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俺はマスクドナイト  作者: yamaki
第二部 VS魔法少女
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5-1. VSオカルト系魔法少女


 非常に残念なことであるが、それはこの世界ではよくある出来事と言えた。

 少し前まで何でもない学校生活を送っていた少女は、ある日を境に地獄の底に落とされたのだ。


「あれー、何で今日も此処に居るの?」

「私たち言ったよね…、もう学校に来るなって。 あんたの顔なんて見たくないのよ、このブス!」

「いや、いや…」


 学校という閉鎖空間で未だに繰り返される、未熟で不安定な中学生たちの残酷な遊戯。

 確かにその少女は周りと比べれば、クラスで少しだけ浮いていた存在だったかもしれない。

 内気な性格でクラスに殆ど友達の居ない少女は、知らず知らずの内にストレス解消の捌け口とされていた。

 虐めの主犯格である数人のグループが怯える少女を囲み、口々に聞くに堪えない罵詈雑言をぶつけてくる。

 そして他のクラスメイトたちは少女を助けようとはせず、決して彼女たちと目線を合わせようとしなかった。


「何よ、その目は…。 言いたいことがあるならはっきり言いな!!」

「…痛っ!?」

「はははは、それはやばいよ」

「あー、いい匂い。 あんたにはお似合いの香水ねー」


 グループの内の一人が少女の態度に苛ついたのか、持っていたペットボトルを投げつける。

 それは少女の額に命中してしまい、その上ペットボトルの中身が少女の制服へと零れてしまった。

 ぶつけられた箇所を手で押さえている少女の体は、ペットボトルに入っていた紅茶の匂いが漂い始める。

 その惨状を見てゲラゲラと笑う彼女たちには、良心の呵責などは全くないのだろう。






 少女と遊んでいる間に時間が過ぎたのか、ホームルームの時間になってしまった。

 教室に姿を見せた担任の教師は当然ながら、額に怪我をしている上に紅茶まみれになっている少女の姿に気付く。

 少女の方も現れた教師の存在に気付き、助けを求めるように視線を教卓の方へ向けた。


「先生ー、○○さんが私たちの教室を汚しましたー

「先生、違っ…」

「…○○、後で綺麗にしておけよ。 さて、ホームルームを始めるぞー」


 犯人がその少女で無い事は、誰が見ても一目瞭然であったろう。

 それにも関わらず教師は少女を助ける所か、無情にも突き放してしまう。

 所詮は教師もただの人間であり、面倒ごとは出来るだけ避けたいに決まっている。

 自分が受け持つクラスで起きている複雑な問題を直視したくない教師は、少女の惨状を見て見ぬふりをしたようだ。


「…っ!?」

「あ、〇〇ちゃん。 帰るんだ…、バイバーイ」

「…ホームルームが終わったら、誰か掃除をしておけよ」


 クラスメイトだけで無く教師にまで見捨てられた少女は、そのまま教室から飛び出してしまう。

 その様が余程楽しかったのか、虐めを行っていたグループの面々は勝ち誇ったような顔で少女を見送る。

 教師ですら教室から出ていく少女を無視して、淡々とホームルームを進めてしまう。

 そしてこの哀れな少女は、二度と教室に戻ってくることは無かった…。











 少女が学校に来なくなってから一か月、彼女の居ない日常に慣れた教室にそれが現れた。

 帰りのホームルームの最中、早く教室を出たい生徒たちは教師の伝達事項が終わる瞬間を待ち望んでいた。

 しかし次の瞬間、何も置かれていなかった教卓の上に奇妙な鏡が出てきたのだ。

 その鏡は直径数十センチ程の丸鏡で、土台部分には血の様に紅いクリスタルが埋め込まれている。

 ホームルーム中で教卓の前の教師を見ていた生徒たちは、自然とその鏡を覗き込んでいた。


「えっ…」

「なんだよ…」

「あっ…」

「ひぃっ!? お、おい、なんだよ、悪戯も度が過ぎるぞ…。 起きろ、起きろぉぉぉっ!!」


 生徒たちがほぼ同時に鏡を見た次の瞬間、彼らは一斉に机の上に突っ伏したのだ。

 突然の生徒たちの変化に動揺した教師は、思わず情けない悲鳴を漏らしてしまう。

 常識的に考えてこれが生徒たちの悪ふざけと判断した教師は、直ちに彼らを起こそうと怒鳴りつける。

 しかし教師が幾ら呼びかけても生徒は目覚めず、混乱した教師はその場でただ狼狽えていた。


「ああっ…」

「た、助け…」

「いや、いやぁぁぁぁっ!!」

「大丈夫か、お前たち! こ、これが何かをしたのか…」


 机に突っ伏した生徒たちは目覚めるどころか、その姿勢のまま口々に悲鳴を漏らし始める。

 理屈は分からないがこの異常事態が、突然教卓に現れた鏡らしき物が引き起こしたに違いない。

 そこで教師は改めて教卓の鏡を確認しようとしたのだが、そこでとんでもない事実に気付いてしまう。


「へ、向きが変わって…? あぁ…」


 最初にこの鏡の正面は生徒たちの方に向けられており、教師の方は裏側だった筈だ。

 それならばどうして正面の方を向いた鏡が、今教師の目の前に飛び込んできたのか。

 教師が生徒たちの方に意識を割かれている間に、この鏡は独りでに百八十度回転をして見せたらしい。

 そして教卓の上の鏡を正面から覗き込んでしまった教師は、先ほどの生徒たちと同様に崩れ落ちてしまう。

 意識ある人間が誰も居なくなった教室で、この惨状を引き起こした鏡はまた何処かへと消えてしまった。






 異変に気付いた隣クラスの人間に発見されて、教師を含むクラス全員が病院送りとなった怪事件。

 彼らが一斉に眠りについてしまった原因は分からず、どんな医者も彼らを目覚めさせることは出来なかった。

 しかもそれはただの眠りでは無く、彼らは一様に酷い悪夢に襲われているらしい。

 悲鳴や呻き声が絶えない悲惨な睡眠から解放できる医者は存在せず、地獄のような眠りは一晩中晩続いた。

 そしてまたしても原因不明なことに、教室に居た人間たちは翌日に一斉に目覚めたのだ。


「嫌だ、眠りたくない…」

「ああ、何で俺がこんな目にぃぃぃっ!!」

「呪いよ、あの子の呪いなんだわ…」


 これで終わったかと一安心したと思ったら、彼らの苦しみはまだ終わっては居なかった。

 彼らは絶えず急激な睡魔に襲われるようになり、眠ったら例の悪夢を襲われてしまう地獄のうな生活を強いられてしまう。

 加えてこの謎の症状には個人差があるようで、人によって睡魔に襲われる頻度や悪夢の質に差が出ているらしい。

 特に例の少女を虐めていたグループと彼女を見捨てた教師が、彼らの中で一番酷い症状が出ていると言う。

 これはあの少女が掛けた呪いであると言う噂は、あっという間に学校中で広まるのだった…。











 数か月前なら人で溢れていた海岸も、冬も間近な今の時期では物好きなサーファーが数人見えるくらいだ。

 この何処か物悲しい景色は今の千春の心境にぴったり合うらしく、潮の香りを感じながら遠くを見つめている。

 矢城 千春、現在の職業はマスクドナイトNIOH。

 この度めでたく喫茶店メモリーを解雇された千春は、もう職業フリーターを名乗れなかった。


「ああ、海が綺麗だな…」


 抱えている魔法少女絡みの案件も無く、唯一の職も失って暇人になった千春はシロと共にツーリングに出ていた。

 赴くままにニューバイクを走らせたら、気が付けば地元から遠く離れた海岸まで辿り着いたらしい。

 そのまま近くでバイクを止めた千春は、人気の無い砂浜に立って水平線の彼方を眺め始めたのだ。






 鞄の中から千春の様子を伺っていたシロは、何をする事も無く海を眺めているその姿に危うさを感じたのだろう。

 シロはもぞもぞと体を動かし始めて、鞄の中から自主的に出ようとしていた。

 苦労の末に鞄から脱出したシロは千春の足元に駆け寄り、顔を擦り付けて元気付けようとする。

 暫くしてシロの行動に気が付いたのか、虚ろな目をした千春が足元のぬいぐるみもどきに視線を向けた。


「○○、○○!!」

「…シロか。 …もう小学生の紐になるしか無いのかな、俺は」

「〇〇〇っ、〇〇!!」

「ははは、冗談だよ、冗談。 あぁぁ、でも店長に見捨てらたのはやっぱりショックだわ、完全に自業自得なんだけど…」


 シロに対して冗談を口にする程度には千春も余裕があるようだが、喫茶店メモリーの店長から解雇を言い渡された事はそれなりにショックだったらしい。

 これまで短期のアルバイトは幾つか経験したが、高校時代から続けている喫茶店メモリーの仕事は千春に取っては特別なアルバイトである。

 最近は魔法少女絡みの厄介ごとが重なり、ろくに店に出ていなかったので解雇されても仕方ない。

 寺下を恨むのは筋違いなのも分かっているが、千春はまだ気持ちの整理が付いていないようだ。

 千春は足元のシロを抱き上げて、再び水平線に視界を移しながら深く溜息を漏らした。




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