第11話 最強預言者、冒険者としてのスタート
朝、俺は『錬金術師のアトリエ』の上層にある部屋で目を覚ましていた。
俺たちがユリカ直々に案内されて泊まる事になったのは、大きなベッドが二つ置かれた広い部屋だ。
大きな風呂も備え付けられており、とてもリラックスして夜を過ごせた。
ユリカの話によれば、とりあえず二週間ほど部屋を押さえたので、自由に使って欲しいとの事だった。
……二週間も経つ前に、この街は出るとは思うけれど、有り難い話だ。
そんな風に思う俺の隣のベッドでは、今はリンネが寝ていた。
「ふみゃあ、せんせえ……。あったかい……」
と、毛布を抱きしめながら、寝言を呟いている最中だ。
……普段はリンネと起きるタイミングは同じか、リンネが早いくらいなんだがな。
昨日は外界に出て、疲れていたのかもしれない。
しばらく寝かせておこう。
……さて、今日からどうするかな。
リンネを寝かせている間に俺は、昨日得た情報を頭の中で整理しながら、今日の予定を立てていく。
昨夜は部屋に案内された後、宿の一階で、リンネやユリカと一緒に食事をとった。
その時に聞いた話では、魔法大学の学長をやっている弟子のメルは、今も魔法大学分校にいるという。
……ちょうどいいし、開拓の都市を離れる前のタイミングで一度、挨拶にいきたいところだ。
その分校までは割と距離があり、農牧地と小さな住宅地、そして林地を歩く必要がある。しかし、もとより旅をするつもりだったのだから問題はない。
都市部から離れた場所に行くのもまた『冒険』だ。
……いつ行くか、はまだ決まっていないのだけれどもな。
しかし、この街を離れる前には絶対に行こうと思う。
「メル達にも、リンネの紹介をしたいからなあ……」
と、呟いた時だ。
「ふあ…………?」
リンネが目を開けて上半身を起こした。
「おお、起きたか」
丁度目覚めるタイミングだったかな、と思ってリンネを見ると、
「ん――」
彼女はしばらく、ぽけっとした目で周りを見た。
そして、数秒後にはっとしたのか、目を見開いた。
「――ッ、しゅ、しゅみません……。起きるのが遅くなりました……」
リンネは回らない口と、未だに少しはっきりしない目を擦りながら、ベッドから降りてくる。
そんな彼女を微笑ましく思いながら、俺は首を横に振った。
「謝る事じゃないって。もっと気楽に過ごしていいんだからさ」
何か予定でぎゅうぎゅう詰めならばともかく、そうでないのだから自由に寝起きすればいい。
そう思うのだが、リンネは、むうっと残念そうな表情になる。
「いえ。弟子の中でも先生のお世話をしたい派閥の私からすると、割としくじりです……」
「そんな派閥はないと思うぞ。……多分」
「いや、でも、手紙の受け答えをしてると結構見ますよ。そういう言葉とか」
マジか。やる時はやる弟子がいるとは思っているけれどさ。
俺自身も世話や介護を絶対に必要とする歳や体ではないのだし。
そんなに気にしなくても良いと思うんだが。
「ううん、それでも、今後はせめて先生と同じくらいに起きたい所です。……というか、アイゼン先生は凄いですね。異界から外に出たばかりなのに、いつも通りのリズムで起きられるなんて」
「そうか? 習慣の付き方が、ちょっとばかり強かっただけだと思うけどな。もしくは体力の差か」
人間が普段いる世界と、異界とでは、大気中に含まれている魔力の濃度が違う位しか違いがない。
そのせいで老化が進まなかったり、時間の流れがおかしくなる事などはあったし、偶に昼夜の訪れ方は逆になる事もあった。
両方の世界に行き来したら、体内時計は少しおかしくなるかもしれない。
……けれど、俺の場合は寝る時間は変わらないしなあ。
一定時間眠れば起きれるし。日が昇れば、それでもまた起きる事は出来る。そういう習慣が付いてしまっている。
今回もその習慣通り、日が上がって来たから起きただけなのだ。故に、
「多分、リンネがいつも通り起きれなかったのは、昨日、疲れていたからだろうさ。世界を移った事で体内時計がボケたとかでな。体が疲労してれば習慣通りに行かんことはよくあるし」
推測ではあるが、その可能性は高い。そう伝えると、
「私よりもアイゼン先生の方が沢山動いていましたし、魔力も使っていたと思うんですけど……。それなのに、私の方が疲労に耐えられていないとなると、アイゼン先生の体力の凄まじさを実感させられますね……」
うう、とリンネは肩を落とす。
「……先生と暮らしていて体も鍛えられてるとは思ったんですが、体力を付けないといけません。先生の持久力などが凄すぎるっていうのは置いておいて、それに合わせられる位にはしないと……!」
などと、リンネはそんな事を言いながら、両手をぐっと握っている。何やら気合が入っているようだ。
まあ、体力をつけるのは悪い事ではないのだし、思うように頑張ってくれればいいと思う。ともあれ、リンネもしっかり喋れるくらいには頭が冴えてきたようだ。
「――よし。それじゃあリンネ、すっかり目が覚めたみたいだしさ。朝食を取った後にでも街や周辺を見て回ろうか」
「あ、はい! 『冒険』に行きましょう、先生!」
「はは、そうだな」
リンネの微笑みながらの台詞に、俺も笑みと言葉を返す。
こうして俺の冒険者として迎えた、新たな一日目が始まっていく。




