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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
65/121

皇女の帰還②

 木星帝国第一皇女ユイ・ファルシナはランクD思想犯として連邦宇宙軍の監視下にあった。個人名での土地の所有、蓄財が制限され太陽系惑星連邦に加盟する惑星への入領は固く禁じられていた。

 一計を案じた魚住とユイは法人格を取得し株式会社を興した。

 アラミスの港近くで営業していた小さな個人営業の店舗『コンビニエンスストアぎゃらくしぃ』のオーナーから屋号を譲り受けたユイは個人としてではなくあくまで『流通小売業ぎゃらくしぃグループ』の経営者として力を蓄えるという抜け道を見つけ出した。


 その元手となる資金のほとんどはワイズ伯爵家の当主アレキサンダーの名前でかき集めた金融機関や木星関連企業からの信用貸しであったがパトロール艦や貨物船のドライバーへの嗜好品販売、アラミス周辺コロニーへの生活必需品配達などの新規事業が当たった事で急速に成長を遂げたのだった。



「正真正銘、これが正統・木星帝国が取得した初めての領土です!」

 車から降りた一行の眼前には少し大きめの山荘が建っていた。

山の中腹付近にあるなだらかな土地に第一次産業革命時期の西洋屋敷と言った風情の二階建ての建物があった。赤黒い屋根と格子戸、壁に掛けられた魔除けの獅子が印象的である。

「へえ、これはまた趣のある建物ですね」

 ユイは積もった雪でスカートの裾が濡れてしまうのも構わず、駆け出した。

「ユイ様?」

 急に子供のようにはしゃぎ出すユイに一同は驚きを隠せない。

「皆さんもお早く!」

 マーガレットは裾を持ち上げ濡れないように追いかける。雄大もそれに続こうとするがリタが車の中から大声を出して雄大を呼び止める。

「トランクの中の荷物を持っていかんか小僧。あとこの小さい足では雪に埋もれて濡れてしまう。運べ」

「小僧、小僧とうるさいな──上から目線も大概にしてくれよ」

「実際に私は年長者なのだから当然だ」

「いいや。リオル大将の記憶があるという事を知っているのはユイさんと俺と牛島さん、そして宇宙軍のオービル元帥だけだ。表向き、あんたは八歳のリタ・ファルシナ。ユイさんの養女扱いの八歳(はっちゃい)の女の子。今や年長者なのはこっち。いい加減に受け入れなきゃな」

「ままごとの人形のような扱いをしおって。人権侵害も甚だしいとは思わんか。いずれこの所業を世間に公表してユイ・ファルシナを糾弾してくれる」

 ムッとしたまま車の中から足を出して雪の感触を確かめる。

「おっ──どうでもいい話だけどおまえ、滑舌が少しだけ良くなってきてるな」

「なんともままならぬ我が身よ、これは確かに惨め極まりない恐ろしい刑罰だ」

 歯噛みして悔しがるリタ。

「俺なら喜ぶけどな、子供に戻って人生やり直せるなんて」

「それはお前のように半端に生きてきた人生の落伍者はそう思うだろう。しかし私のように理想の実現のために着実に積み上げてきた者にとっては全てが水泡に帰したような喪失感が──」

 雄大は途中で聞くのを止めてトランクからユイやマーガレットの荷物を取り出した。

「最後まで話を聞かんか!」

「荷物を運ぼうとしてるんだよ! まったく口うるさいのが増えたなぁ」

「私の元の肉体は老齢による劣化はあるが日々の研鑽で限界まで鍛え上げた俊敏さ──体内で独自進化したナノマシンが──現段階における人類の医療技術の最先端を知る貴重なサンプル──科学と生命が織り成す総合芸術──人類全体の損失──」

 まぶたが重くなっている、眠気が襲ってきたのかリタの声は小さく途切れ途切れになっていく。雄大は荷物を背負うと大人しくなったリタを両手で抱えて雪の積もっていない部分を選んで山荘へと向かった。



 玄関先で雄大を待っていたのは予想外の人物だった。

 初対面だが、初対面ではないような不思議な感覚。

「あなたが宮城雄大さん、どうも。父がお世話になってます、是非ともあって御礼が言いたかった!」

 細身で繊細そうな貧乏学生に見える男性、クジナ技術大尉が山荘の中から顔を出した。ずんぐりしているリクセンには似てないのでこのひょろひょろっとした体型はきっと母親譲りなのだろう。

「こちらクジナさん。あのネコさんの飼い主ですよ」

 ユイは初対面というわけでは無いらしい。

「あんな拙い情報だけでよくあそこまで推理して、実行してくれました、本当にありがとう、宮城さん」

「いえ、拙いどころか大変有益な情報でした。今回の事件の真の英雄はクジナさん、あなたですよ。さすがリクセン艦長の息子さんです」

「いやあ僕はただ必死で……」

 握手をしたいところだったがリタをかかえているため両手がふさがっている。

「あ、良かったら娘さんをベッドに運びましょう。ニース、ニースさん? ちょっといいかい?」

 クジナが大声で呼ぶとスポーツブラにタンクトップ、ホットパンツという雪山の別荘とは思えない夏真っ盛りのような出で立ちの女性が小走りで此方にやってくる。足取りは軽く、重力を感じさせないようなステップ。

「あっ」

 雄大はキングアーサー内で敵としてニースの姉妹達を見ているためギョッとして彼女を見た。

「はじめましてですね! 私は十三番目(サーティーン)のニースです。ユウダイ・ミヤギ、ニースはあなたの事をよく知っています、恐るべき不確定要素(イレギュラー)

「イレギュラー?」

「はい、リオルがそう呼んでいました。ユイとユウダイ──リオルが恐れたほどの英雄お二人、そしてレムスを倒した勇者、マーガレットのお世話が出来るなんて。ニースはとても光栄です!」

「は、はあ──」

 明るく発光する体色に驚いて最初は女性どころか人間としてさえ認識出来ず面食らってしまったが、こうやって連邦の言葉を喋っていると人間らしく見えてくる。ニースは惜しげもなく張り艶のある肌を晒しており、なんとも健康的な色気を発散していた。

 雄大の視線は自然と胸元から太腿へと誘導される。

「おお……」

「宮城? あんたねぇ……」

 マーガレットの出す殺気に気付いた雄大は慌てて顔を上げた。

「その子を二階のベッドルームに運びましょう」

 ニースはリタを受け取ると小脇に抱えて階段を三段跳びで駆け上がっていく。

「軽やかね、俊敏な肉食動物みたい」

 マーガレットはニースの身のこなしを見て感嘆するが、階段の傍に猫の姿を発見して微妙に表情を曇らせる。猫はニースに跨がれて驚いたのか軽く一鳴きすると階段の下の暗がりに潜り込む。

「えっ、この別荘ってもしかして猫がいるの?」

「あ、す、すみません。苦手な方がいらっしゃいましたか。僕の猫でして……毛はあんまり抜けないし、大人しいので安心してください」

「あ、いえ、わたくしそこまで猫を毛嫌いしてるわけでは。ちょっと毛の生えた動物とかぬめぬめした物とかがほんの少し苦手なだけで。我慢出来ない程ではありません」

「は、はぁ……なんかすみません」

「まあ、ウチの船にいるあのネコさんにホントそっくりですねえ」

 ユイは猫に手招きをするが階段の下の隙間から顔を出してユイを観察するだけで此方には近付いて来ない。

「父のシャイニーロッドに乗ってるのがタイサ、今のがジロー、そして宮城さんに拾ってもらったのがサブローですね」

「あいつサブローって名前なんですね」

「ええ、元気にしてますか?」

 そう言いながらクジナは奥へと歩き出す、三人もその後に続いた。

「猫が好きな火星出身のクルーがいて面倒を見てます。元気、というよりはのんびりリラックスしてる感じですね。そうそう、リンゴやブリジットさん、女の子のクルーにも可愛がられてますかね」

「ああ、それは良かった。人間不信か何かになってないか心配で」

 雄大は一瞬、サブローがマーズコンクエストの画面を食い入るように眺めていたのを思い出して苦笑いする。

(案外、飼い主に脱出ポッドに詰められたのを恨んでたりして……)

「しかし、随分思い切った事をしましたね」

 雄大は脱出ポッドの中からサブローを見つけた時の事を思い出す。

「そうですわね、可愛がってるペットを脱出ポッドに突っ込む事を思い付くなんて正気とは思えませんけど──」

 マーガレットはサラッとキツい事を言う。雄大が腕を引っ張ってたしなめるがマーガレット本人には特に嫌みを言ったという自覚は無いようだ。

「おっしゃる通りです、サブローには酷い事をしたと思います。ニース達に気付かれないように救難信号を出すのは難しくて。もっと他に良い手があったかも知れないと反省しています」

「わたくし、クジナ大尉を責めてるわけではありません。あのケダモノに出会わなければガレス号が来た時に何の疑いも持たなかったのですからね、感謝していますのよ?」

「あ、褒めようとしてたの?」

「そうだけど?」

 顔を見合わせるマーガレットと雄大。

「俺はまたお前が初対面の人に対してキツく当たってるのかと」

「も、もう──それじゃわたくしが意地悪女みたいじゃないの」

 うーん、と首を捻る雄大の二の腕をマーガレットは軽く抓る。

「ごめんごめん、悪かったよ」


 待ちきれなくなったユイはクジナの案内よりも先に部屋に入り歓声を上げた。

「まあ──昔のままですね!」

「お食事の用意が出来てますよ、どうぞお二人も。スープをお注ぎする間に前菜でも召し上がってください」

「食事を作っていただいたんですか、病み上がりの方にこんな事させて何かすいませんね……」

「いえ、気にしないでください」

 雄大とマーガレットが部屋に入ると大きなテーブルに食器が並べてある。

「へえいい感じの部屋だわ、趣味が良いですわねぇ」

「メグちゃんもそう思うでしょ」

 ユイは隅の席に座って椅子を揺らし、足をバタバタさせて上機嫌だった。

(子供みたいだなぁ──)

 雄大はユイの溌剌とした姿を見て子供時代のユイを想像した。

 おませで口が達者、少し意地が悪くて元気いっぱいの好奇心に満ち溢れた女の子。

 マーガレットから見てもこんなにはしゃぐユイの姿は珍しいらしく、微笑ましく思いつつも少し戸惑い混じりにユイの様子を眺めた。

(小さい頃のユイ、あのリタなんぞと違ってきっとめちゃくちゃかわいかったんだろうなぁ)

 雄大は隣の席に座った。

「もう、宮城ったら。上座に座るのは主君にしてこの別荘の主ユイ様よ? ほら、ユイ様もあちらのお席へ」

 マーガレットは席を交換させようとしたがユイはゆっくりと小さく首を振った。

「これで良いのですよ、雄大さんのお席はお父様の席、向こう側がお母様、私の正面が赤ちゃんみたいなリタ──」

 興奮気味に語るユイを見て雄大とマーガレットは、ユイが何故この辺鄙な山荘を購入し、何故そんな場所にリタを連れてきたのかを理解した。

 この山荘は皇帝とその家族が雪遊びに使っていた別荘だった。

「お父様が来られない時はお兄様がそこに座ってらっしゃったんです。懐かしいわ、本当に──」

 愛おしそうにテーブルを撫でるユイ、雄大とマーガレットはそんな姿を見て胸が苦しくなる。

 この山荘は唯一の、皇女に残された家族との思い出の場所だったのだ。

「夢みたいですねえ……」

 そう呟くユイの意思を汲んでマーガレットは皇后が座っていたであろう席に腰を下ろす。

「あの子のお食事はどうしますか?」スープを注ぎながらクジナが尋ねてくる。

「もう少し寝かせておいてあげましょう……」


 ユイの語る子供時代の他愛もない思い出話を聞きながらの食事、味の方は何の変哲もない田舎料理だったがそれがかえって郷愁を誘った。

 ユイの楽しげな声と食器の音以外にはこれといった音がしない、シンとした静かな空間。マーガレットはいたたまれなくなったのか涙目になってハンカチで鼻から下を覆った。食器の音だけでなく、すんすん、とマーガレットが鼻をすする音が混じる。

「メグちゃん? どうかされましたか……?」

「いえ、すみませんユイ様」

「ごめんなさい、何か私ばかり喋ってしまって」

「いいんです、どうぞお続けになって。これはユイさんのお里帰りなんですから」

 雄大は食器を置いてユイの手を握った。

「そうだ雄大さん、お食事が終わったら皆でソリ遊びをしませんか?」

「ソリ遊び?」

「裏に緩やかな斜面があって昔はそこで遊んでいたのです。昔のまま放置されていたのならきっとソリが残っていますよ。ねえクジナさん?」

「そう言えば何かそれっぽい物が物置にありましたね」

「じゃあ決まりですね!」



 濡れても良い服に着替えた一向は山荘の裏手にある斜面で小さなソリに乗って滑っては登り、滑っては登り、転げ落ちるなどして雪まみれになりながら身体を動かして雪遊びを楽しんだ。

 ユイのソリを抱えて階段状になった側道を登っていた雄大の頭に、不意にゴスッと硬い何かが当たる、雪玉にしては妙に重く、かなりの衝撃があった。

「痛っ? な、なんだなんだ!?」

 斜面上部を見ると防寒着に身を包んだリタが仁王立ちして雄大を指差して笑う。

「ハハハ! 今のが実弾なら即死だぞ! 間抜けめ」

 リタの傍らではニースがせっせと雪玉を作っている。ニースは見るからに力を込めて雪玉を圧縮し硬く加工していた。

「まあ」

「おい、危ないだろ!」

「心配するな小僧、お前しか狙わん」

 そういいながら二投目を放るリタの顔面に軟らかい雪玉が当たりバサッと砕けた。驚いたリタはその場にへたり込んで顔の雪を払う。首筋から冷たい雪が入りこんだのか、ぶるぶると肩を震わせた。

「はい、あんたも即死!」

 マーガレットは口角を上げ不敵な笑みを浮かべながら次々と雪玉をリタ目掛けて投げつけた。

 ソリ遊びはいつの間にか雪合戦になっていた。

 途中から闘争心に火がついたマーガレットは雄大を巻き込んでニースと本気で雪玉をぶつけ合い始めた。あまりにも激しい展開になったのでユイとリタは遠巻きに観戦する羽目になった。

 

「ユイ・ファルシナ」

「はい、なんですかリタ? お腹でもすきましたか」

「礼を言う」

「どうされましたか、突然しおらしくなって」

「あやつ、サーティーンを御典医と一緒に此処に匿ってくれているのだな──あれのあんな活き活きとした姿を見るのは初めてだ」

「ニースさんはあなたを死んだと思っています。御自身の事はお話されましたか?」

 リタは首を振った。

「まさか、進んで恥を晒す気は無い。それに、あれはこうやって獣のように自然の中で暮らすのが性に合っているようだ、欠陥品だからな。もう私と同じ理想を追う同士足り得ない」

「そうですか」

「私とニースを会わせたかったのか? 貴様はいったい何がしたい? 何故私を連れ回す?」

「──」

 ユイはしっかりとリタを見据えた。

 陽光が白い雪とユイの黒く艶のある髪に反射してキラキラと光り輝いていた。

「山荘のベッド、心地良く眠られましたでしょうか」

「まあな……」

「公園で食べたソフトクリームは美味しかったですか? 私の分までお食べになられて気に入られたようですが」

「うむ、まあ……糖分の摂取を身体が求めているせいか、甘露であった」


「幼子の身体となった今のあなたなら、よくおわかりになると思います。あなたが壊し、私から奪った物がどれだけ尊い物であったのか」


 真摯な抗議。

 リタは──リオルは幼子の感受性をもったまま、その真っ直ぐな抗議の視線に晒された。

 どのように返答して良いかわからない。

 リタはゴクリと生唾を呑み込んだ。

「う──」

 それはユイなりの復讐であり、抗議だった。

「あなたにはこれからもその罪を認識していただきます。人類を新たな段階に導く前に、今を生きる人々の営みをもう一度見つめ直しなさい」

「せ、説教など──」

「理想のためと言いながら御自分が踏みにじってきた物の尊さ。しっかりと感じると良いでしょう。この尊さがわからぬ内は、あなたに民草の気持ちは理解出来ますまい」

 リタはそれから俯き、一言も喋らなくなり、ただじっと雪遊びに興じるニースの姿をユイの横で眺めていた。



 夕刻、マーガレットとリタにぎゃらくしぃ号から迎えが来た。

 六郎が運転する車にマーガレットは眠り込んだリタを連れて乗り込んだ。

 山荘を去りぎゃらくしぃ号に戻るマーガレットに手を振るユイと雄大。マーガレットは窓から身を乗り出し、見えなくなるまで手を振る。


「どうしたんですか、髪の毛」

 車内でマーガレットは肘掛けに寄りかかるようにして窓からの風景を眺めていた。マーガレットにしては珍しくセットが乱れているので六郎は不思議がってちらちらとバックミラーを盗み見た。

「雪合戦をやったのよ、雪って綺麗で面白いわね。知らなかった」

「へえ、閣下の頭に雪玉を当てられる相手がいたんですか?」

「フフ、そうね。強敵がいたわよ」

「さっぱりされてますね」

「ん? どういう意味?」

「ようやく吹っ切れたのかと思って」

 マーガレットが首を傾げて尋ねると六郎は眉をひそめて神妙な顔付きになる。

「アレキサンダー閣下から受けた大恩があるから、というだけじゃなくて、俺ァ、閣下を尊敬してます。ユイ殿下よりも」

「そう、ありがとう。フフ、これからも忠勤に励みなさい」

「俺には家族が居ませんが──無礼を承知で告白しますと──閣下はおっかないお人で尊敬に値する戦士でいらっしゃいますが、俺ァたまに本当の娘みたいに、感じる時があるんです。閣下には誰よりも幸せになって欲しい」

 マーガレットは何となく六郎が言いたい事が理解出来た。

「なあに六郎、失恋したわたくしを慰めてくれているの?」

「あんな宮城なんかよりもっと良い男、銀河にゃごまんといますよ。あんなのはガキっぽいユイ殿下にくれてやりゃあいいんです」

 マーガレットは普段そういう素振りを見せない部下が珍しく色恋の話をしたのが妙におかしくてクスクスと笑った。

「閣下、俺は真剣に話をしてるんで。あんまり笑わないでくださいよ」

「ほら大声を出すとこの子が起きちゃう」

「す、すいません」

 マーガレットは左手の薬指に嵌めた指輪を見ながら穏やかに笑う。

「わたくしね、この思いが届かないのなら──このまま一生独り身でも構わないかな、って──そう思ってるのよ」

「マーガレット様」

 切なそうな表情で六郎は主君の顔を見る。

「出過ぎた事言ってすみませんでした、そう言えば閣下は何事にも妥協しない御方でしたねぇ……」

 マーガレットはにっこりと、年頃の娘らしく微笑んだ。

「六郎、わたくしの事を大切に思うのなら宮城やユイ様も同じように大切にしてね。それがわたくしの幸せよ」

 六郎は無言で頷き、それ以上何も言わなくなった。

 マーガレットとリタを乗せた車は静かに山道を下っていった。



 クジナとニースはユイからこの山荘の管理を任されているが、雄大達が滞在するこの数日を利用して念願の火星に出掛けるのだという。

 彼等はこの山荘の事について色々と雄大に教えてくれた。

「だいたいこんなものですかね、作り置きの食事も十分過ぎるほどありますし『番犬』もいますので安心です」

「俺、どっちかというとクジナさん達の方が心配だなぁ、ニースさんは人前に出して大丈夫なんですか?」

「火星圏は観光地を一歩離れれば連邦領でありながら治外法権というか。よそ者に優しい大らかで良いところですよ。女神のように美しいニースはきっと人気者になります──あ、そういう意味では心配ですかねぇ、彼女をとられないように気をつけないと」

 クジナは照れたように頭を掻いた。

 体色が変化して常人離れした運動能力を持つミュータントにも優しい、というのはさすがに大らか過ぎやしないか、と雄大は苦笑いする。火星圏は良くも悪くもマイペースだということは知っていたが──お堅い月一等市街地育ちの雄大には想像もつかない、不思議な魅力に溢れた惑星なのかもしれない。

「なるべく早く帰ってくるつもりです──あ、ご婚約されたばかりのお二人にとっては少し遅れるぐらいの方がいいのかな?」

 クジナは挨拶を済ますとニースを連れて山荘を後にした。


 雄大とユイは山荘に2人っきりになった。



 物置小屋の横に、この古めかしい山荘には不似合いな物体があった。ぎゃらくしぃ号の中で長年ユイを見張っていた例の黒塗りの看守ロボットだった。

「コイツもユイさんが手配したんですか」

「はい、何とも愛着が湧いてしまいましてね、わがままを言って引き取らせていただきました。ねえクロちゃん?」

 黒塗りの大型戦闘ロボットはウンともスンとも言わずただ小さく縮こまっていた。

「泥棒除けにしてはオーバースペックじゃないですか? それになんか物騒でこの山荘には似合わないな」

「お嫌ですか」

「いや、ここはユイさんの大事な思い出の場所ですし、俺の意向は気にしないでも」

 ユイは雄大に寄り添って腕を絡める。

「思い出の場所に雄大さんをお連れしたのは、昔の私を見て欲しいからではありません。ここを私とあなたの思い出でいっぱいにして──世の中の全てを呪った8歳の私の幻影を消して欲しいからなんです」

(自分の影に怯える人……)

 ユイと雄大は夕焼け空を見上げた、人工的に作られた夕焼けだがユイにとってはこれが懐かしき故郷の風景であった。

「私はようやく、過去から訣別出来そうな気がしているのです。お父様とお母様の思い出が残る唯一の場所、この別荘を新しい思い出でいっぱいに出来たら──私は家族を失った苦しみを完全に過去の事に出来る」

「出来ますよ、きっと。此処だけじゃなくて、色んな場所を俺達の思い出でいっぱいにしましょう」

「はい、雄大さん」

 お互い照れながら裏口から山荘に戻る。

 山荘は古めかしい作りとはいえ、全室エアコンが効いており照明は電灯、蝋燭を模したテーブルランプも発光素材で出来ていた。暖炉やランプはあるが火を使って火事になる心配が無いように配慮されている。

 料理を暖めて配膳をし、壁の端末を操作して静かな音楽をかける。

 2人っきりの時間はゆっくりと過ぎていった。


 食後、ソファに座って肩を並べて寄り添いあい、互いの家族の事、趣味の事を話す。雄大の心臓は大きく壊れそうなぐらい激しく活動していた、ユイの鼓動も同じようにリズムを刻む。

「もー、ズルいです、私ばっかり話してます! 雄大さんの事ももっと教えてください。そうじゃないと退屈な株式相場の話をしますよ?」

「そ、そうだなぁ」

「普段はどんな事をされてるんですか? 学生の頃はスポーツとかヨットレースとかをされたりしたのですか?」

(俺の余暇時間──新作一般向け及び少女向け漫画の批評、金星アイドルのファン活動とコラージュ動画作成、いかがわしいホロデータ作成、えーと、レース、レースか。そういや一時期、本職の訓練を受けてる身分で対戦機能のあるフライトシミュレーターの対戦部屋に素人の振りをして潜り込んで偉そうに威張り散らす自称上級者をコケにして遊ぶのにめっちゃハマってた──いかん、ロクな趣味が無い! 後はインチキ臭い『聖樹船学会』やらエーテル帆船の話ぐらいしかネタが無いぞ?)

 株式投資とお菓子作り、という実益を兼ねた趣味のユイとまったく接点が無い。

「ど、読書と音楽鑑賞かなぁ……」

「今度ご一緒させてくださいね」

「そ、そのうち──ハハハ」

(好き、って気持ちだけではなかなかどうして──俺、なんかユイと一緒に出来る趣味とか考えておかないとマズいかな)

 暖かいはずなのに寒気がする。

「最近はどんな本を読まれたんですか?」

「あ、えーと……」


 フッ、と照明が薄暗くなる。


「あら……どうしたんでしょう」

「ユイ……」

 ユイが怖がって抱き付いてくる、より一層密着したのを良いことに、雄大は口付けをしてユイの質問をはぐらかした。

 蝋燭型のテーブルランプが良い具合にムード満点の空間を作り出してくれる。窓の外ではしんしんと静かに雪が降っていた。

「あ、雄大さん、もっとお話を」

 話しているとボロが出る。せっかくのチャンスを活かすために雄大はストレートに気持ちを伝える作戦に出た。

「ユイ、愛してる」

 ユイの肌がほんのりと桜色に染まる。

「ズルいですよ……」

「ユイが欲しい」

 雄大はユイの豊かな胸を優しく、形を確かめるように撫でる。

「だ、ダメです」

 雄大は逃げるユイを掴まえてその熱く上気した頬と白い首筋に唇を這わせた、キスで力が抜けてしまったユイをソファに横たえる。

「その、ダメならもっと抵抗しないと、俺、もう止まりませんよ」

「も、もう……こんな事して──電気を消したのも雄大さんの仕業ですか?」

「さあ……? そんな事より、その」

 雄大はユイに覆い被さると上着のボタンを外していくがユイは胸元に手を置いてそれを拒否した。

「こ、婚約したからって……すぐには、こういうのは良くないと思うんです」

「そ、そんな気には、なりません?」

(人里離れた山荘で2人っきりの状況、5日間も婚約者の俺と寝泊まりする、って──ユイさんの方からこのシチュエーションを望んでおきながらそれは無いんじゃないかなぁ)

「わ、私、雄大さんはもっと奥手で紳士な方なのかと……」

 ユイは少し涙ぐんで乱れた着衣を直す。

「す、すんません……モテなかったのは確かですけど、逆にこういう事ばっかり考えるようになっちゃってて。む、無理矢理は良くない、ですね──」

「私の方こそ、申し訳ありません。男の人の事、まったくわからなくて。怒らないでくださいね、雄大さんのこと嫌な訳じゃなくて、その、もっとゆっくり、好きになっていきたい」

 ユイは腕をさすりながら、ぶるっ、と震える。

 

「あの、エアコンも消したんですか?」

「え? いや……全くもって心当たりがありませんけど」

 雄大はようやく異変に気付いた。

「まさかこれ、動力が落ちた?」



 雄大が思った通り、発電をしていた原動機が故障していた。

 バチバチと火花が飛び散りオーバーヒートを起こしている。

 外は折り悪く吹雪いて来た、防寒着を着たユイが心配そうに雄大の様子を見守る。

「危ないからもうやめましょう」

「これ、大変な事になってるみたいだ……どっかから凄い電波が出てる」

「どういう事ですか? 爆発したりはしないんでしょうか」

「ユイさん、PPでどこかに連絡してみて」

 ユイはPPを弄るが通話機能やメールが電波障害の影響で不通になっていた。

「えっ、そんな」

「こんなとこにいたら凍え死ぬか火傷するよ、戻ろう。部屋の中の方が何倍も暖かい」

 ユイは寒さより、不安で唇を震わせた。

「ど、どうしましょう……まさかこんな」

「部品が劣化してた、もうあれは交換しないと駄目だし」

 ユイの吐く息が白い。

(マズいな……こんなに寒いと)


 車で吹雪の中、山道をくだるのは論外だ、途中で事故ったりしたら目も当てられない。

「木星って、こんな寒いなんて知りませんでした」

「気象はコントロールされてるんですけど……この地域は大雪も降りますがこんなのは初めてで」

 もしかしたら原動機が壊れた事とこの過剰な降雪はリンクしているのかも知れない。

「何かトラブルで強烈な電磁波が放射されたとか……そう考えるのが自然ですね」

 雄大は震える婚約者を抱き締める。

「大丈夫、大丈夫ですよ。俺が何とかしますから」

 雄大はソファの前にある大きな暖炉を指差した。

「ユイさん、これ……使えるんですよね?」

「いえ、それは使った事は無いんです……煙突も閉じられてて」

「閉じられてるって事は、ちゃんと使えるって事ですよ! やりましょう、手伝ってくれますね? よし、あの黒いのにも手伝わせなきゃな」

 雄大はぐっと力強くユイの手を握った。

「あなたは俺が守ります!」



 木星総督府の管理局では山間部での気象異常、放電と過剰な降雪についての釈明に大忙しだった。

「都市部への被害は無いのでご安心を」

 その報を聞いて最も慌てたのはぎゃらくしぃ号の面々だった。

 お忍びでの里帰りが仇になってしまった、管理局は人のいないはずの山荘を完全に無視して事故の現地調査を後回しにしたのだ。

 総督府はあくまで連邦政府の組織であり木星帝国の元皇女だからと言って特別扱いはしてくれない。

 マーガレットと魚住はブリジットと小田島、寒冷地での訓練と看護経験のあるユーリを連れて地表に降りると、急いでジェットヘリを飛ばした。

「最悪のケースも覚悟しておかないと──」

 魚住はヘリの中で肩を落としていた。

「は? 最悪? 最悪って何よ魚住!」

「ま、万が一の場合はセレスティン大公殿下を宰相に据えて、ユイ様と養子縁組みをしたリタさんとの間に出来た第一子を皇太子殿下として……」

 魚住はポロポロと大粒の涙を零した。

 マーガレットは魚住の胸倉を掴んで揺さぶる。

「万が一なんて無い! 絶対! あんたがそんな弱気でどうするの?」

「でも──昨晩の異常気象に、何の暖房も無しでは──」

「ま、マーガレット様落ち着いて、魚住さんも悪気があるわけじゃ」

 ブリジットが間に入るが、今度はブリジットが喉を掴まれる。

「あんたは黙ってなさいよ馬鹿なんだから!」

「ひ、酷いィィ!?」

 マーガレットはヘリの中で暴れた。

「ちょっとちょっと──どーでもいいけどさ、お姫様の安否を確認する前に私達が墜落事故で死んじゃうんですけど~?」

 操縦桿を握るユーリは溜め息混じりにぼやく、完全にやる気が無い。

「なんであんたはそんな落ち着いてるのよォ!? あんたそれでも血の通った人間なの?」

「大丈夫ですって、馬鹿じゃないんだから、穴でも掘って暖をとってますよ」

 マーガレットは後ろからユーリの首を絞める。

「や、やめ! マジで洒落にならないって!?」

 一同は全員でマーガレットを抑えつける、小田島が上半身と口を医療用のゴムバンドでぐるぐる巻きにして気が動転した少女伯爵の動きを封じた。

 政府の用意したレスキュー隊のホバークラフトとヘリがレーダーに映る。

「ホラ! 別に私達が来なくても良かったじゃない──」

 ユーリの後頭部にマーガレットの蹴りがヒットする。

 ムガ、モガ! と何事か訴えている。

「ん? 煙出てる?」

 ブリジットは目を細めて雪山を見詰めた。

「え? リンジー煙って何?」

「ほらあそこ……」

 魚住はユーリからスコープを受け取るとブリジットの指差す先を拡大した。

「本当! あの煙、多分火よ! 火を起こして暖をとっていらっしゃるんだわ!」

「それじゃユイ様と雄大は無事なんだ! 良かったぁ……!」

 ブリジットと魚住はきゃあと嬌声を上げた。

「不完全燃焼起こして酸素足りなくて中毒死してるかも知れ──」

 操縦席の後ろからマーガレットの足が伸びてユーリの首に巻き付いて絞め上げた。

「~~~~!? ご、ごべんだざい、マーガレットざば」

 ブリジットに抑えつけられたマーガレットは足までバンドで縛られてしまう。

「ゆ、ユーリ! いい加減に不謹慎な事を言ってからかうのは止めなさい、マーガレット閣下のお気持ちを考えて!」

 小田島はユーリに拳骨を落とす。

 普段、絶対に怒らない小田島医師が大声で怒鳴ったので騒々しかったヘリの内部は一気に静まり返る。

「ちゃ、着陸しま~す……」

 自業自得とは言え散々な目に遭ったユーリは小声でヘリを山荘の駐車場に下ろした。


 拘束されていたマーガレットが解き放たれる。

「ユイ様! 宮城──!」

「見て! マーガレット様っ、雄大生きてるよ!」

 ブリジットが小田島と魚住を抱えて山荘に駆け寄る。

 雄大は玄関先からマーガレットの方に走ってくる。

「マーガレット、ちょ、ちょうど良いところに! た、助けて!」

「宮城!? あんたどうしたの! 頭から血が?」

 雄大は額から出血していた。

「ユイ様は? ユイ様はご無事なの!?」

 雄大は無言で山荘を指差した。

 バン! と勢い良く山荘の扉が開く。

 そこには顔を紅潮させて大粒の涙をこぼしながら息を切らしたユイが立っていた。

 衰弱や凍傷を心配するどころの話ではなく血色はむしろ普段よりよく精気に満ち溢れていた。

「メグちゃん!」

「ユイ様!」

 マーガレットは取り敢えずの無事を確認した雄大を置いてユイの方へ駆け出そうとする。

「その女と見れば見境のない悪い人を捕まえておいてください!」

 震える手でユイは雄大を指差す。

「は?」

 ユイは小走りに雄大に駆け寄ると、手に持っていた雄大のPPで雄大に殴りかかった。

「女の人と沢山付き合ってたのにモテない振りして! 嘘吐き! こんなにふしだらな人だなんて知ってたら好きになんてならなかったのに、私、自分が情け無い!」

 よくはわからないが相当な修羅場らしい事だけは理解できる。

「ご、誤解なんだって! 誤解!」

「このPPに大量に詰まってる女の人の動画は何なんですか! どう見ても恋人同士の会話じゃないですか! 無趣味が聞いて呆れるわ、色んな女の子をコレクションみたいに沢山! さぞお忙しかった事でしょう。私を落としたら、次はメグちゃんですか? リンゴさんですか?」

「いや、そういうプログラムで、ホロ映像で、全部俺の妄想で──」

「本命の都ノ城麻里さんといつまでもお幸せに!」

 雄大の顔面にPPを叩きつけて破壊するとユイはマーガレットに抱きついて火がついたように泣き出してしまった。


「ねえ、魚住さん。あれ世間一般的には痴話喧嘩って言うんですけど、私ら帰っていいですか?」

 完全に白けきった顔のユーリと小田島が魚住に尋ねる。

「え? う、うーん……と、せ、せっかく来たんですし取り敢えず宮城さんの怪我の手当てをお願い出来ますか?」

 小田島医師もどう反応していいかわからず首を傾げ頭を掻きながら雄大に向かって歩き出す。

「あほくさ……」

 げんなりしてヘリに戻ったユーリは端末を操作してぎゃらくしぃ号宛てのメッセージを作成した。

「空が青いねえ……」


『木星は晴天。皇女殿下すこぶる絶好調、世はなべて事も無し。安心して営業を続けられたし──』

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