賞金稼ぎ達
空飛ぶ水色の洗面器がファンファンと軽快な音を奏でながら夜のメガフロートシティを飛び回る──市警察の飛行型パトロール・ドローンがパトランプを赤く明滅させながら、ダーツバー『スプリンターズ』の周囲に集合して情報を刑事の端末に送り込む。
バーのウェイタードローンが目撃者として店外に連れ出されて刑事に注文履歴やカメラ映像を提供した。
白い帽子の男がリボルバー式の火薬拳銃を三発ぶっ放し、にウェイターが退店する観光客に精算を求めた──ここから先、妨害電波を受けたようで映像にノイズが入る。
肝心なところが撮影されていない。刑事達は頭を抱えた。
「メガフロートシティの警察、張り切ってますな」
「警察運営してるからね、市長自ら。なかなかのやり手っぽいよ。なんのかんの理由を付けて金星資本や火星資本による買収を規制する法案を準備してるらしい──」
道路脇に停めたトレーラーの荷台の中はちょっとした会議室のようになっている。
移動する防音の密室だ。
十鉄と交戦した、という一報を受けたキングは、サタジットを連れて現地までやってきた。しかしながら市警察の出足の方が一歩早かったらしい。
「しかし──せっかく菱川十鉄が皇女と離れて単独行動を取ってくれているというのに。我々は奇襲の絶好の機会を失ったんだぞ」
サタジットという部外者の手前、感情を表に出してはいないのかも知れないが、キングの苛立ちのほどは想像に難くない。側近たちの緊張ぶりから見て、襲撃に失敗して十鉄に逃げられた見張り役の男はきっと惨たらしい最期を迎えるのだろう。
(地下大海に棲息してる害獣に生きたまま喰わせたり、とか? 金星マフィアの仕置き、どんな事をやるのか興味津々だぜ)
自らにサディストの素養があるのを自覚しているサタジットは、椅子に縛りつけられたまま治療を受けている見張り役の男を内心舌なめずりして眺めていた。
いよいよキングが見張り役への聴取を始める段階になった。
「つまり、こういう事かな? キミ達はあのダーツバー『スプリンターズ』に『ぎゃらくしぃ号のクルーらしき中年男』が入っていった、という偵察ドローンの情報を──僕に報告する前にキミ達だけの情報にした、そうだね?」
「はい、キング。まことに申し訳なく」
「何故か教えてもらえる? どうしてそんな馬鹿なことしたの」
菱川十鉄にショットガンで吹き飛ばされた見張り役の男は、PPの簡易メディカルチェックを受けていた。防弾ジャケットを着ていてもダメージが大きかったのか、やや息遣いが荒い。
「ドギーの奴が兄弟の仇を討ちたい、と──キング様がそのぉ『生け捕りがモアベター』とおっしゃったので、ドギーはそれに不満を」
「なんて愚かな中毒患者──」
キングはドギーを連れてきた事を後悔しているようだった。人混みに紛れるのが得意で視覚聴覚嗅覚に優れた都市探索の任務が得意な部下だった。確かにドギーはすぐに街中で菱川十鉄を見つけた、しかし──
「十鉄への私怨が、僕への忠誠と組織の掟を凌駕したということか」
「は、はい──ドギーは──丸腰ならやれる、と俺達を説得して」
キングのこめかみがヒクヒクと痙攣する。
怒りで顔筋が動くのを抑えられず、それまではうっすらと浮かべていた余裕の笑みが消える。
「キミの言い訳はさておき。結局、菱川十鉄らしき人物と接触、顔を確認したんだよね?」
「そうですキング」
キングは横にいるサタジットに目配せする。
「なあ、兄さん。お前を撃ったヤツはこんな顔だったかい?」
サタジットが端末を操作してホログラムを展開した。男性の立体映像が表示される。
ちなみに──雄大が違法改造したり、ユイが持っている木星帝国のホログラムドローンは割と精巧かつ等身大の人物ホログラムを投影できるが、地球圏のホログラム投影機は事実誤認や犯罪を防ぐため等身大での人物再現や解像度を粗くするようプロテクトがかかっている。
このサタジットの網膜に映った情報を元にコンピュータが作成したホログラムも、等身大より小さく、鮮明ではない──
見張り役の男は最初、ギョッとして首を振った。
「雰囲気が違って──ちょっと待ってくださいよ──私が見た男はこれほど恐ろしい顔ではありません。もっとこう、冴えない感じのヤツです」
今見せたのは、キングアーサーの内部で遭遇した菱川十鉄が見せた顔。どす黒い殺気を放ち眼球を見開いてサタジットを威嚇していた時のイメージである。その眼力は見た者を畏縮させ恐怖を与える──
「じゃあこんな感じかな?」
もうひとつ、別のホログラムデータを投影する。これはユイ皇女を侮辱しにいったサタジットが脇に控えていた『甲賀六郎』をみた時の第一印象に非常に近いホロである。やや重たげなまぶた、しょぼくれた中年男の顔。どこか捉えどころがなく印象に残りにくい──どこにでもいそうでどこにもいない空気のような男。
「あ、そう、そうです。こんな感じの──もっと目はカッと開いた感じですけど」
見張り役が見た十鉄の顔はどこか焦燥感にかられたような、そんな不安げな顔だった。
「まだ顔を変えてはいないようですぜ十鉄のヤツ──」
「油断してた、って事ですね──ところで」
キングは身を屈め、椅子に座らされている見張り役の男の視線まで自分の視線を下ろす。
「──ところで、さっきからキミ、今回の大失態をドギーだけの責任にしようとか考えてない?」
「そ、そんなことは……」
「ねえ、キミは生き残っているというのに、なんで偵察ドローン使うとか、識別香水使わなかったの? ひとりひとりに持たせていたよね?」
「えっ……」
「持たせていたよね、追跡グッズ」
「はい──」
「間近で遭遇して、かぶってた覆面を剥いで十鉄の顔を見たわけでしょ、そんな暇があるなら、なにゆえ使わなかったの追跡グッズ」
「その、いきなりショットガンで撃たれて──も、申し訳ありません」
「キミの話だと、いきなりは撃って無いじゃん? かなり余裕あるっしょ?」
見張り役の額に脂汗が滲む。
「一つ目の罪………まずは手柄立てよう、って抜け駆けして失敗して──貴重な奇襲の機会を無駄にする、次、目標と接触したのに何もマーキングしてない。三つ目、ドギーにだけ独断専行の責任を押し付けようとした──はいスリーアウト──ゲームオーバー」
「そ、そんな──!?」
キングは溜め息を吐くと、その長い脚をくるりと回して椅子に座った男の腹に強烈な一撃を放った。踵が腹にめり込んでいる。本来、肋骨がある部分がへこんでいる。
悲鳴をあげる見張り役。
至近距離でショットガンを受けた衝撃でダメージを受けていた患部が更に悪化する。
「──ぐ、あっ……た、助け──キン、グ」
「治療して欲しいかい?」
見張り役は最早気絶寸前だったが、脂汗を流しコクリコクリと頷く。目に涙が溜まっている。
「治してやるから意識のあるうちにドギーに詫びておけ──おい治療だ、あとアレやっといて」
キングは部下に見張り役を治療するように言う。
「ちょっと甘過ぎやしませんかねえ」
渋い顔をするサタジットを見て、キングは自分の頭を指でぐりぐりと押し始めた。
「いえいえ、人材の有効活用なんですよ。今からコイツの脳をちょっといじって──無差別快楽殺人犯に仕立て上げて自首させます。市警察は今回のダーツバー襲撃事件を解決、僕らはお咎めなし。そして彼は生き延びる──皆がハッピーになれる」
「脳をちょっと、ですか」
さすが金星、そういう人体改造やサイボーグ化にあまり抵抗がない土地柄である。さしものサタジットもえげつない、と感じたらしく目をつぶった。サタジットの期待していた方向性とは違うものの、金星マフィアはやっぱり異常者の集まりだと再認識させられた。
◇◇◇◇
アイラヴユー、アイラヴスシとキャッチコピーの描かれた車体。
さきほどキング達がいたトレーラーの横に、もう一台同じような大型トレーラーがある。
これは小さな寿司レストランになっているらしい、キングとサタジットは自動ドアをくぐり車内に足を踏み入れた。
「キング、始末は終わりましたかな?」
生え際が後退し頭頂部が禿げ上がった鷲鼻の男がふたりを出迎える。
「ええ、搬入用のトレーラーをお貸しいただいて感謝しています。おかげで完璧な始末が出来ます」
従業員のロボットが何か肉を焼いている、芳ばしい肉の焼ける匂いが食欲を刺激する。スシといいつつ何でもあるらしい。
細長いテーブルで会食をしているのはふたり、そして何やらドローンにも席が与えられていた。恐らく遠隔地にいる者がディナーを取りながらのミーティングに参加しているのだろう。
「ちょうど食事を取っていましてね、失礼」
このトレーラーのオーナーである鷲鼻の男──
年の頃50代後半、猫背の小男で、こざっぱりとしたスーツ姿。
頭髪の色は灰色。太い指には指輪が四つ、細長い首にはプラチナやシルバーなど様々な素材で出来たネックレス。未開の部族が祈祷に使うような薄気味悪い紋章入りの金の腕輪。どれもどこか呪術道具めいていて男のいかがわしさを更に強調している。
彼は裏社会向け人材派遣会社バイケン・カンパニー代表にして賭博業コンサルタントの『バイケン』だ。
「サタジットくんにご紹介しましょう。このバイケンさんと、あちらの皆さんは──今回、菱川十鉄を確実に葬り去るために来ていただいた凄腕の賞金稼ぎの方々」
キングが手を振るとテーブルで、シメサバ・ロールを食べている女性がひらひらと手を振りかえしてくる。
「いや~んキングちゃん、今日もお肌綺麗ね~! ねえバイケンちゃんとこのスシ、結構イケるわよ? ビネガーがキュッて効いててゾクゾクしちゃう」
浮き世離れした独特の風貌の女。桃色生地に紫の菖蒲が描かれた着流し姿の和風美女だが、上から豹柄の毛皮と白いフェレットのファーを羽織っている。頭髪の色は赤と金のツートン、髪を編み上げて何本もの髪挿しを挿している。年の頃は若く10代後半に見えなくもない。彼女の持ち物には似つかわしくない薄汚れた木刀を腰に差している。
金星で派手に暴れて名が売れてきた女用心棒──
『ジンバ・タチカゼ』だ。
「あのレディはジンバ・タチカゼさん。伝説の女剣豪、太刀風陣馬の八代目で──」
「ノンノン、アタシで九代目ね?」
ジンバはウインクする。
「あんな感じですけど腕は僕が保証します──そして、あっちのダンディーな帽子の男性は」
「トウテツです──キングさんには大変お世話になっとりますけん」
低く渋い声と独特の訛りは映画俳優を彷彿とさせる。
帽子を深く被り、無精ヒゲをさすっているのは古臭いウェスタンガンマンのファッションに身を包んだ中年男。くすんだ赤いポンチョ、元の色が剥げ落ちている背負い袋。荒野を野宿でも始めそうである。男臭さが服を着た、という形容詞が似合う男──無法者ひしめくアラミスで賞金首を狩りまくる『トウテツ』その人だ。
「あ、こちらはサタジットくん。ランファ社長のとこで働いてる傭兵で、今回の情報提供者です。」
サタジットはテーブルに近付きながら、ひとりひとりに軽く会釈をしていった。
「あの、最初見たときから気になってたんスけどねキングさん。こちらさんは一体? 独特のセンスが炸裂したドローンですがまさかAIが殺し屋ってことですか?」
テーブルの上に料理はあるが席は無人、椅子の上には珍しいドローンがぷかぷか浮いている。
「ああ、アキレスさんのこと?」
「え? アキレス、って──あの『ワンマンアーミー』?」
宙に浮遊する巨大な鋼鉄の腕──これこそは紛争に勝利を呼ぶ男の使い魔。
本人はどこか別の場所で待機しているがそれは依頼人達にも秘密である。姿を見たものの話では、強力な強化装甲服に身を包んだ身の丈六尺の闘士だという。彼の使う装備は禁忌であり、禁忌技術管理委員会の懲罰対象となっているため、彼自身、警戒して生身の姿は晒さない──依頼人達とのコンタクトはこのガントレット・ドローンを通して行うようだ
彼の通り名は『アキレス』、伝説の傭兵。
(初めて見たぜアキレスのガントレット──ひとりで陸軍と互角に渡り合う男)
サタジットは軽い武者震いを覚えた。
「よろしくサタジットくん。私はアキレス。こんな姿で失礼するよ?」
どうやらこれは左手のようだ、指を使ったジェスチャーを交えて感情たっぷりに話掛けてくる。
(空飛ぶ腕と会話させられるとはな、シュールだぜ……)
キングは一通り紹介し終えると本題に入った。自らの部下の独断専行により、状況が悪くなったことをバイケン達に伝える。
「すいません、バイケンさん、皆さん。お手伝いをするつもりが逆に邪魔をしてしまいました──菱川十鉄は我々の攻撃に備えて武装するか潜伏するか──作戦の難易度を無駄に上げて申し訳ございません」
腰を折り、首部を垂れる。
「構いませんよキング。本来なら潜伏している賞金首を捜し出すのが俺達賞金稼ぎの仕事の8割なんですから。その仕事を肩代わりしてくれるような、そんな有り難い依頼人に文句なんてとてもてとも……我々も独自に捜索しましょう」
老人のようにしわがれた声を出し、大仰な調子で喋るバイケン。
「ありがとうございます」
「そろそろ待つのも退屈してきたところだし、いいんじゃな~い? ねえ?」
「頼りにさせていただきます──では、僕は十鉄関係とは別件のエアレース関係の打ち合わせがあるのでこの辺で失礼します」
「相変わらず多方面でお忙しいこと」
キングがうやうやしくお辞儀をする。
「ではサタジットくん、後はよろしく」
「ええ、かしこまりましたよ、微力ながらファイネックス社が全面的にバックアップします」
キングが出て行ったあと、バイケンとサタジットも席に着いた。
「──十鉄の死体を持ってきたら5億ギルダ。生きたまま引き渡せば三倍、15億ギルダ。金星の洞主連中、張り込みましたな。男一人にそんな大金を出すとは──」
「15億、良いよね~! アタシちょっと欲しい船があるんだ、ねえ、皆は何買う?」
白ワインを傾けながらジンバが全員を見渡す。
「トウテツちゃんは──お洋服新しいの買えば? いいブティック紹介しちゃうよ」
「──俺は別に。着る服にも食うにも──金に困る暮らしは送っとらん。俺は2年前にキングさんに受けた恩ば返すためにここにおる。あんたらの報酬ば横取りするつもりなんてありゃせん」
ぎょっとする一同の顔色など気にもとめず、トウテツは厚切りのサーロインステーキをフォークで刺すとナイフで切らずにそのままかぶりつく。
「どうですかねトウテツさん、そのステーキお口に合いましたかな」
「こりゃ美味か。牛か? しかし内側は生焼けやんな……俺はもう少し火の通っとる方が好いとうばい」
トウテツはそのまま、驚異的な速度で肉の塊を咀嚼して飲み込んだ。咀嚼する顎の力が人並み外れている。
炭酸水で一気に流し込んだかと思うとゲフッ、とげっぷを漏らした。そのワイルド過ぎる無作法さに一同は呆れて苦笑いをこぼす。
とことんマイペースな自由人らしい。
「トウテツさん、さきほど言われたこと、冗談ではなく本気にしてもよろしいですか? あなた報酬は要らない、とおっしゃった──」
「ああ、あんたらで好きに分けんしゃい」
トウテツの意見に反応したようにドローン越しにアキレスの声がする。声の調子からすると30代半ばから40代前半と思われる。
「私もそうだ、報酬は特に要らない──私は十鉄の仲間と闘いに来たのだから。アラミス凶賊フェンリル狼、そして銀河最強闘士を名乗る者がいる──私の報酬は彼らとの闘いである」
「ふええ、戦闘狂なのね」
「聞けば十鉄とは生身の人間で銃を使うという。強化装甲や戦闘サイボーグ同士でなければ私の戦闘スタイルとは噛み合わない」
ひひひ、とバイケンは小さく下卑た笑い声を漏らす。
「そうですかそうですか。それは有り難いことで。それではこのバイケン様が5億いただくとしましょうか?」
「あらバイケンちゃん──十鉄殺しちゃうの? アタシ生け捕りで三倍チャンス狙っちゃおうかと思ってんだけどォ」
「ハッ、ジンバさん、あんたはお若いから知らなくて当然ですけどね『両面宿儺』の菱川十鉄をひとりで生け捕りって、そりゃあんまり菱川十鉄に失礼ですよ」
「何よ、アタシがどんだけ強いか知らないクセにぃ。ま、アタシも十鉄ちゃんがどれぐらい凄いのか知らないんだけどォ。じゃあどうする? ふたりで組んでやっつけて、報酬山分けする?」
「ふうん……ま、ふたりで組んだ方がリスクは減りますな、増加分の報酬アップも魅力的だ──いいでしょう」
バイケンはゆっくりて頷いた。
「決まりィ~、じゃあバイケンちゃんよろしくね~ん? 抜け駆けは無しよ?」
「そういう話になりましたが問題ありませんか?」
改めてバイケンはアキレスとトウテツに問う。
「よかよか、そんで済みゃ無益な殺生ばせんでようなるきに──生け捕りすっとなら捕まえ易うなるようにお膳立てしてやってもよかぞ」
「厄介な事態になった時は呼びたまえ。微力ながら手助けしよう」
「へえ~──オジサマ達って人間が出来てるぅ~正義の味方様みた~い」
「皆さん、俺ごときがプロ中のプロに意見するのは恐縮なのですが──分け前の話をするのはそれぐらいにして、先ずは逃げ出した十鉄を見付けるための策を講じた方が良いのでは──どんどん見つけにくくなりますよ?」
「そうだな、手分けして捜索しよう」
「俺達賞金稼ぎは人捜しも仕事の内ですからな」
「では──」
サタジットはPPを取り出してチャット部屋を準備した。いわゆるSNSである。
「取り敢えずはこの五人で情報を共有しませんか? チャット部屋のPASSは******です」
「いいじゃんいいじゃん? サタジットちゃん、冴えてるゥ。これで連絡取り合うのね?」
ここで急にトウテツの顔色が悪くなる。
「スマン、お、俺はその、この電話機の使い方がわからんのやけど。誰か、教えてもろてもよかかいな?」
やれやれ、と苦笑いしながらジンバがトウテツのPPを操作し始めた。
──さすがの菱川十鉄もこのメンツから追われて逃げおおせるはずも無いだろう。
面白い物が見られそうだ、とサタジットはほくそ笑んだ。




