第32話 預言者としての動きだし
「お、お師匠様……」
弱弱しい声を上げてこちらを見上げてくる懐かしの顔に対し、俺は先ほど投げた杖を回収しながら、静かに声を掛ける。
「ああ。久方ぶりだな、メル。生きていて何よりだ。――君の弱点は火力だったのに、あんなに再生を繰り返す魔獣を相手に、よく頑張ったよ」
そう言いながら地面にへたり込む彼女に肩を貸す。すると、彼女はそっと、こちらの手に触れてくる。
「暖かい。幻覚じゃ、ない……」
「そりゃそうだ。ちゃんといるからな」
そんな風に彼女に声を返していると、
「メル学長――!! ご、ご無事ですか……」
向こうから、剣を装備した女性が駆けつけてきた。
ユリカの話にあった、この魔法大学の警護部隊の一人だろう。周辺の大気から聞いた感じでは部隊長らしい。
「え、ええ、……平気よ」
彼女に対し、メルは微笑みながら言う。
ただ、心配させない為の表情だ。貸している肩には震えがある。
「疲労はしているみたいだからな。部隊長さん、メルを頼む」
「え? あ、はい」
そうしてメルの身体を部隊長に預けていると、
「先生――! やっと追いつきました! 私の方も、サポート準備も完了ですよ――!」
背後からリンネが走ってきた。
メルが戦闘中との事で、俺だけが急いで先行してきてしまったけれども、追いついてくれて何よりだ。
「それじゃあリンネ、来る途中に伝えた手筈通りだ。ユリカと一緒に倒れている人たちの避難を頼む」
「はい、お任せください。ユリカさんも後方で薬を作って下さっていますし、それを活用しながらこの辺りの人をお守りいたします!」
打合せ通りに動いて貰えれば、救命と避難の方も彼女たちに任せておける。万全だ。あとは、
「……俺が、片付けるだけだな。行ってくるか」
そうして、俺は杖を手にオーガに向けて歩きだす。すると、
「え、えっ……!? あ、貴方! 何をしているんですか!? 杖を持っているような後衛職がそんなに近づいては危険です!!」
メルを支えていた警護部隊長が慌てた声を発してきた。
どうやらこちらの装備を見て、職業を推察して心配をしてくれているらしい。
「――うん? 杖……ってこれの事か。大丈夫、これは杖としても使えるだけ、だからな」
「え……」
心配は有り難いが、問題はない。そう思いながら、俺はティターンオーガを見やる。
先ほど、俺の杖が氷の弾丸を弾いた瞬間を見ていたからか、こちらを警戒しているようだ。
じっくりと、大きな氷の弾丸を体の周囲に準備している。
一度、氷の弾丸を防いだだけで、こういった対応をしてくるとは、それなりに頭は回るようだ。だから、
「さて、ティターンオーガ。俺は、久々に弟子と喋りにきたんだ。悪いが退場して貰いたいんだが……」
声を掛けてみた。すると、
「オオオオ…………!!」
ティターンオーガは、右手に氷のメイスを構えて、俺の方へとのしのしと歩いてくる。
明確な殺意と飢餓を感じる顔で、だ。
どうやらこちらを食う気抜群のようだ。
話が出来るのであれば、そのまま退場して貰おうと思ったのだけれども。
「――言葉は通じないか」
「……!」
相手は止まらない。
ならば、やる事は決まりだ。
俺は杖を構える。
ここからは当初の想定通り。己の職業の力を用いて、すべき事をするだけだ。そう――
「ティターンオーガ。お前に、敗北の言葉を予えよう」
●
メイスを構えた状態で走り出すオーガと、それを相手にゆるりと相対するアイゼンの姿をメルは見ていた。
こうして後ろから師匠の姿を眺めるのは何年ぶりだろうか、とそんな思いを抱いていると、
「め、メル学長! 早く援護をしませんと! あの男性、危ないですよ! 魔術師系の職業者が、あんなことをするなんて……」
自分の隣で、応急処置用のポーションを掛けてくれている部隊長が言ってきた。
「魔術士? 誰が?」
「あ、あの人です! つ、杖を持っているって事は……魔術士系統の方ですよね!? あんな風に、近接戦を挑まれたら駄目な筈……! せめて、防御魔法の一つでもかけないと死んじゃいますよ!」
焦るような口ぶりだ。確かに魔術士は近接戦を苦手とするから、言っている事は分からないでもない。けれど、
「杖って、あの人が持ってる武器の事よね。……それなら大丈夫、あれは杖としても使えるだけ、だから」
「え……?」
メルは全く心配してなかった。
「オオオオオ……!!」
オーガがアイゼンに氷のメイスで殴りかかろうとしている瞬間ですら、その考えは揺らがない。
そんな彼女の思いを証明するかのように、
「――!?」
アイゼンに向かっていたティターンオーガのメイスが止まった。
理由は明確だ。
「遅いぞ、ティターンオーガ」
アイゼンがメイスを受け止めていたからだ。
杖のシャフト部分を抜き放ち、銀色の刃が見えるようになった剣で。
「杖が、剣に――!?」
部隊長は目を見開き、驚きの声を上げた。だが、そんな彼女の声が出され終わるよりも早く、アイゼンは動き出していた。
「【身体よ 加速せよ】――【瞬発強化】」
その言葉が聞こえた瞬間に、アイゼンの剣は、ティターンオーガの右腕を肘から切り落としていた。
「グ!? ――オオオオ!?」
ただ一度の打ち合いで腕を両断されたティターンオーガは、苦悶の声を上げて一気に後ろに下がる。
けれど、戦意は衰えておらず、それどころか怒りを持ってアイゼンをねめつけている。
対し、アイゼンは剣に付いた血を払いながら、再びオーガへと剣を構えていた。
そんな二人の姿を見て、
「なんですか、あの剣の振りは……。私でも、見えなかった……!?」
部隊長は唖然としていた。
「魔力で肉体を強化しているのは分かりますが、あんなに自己強化出来る魔術士なんて見たことがないですよ……!?」
魔術士という職業にも肉体を強化する魔法はある。だが、それをしてなお、基本的に後衛を務める事が多い。
何故なら、強化のたかがしれており、近接職の動きにはどうあっても追いつけないからだ。だから、彼女の認識では、おかしいとしか思えないのだろう。
「あの動きは、近接職以上のもの……!? なぜ、あんな動きが出来るのですか……! いえ、それ以上に、あの重量級の一撃を受け止めるなんて、どんな腕力をしているのですか……!?」
「それは当然よ部隊長。あの人は、魔術士じゃないもの」
「魔術士じゃない……?」
そうだ。当然なのだ。何故なら、
「あの人は――預言魔法を使いこなす預言者で。私たちに魔法のイロハを教えてくれた人で……近接戦闘すら叩き込んでくれた。私たちよりもはるかに強い、英雄(私)たちの師匠なんだから……!」




