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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
119/121

トウテツの罠③

 菱川十鉄は覚醒しつつあった。動きが鈍い。

 重い、知覚も四肢も──すべてに重石が乗っているような感覚。

 ゆっくりとまぶたが開くがぼやけて前が良く見えない。

 電子錠のようなもので椅子に腕を繋がれ、拘束されているらしい。病人が着るような七分袖のゆったりとした開襟シャツの隙間から見えるのは縫合された傷痕と、体毛に引っかかって拭い去れていない血の塊の残り滓。

「殺してぇのか、助けてぇのか……ハッキリしやがれ、ってんだ」

「お、眠り姫がようやく起きんしゃったばい」

「オッサン、誰だおまえ」

 どこか屋内、調度品の類や壁の仕様から考えるに結構な宿泊費をとるホテルだろうか、それとも権力者の邸宅──部屋の中には数名の男とひとりの女。

(──俺は、確か……金星のゴロツキを張り倒して──雄大のアホがレースに出られないようにして──それから)

 それから、部屋を出てどうしたっけ、と菱川十鉄は巡りが悪くなった頭で考えた。


(そうだ。撃たれた──エアレースの会場で)


 突然何かが背中に衝突したかと思うと十鉄の腹に真っ赤な大輪の花が咲いた。

 大口径のライフル弾が背中側から入り、貫通して十鉄の腹を裂いた。痛みを感じる間もなく、失血のために気絶してしまったようだ、痛みを感じなかったのは不幸中の幸い──いやこうして生きていることを先ずは喜ぶべきだろう。


「いやー、兄さんタフやねえ。俺、うっかり殺してしもうたかと思って冷や汗かいたと!」

 ニカッと歯を見せて笑うのは20世紀地球のアメリカ大陸開拓史に出て来そうな古風な衣装の男である。腰のホルスターに博物館所蔵級の原始的なリボルバー拳銃、ボロボロのデニムジーンズのポケットに小型拳銃が数挺、背中には実弾装填式の対装甲ライフルを背負っている。ビラビラとフリンジが沢山あしらわれている革のベストにはライフル弾丸の予備を挿し込むフックが無数にあった。年季の入ったキャトルマンタイプのカウボーイハットといい、やりすぎてどこか仮装大会めいている。

「おい西部劇コスプレ野郎、よくもやりやがったな」

 治療済みの腹部の傷の大きさは相当なものだ。考えなくても誰が自分を狙撃したのかわかる。十鉄声を絞り出して目前のガンマン、トウテツに悪態をついた。

「そげん怖か顔せんでもええやろ」

「ゾウかトラでも撃つようなゴツいライフルで狙撃しといてよく言うぜ」

「それをゆうならこっちもバイケンさんば殺されとうけん、恨みっこ無しにしとかんね」

「バイケンの仲間──捕縛人か」

「そうよ! バイケンちゃんの仇討ちなんだから。賞金稼ぎと金星マフィアに恥をかかせるとどうなるか、これからじっくり思い知るといいわ」

 部屋の中央、カウンターバーで杯を傾けていた和装の女が声高に十鉄をなじる。見覚えのある顔、髪挿しを投擲してきた女だ。

「あんたもしつこいな、俺を捕まえても大した金にはならんだろ。俺ァ、今更連邦に突き出しても一銭にもならねえ。いわぱ賞味期限切れのはずれクジだ」

 十鉄はクックッと笑う。笑うと右の肺の辺りに違和感を感じ、呼吸が乱れる。

(おそらく丸ごと人工臓器に交換されてんな……ヘッタクソな手術しやがって)

「お生憎様、私達の依頼人(クライアント)キングちゃんはとっても豪気なのよ! ぽ~んと15億ギルダ一括払い、フフフ!」

 見て見て! と派手な髪型の和装の女はPPの画面を誇らしげに見せてくる。預金残高の数字が示す額面は大企業の年間商取引の規模に近かった。

「そうそう、十鉄さん。あんた生け捕りにすっと15億ギルダやけん。こんな大物は内地じゃ滅多にお目にかからん」

 内地、という表現は滅多に聞かないが、アラミス在住者が太陽系内縁部のことをそう呼ぶこともある──つまりこのウェスタン調ファッションの男はアラミスからやってきたのだ。

(どおりでな、むせかえるようなジャングルの臭いがするぜ)

「それにしてもトウテツちゃんも負けず劣らず豪気よね~! ホントに15億譲ってくれるんだもん。もうちょっと若かったら私、惚れちゃってたかも」

「ほんに?」

「本当本当、オジサンじゃなきゃ抱かれてもいいレベル。割とシブいし、なにより仕事の出来る男は大好きよ。十鉄ちゃんをぱぱっと捕まえちゃうなんて驚きよ」

 ジンバのウインクに気をよくするトウテツ。

「そ、そげんね? せば、ご褒美にちょこっとそのかわゆい唇にチューさせてけろ」

「へ?」

 返答に詰まるジンバにトウテツは照れながら彼女に近付くと、腰に手を回して唇を尖らせた。ジンバは座ったままの体勢で錫杖を操るとトウテツの足を払う。セクハラ親父は無様に絨毯の上にひっくり返された。

「ひやっ、なんばすっと!?」

「もう──若かったら、って言ったでしょ? それとね、私とキスしたいのならもう少し体臭に気を付けて欲しいわ、トウテツちゃんてば、すっごくケモノ臭いんだもの」

 女剣士ジンバは鼻を摘むと口直しにウイスキーをあおる。

「ありゃ──俺、そげん臭うね?」

 静かな部屋に忍び笑いが起きる、捕らえた獲物を肴にしてささやかな酒宴が行われていたようだ。

「クソどもが」

 十鉄は頭痛と吐き気をこらえて現状把握に努めた。

 トウテツ、ジンバと呼ばれているこのふたりの賞金稼ぎ、どこかふざけているが余裕からくる態度なのだろう、へらへらした雰囲気とは裏腹に腕前は相当なものに違いない。

 そしてカウンターバーには女剣士と別に包帯を巻いた大柄な男、黒いマスクで顔を隠した男がいる。他には彼等の護衛なのだろうか黒服を着た若者が数名、銃を片手に部屋の奥から十鉄を睨んでいる。

(マスクの野郎、顔を隠してるがハッキネンとかいう──)

「おい、てめえ黒覆面、おまえハッキネンだろこんなところにいていいのかよ。レースは棄権か?」

 黒覆面は包帯男と一緒に十鉄の前にやってきた。

「──十鉄、あなたとは初対面のはずだが?」

「おまえ見た目より相当年齢イッてるだろ? 金星の非合法レース仕切ってた親玉、ってところか。ドブネズミはドブネズミらしくゴミ溜めでこそこそ小銭稼ぎやってりゃいいんだよ。リゾート地には似合わねえぜ」

「その言葉、そっくりお返しする」


「おめえがアタマ、って事は無いよな。捕縛人(バイケン)民間軍事会社(ファイネックス)を顎で使えるレベルとなれば──さぞや名のある悦楽洞主様に違いねえ。いったい誰がこんなエウロパくんだりまで出張ってきてるんだ? 教えてくれよ」

「知ってどうする」

「──殺す」

 十鉄のセリフに一同、失笑する。つい先刻まで死にかけていた男の言葉ではない、強がりにしても大概だ。

「じきにキングがご到着なされる。直接話をすると良い、10年ひと昔、短いようで長い。積もる話もあるだろう」

「キング? 誰だそいつは。悦楽洞主のババアどもとは違うのか」

「質問責めだな、まるでこちらが訊問されているようだ」

 黒覆面、ハッキネンは呆れたように首を振った。代わりに十鉄に近付いてきたのは包帯の男。

「ククク、こうなるとざまあねえな──もう死に真似は通用しねえぞ」

 顔面の包帯が痛々しい。男は左手に持った酒瓶をラッパ飲みしつつ十鉄の顔を眺める。

「おっ──おまえまさか」

「そうだよ、俺だよ十鉄ちゃん」

 包帯男の腕がふるふると震える。暴力衝動を抑えているようだ。

「──誰だっけ?」

「サタジットだ! わざと忘れてるだろコラ!」

「そんなザコもいたっけ。印象が薄くて記憶に残らん」

 十鉄はヘヘッと小馬鹿にしたような笑みを漏らす。

「野郎!」

 いつになく昂ぶっているサタジットは医療用のプラスチックギプスとゴムバンドの付いた右手で十鉄の顔を殴りつける、頬の内側が切れたのか、十鉄の口腔内に血の風味が広がる。しかし殴ったサタジットの方も殴った衝撃が傷に障ったらしい、胸を抑えて痛がっている。その様子がどうにも滑稽で、十鉄は切れた頬の内側の痛みも忘れて小さく笑った。

「おまえ割と面白いな、憶えといてやる」

「自分の立場考えろよてめえ!」

 酒瓶をサイドテーブルに置くと十鉄の胸倉を掴んだ。

 苦しそうな十鉄を見た覆面は後ろからサタジットの左肩を引っ張った。

「大人しくするのは貴方の方だ。この菱川十鉄はキングに捧げる獲物。貴方に彼を自由にする権利は無い」

 ハッキネンに睨み付けられたサタジットはすぐさま気圧されてしまう。ただの八百長ドライバーとは思えない威圧感が瞳から放たれている。

「お、俺だってこいつにゃ恨みがあるんだぜ!」

「この十年、菱川十鉄を捕らえられなかったせいで我々は名誉を失い、他の洞主達から不当に蔑まれ続けてきた。その間キングが受け続けてきた恥辱たるや、おまえ如き羽虫には到底理解できん。さあ、いい加減彼から手を離すんだ──キングの御友人、ランファ女史の部下でなければこの場で殺してやるところだぞ」

 ハッキネンに羽虫扱いされたサタジットはギリギリと歯軋りしながら十鉄から離れた。

「くそっ、こっちだってなぁ、ランファ社長の知り合いじゃなければ誰がてめえらなんぞにへーこらするかよ。社長の手引きが無けりゃ自由に渡航も出来ないクセに」

 サタジットは鬱憤を晴らすように酒瓶をつかむと十鉄が繋がれている椅子の横に思い切り叩きつけた。床を蹴ると舌打ちして部屋から出て行こうとする。

「あれ、サタジットちゃん? どっか行くの?」

「このハッキネンて野郎と同じ空気を吸いたくないもんでね。別な場所で飲み直してきますわ」

「此方も助かるよサタジット君、この部屋に充満していたゴミ溜めの悪臭がひとつ減る、ドブの臭いは十鉄ひとりで十分だ」

「ケッ、レースで事故って苦しまずに死ねるよう祈っておいてやるぜ。せいぜい頑張りな八百長野郎!」

 捨て台詞を残して痛々しい包帯男は部屋から退出してしまった。トウテツとジンバは肩をすくめて苦笑いする。

「フン、所詮は育ち卑しい傭兵風情というところか。キングのおそばに近付けて良い男ではない」

 ハッキネンが小さく呟くとそれに反応したように十鉄が彼に声を掛けた。治療で打たれた薬が効いたのか、菱川十鉄の顔色は良くなっていた。意識も血の気も戻ってきたようで鋭い目つきでハッキネンを威圧する。

「よお、ハッキネンさんよ。あの筋肉ダルマが見掛け倒しのチンピラなのは同意するけどな」

 十鉄は口腔内に溜まった血を吐きつつハッキネンを睨み付ける。

「育ち卑しいってところはあんたも同類だろ。ゴロツキ風情が一丁前に上流気取って貴族ばりに『名誉』を語るのは関心しねえな。金星マフィアにそんなご大層なもんはありはしない。みな表舞台にゃ出られねえクソに集る便所虫、俺もてめえも、そのキングってヤツも──全員クソ虫さ」

 下品ね、とジンバが眉を顰めるがハッキネンは初めて感情を出したかのように相好を崩して笑った。

「ハハハ──糞虫か、随分嫌われたものだな。しかしおまえの逃亡先だった木星残党よりは幾分かマシだと思うがね。あれこそ虫以下の害悪だよ──たちの悪い乱痴気幽霊(ポルターガイスト)だ。国を失った王侯貴族に何の価値がある?」

「地球閥の食い残しの残飯漁ってるような連中には言われたくねえな!」

「自分だけ綺麗なカタギにでもなったつもりか? おまえは私という鏡を通して自分自身に唾を吐いてるんだよ、菱川十鉄。典型的な同族嫌悪だ」

 違う、と否定するがハッキネンは聞いてもいない。ただニヤニヤと笑うだけだ。

「おっと──私はこれで失礼する──例の宮城雄大の治療がそろそろ終わるらしい。こちらも急ぎ戻らねばスタートに間に合わん──伝説の男と話せて楽しかったよ」

「おい、待てまさか──レースを、やるのか? 雄大のヤツも出る?」

「君は質問ばかりだな──ああそうだ、その通り。グランプリの開始時刻は一時間と少々遅れる運びになった」

「うっ──」

 雄大をショックガンで麻痺させておけばそもそも参加出来ずに棄権扱いになるだろうと思っていたが──十鉄のあては外れてしまった。

「棄権して欲しかったのか?」

「決まってるだろ、あんな八百長レース、やる価値もねえ」

「──雄大君が『暴漢に襲われた』一件で他のチームの妨害工作だという噂が流れた。彼が棄権して得をする我々金星ワークスチームと、彼と揉めていたボッテガのライトニングが疑われている。そこで我々金星は運営に強く訴えかけて雄大君の回復を待つよう提案したのだよ。『正々堂々』レースで決着をつける、まあ不運な事故もつきものだが──ふふ」

 十鉄の顔色が変わった、激しく動揺している。

(あのバカやろうが! レースに出るなと忠告したのに! これじゃ連中の思うつぼじゃないか!)

「正々堂々が聞いて呆れるぜ、後でやるか今やるかの差でしかない」

「メガフロートシティGPX本選は劇的に盛り上がるぞ──ひさびさに衝撃的なクラッシュシーンが見られそうだ」

 愉悦の表情を浮かべるハッキネン。

「おいおまえ、何か妙な真似しやがったら容赦しねえからな!」

「フン──まあ特に小細工せずとも負ける気は無いがな」

 ハッキネンは尚も吠え続ける十鉄を無視するとトウテツに握手を求める。

「ありがとうトウテツ。さすがはアラミスで名を馳せた狩りの名手、よく菱川十鉄を見つけてくれた。猛獣狩りのノウハウが生きたというところかな」

「申し訳なかね。人死にを出すつもりはなかったんやけど──撒き餌に協力してもろうた人には気の毒なことを」

「気にするな、子飼いの殺し屋ひとりの命で組織が10年も追っていた大物が釣れたのだ、安いものさ」

 ハッキネンはトウテツの肩を叩いて労うと帽子を目深にかぶり、文字通り黒ずくめになって供の者達を連れて部屋から退出していった。

(くそっ完敗だ)

 十鉄はがっくりと肩を落とした。

「雄大のアホが狙われたのは──俺のせいだった、てことか? くそっ」

 歯噛みしながら十鉄は苦々しく吐き捨てる。その顔をトウテツは真っ直ぐに見据えた。

「十鉄さん、あんた昔、たったひとりの親友のために金星マフィアまるごと敵に回したそうじゃね──そげんに情に厚か男、俺は知らんばい。あんたの親友の六郎さんがほんに羨ましかばい」

 トウテツは椅子をもう一つ持ってきて十鉄の前に置くとどっかりと大股開いて腰掛けた。

「なんだ、まだ俺を笑いたりないのか、金星の犬」

「まあ、そう邪険にせんといてくれんね。俺にはようわかると。あんたみたいな義理堅いお人はね、簡単に身内ば捨てられんもんよ……俺にはピンと来たばい、あんたはきっと、恩義ある木星の人達をすぐ近くで見守っとるはずやてな」

 トウテツは慈悲深い顔で十鉄を見つめる。

「くっ………」

「木星の人達が危険な目に遭えばあんたは黙っておられんはずや──そんなあんたの義侠心に付け込むような卑怯な真似してスマンかった。許してくれるとは思えんがどうしても謝っておきたかった──この通り、堪忍してくれんね」

 トウテツは深々と頭を下げた。男特有の青臭いノリがいまいち理解出来ないジンバはつまらなそうにため息を吐くと果物籠から葡萄を一房取って摘みはじめた。

 悔やんでも悔やみきれない、と十鉄は自らの軽挙妄動を嘆いた。

 潜伏場所を見破られ、罠とも知らずにのこのことその身をさらした自分自身が情け無い。しかも我が身のことだけでは終わらない。

(俺が近くにいたから、雄大が狙われた──俺のとばっちりでマーガレット様の想い人を犬死にさせるところだったのか?)

 結局は迷惑をかけてしまっている。

(最悪だ──俺はとんだ大間抜け野郎だ。黙って身を引くことすら出来ない半端ものだ)

「なんてザマだ……ちくしょうめ」

 十鉄が落胆して視線を落とすとトウテツは十鉄の頭を掴んでやや薄くなった頭髪をわしゃわしゃとかき乱す。

「おいこらオッサン!?」

「わはは、謝ってやっとスッキリしたばい! ほんじゃ俺はちょっくらレース見物にでも行こうかの。ジンバさんどげんね、一緒にハッキネンさんの走りば見に行かんかね?」

 ふとトウテツは閉じ気味の瞳を見開いて鏡台越しに見えるジンバの様子をうかがった。ジンバはPPの預金残高を照会して振り込まれたばかりの15億という破格の額面の甘美さに酔いしれていた。大きな数字というものは一幅の書画にも優る感動を人に与えるようだ。葡萄を舌の上で転がしながら夢見心地でPPを眺めている。

「やーねえ、もうすぐキングちゃん来るのに誰がここで出迎えんのよ。トウテツちゃんは私達と一緒に居なきゃだめよ」

「つれないのぉ、アキレスさんも誘って皆でお祭りを楽しみたいんやけど」

「本来ならアキレスちゃんもここにいるべきなのよ、どこ行ってるんだか──そもそもあなた達が最初から真面目にやってくれていればバイケンちゃん死なずに済んだのよ」

 ジンバは少し頬をふくらませた。腕型ドローンを寄越してくるだけの無礼な傭兵に少々立腹しているようである。

「アキレスさんは元々、皇女殿下のボディーガードやっとるらしいフェンリル狼と闘うためにエウロパに来たんじゃけん──」

 フェンリル狼というのはもちろん、ブリジットの事である。ロンドンの戦没者慰霊式典でマグバレッジJr.を投げ飛ばした時にでも目を付けられたのだろうか。

「まあいいわ。十鉄狩りは終わったわけだし、もう賞金稼ぎチームは解散ね──アキレスちゃんはアキレスちゃんで勝手に暴れたらいいわ」

「そういうこと、そういうこと。でもまあ、せっかくやしバイケンさんの葬式の日取りが決まったら連絡くれんね?」

「そうね~、15億ぜんぶもらうのも気が引けるし。億単位で盛大に御葬式を出してあけるのもいいかもね」

 ジンバはしんみりとした顔になる。

「それがよか。しっかり弔ってやらんと」

 トウテツはジンバと会話しているが、その瞳は十鉄に向けられていた。

(───なんだこいつ?)

 十鉄は何かトウテツの様子がおかしい事に気付いた。トウテツは自らの腰に提げていた小型の銃をひとつと、何かのキーを十鉄のズボンの尻ポケットに突っ込んだ。

 ジンバも、警備の黒服もそれに気付いた様子は無い。

(どっちの味方だよ──それとも頭おかしいのか?)

 トウテツは人差し指を口の前に持ってきてシーッと小さく囁く。

(俺は誰の味方でもなかよ。ただ、兄さんみたいな人をこのまま殺すのが忍びないち思うとる。不毛な復讐の果てに死ぬぐらいなら、きちんと生きて、まっとうな形で罪滅ぼしばせんね? なあ?)

 トウテツはニイッと口角を上げて笑う。この屈託のない笑顔、十鉄はどこかでこれに近い顔を見たような気がするが思い出せない。

(───トウテツって言ったか、礼は言わんし、罪滅ぼしする気もさらさら無いが、あんたの名前だけは一応覚えておく)

 トウテツは満足そうに頷くと密談を打ち切った。

「なんね? 十鉄さん腹でも減ったと? ルームサービスでもとろうか。このホテル、飯がうまそうやった。やっぱエウロパやし、魚がええんかな?」

 トウテツはさり気なくパンフレットを開いてホテルのフロア案内を十鉄の目に入れた。

「要らん。それよりも煙草だ、一服させてくれ」

「やーねえ、十鉄ちゃん? 死ぬ前の一服? まだ死ぬのは早いわよぉ、キングちゃんに引き渡す瞬間までは生きてて貰わないと報酬がガクンと減っちゃうでしょ?」

「この部屋は禁煙だ」黒服の若者が事務的に喋る。

「禁煙なんだってさ! ざんねんだったわねキャハハハ!」

 ジンバの嘲りをよそにトウテツはさり気なく十鉄の死角にある消火器の位置を視線を送ることで示した。

(あんた、やっぱり相当のプロやね。銃は余計なお世話やったかな?)

(いいや助かる。だがいいのか? キングはおまえの恩人だろう──俺はおまえの銃でそいつを殺すぜ?)

(はは、そりゃ無理な話たい)

(なんだって?)


 上機嫌のジンバが黒服の男をからかい甲高い声で笑う。おかげでトウテツと十鉄はゆっくり密談できる。


(んだばグッドラック、十鉄さん。俺はこれ以上あんたを助けて金星マフィアと敵対する気ないけん。キングさんから逃げられるかはあんたの運次第よ)

(──あくまで中立のつもりか、人を食ったような事をする)

(俺は誰も信用せんし、誰とも敵対せん。サバイバルの基本じゃ)

 トウテツは意味ありげに笑う。

 目前の変人ガンマンの真意はまったく読めなかったが鉄の頭の中では既に脱出の計画が練られ、固まりつつあった。

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