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第6話:ルナ・シトラス・フルール三世

「ちょ、かずくんうるさいってば! ご近所迷惑!」

「わ、悪い悪い……ついびっくりして……」

「もう……ほんっとに落ち着きないんだから……それで、探してた人が見つかったの?」

「あ、ああ……多分……」


 未希に諭され、自分が驚愕に立ち上がっていたのに気づいて座り直す。


『ルナ・シトラス・フルール三世』


 ランキング1位で黄金に縁取られている名前を改めて確認する。


 ルナはそのまま名前の『瑠奈』から。

 シトラス・フルールは苗字の『橘』から。

 最後の三世の意味は分からないが、これが橘瑠奈のキャラである可能性は高い。


 まさか、ここまでオンラインゲームをやり込んでるガチ勢だったとは。

 社会不適合者である可能性と同時に、俺の求める人材である可能性も高くなってきた。


 問題は、ここからどう接触するか……だな。


 偶然を装って接触しようにも初期アバターで街を彷徨いているだけの俺が、トッププレイヤーのルナ・シトラス・フルール三世と交流するのはハードルが高い。


 とはいえ、ここから地道にコツコツプレイするなんて時間がかかりすぎる。

 あと月額料金もなるべく払いたくない。


 その辺りの問題をサクっとクリアして、何とか繋がりを持てないだろうか……。

 コントローラーを膝の上に置いて、頭を捻って考えていると――


「ん? レースでもはじまるのか?」


 ゲームの中から競馬のファンファーレみたいなラッパの音が響き出した。

 いささかトラウマになっている音だが、一体何が始まるのだろうかと画面を注視する。


 すると、周囲にいた他のプレイヤーたちが続々と『待っていました』とばかりにある方向を向き始めた。

 倣って俺も自キャラを同じ方向へと向き直らせると、街の中央にそびえ立つ巨大な城が画面に映し出された。


『何が始まるんですか?』

『見てれば分かる』

『黙って清聴しろ』

『第三次大戦だ』

『ルナ・ヴィクトーリア! ルナ・ヴィクトーリア!』


 俺とは別の初心者の質問に、他のプレイヤーが色んな言葉を並び立てる。

 俺を含めた何も知らない者たちはキョトンとしているのに対して、今から何が始まるのか知っているプレイヤーたちは興奮を全く隠しきれていない。


『おっ、出てきたぞ!』

『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』

『ルナ・ヴィクトーリア! ルナ・ヴィクトーリア!』


 他の人たちの騒ぎがまた一段大きくなるのと同時に、城のバルコニーに左右二人の衛兵を連れた新たなプレイヤーが姿を現した。

 小さな身体に白銀の鎧を纏った金髪の女――そして、その頭上には『ルナ・シトラス・フルール三世』の文字が派手な装飾で縁取られていた。


 うお……! いきなり実物が出てきた……!


 と驚いたのも束の間、大きく一歩前に踏み出したそいつが口を開く。


『月花の旗の下に集いし、我が誇り高き戦士たちよ!』


 チャットではなく、実際の人の声が街中に響き渡った。


 同時に、画面を埋め尽くす程だったチャットのダイアログがピタリと止まる。


『その目に、その胸に、今一度焼き付けよ! 我らが愛したあの故郷の姿を! 黄金に輝く麦畑、父祖より守り抜いてきた土地、そしてあの安寧の日々を!』


「何々? 何かはじまったの!?」

「しーっ、黙って聞いてろ」


 小さな身体に反した仰々しい言葉が、インターネットを通して俺の部屋に響く。

 隣では未希も、何か面白そうなことが始まりそうだと興奮気味に身を乗り出している。


『先日、それは卑劣なる侵略者によって踏みにじられた! そうあの忌々しき帝国勢力の奴らだ! 彼奴らは今、我らが領土に偽りの旗を掲げている!』


 引きこもり女だと聞いていたのが嘘のように堂々としている。


『だが、その屈辱の日々もすぐに終わる! えーっと……なんだっけ……あっ、そうだ。次の戦いでは私の呼びかけに応じてくれた王国が誇る精鋭たちが手を取り、総力を結集する!』


 少し舌足らずではあるが、聞き心地がよく、癖になる質の声。


『わ、わりゃッ……我々はもはや地に嘆くだけの烏合の衆ではない!』


 そこはかとなく漂っているポンコツ臭。


『敵は強大だが恐れるな! 隣を見ろ! 同じ痛みを分かち合い、同じ決意に燃える戦友がいる!』


 そして、何よりもこれを大真面目にやってのける胆力。

 その振る舞いは単なるロールプレイを超えて、自らの世界観に人々を引き込んでいる。


『我々は一人ではない! 勝利の時は来た! 奪われたものは全て……えっと、なんだっけ……とにかく、勝つぞー! 帝国をぶっ倒せー! 敵をブッ殺せー!』


 周囲は他プレイヤーたちの『ルナ・ヴィクトーリア!』コールで溢れかえっている。

 中には茶化すような声も当然あるが、圧倒的な支持に全てかき消されている。


 凄まじい人気だ。

 単に総合ランキング一位というだけでなく、それ以上のカリスマ性を感じる。

 すなわちそれは、とんでもなく強烈な金の匂いを発していた。


「よし、終わり!」

「えっ? お、終わりってまだ始まったばっかりじゃないの?」

「いいんだよ。ほら、終わりだからさっさと出てけ」

「え~……続き気になるんだけど~……」

「気になるなら自分でやれ。俺はもうやらないから」


 テレビから各種コードを引き抜いて、ゲーム機を未希へと押し付ける。

 橘の演説はまだ続いているが、やるべきことは既に決定した。


「ちょ、ちょっとかずくん……! どうしたの急に……!?」

「世界の命運はお前に任せた」


 抵抗する未希の背中を押して、部屋から追い出す。

 もうゲームを通して徐々に交流を持つ……なんて悠長にやっている場合じゃない。

 俺の知識と経験を総動員して、今すぐにでもこの女を引き入れる。


 ***


 ――翌日の放課後。


「おーい、いいんちょ~!」


 鐘が鳴るや否や、席から立ち上がって最前列の委員長へと声をかける。


「何?」


 俺からの接触に既に何かを察したのか、振り返った委員長は怪訝な顔をしていた。


「橘のノート。今日も俺が持っていってやるよ」

「何か企んでる?」

「…………まさか」

「じゃあ、今の間は何?」

「純粋な良心からの行動を疑われて心が傷んでた。あいたた……」


 胸を押さえる俺に、委員長が腹の中を探るように目をジッと見てくる。

 何か言われるとは思ったが、まさか一言目が『何か企んでる?』とは。

 この時代の俺は一体、どれだけ素行不良だったんだ。


「そう。でも、生憎だけど橘さんに渡してるのは一週間分の授業をまとめたノートだから昨日の今日で新しいのがあったりはしません」

「えぇ……じゃあ、他になんかねーの? ノートじゃなくてもプリントとか……手作りのクッキーとか……」

「何なの急に? 本当に気味が悪いんだけど……」

「いや、俺も昨日橘の家に行って……こう、思ったわけだよ。やっぱり、俺たち明峰78期生の仲間……みんな揃って卒業したいなって」

「大嘘だって顔に書いてるんだけど」

「そのオシャレ眼鏡、新しいのに替えた方がいいんじゃないか?」


 益体もない押し問答を繰り広げる俺と委員長。

 現状の俺の立場で橘の家を訪れるならまだ何らかの言い訳が欲しい。

 橘と交流を深める前に、母親に妙な疑念を持たれたら元も子もないからな。


「はぁ……しかたないなぁ……」


 俺のしつこさに音を上げた委員長が大きく息を吐き出し、鞄から一枚の紙を取り出した。


「これ、修学旅行の希望コースの調査票。こういうの渡したら変にプレッシャーかけるかなって思ったんだけど……やっぱり、渡した方がいいのかなって……悩んでたところなんだけど……って、あっ! ちょっと!」

「任せろ! 俺が責任を持って渡してきてやる!」


 その紙片を委員長の手から奪い取って、教室から飛び出し、橘邸へと向かう。


 インターホンを鳴らして出てきた橘母に要件を告げると、先日と同じように快く家の中へと通してくれた。

 そこから更にテーブルを挟んで顔を合わせて、高いお茶菓子に舌鼓を打ちながら相槌を打ち続けること約三十分――


「ちょっと瑠奈さんと話してきてもいいですか?」

「え? 瑠奈と……でも……」


 ほんの数日前にナシのつぶてだったのに……と言いたげな表情で見られる。

 ただ、今回の俺にはあの扉を開けるための秘策がある。

 そのためには母親がいない状況で、一対一の状況を作り出す必要があった。


「実は、先日お借りしたゲームを俺もやってみたんですよ。そしたらなかなかおもしろくて、つい朝までやっちゃったんですよね。それで今日は寝不足で……瑠奈さんの気持ちがよく分かったというか……共通の話題でもあれば向こうも応じてくれるんじゃないかなと……」

「まあ……そういうことなら……。でも、あんまり刺激するようなことは言わないであげてね?」

「もちろん、分かってます。ゲームの話してみるだけなんで」


 いい子ぶりながらリビングを後にして、玄関の階段から二階へと向かう。


 刺激しないで……と言われたが、それは無理な話だ。

 あの強固な扉を開いて金のなる木を表に引っ張り出すには、虎の尾の上でブレイクダンスを踊るくらいに刺激してやる必要がある。


「……しっ、やるか」


 RUNAのプレートがついたドアの前で気合を入れ直す。


 ここがこの二度目の人生における最大の分岐点だ。


「おい! ルナ・シトラス・フルール三世!」


 ドアの奥へと向かって、ヘッドホン越しでも聞こえる大きな声を張り上げる。

 これまで全くの無反応だった扉の向こう側で『ガタッ!』と何かが動いた。


「おっ、起きてたか? ならちょうどいい。胸襟を開いて話そうぜ」

「だ、誰……? な、なんでその名前を……?」


 ドアの向こうから動揺に裏返った声が聞こえてくる。

 演説していた時の風格こそないが、それは紛れもなく先日聞いたあの声だった。


「財前だよ財前。同級生の。この前も挨拶に来ただろ」

「ざ、財前……くん……って、あの……ふ、不良の……?」

「誰が不良だって?」

「ひっ……ご、ごめんなさい……。で、でも……私はほんとにただの引きこもりで……おど、脅しても何も面白いことは何もないから……うん、無い……」


 本気で怯えているような声が響く。

 学校で有名な不良が、自分の秘密を握って脅しに来たと思っているんだろうか……。


「だから人聞きの悪いことを言うなって。別に脅そうなんて考えちゃいねーよ。ちょっとお前に頼みたいことがあるだけだ」

「頼み……?」

「そう、頼みだ。俺らの人生を左右する大きな大きな頼み事だ」


 少し冗長気味な前置きで、向こうの心理に揺さぶりをかけ――


「……何?」

「橘瑠奈……お前、Vtuberにならないか?」


 ドアの向こうへと向かって、最初の手札を切り出した。

ここまで読んで『面白い』『続きが気になる』と思ってくれた方は是非、ブックマークとこの下にある『☆☆☆☆☆』を押して評価してくださると嬉しいです。

作者のモチベーションにもつながるので、よろしくお願いします。

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