4-2.
魔法少女研究会に連行された次の日、早々に千春へ連絡を取った朱美は待ち合わせに指定した場所に立っていた。
人目を避けるために大学の裏門近くにバイクで現れた千春は、朱美の存在に気付いて陽気に手を上げて挨拶する。
千春は最近手に入れた新車を乗り回せるのが嬉しいのか、随分とご機嫌な様子であった。
「よう、朱美。 来てやったぞー、とりあえずバイクは何処に停めればいい?」
「ああ、それなら…」
「我が大学へようこそいらっしゃいました、NIOHさん! どうぞこちらに、駐車場まで案内しますので…」
「よ、よろしく…」
朱美を遮る様に前に出てきた浅田は、実に丁寧な態度で千春を駐車場までの案内を務め始める。
その慇懃な案内に若干引いたのか、千春は僅かに気後れしている様子だ。
しかしそんな千春の様子に気付いていないのか、浅田は揉み手でも始めそうな程の腰の低さで対応を続けた。
バイクを大学内の駐車場に停めた千春は、敷地内を通ってサークル棟まで向かっていた。
今日は平日なので学内には、千春の同学年や少し年上の大学生たちが忙しく行き来をしている。
高校卒業後にフリーターとなった千春には縁の無い世界を前にして、千春は興味深そうに大学内を見渡していた。
そして千春はある事に気付いのか突然足を止めて、急いで背負っていた鞄を開け始める。
「ほら、出て来い。 どうだ、これが大学だぞー」
「○○、○○!!」
鞄の中に仕舞われていたシロを取り出した千春は、先ほどの自分と同じように大学の構内を見せてあげていた。
シロを通してこの光景を見ている筈の白奈もまた、大学の中などは入った事は無いだろう。
初めて見る光景が嬉しいのか、シロは千春の腕の中で体を揺さぶりながらはしゃいでいた。
「ほら、グズグズしないで行くわよ、千春。 話が済んだら、シロちゃんと一緒に案内してあげ…」
「ああ、尊い! 主人公とマスコットの交友!? なんてものをぶち込んでくるんだ、NIOHさんは!!」
「うわっ…」
シロの素性を知っている朱美としては、シロに新しい世界を見せてあげたいと言う千春の思いは理解できるが今はその時では無い。
今日大学が来た理由は別にあるので、まずは用事を済ませるのが先だと朱美は千春を急かす。
しかしその用事を持ち込んだ当の本人は、実に嬉しそうに千春とシロのやり取りを見ていたので少しばかりの寄り道は構わないかもしれない。
見るからに興奮している様子の浅田は傍から見ても異常だったため、朱美は一緒にされたくないと思ったのか若干距離を取った。
心情的にも一刻も早く魔法少女研究会と縁を切りたいと考えた朱美は、千春を無理やり連れてサークル棟へと辿り着く。
昨日に浅田たちに無理やり連れてこられた部屋の前まで来た千春と朱美は、浅田によって開けられた扉を潜る。
そして部屋の中の様子を確認した朱美は、そこで我が目を疑うような光景を目の当たりにしてしまう。
「…はっ、何よこれ?」
「へー、此処が魔法少女研究会なのか。 何だよ、結構真面目そうなサークルじゃ無いか。 俺と同類の集まりって、言い過ぎだろう、朱美」
「ど、どういう事よ? だって昨日はあんなに…、はっ!?」
昨日の時点では魔法少女のポスターが至る所に張られて、本人たちは研究資料と言い張っていたアニメグッズが並ぶ完全なオタク部屋だった筈なのだ。
しかし今や此処は研究会という名前に相応しい、研究データをまとめたグラフや資料が置かれていた硬そうな部屋になっていた。
今日初めてこの部屋に入る千春は単純に此処はそういう部屋だと納得しているようだが、昨日の部屋の惨状を確認している朱美はまるで狐に化かされたような気分である。
朱美の記憶が操作されるなどの離れ業でも無ければ、この部屋は一晩で今の状態にリフォームされたことになる。
客を招き入れるために部屋を片付けておく理由は分かるが、それだけなら昨日の段階で掃除をしておくべきであった。
マスクドナイトNIOHこと千春が訪れる今日に備えて部屋を片付けたと言うことは、その目的は一つしか考えられないだろう。
「あんたたち、あのオタク丸出しの部屋を動画に出したくなくて、一晩で部屋を片付けたのね!!」
「はっはっは、何を言っているんだ、朱美さん。 僕たち魔法少女研究会は、前から真面目でお固い研究会で…」
千春が魔法少女絡みの事件に巻き込まれる場合、その時の模様は動画にまとめられて後日投稿される事になる。
今回も例によって魔法少女に関係する相談で千春を呼び寄せたので、魔法少女研究会でのやり取りも動画にされるかもしれない。
そこで魔法少女研究会のイメージアップをするため、彼らは室内からオタク臭を一切消すと言う涙ぐましい努力をしたらしい。
白々しく魔法少女研究会は真面目なサークルであるとアピールする浅田に対して、朱美の容赦ない突っ込みが入る。
「部屋を片付けるなら、昨日の時点でしときなさいよ。 動画の導入が私に話を持ちかけた所になるなら、昨日の惨状は普通に出てくるじゃない」
「…仕方が無かったんです、僕たちがそのことに気付いたのは朱美さんと別れた後だったんですから。 それにNIOHさん本人が出てくるのは今日ですし、昨日のシーンをカットされる可能性は十分にある!
ていうかお願いです、昨日の室内シーンはカットしてください! 僕の代で栄光ある魔法少女研究会を潰す訳にはいかないです!!」
「お願いです、お目こぼしをぉぉぉぉ」
「僕たちを真面目な魔法少女研究会で居させてくださーーい!!」
どうやら魔法少女研究会は自分たちが動画出演する可能性に気付いたのは、本当に直前だったらしい。
研究会のメンバーは慌てて外部に公開されても問題ないように部屋を整えたが、昨日のやり取りが動画に入っていたらその苦労は全て水の泡になる。
浅野は何処かで自分たちの様子を撮影しているであろう存在に向けて、天を仰ぎながら懇願して見せた。
会長に続いて他のメンバーも口々に祈り始めて、室内はちょっとした狂気が入った祈り場と成り果てる。
「なぁ…、大丈夫なのか、これ?」
「○○???」
「私に聞かないでよ…。 ああ、家の大学が変人たちの集まりって思われたらどうしよう…」
流石の千春も突然祈り始めた研究会の面々には引いたのか、腕の中に居るシロと共に困惑している様子だ。
朱美はその疑問に応える気力すら起きず、恐らく投稿されるであろう今回の動画で大学の評判が落ちないかと本気で心配していた。
暫くしてから落ち着きを取り戻した浅田達は、先ほどまでの醜態など無かったかのような態度で改めて千春たちに自己紹介をする。
どうやら部屋の状況と同様に、自分たちは真面目な魔法少女研究会であるという設定を押し通すつもりらしい。
千春は研究会メンバーの変化に戸惑いながらも、とりあえず本題である魔法少女に関する話を聞き始める。
「…彼女は梢、僕たち魔法少女研究会のメンバーです。 今日は彼女の姪っ子のことで相談があるんです」
「梢です。 実は私の姪の鈴美が少し前に、魔法少女になってしまったんです。 私はそのこともあって、大学でこの研究会に入ったのですが…」
鈴美という少女は今年小学生になったばかりの、全体的に年齢層が上がっている中では珍しい若年の魔法少女である。
既に魔法少女と言う存在が定着した現在では、家族は最初は戸惑いはしただろうが最終的には鈴美の能力を受け入れた。
家族の理解があり周囲に迷惑を掛けるような能力でも無く、鈴美の魔法少女としての人生は特に問題は見られなかった。
その陰には梢を通して魔法少女が構築した能力の失敗例など情報を提供した、魔法少女研究会の活躍も大きいだろう。
しかし魔法少女となった鈴美とその家族は、考えもしなかった事態に直面することになった。
「私の姉と姉の夫は、鈴美を甘やかして育ててました。 鈴美も悪戯好きな子で、姉の家に遊びに行ったときにはよくからかわれました。
その時も姉たちは子供のやることだと、鈴美のことをろくに叱りもしないで…」
「そんな我儘な子供が魔法少女という力を手に入れたんだ、もう家族の誰にも彼女を止めることは出来なくなった」
「ああ、それで家庭内暴君なんて呼び方をしたんですか。 確かにそんな状況なら、暴君って言葉が相応しいかもしれませんね」
問題となったのは鈴美という少女自身にあった。
両親に甘やかされて育った鈴美は悪い言い方をすれば我儘な悪ガキであり、親戚の梢は幾度か悪戯のターゲットにされたようだ。
流石に一線を越えた場合は両親が止めに入ったが、逆を言えばそれ以外は子供の遊びだとして半ば放置されていた。
もう少し年齢が上がれば自然と分別が付いたのだろうが、彼女に取っての不幸はそうなる前に魔法少女という絶対の力を手に入れてしまったことにある。
「鈴美を叱ろうとした姉たちは、癇癪を起した鈴美に家の壁に叩きつけられたらしいんです。 それ以降、姉たちは決して鈴美に口答えをしなくって、彼女は止められる者は誰も居なくなりました。
学校で否な事でもあったのか、最近では学校にも行かなくなってみたいで…。 このまま鈴美を放っておいたら、あの子が駄目になってしまう」
「…もう家庭の問題として片付ける段階は過ぎてしまっている。 そして魔法少女を相手できるのは、同じ力を持った存在だけなんだ」
「魔法少女となった悪ガキの相手か…。 分かりました、俺がその餓鬼を躾けてやればいいですね。 やりますよ、俺に任せて下さい!!」
魔法少女の力で家庭内の暴君となった鈴美に対して、魔法少女の力を持たない家族は屈するしかない。
家庭崩壊を迎えつるある家族を救えるのは、同じく魔法少女の力を持った人間だけである。
最初は魔法少女研究会の濃い面々からどんな頼み事されるか内心で警戒していた千春であるが、こういう話であるならば協力しない訳にはいかない。
もう何度も魔法少女と戦っている千春としては、この位の依頼なら朝飯前だという自負がある。
梢たちは姉夫婦を救ってくれと頭を下げて願い、千春はその頼みを快く受けるのだった。




