自身が、再び寺下の待つ喫茶店メモリーに行かなければならない。
朱美は突然の展開に呆然としている千春に対して、力強い言葉で発破を掛けるのだった。
喫茶店メモリーのことは非常に気になるが、朱美の言っていた通りまずは事件の解決が先決だ。
邦珂との真犯人を見つけると約束したのに、私情に囚われて調査を疎かにする訳にはいかにない。
朱美との電話を終えて宿で一夜を明かした千春はその翌日、頭を切り替えて事件に集中しようと己を発奮させる。
しかしやる気を出し始めた千春の出鼻を挫く様に、その日の朝に悲報がもたらされたのだ。
「…うぅぅ!? ああっ!!」
「会長、会長っ!!」
「どういうことだよ…、おい?」
その報せを聞いて慌てて千春が駆けつけた場所は、緊急外来を受け付けているこの街の病院だった。
本来なら面会時間にはまだ早いのだが、事前に話が通っているのか千春は事前に聞いていた病室へと入ることが出来た。
その病室のベッドの上では、昨日までは元気に魔法少女の研究に勤しんでいた浅田が苦悶の表情を浮かべながら眠っている。
浅田を励まそうと研究会の由香里がその手を握りながら声を掛けているが、残念ながら効果はなさそうだった。
「昨晩、NIOHさんと別れた後に現れたんですよ。 例の鏡が…」
「はっ? じゃあ、会長さんは呪いに…」
「はい。 会長を眠らせた後、こんな物を残して鏡は消えてしまいました」
浅田たちの共に街に来ていた研究会の男の話が本当であれば、今ベッドの上で魘されている男は例の呪いを掛けられたらしい。
呪いの鏡は浅田のみを狙って呪いを施し、千春に差し出された紙を残して姿を消したと言う。
それは何処にでも売っている安っぽいコピー紙であり、そこには印刷された文字でこう書かれていた。
"この男を助けたければ、この事件から手を引け"、と…。




