6-9.
あの夜の公園で行われたマスクドナイトの戦いは、天羽の手によって密かに撮影されていた。
元々マジマジでの活動を意識していた魔法少女の天羽は、投稿用の動画作りのノウハウを学んでいる。
偶然にもモルドンと遭遇してしまったあの日、天羽は黒い異形から逃れるために必死に走って逃げていた。
しかしその間に天羽は自身の危機的状況にあるにも関わらず、密かに追ってくるモルドンの姿を撮影していたのだ。
奮発して大容量の記憶媒体を購入しておき、長時間撮影に備えて携帯に入れておいた甲斐があったらしい。
その流れで公園に乱入してきた千春の雄姿も、ばっちり彼女の携帯に納められたのである。
「うーん、やっぱりまずいよね…。 でもなー、絶対マジマジで受けるよね…。
ああ、なんで私はあの人の連絡先を聞かなかったのよぉぉっ!!」
マスクドナイトの戦いを間近で見た天羽は、彼こそが自分の求めていた存在であると確信した。
最早魔法少女の供給過多と言っていいマジマジで、世界初の男性変身者の活躍が注目を集めない筈が無いのだ。
しかし天羽も世間一般の常識は備えており、本人に無断でネット上に動画を投稿することは非常にまずい事である事は分かっていた。
モルドンを倒した青年は天羽の静止の声を無視して、憎いほどに颯爽と公園から去ってしまった。
あそこで飛び掛かってでも青年を止めて、連絡先を聞くべきだったと天羽は今更ながら後悔してしまう。
この動画を投稿するには青年の同意が必要であるが、今の天羽にはその同意を得るための連絡手段が無いのだ。
「…そうだ。 この動画を投稿すれば、きっとあの人から連絡してくれるよね。 事後承諾だけど、正義の味方さんならきっと許してくれるわ。
万が一に備えて、個人情報に繋がりそうな所は上手く編集してっと…」
最終的に天羽は、マスクドナイトの動画をマジマジに投稿したいという欲望に負けてしまう。
自分を助けてくれた青年と再会するためと言う、都合のいい建前を掲げながらマジマジへの投稿を決意したのだ。
一度決めてしまったら後は突っ走るだけと、天羽は満面の笑みを浮かべながら投稿用の動画編集を初めていた。
「きっとみんなが注目するわ…、私を救ってくれたヒーローにね。 ふふふ…」
天羽がマジマジに拘る理由は、特別になりたいという若者にありがちな欲求であることは間違いない。
事実として後にマジマジで有数のチャンネル主に上り詰めた天羽は、これまでの人生の中で感じたことの無い充実感を得られた。
しかし実は天羽にはもう一つ、NIOHチャンネルでの活動を続けたい理由が存在していた。
動画作りのパートナーになった千春すら知らない天羽の思いは、未だに彼女の胸の内に納められたままである。
ゲームなどの架空の世界においては、敵モンスターを寝返らせて味方にする展開は良く出てくる。
それと同じ発想で魔法少女に取って敵である筈のモルドンを、味方として使役するという発想が出てもおかしい事では無い。
しかし大抵のモルドンは黒一色の醜悪なモンスターの姿をしており、十代の少女であればこれを仲間にすることは遠慮したいだろう。
加えて自分の代わりに戦ってくる相棒やペットが欲しいならば、わざわざモルドンを使わなくても使い魔を作った方が手っ取り早いのだ。
これらの理由もあってか千春はこの時まで、モルドンを使役する魔法少女が現実に存在するとは思っていなかった。
「モルドンの使役か…。 その発想はありそうで無かったな…」
「大丈夫なの、そのモルドン…。 噛んだりとかしないよね?」
「全然平気よー。 ねぇ、3号!!」
「■■■■っ」
モルドンを使役する特異な魔法少女、ことみが3号と呼ぶそれは漆黒の体を持つ四つ足の獣型モルドンだった。
全体的に丸みを帯びた身体付きであり、犬と言うよりは狸に近い見た目である。
しかし小学生を背に乗せて歩けるほどに巨大な狸が居る筈も無く、その巨体と額の黒いクリスタルがそれをモルドンだと教えていた。
3号という呼び方から考えるにこの少女は、他に一号と二号のモルドンを別に飼っているのか。
見たところこのモルドンは暴れる気配はなく、完全にことみの制御に置かれているようだ。
背の上の少女に相槌する姿だけ見れば、この3号とやらは他の魔法少女の使い魔と殆ど変わらないように見える。
「なるほど、今日の俺たちの相手はこいつか…。 タナトスって使い魔じゃ無かったんだな?」
「あの子は駄目っす。 万が一クリスタルを破壊されたら、そこで終わりっすから…」
「そういえばそうか…、あいつは親に捨てられたんだよな…」
当初は実験の相手がタナトスと考えていた千春であるが、彩花の言葉でその可能性は有り得なかった事に気付く。
使い魔の命というべきクリスタルは、一度破壊されても条件を満たせば修復することが可能だ。
しかしその条件とは破壊されたクリスタルの欠片が揃えた上で、それを生みの親である魔法少女の傍に置いておくことになる。
タナトスは生みの親である魔法少女から捨てられた哀れな使い魔であり、あの使い魔ではこの条件を満たせないのだ。
下手をすればタナトスを死なせる可能性がある危険な実験へ参加させるほど、この魔法学部は鬼では無いのだろう。
「まあ、渡りのモルドンを想定したなら、モルドンを相手にした方が妥当だろうけど…」
「ふふふ、勿論これで終わりじゃ無いっす。 うちの力を見せてあげるっす」
「それは…、カード?」
幾ら魔法少女に使役されているとは言え、3号と名付けたそれは単なるモルドンにしか見えない。
モルドンが魔法少女に勝てないのは常識であり、このままではとても渡りのモルドンを想定した仮想敵にならない。
そんな千春の疑問を解消するため、彩花はクリスタルが埋め込まれた長方形のケースを取り出す。
彩花はそのままケースの中に指を入れて、そこから一枚のカードを引き抜いたのだ。
「ことみさん、3号から離れるっす」
「うん、分かった! 絶対に勝つのよ、3号!!」
「いくっすよ…、Strength(強化)」
「■■■っ、■■■!!」
彩花に促されてモルドンの背から降りたことみは、彼女の方へと駆け寄って来る。
ことみが離れたことを確認した彩花は、手に持ったカードを3号に向けながら何やら呪文のような言葉を呟く。
するとカードが独りでに消えてしまい、同時にモルドンの体が光に包まれたでは無いか。
その光は消える事無くモルドンの体に纏わり続けており、千春は目の前の相手が別物になったことを察する。
「他人を強化する力、それがあんたの魔法少女としての能力か!? モルドンを使役する子といい、つくづく変わった魔法少女だな」
「世界初の男性変身者に言われたく無いっす。 これでこの子も、渡りのモルドンとやらに近づいた筈っすよ」
「ああ、面白くなってきたな…」
ただのモルドンでは足りないのなら、その力を強化出来れば問題は無くなる。
彩花と言う名の魔法少女は、珍しい事に他者を強化する力の持ち主であったらしい。
その強化率は中々の物らしく、強化された3号から受ける圧力は普通のモルドンの比では無い。
粕田教授は渡りのモルドンを再現するために、この二人の魔法少女を用意したという訳だ。
千春は自身が弱体化している状況を忘れて、楽し気に3号の姿を睨みつけていた。
魔法少女の力によって強化されたモルちゃん3号が現れたことで、今日のメインイベントの役者は揃った。
実戦であれば相手側の弱点と言える、ことみや彩花を先に狙うのが常道だろう。
どちらも自身は戦闘能力が皆無のようなので、3号を上手くやり過ごせば簡単に決着が付けられそうだ。
しかし今回はあくまで渡りのモルドンを想定した模擬戦闘であり、そんな真似をした実験の意味は無い。
そのためことみたちは天羽たちと同様に観客スペースと避難しており、訓練場に残されたのは千春たちと3号だけになる。
既にバイクと合体しているシロと、戦闘用である全長数メートルのドラゴンとなったリューは既に戦闘準備は万端だった。
「準備はいいな、佐奈」
「はいっ、千春さん!!」
シロたちに続いて千春と佐奈もまた、3号との戦いのための準備を始める
千春は何時ものように魔法ステッキに見立てた構えを取り、それと同時に腹部に赤いクリスタルが埋め込まれたベルトが展開した。
佐奈は千春のような派手な構えをせずに自然体となり、腹部にはクリスタルが埋め込まれた細身の女性用ベルトが展開する。
「「…変身!!」」
以前の佐奈は声を出さずに魔法少女の姿となっていたが、どうやら今日は千春と合わせたようだ
佐奈が千春に同時に叫んだ次の瞬間、腹部のクリスタルから放たれた光が両者の全身を覆っていく。
そして光から出てきたのは赤い鎧姿のヒーロー、千春に残された唯一の力であるマスクドナイトNIOHのAHの型だ。
隣にボディースーツ風の近未来的な宇宙服を身に纏い、頭には黒いアイマスクを付けたNASAこと佐奈が並び立つ。
互いに相手を睨み合う千春たちとモルちゃん3号、渡りのモルドンを想定した模擬戦闘実験の火蓋は切って落とされようとしていた。




