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銀河コンビニぎゃらくしぃ  作者: てらだ
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敗北者たち

 リオル・カフテンスキと、連邦政府議長を代々務める名門マグバレッジ家は切っても切れない縁で結ばれている。


 地球閥の重鎮ケイス・マグバレッジに見出され、形式上は住み込みの私設秘書だったカフテンスキの養子としてマグバレッジ家に迎えられたのがのちのリオル・カフテンスキである。

 リオルは士官学校で優秀な成績を修め、若くして少佐となり軍部に入り込む。そしてケイスから政治経済のいろはを伝授されると、彼の息子ハロルド・マグバレッジの片腕となり、ハロルドが推し進める政策を影からサポートした。


 リオルは太陽系の統一と銀河公社の設立という、現在の太陽系の栄華を影で支えた功労者である。ケイス亡き後、リオルは実質的に地球閥の実務を回していたが、彼が裏で存分に働くには表舞台で民衆を煽り鼓舞するハロルドの甘いマスクと名演技が欠かせなかった。ふたりは地球閥の両輪として活躍し、地球を太陽系の盟主として輝かせた。


 対木星戦争の後、地球連邦政府議長の椅子はハロルドの息子、同じ名前を持つマグバレッジJr.へと受け継がれた。

 この政権交代は完全に予定調和であり、民主主義の皮をかぶった世襲政治だった。切り捨てられた一部の開拓惑星系移民にとっては真冬のような時代であったが富や技術力の集中運用は人類の生活基盤を有り得ない速度で整備、民間宇宙船による安全な航行を確立した。人類全体で見ると経済活動はかつてないほどに活性化し、莫大な富とエネルギーを貯える事に成功した。

 太陽系の外へ人類が進出するに足る十分な余力──このシステムを作り上げた事は歴史的にみても千年に一度の革新的偉業(ブレイクスルー)、中世ヨーロッパにおける産業革命に優るとも劣らない功績と言えるだろう。

 不世出の天才リオル・カフテンスキは禁忌技術を用いて地球閥や連邦政府といった旧態依然としたカビ臭い支配体制(システム)そのものを粛清する計画に着手していた。


 自らの手で人類を次のステージに──


 禁忌技術を運用するに相応しい精神性を備えるため、リオルが選んだのは衆愚政治ではなく、絶対王政──神に近しい正しさを持つひとりの『王』による統治であった。


 稀代の英雄か、はたまた頭のいかれた大量殺戮者か。

 後世の歴史家がリオル・カフテンスキをどう評価するかは定かではないが、そういう傑物のリオルから見ると政治家の名門マグバレッジ家の現当主ジュニアはなんとも平凡な俗物に過ぎなかった。

 このマグバレッジJr.──政治家としてはそこそこの能力を持っているのだが人間性に問題を抱えていた。

 ジュニアの短所は指導能力の欠落。息子のウィリアムは幼少のころよりマグバレッジ家の長男としてジュニアから英才教育を受けていたが、教え方の拙さから完全に逆効果となり、ウィリアムは政治的駆け引きや資金集めといった事に憎悪を抱くようになっていた。

 マグバレッジ家没落のピンチを察していたリオルだったが、ロンドンともども浄化の名の下に地球閥関係者を粛清にする予定だったため、特にウィリアムを(さと)したり教育に悩むジュニアに助言を与えたりはしなかった。

 どのみち時がくれば連邦議会は民主主義とともに崩壊しロンドンの連中は皆死ぬのだから後継ぎのことを心配する必要もないだろう──この当時のリオルはそう考えていた。


 15歳になったウィリアムは、ついに家出状態でモータースポーツの世界に身ひとつで飛び込んだ。ウィリアムは10年かけて持ち前の前向きさと熱意で腕を磨き、自力でエアレース・グレードワンの1stドライバーの座を勝ち取ったのだった。


 リオルの人物評価では、ウィリアムは官僚としての素養は十分備えているはずなのだが、残念ながら政治家として致命的な欠点を抱えている──誠実さ、義侠心、初志貫徹という一般人にとっての美徳は政治家にとっては命取りですらある。


 そして現在──リオルの計画は頓挫しマグバレッジJr.もウィリアムも生きている。そして、リオル自身も不本意な形で生かされている。

 生きている、ということはそれ自体素晴らしいことかも知れないが、時にひどく苦しい。

 恥辱にまみれながら生き続けることは苦しい、特に敗北者達にとっては尚更苦しい。

 しかし生き続けなければならない──


 理由などない──



◇◇◇◇◇


 メガフロートシティ市警察内部にはメディカル・ルームが用意されている。事件の容疑者や重要参考人、被害者が負傷していた場合に、病院に搬送する手間や警察の保護を離れるリスクを無くすためである。

 雄大とマーガレットが暴走車両の中から助け出した男、タチェもメディカルルームで治療を受けすっかり回復していた。

 タチェの身元を調べた警察が彼の関係者であるウィリアム・マグバレッジに連絡を入れた。

 タチェはグレードワンレースのチーフメカニック、ウィリアムはタチェのチームの顔、1stドライバーという間柄。

 数日後に控えたレースのために、ここメガフロートシティに短期滞在中だった。


 ウィリアムはタチェの無事を確認すると事故の事情を尋ねるのもそこそこにレースの話を始めた。

 若いレーサーの頭の中はレースのことでいっぱいであり、仲間の容態を気遣う余裕は無かった。

「頼むタチェ、今回のメガフロートGPXは棄権出来ない、あんたの力が必要なんだ」

「わかってる、そりゃおまえの気持ちはわかってるさウィル──でもこのままだと一生レースが出来なくされる、ヤツらと上手く折り合いを付ければ来期以降もレースは続けられるんだ、ここは折れろよ」

 親子以上に年の離れたふたり、タチェは年長者らしくウィリアムを説得しようとする。

「八百長なんて出来るかよ」

「相手はスポンサー集めのために今期だけ優勝出来ればそれでいい、って言ってるんだ。金星のヤツらは本気、死に物狂いだ。今回の新設チームにどんだけ資金を突っ込んでるか想像もできん……コケたらそれこそ、誰かが宇宙を漂うデブリになっちまうだろうよ──それもダース単位でな」

「こっちだって初の年間王者が掛かってる、金星マフィアの下っ端が何十人死のうが知ったことかよ」

 上位チームが後半戦になって軒並みマシントラブルやリタイアでポイント落としてる今期のポイント争いはウィリアムのチームにとってまたとない好機である。現在一位のウィリアムはあと2回のレースで三位以上、表彰台に乗ることが出来れば個人の年間王者も夢ではない。

「……俺達に訪れたチャンスはもともとヤツらが意図的に作り出した状況とも言える」

「何が言いたいんだ?」

「──上位チームにはもう、金星の連中の手がとっくに回ってるんだよ──つまり、八百長に荷担してるんだ。金星マフィアのシナリオ通りにな」

「嘘つけ! じゃあ、あんたはマーフィーやボッテガみたいな誇り高いドライバーまでがそんな八百長の出来レースに荷担している、っていうのか? 有り得ないね、彼等は本当の命知らずの英雄だ、犯罪者の犬に成り下がるなんて考えられない」

「グレードワンはひとりでやるもんじゃない。ボッテガ本人は全力で走るつもりでも、メカニックやピットクルーの誰かが意図的に手抜きをしたら──タイムは出ない、トラブルは増える、そういう事だよ──悪魔は心弱い者から順に狙いを定めていく」

「──有り得ないって言ってるだろ、故意じゃなくてもそういうミスをやるヤツはチームから外されて二度と信用されない。失う物が大き過ぎる」

 有り得ない、を連発するウィリアムにタチェは苛立った。

「現実を見ろよウィル! 俺達みたいな中堅で予算繰りもギリギリのチームが地球閥資本の全面バックアップを受けた名門チームと互角に競り合ってる今の状況が異常なんだよ! いい加減に気付け!」

「異常でも何でも構わない──俺はレースに出るだけだ、そしてマシンを整備するのはあんただ、他はみんな逃げちまった──俺にはもうあんたしかいない!」


 鼻に当てたガーゼを直しながらタチェは首を振った。

「潮の流れが変わったんだよウィル、地球資本は木星戦争の時の悪行が明るみになってイメージダウンしてる。そこにつけ込んだ金星連中が強引な買収を進めてるのはおまえだって薄々感じてるだろ。これはもう無視出来ない大きな流れになってる。それにここ、エウロパでは木星帝国のシンパが息を吹き返して完全に木星帝国復興ムードに街中染まってる──あの皇女殿下が色々と変えちまった──穏やかな海に突如として現れた巨大な渦潮さ。皆、呑み込まれないように上手く流れに乗ろうと必死で足掻いてる。眠り姫なら、凍ったままずっと眠っていてくれればみんな穏やかに過ごせたのに」

「…………」

 ウィルは無言で壁を叩く。タチェにも彼の憤りが伝わってくる。

「なあウィル、今回は棄権しろ。今度はいよいよお前の命が狙われる番だぞ」

「望むところだ! 俺は恐れない、だからあんたは俺のためにマシンを整備してくれ、頼む、頼むよ……タチェ、お願いだ」

「──そういうことなら益々、俺はお前のマシンを整備するわけにはいかない。誰かが整備しなけりゃ、レースには出られない」

 タチェはウィリアムを睨む。

「くそっ! もういい、あんたには頼まない、俺ひとりでやる。整備ロボットがいればなんとかなる」

「にわか知識でいじったマシンでレースに出るだと? 自殺行為どころか犯罪だ──レースを舐めるなよこの若僧が!」

「なんだとこのクソジジイ!」

 ウィルは今まで父親のように慕っていた年輩のメカニックマンにつかみかかる。タチェは胸倉をつかまれて少し息苦しげに呟いた。

「おまえはまだ若いんだウィル、この先何度もチャンスがある──命を粗末にするな」

「俺は、チーフメカニックにも見捨てられたのか? 誰も残ってねえ──誰も」

「若い時は、自分を曲げるのはとても苦しい……」

「──あんたともこれまでだな」

 ウィリアムはタチェを放すと、がっくりと肩を落とし、首を小さく横に振りながら医務室から出た。


◇◇◇◇◇


 警察署の中にあるメデイカル・ルームから出たウィリアムの前にコートを着た人影が立ちはだかった。夏のような陽気のメガフロートシティではそうとう暑苦しい格好だ。後ろに数名の男女の姿も見える。

「どうもウィリアムさん」

「あんたは?」

「今回の事件の捜査を担当するディッシュ警部であります──申し訳ありませんがお話を聞かせていただきました」

「──どいてくれ。聞いてたんなら今の俺が忙しいこともわかってんだろ、メカニックがいなくなっちまった──」

 ディッシュは動かない。

「これはタチェさんを狙った殺人未遂では終わらない──性質の悪い無差別テロ計画、金星マフィアから我々市警察への挑戦状です」

「…………」

 ウィリアムは無言でディッシュを避けて脇に抜ける。

「──治安維持の観点から考えましても、金星マフィアの暗躍は好ましくない。あなたが被害届を出していただければ我々も動くことが出来ます。そうすれば金星マフィアの動きを牽制し、あなたとタチェさんの身辺を警護できます」

「……警護? なんだそれ、俺がレースに出てる間はどうすんだよ」

「それですが……うちの市長(ボス)はあなたの身の安全を考えて──いや、あなたの巻き添えで被害を受けるかも知れない一般市民のことを考えて──あなたのレースへの参加を禁止する可能性があります」

「ハハハなんだそりゃ? それって出場辞退するのと何が違うんだよ。ヤツらの思うツボじゃないか」

 ディッシュは根負けしたように歯噛みすると白髪頭を掻いて後ろにいるふたりに助けを求めた。

「あー、俺達は……」

 ディッシュ警部の代わりに前に出てきたのは背の高い気難しそうな付き人の男とその主人で背が低いのにやたら態度のでかい偉そうな女──それが雄大とマーガレットをみてウィリアムが感じたふたりの第一印象だった。

 チッと舌打ちするだけで、雄大達から目を背ける。その態度にカチンときたのか雄大が眉を八の字にしてウィリアムを非難した。

「自己紹介ぐらいさせてくれ! だいたいおまえな、ちょっとハンサムで有名人だからっていい気になるなよ?」

「うるせえな」

 悪態をついて通り過ぎようとするウィリアムの肩を、何者かが掴んだ。

「うるせえ、って言ってんだろ!?」

 苛立ちが頂点に達したウィリアムは、肩を掴んだ相手に振り返りざまに右拳を振るった──しかし、その拳は捕まえられ、ウィリアムは右腕を中心にして前方に半回転した。

 まるで魔法にでもかかったかのようにペタンと背中から廊下に投げ落とされる。

「──な、なんだ今の──」

 ウィリアムは自分より背の低い女性、マーガレットに軽々と投げ飛ばされていた。


「ねえちょっと──身辺警護するのって、警察じゃなきゃいいわけ?」


 女はにっこりと笑った。猛禽類のような凄みのある笑顔。

 ウィリアムに僅かに残されていた野生の勘が身の危険を告げた。


(こいつに逆らうと──死ぬ)


 今にも誰かを殺しに行きそうなほど興奮していたウィリアムは鎮静剤でも投与されたかのように大人しくなっていた。

 

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