3-6.
ランドセルを背負った少女が家の中へ入って行き、真っ先に自室へと向かって行く。
その部屋の中に居た大型犬くらいの大きさの熊は、少女の存在に気付いて嬉しそうに駆け寄る。
少女はその熊の突進に押されて倒れそうになるが、何んとか体勢を維持してそのまま抱きかかえた。
「ホープ、帰ったよ! はははは、元気元気」
「□□□□!!」
「うわっ、重くなった!! また大きくなったんだね、ホープ!!」
マジゴロウの動画では"くるみ"と名乗っていた少女、魔法少女でありホープと名付けた熊型の使い魔を生み出した彼女の姿がそこにあった。
生みの親である少女と遊ぶ使い魔柄のホープは、その成長すると言う能力通りに日々大きくなっているらしい。
実際にマジゴロウと共に動画を撮影した時と比べて、今のホープは明らかに一回り以上は巨大になっている。
「美香、駄目でしょう! 帰ったらまずは手を洗いなさいって、何度も言っているのに…。
ほら、その子のことを離して、手洗い場に行きなさい!!」
「はいはい…、分かったわよ、ママ。 ああ、相変わらず可愛いなー、ホープは!
クラスのみんなにも、この子を紹介したいのになー」
どうやら"くるみ"は本名では無く、マジゴロウと同じ魔法少女としての名前だったらしい。
本名は美香らしい少女に対して、母親らしき女性は言いつけを守らない娘を注意をする。
しかしホープと遊ぶことに夢中な美香はそれを聞き流しながら、ホープのことを周りに紹介出来ない事を嘆いていた。
「駄目よ、魔法少女のことは家族だけの秘密よ。 魔法少女であることが皆に知られたら、きっと大変なことになってしまう。
この前の動画だって、本当は許したくなかったのに…」
「えー、いいじゃない。 マジゴロウちゃんと一緒に動画を撮るのは楽しかったよ、ガロロもホープと同じくらい可愛かったし…」
「あなたに押し切られて、仕方なく許したのよ。 パパもこういう時だけは娘に味方するんだから…、全く!!」
美香は母親らかの言い付けによって、自分が魔法少女であることやホープの存在は周りに秘密にしているようだ。
この頃は魔法少女が誕生してからそれ程時間が経っておらず、その存在が世間に完全に定着したとは言えない状況であった。
最初の魔法少女であるスィート・ストロベリーが世間から攻撃されて姿を消す事件もあったし、魔法少女であることを隠そうとする事は決して不自然では無い。
まだ魔法少女であること時代の危険性を完全に理解していない美香は、母親の言い付けに渋々と従っているようだ。
「ホープ、今日は一緒にお風呂に入ろう! 綺麗にしてあげるからねー!!」
「□□□□!!」
この時の美香に取ってホープはかけがえのない友達であり、ホープを手放すことなど考えもしなかったろう。
後に起こされる悲劇などはあり得ないと思える程の、魔法少女と使い魔の暖かな風景がそこに確かにあった。
魔法少女の力は一定の年齢以下の少女であれば、どんな人間でも授かる可能性がある代物だ。
しかし魔法少女の力を誰もが受け入れる訳もなく、中には酷い拒絶反応を示すものも居る。
魔法少女が誕生してから早10年、最初期に魔法少女になってしまった少女たちは今では青春真っ盛りの歳頃になる。
その中には自身の成長と共に魔法少女という存在自体に嫌悪感を抱き、勝手に魔法少女を引退してしまう者も少なくない。
「中学生に上がる頃には、もうホープのことは疎ましくなっていたわ。 だって魔法少女よ、そんな恥ずかしい話題は一部のオタク以外は誰も喜ばないわ。
それに図体だけはでかくなっても中身は昔のまま、何も考えずにただ甘えてくるあいつが邪魔だった…。 物理的にも邪魔だったからね。 家に入れられない程大きくなったし、実際に私はあの子に潰されそうになったのよ」
「魔法少女で居る事がそんなに悪い事なの!? 私たちが居なければモルドンは倒せないし…」
一般的に日曜朝にやっているような少年向け・少女向けの番組を卒業する年齢は、女性の方が男性より早いと言う。
女性の方が一早く大人になってしまい、幼稚な作りごとの世界から卒業するという事だ。
どうやら美香は中学生になった頃から、自身が魔法少女と言うファンタジーの世界の住人であることが嫌になったらしい。
周囲の友人たちと同じように大人になっていくには、ホープという存在は美香に取って足枷でしか無かったようだ。
しかし魔法少女のことを完全に否定する美香の意見は、現在進行形で魔法少女を続けている真美子には受け入れられなかった。
「そんな事は他の誰かがやればいいのよ、私がやる必要は無いわ! どうせ放っておいても、新しい魔法少女が出てくるだけでしょう?
魔法少女なんて続けていても、良い事なんて一つも無いじゃない。 魔法少女に興味を持ってくれる人間なんて、気持ち悪いオタクだけよ。 私はあんな奴らのおもちゃで居たくないのよ! あんたと違ってね…」
「こ、この…」
「まあ、魔法少女の存在がマニアックである事は認めるよ。 その必要性は認められているけど、マジマジとかの魔法少女向けの文化を受け入れない人も居るからな…。 魔法少女を続けることは、私生活を犠牲にすることになるのも確かだし…。
とりあえず、魔法少女の良し悪しの話は後だ。 まずはホープの話を続けよう。」
実際に真面目に魔法少女をやっている者たちは、それと引き換えに犠牲にしている物も多い。
有情 慧まで行くと極端すぎる例になるかもしれないが、NASAこと佐奈辺りも魔法少女の活動によって同年代の人間から孤立している現状を気にしていた。
魔法少女文化の象徴とも言えるマジマジ視聴者の大半が、今時の女子高校生なら嫌悪感を抱くであろう人種であることも否定出来ない。
魔法少女という立場を受け入れて今日まで生きてきた真美子には頷けない話であるが、美香の理屈も一理あるのだ。
しかしこの手の話題を本気でするのは不毛な結果にしかならないし、本来のテーマでもない。
千春は年長者として脱線した話を戻そうと、魔法少女と元魔法少女の会話に横やりを入れた。
千春の介入によって真美子が口を閉じてくれたので、美香の方もとりあえず矛を収めてくれたようだ。
どちらかと言えば美香寄りの言葉を口にしたこともあり、恨めし気に千春を横目で見ている。
真美子の抗議の視線に気付かない振りをして、千春は改めて美香に対してホープのことを尋ねた。
「君はホープを捨てた、そこまでは聞いた。 じゃあ次の質問だけど、君はどうやってあの子を捨てたんだ?
まさか大きい段ボールに入れて、拾ってくださいって札を掛けた訳じゃ無いだろう? あんな巨大な熊をその辺に放ったら、流石に大騒ぎになるだろうし…」
「当たり前でしょう、私もそこまで馬鹿じゃ無いわ。 私は母さんのお陰で、ホープの存在は周囲から隠せていたの。 そこの女にみたいに目立つようなことはしてないから、ホープのことを知っている人間はごく少数よ。
でも逆を言えば私とホープと結び付けられる人間が居るから、普通に捨てる訳にはいかない。 だから私は…」
魔法少女の能力である使い魔を始末する一番簡単な方法は、そのクリスタルを破壊することだ。
普通の能力であればそれが失われるだけだが、使い魔に取ってはそれは自身の死を意味するだろう。
しかし美香は自身の使い魔であるホープを捨てたと表現しており、クリスタルを破壊した訳では無い事が分かる。
それなのにホープが死んでいる状況、つまりはクリスタルが破壊されている状況でないことはおかしいと彼女は言った。
これに動画に出ていたモルドンと見間違う真っ黒な体になったホープを見れば、美香のやったことに凡その予想が付けられた。
「当ててみよう。 ホープの体を黒く塗りつぶしてモルドンに偽装した。 それで何処かの魔法少女にモルドンとして退治されていることを期待したって所かな?」
「…そうよ、私があの子の体を黒く塗ったの。 お母さんもあの子が邪魔だったみたいで、私に手伝ってくれたわ。
それであの子を車に無理やり押し込んで、この街からずっと遠くに運んだ。 それで私はあの子にこう命令したの、私が迎えに来るまでモルドンを倒し続けろって…」
「そ、それがホープが黒くなっていた理由、一人でモルドンと戦っていた理由ですか!? そんな、酷い…」
「あれは私が作った物よ! 私が何をしようと勝手でしょう!!」
残念なことに内心では外れて欲しいと思っていた、千春の推測は見事に正解したようだ。
黒い体に黒いクリスタルを持つ存在であれば、魔法少女関係者であればそれを必ずモルドンと誤認する。
この美香と言う女はホープの体を何らかの手段で黒く染め上げて、モルドンと間違われて駆除されることを狙ったらしい。
中学生一人の力では難しいかもしれないが、美香の母親という大人の協力者が居ればそれ程難しい作業でも無い。
そしてモルドンもどきとなったホープは、今日まで言い付け通りにモルドンと戦い続けていたという事だ。
美香の所業は使い魔を愛する真美子に取っては許しがたい物であり、怒りのままに非道な元魔法少女を糾弾する。
そんな真美子の態度は美香の癇に障ったらしく、逆切れ気味に批判を突っぱねた。
「勝手なことを言わないで! 使い魔にだって感情はあるんですよ、可哀そうだとは思わないんですか!!」
「使い魔は生き物じゃ無いわ。 所詮は魔法少女なんて訳の分からない力が作り出した作り物よ! そんな物に愛情を注ぐ方がどうかしているわ!!」
「…もう止めないからな、俺は」
小学生の頃は仲良く動画に出演していた二人が、年を重ねて高校生になった事で相反する関係になってしまった。
決して混ざらない水と油のように真美子と美香は、真っ向から自身の主張をぶつけ合う。
徐々にヒートアップしていう口論に耳を傾ける限り、二人の少女が歩み寄る気配は全くなかった。
正直まだ話が終わってないのでまた軌道修正をする必要があるのだが、この様子では下手に口を挟んだら巻き込まれる可能性が高い。
女の口喧嘩に男が混ざっても碌なことが無いので、とりあえずホープの情報は聞けたと言う建前を使って千春は二人の仲介を放棄するのだった。




