32話 行動開始
研究者の言葉を合図として、シャドウウルフと呼ばれた魔獣は飛びかかって来る瞬間を、ロウは見ていた(・・・・)。
だが、それは既に想定していた動きだ。
……魔力の反応がある魔獣が相手なら、防御くらいは出来ます……!!
己の魔眼は魔力の動きを感知する。
実際に狼の身体が動くよりも、少しだけ早く、体内を駆け巡る魔力を見る事が出来るのだ。それ故に、こちらに来る寸前の、前足への力の入り具合も分かる。
どういう経路で飛びかかって来るかも分かった。故に、
「――【魔法防楯】!」
ロウは咄嗟に、ポケットに入れていた灰色の符を取り出し、目の前に投げつけた。
瞬間、符は周辺の空気を吸い上げたかのように一気に膨らみ、ロウの目の前に灰色の壁を作り出した。
……商人として仕入れた、自己防衛用のマジックアイテムです。
それを、自身の前――狼が来るであろう進路に置いた。すると、
「――ガアッ……!!
ロウの読み通りの進路で狼は飛びかかって来た。その爪で、こちらの身を引き裂こうと。
しかし当然、狼の爪は魔法防楯にぶち当たり、止まる。
「今です!」
「押忍!!」
その静止の隙を狙って、抱えていた食料の箱から武装を取り出した、一人の兵士が突撃する。
その動きは素早く、手にした剣でシャドウウルフを斬りにいく。だが、
「ゴアア……!!!」
狼は、魔法防楯に片腕の爪をひっかけながらも、残った腕を兵士に振るった。
「ぐ……!」
兵士は剣で受け止めたが、しかし、狼の膂力のせいで、押し返される。
……なんてパワーですか……!
けれど、まだ一人の兵士が止められただけだ。
その後ろからもう一人が、剣を狼に突き刺しにいく。もう振るう腕は残っていない。それ故、兵士の剣は、間違いなく、シャドウウルフに向かった。だが、
――キン!
という金属音と共に弾かれた。
「っ……かてえぞ……!」
「どいてろ! 俺っちが潰す!」
剣が弾かれた二人。その横から、伸縮式のハンマーを手にした男が、その腕を振り下ろした。
その一撃は、黒い狼の頭を完全にとらえ、
「グオ……」
勢いのままに砕いた。
そして頭部を失った黒い影の狼は、粒子となって消え去っていく。
「ふう……大丈夫か、皆」
「ああ……。あの狼、魔力で出来てるからか、すげえ硬かったぜ」
「パワーもやばかったですよ。最初にロウ様が、盾で止めてくれなかったら、どうなっていたか……って、研究者はどこに?!」
兵士たちは周辺をきょろきょろと見回す。
狼に集中したせいで、研究者の姿を見逃したのだろう。だが、
「皆さん、あっちです。奥に走っていくのを見ていましたよ」
ロウは見ていた。
戦闘の最中、盾を張った後、周囲を見る事に徹していたのだ。
……戦闘が苦手な自分には、防御以外に周囲を観察すること位しか出来ないですからね。
しかし、そのお陰で、下手人の行き先は見失わなかった。
「あの奥にある大扉の部屋に入っていきましたから、恐らくそこにいるでしょう」
ロウが指差した先には、大広間に入った時と同じくらい大きな扉があった。
それを見て、兵士たちは顔を見合わせる。
「どうする? 一旦、報告に戻るか?」
「その方が安全かもしれないわね……ロウさんは、どうかしら?」
「僕も一時撤退に賛成ではありますね。逃がしてくれるなら、ですが」
兵士たちはそう言った後、一人の兵士が代表して、出入り口の扉を開けようとした
しかし、ガチャガチャと扉の取っ手がなるだけで、一切開くそぶりが見えなかった。
「どうしました?」
「開かないみたいです。どうやら出入り口の扉が、魔法で閉められています」
その言葉に兵士たちは眉をひそめたあと、部屋を見回し始めた。
「窓は……この部屋には無いし、確か廊下や玄関にも無かったな」
「そうだな。壁にも破壊耐性の魔法が掛かってやがるし。壊して出るには時間がいるぞ、こりゃあ」
「なるほど。解除魔法は……どなたか出来ますか?」
皆、首を横に振った。
当然だろう。兵士たちは肉弾戦や、魔法による戦闘もこなせるだろうが、それ以外は専門ではないのだから。
「脱出のために出入り口を探してもいいですが、研究者に逃げられるか、最悪、背後からまた、狼をけしかけられるかもしれないのが厄介ですね……」
隠し扉の存在といい、この邸宅はどこがどう繋がっているのか、分かったモノではない。
引くにせよ、進みにせよ、リスクはどっちが高いか分からない。ならば、
「ここまで来たら……追って捕らえる方が安全かもしれませんね……!」
「……そうですね。……賛成します」
ロウの言葉に兵士たちも頷く。
……ええ、こうなっては仕方がない、です。
どうせ逃げられないなら腹をくくって進むだけだ。
そんな事を思いながら、ロウは研究者が逃げた奥の部屋へと向かっていく。
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