28話 一癖ある弟子と、それ以上の師匠
リンネは、自らに突撃してくるメタルシープを前にしていた。
「とりあえず、倒してはいけなくて。大人しくさせるか気絶させて、厩舎か、柵内に運べばいい、とのことですが――」
喋りながら、リンネは一歩、前に踏み込んだ。
そうすればメタルシープとの激突は少しだけ早くなるが、しかし、
……真っ向からぶつかる気は有りません。
メタルシープが、その銀色の角や体毛をこちらに触れさせるよりも早く、リンネは身を半回転させた。
それだけで、メタルシープの突撃はすれ違い空を切る。
そしてすれ違いざまに、腰の剣を引き抜いて、剣の腹でメタルシープの額部分を叩き、
「良い眠りを――【睡眠】(スリープ)」
魔法を放った。
すると、リンネの横をすれ違ったメタルシープの足はよろよろとしはじめ、そして、
「――」
くてっと、足を畳むようにして身を地面に降ろした。どうやら、しっかり眠ってくれたようだ。それを示すように、先ほどまで銀色で金属のように硬化していた体毛が、ふわふわとした白いものに戻っていた。
「ふう、こんな感じでしょうか」
どうやらうまく行ったようだ、と額の汗をぬぐっていると、ぱちぱち、と背後から拍手が聞こえた。
「わー! リンネちゃん、凄いわね。剣を通して眠らせるなんて!」
「あ、ありがとうございます。衝撃と魔法を通す剣術は、アイゼン先生から教わっていましたから」
そんなこちらに対し声を飛ばして来るのはフィーラだけではなく、
「おお、早速一匹捉えたのか。流石はアイゼン殿とパーティーを組んでるだけあるぜ、リンネ嬢」
先ほど厩舎に羊を届けに行っていたデイビットも、喜ばしそうな表情と共に言ってくる。
「やっぱり、アイゼン殿や、そのパーティーの方々には独立で動いて貰って正解だったよ」
「えへへ、どうもです。そちらはどんな感じですか、デイビットさん?」
「あー……こっちはこっちで、言霊を使ったり、部下に指示だしをしてるんだが……」
自分の問いかけに、デイビットはバツが悪そうに苦笑いを浮かべて、近場の牧草地を見た。
そこでは今、言霊の扉の三人が纏まって、数体の羊を相手にしようとしているのだが、
「ぐう……こっちのデカい個体……言霊が全然聞かねえ! 自力で止めるの、きちいぞ……!」
「戦士系の職業を持ってても、押されるとか、本当にヤバい馬力してるな、この羊! ――あ、そっち側、もっと踏ん張れ! ちょっとでも間を開けると、突進されるぞ」
「おうよ……!」
といった感じで一匹二匹の羊を相手に苦戦しているようだった。
「まあ、この通りだ。ちと、力で押されててな……。俺も言霊で、近場の奴らを順番に弱らせてるんだが、どうにも時間が掛かってる感じだな」
「あはは……メタルシープは大人しそうな見た目でも、力はありますからねえ……」
「一応、腕っぷしの強い言霊使いと魔法使い、それと近接職の連中も連れてきてるから何とかなると思ってたんだが。予想以上だったな」
それでも、今いる奴でやるしかないんだけどな、とデイビットが零していると、
「そういうことなら、私が演奏魔法で彼らの手助けをしようかしら。私の演奏や歌を聞けば、彼らの力も大分増すでしょうし」
フィーラがそう言った。
「え、いいのかデュロム嬢」
「勿論よ。マスターから、『必要なら言霊の扉の皆をサポートしてくれ』とも言われていたからね」
「そうだったのか。いや、ありがてえ。お願いできるか」
「はいはい。とりあえず――今回は歌詞が言霊使いさんの邪魔になっても良くないでしょうから、楽器による演奏魔法になりそうね」
フィーラの言葉に、リンネは首を傾げた。
何故なら、見た限りでは彼女は手ぶらなのだから。
「あの、フィーラさん。楽器はあるんですか?」
「ええ、勿論。持ってきてるもの」
言いながら、フィーラは自らの懐からバイオリンを取り出した。
それも、結構な大きさのものをだ。
「え? あの……ど、どこに入れていたんですか……?」
服の中に、そんなサイズが入っているようには見えなかった。
フィーラは胸が大きい分、胸部にある程度の膨らみがあるけれど、そこに入りきるような大きさにも見えないし。
魔法で拡張した袋でも仕込んでいるのだろうか、と思いながら見ていたら、フィーラは楽しそうな笑みを浮かべた。
「ふふ、フィーラちゃんの秘密、あとで話してあげるわ。でもまあ、今は演奏を優先させてね?」
そう言いながら、フィーラはバイオリンを構え、音を奏で始めた。
綺麗な音が、牧草地に響き渡る。
……この音を聞いただけで、何だか体が暖かくなってきますね。
そして、この効果は、周りにいる言霊の扉の面々にも出ている様で、
「お、おお、力が増したぞ……!」
「これなら、何とか……いけるぞ……!!」
先ほどまでメタルシープに押されていた面々が、力で拮抗し、そして勝り始めた。
そのまま厩舎に押し込むように進んでいく。
その様子を見たからか、近くにいたデイビットが明るい声を上げた。
「おお、流石は百英雄のデュロム嬢だ。がっちり部下たちを強化して貰えるなんて、助かるぜ」
「ふふ、私も皆が笑顔で仕事をしているのを見れて嬉しいわ!」
そんな風に、デイビットとフィーラが話していた。
その時だ。
――ドカッ
という音と、
「うわあああああ!」
叫び声が響いた。
音と声の出どころは、ここから約五十メートル程離れた地点。
見ればそこでは、言霊の扉のメンバー数人が、メタルシープに突進を仕掛けられていた。
この近くにいる羊よりも一回り大きく見える個体だ。
そして、その個体の後方には、膝を付いている男も見えた。
音から察するに彼は彼で弾き飛ばされたらしい。
「あいつら……宥めるのをしくじったか」
羊から走って逃げているが、しかし、速度差は歴然で、直ぐに追い付かれるだろう。更には、
「んー、向こうまで行くと、今の演奏魔法の範囲外だから、肉体強化も間に合わないわね」
フィーラは自らのバイオリンと、彼らを見比べつつ言った。
「そいつは……ちょっとあぶねえな。あいつら跳ね飛ばされちまう」
「ですね。助けにいかないと――」
だから、リンネはそう言って動き出そうとした。が、
「待って。大丈夫よ、リンネちゃん」
背後からフィーラの静止が聞こえた。
「大丈夫って、どうして……!」
リンネは振り向きざまに、フィーラに話を聞こうとした。だが、
「急ぎだったら、こうするから」
こちらが効き終える前に、フィーラは喋りながら、バイオリンを置いた。
そして、彼方にいるメタルシープに右腕を向けて、
「【スタート:ライトアーム】」
唱えた瞬間。
――ドッ!
という音と共に、フィーラの右腕が、飛んだ(・・・)。
肘から先の部位が、文字通り、一直線に。高速で。
「――ふぃ、フィーラさん!?」
驚くリンネをよそに、魔力の光を肘の部分から吹き出しながら進むフィーラの右腕はそのまま、羊に向かい、
「――!」
ガシッと、その手で羊の頭部を掴んで、地面に引き倒した。
頭部を掴まれた羊はもがくが、しかし地に押し付けられたままだ。
そのまま数秒も抑え続けられると、羊は大人しくなった。
「うん。頭も冷えたみたいだし、言霊の扉の人たちはこれで大丈夫でしょ」
よしよし、とフィーラは頷いている。しかしリンネにとってはそれどころではなく、
「あ、あの、フィーラさん……? そ、その腕は一体……?」
右腕を飛ばして、なお平然としているフィーラに目を見開いていた。
リンネだけではない。
フィーラに助けられた言霊の扉の面々や、彼らを取りまとめるデイビットも驚きの表情で固まっていた。
……肘から先がないですが、出血もしていないですし……。
本当に、どういうことだろうか、と思っていると、
「あらあら。そういえば、マスター以外は私の『種族』を知らなかったのね」
言いながら、フィーラは右腕を振る。
すると、彼方で羊の頭部を掴んでいた腕が、戻ってくる。
「私は『オートマタ』だから。体を分離したり結合したりできる魔法を持っているのよ」
そのまま右腕は肘の先にくっついた。
「こんな感じにね。というか、皆の反応からすると、オートマタを見たことがなかったみたいね」
「は、はい。珍しい種族と聞いていますし……私も初めてみましたから……」
昔、社会勉強をすべきだとアイゼンに諭されたことがある。
その時、アイゼンが持っていた様々な書物や図鑑、歴史書を読ませて貰ったのだ。
そこで様々な種族に付いても知ったが、
……オートマタに関しては、起源は謎ということと、外見上ではヒトと区別が付き辛いこと、全体数が限りなく少なく、詳細はほどんと分かっていないという事しか載っていなかったんですよね……。
リンネは過去を思い返す。
弟子になる前も後も、フィーラしかオートマタというものは見たことがない。
「先生のお弟子さんには多様な種族がいらっしゃると聞いてはいましたけれど……何というか、凄いです……。演奏だけじゃなくて、こんな事も出来るなんて」
「あら~、褒めてくれて嬉しいわ、リンネちゃん! フィーラちゃん、どんどんやる気になっちゃうわ! 【スタート:レフトアーム】」
言いながら、フィーラは左腕を飛ばした(・・・・)。
すると、左腕の直線状。言霊の扉メンバーの拘束を逃れた羊を掴み、再び地面に押し付けていた。
「ひ、左腕も出来るんですね」
「色々な所が飛ばせるわよ。感覚は残ってるから細かい動作も出来て、結構便利なの」
フィーラは、左腕の先にいる羊を五指で掴みながら言う。
先ほどと同じく数秒もがいた羊は、諦めたのか、大人しくなる。
「お、俺たちが数人がかりで抑えきれなかった羊を、片腕で……」
「やべえな。流石は百英雄……」
言霊の扉の面々からはそんな声が聞こえてくる。
それらのセリフに対し、フィーラはふふ、とほほ笑んだあと、
「皆、褒めてくれて嬉しいわ。……でもね、こういった種族の特性に頼る事もなく、色々出来てしまうマスターは、もっと凄いのよ。ほら、あっちを見てよ」
そこには、すっかり落ち着きを取り戻した羊の群れを連れてくる、アイゼンの姿があった。




