第18話:ちょっと付き合ってくれよ
放課後の訪れを告げるチャイムが鳴り、長かった一日がようやく終わった。
私は机に突っ伏して、安堵の息を大きく吐き出す。
朝、あれだけ不安だったのが嘘みたいに授業はあっけなく終わった。
玲那たちに絡まれた時はどうなるかと思ったけど、財前くんのおかげでその後は何もなかった。
……というのは、彼の同類だと思われたというのが大きいのかもしれないけど。
とにかく、今は無事に乗り越えられたのを祝おう。
私、偉い! 偉すぎる!
帰りはちょっと奮発して、大和屋のケーキでも買って帰ろうかな~!
でも帰りと言えば、財前くんは付き添ってくれるのかな……。
「ふぁ……終わったか……?」
チラッと隣の席を見ると、授業中からスヤスヤと眠っていた彼が目を覚ました。
大きなあくびをしながら猫みたいに背筋をぐーっと伸ばしている。
「う、うん……まだホームルームがあるけど……」
「そうか……」
寝ぼけ眼を擦りながらスマホの画面を操作している。
帰りもよろしくって言った方がいいのかな……。
でも、自分から言うのは何か期待してるみたいでちょっと恥ずかしい……。
「おい、この後は配信の時間まで特に予定もないだろ?」
「えっ!? う、うん! もちろん! ない! 何もない!」
向こうから話を降ってくれないかなと考えていると、想像通りのことが起こってパニクってしまう。
「んじゃ、ちょっと付き合ってくれよ」
「ふぇっ!? つ、付き合っ……えっ、ええっ!? わ、私が!?」
「なんだ? ダメならダメって言えよ。別に、強制してるわけじゃねーんだから」
「だ、だだ、ダメじゃないダメじゃない! 大丈夫! 全然、大丈夫だから!」
おち、落ち着け私! 付き合うって絶対そんな意味じゃないから!
で、でも本当に向こうから誘ってもらえるなんて思ってなかったからびっくりしたぁ……。
「んじゃ、行くか」
戸惑っている間にホームルームが終わり、財前くんが鞄を掴んで立ち上がる。
「う、うん……!」
私も鞄を掴んで立ち上がり、身体を縮こまらせて彼の後ろについていく。
「それで、どこに行くの?」
「んあ? ちょっと、ぶし――」
「橘さん! 財前くん!」
教室から出ていこうとしたところで、後ろから誰かに声をかけられる。
ギョッとしつつも振り返ると、クラス委員の一条さんが立っていた。
「なんだよ。俺ら、急いでんだけど」
「ちょっとくらいいいでしょ。橘さん、今日は来てくれてありがとね。何か困ったことはなかった?」
「え? う、うん……い、一条さんがいつもノート持って来てくれてたおかげで授業もなんとかついていけそうかも……」
財前くん以外と同級生とまともに話すのが久しぶりすぎて、キョドってしまう。
「なら良かった。もし他に困ったことがあったらいつでも相談してね」
「あっ……は、はい……ありがとう……」
「で、用はそれだけか? だったら、もう行かせてもらいたいんだけど」
「もう……そんなに急かさないでよ。君にも聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと? なんだよ……」
財前くんの問いかけに、一条さんは私の顔を一瞥してから彼に手招きをした。
彼は少し気だるそうにしながらもそれに応じて、二人で私には聞こえない声量で会話を続ける。
……何を話してるんだろ。
二人の会話の内容が気になって、ソワソワしてしまう。
一条さん……一年の時に見かけたことはあるけど、こう近くで顔を見るのは何気に初めてかも。
メイク薄いのに美人だなぁ……正統派委員長系ヒロインっていうか……。
見るからに不良っぽい財前くんと並ぶとコントラストがすごい……。
でも、その凸凹感が逆にハマって見えるというか恋愛物だと定番の組み合わせだよね……。
あぁ……私ってば、何してるんだろ……。
自分で勝手に変なこと考えて、勝手に傷ついて……。
おかしくなっちゃってるよぉ……。
「じゃ、考えといて」
「いや、だからやんねーって言ってるだろ」
財前くんの拒絶らしい言葉を笑顔で無視して、一条さんが席へと戻っていく。
「んじゃ、今度こそ行くか」
「う、うん……」
再び、彼の斜め後ろについて歩き出す。
「さ、さっき一条さんと何話してたの?」
彼の少し後ろをついて歩きながら、恐る恐る尋ねてみる。
私の声に、前を歩いていた財前くんが少しだけ足を止め、面倒くさそうに振り返った。
「ん? あー……この前、頼んでおいたことの話と後は……」
「後は?」
「なんか色々ゴチャゴチャと言われて、最後に『生徒会に興味ない? 広報の役職がまだ空いてるんだけど』とかなんとか……」
「せ、生徒会!? 生徒会に誘われたの!?」
その言葉に、思わず声を張り上げてしまう。
でも、その驚きは明峰生なら誰でも理解できるものだった。
この明峰高校は校内外で、『生徒の自主性を重んじすぎている高校』として知られている。
生徒の自主性を重んじるということはつまり、それと取り仕切る生徒会の発言力がすごく強いということ。
学園祭や体育祭をはじめとした多くの校内イベントの企画立案をはじめ、部活動の予算配分や同好会の設立にまで影響を及ぼす、まさに学内の最高権力機関。
でも、そうなるともちろん生徒会に入るには非常に狭い門をくぐらないといけない。
会長選挙には十人近い生徒が立候補し、本物の選挙さながらの苛烈な選挙戦が繰り広げられる。
副会長以下の役職は主に現役員の勧誘で任命されるらしいけど、そこもやっぱり優秀な人じゃないと選ばれない。
なのに、まさか財前くんが誘われるなんて……。
そう驚いた反面で、納得感も強かった。
初めて私の部屋に来た時から驚かされた行動力の高さに、初配信を成功に導いた企画立案力。
確かに、うちの生徒会にはぴったりの人材だと思う。
けど、それを知ってるのは私だけかと思ったのに……。
嬉しさと妙な寂しさが入り混じった不思議な感情に襲われる。
今日は本当に、一日中感情がジェットコースターみたいだ……。
「まあ、普通に断ったけどな」
「ええ!? なんで!?」
「なんでって、むしろなんでそんな一円の金にもならないことをしなきゃいけねーんだよ」
「で、でも大学の推薦とかにも有利だし……!」
「要らん要らん。そんなもん。それならまだドブを漁ってカビだらけの十円玉探すっての」
なんか本当にやってそうな説得力があるなぁ……。
「んなことより、この際だから聞くけど、お前はなんでまたいきなり登校する気になったんだ?」
「えっ……な、なんでって言われると……その……」
逆質問の返答に窮してしまう。
どうしよう……まさか、色んなことを妄想してたらその気になったなんて言えないし……。
「それは……言うなれば社会経験といいますか……」
「社会経験?」
「ほ、ほら……! 良い配信をするにはやっぱり話題のネタは多い方がいいよね!? だから、学校くらいは行っといた方がいいのかなー……って思った感じ……かな?」
「ふ~ん……まあ、いいんじゃね。お前がそこまでやる気になってるのは意外だったけど……っと、ついたぞ」
なんとなく思いついた言い訳に納得してもらえたのと同時に、財前くんが足を止める。
「えっ、ついたって……ここ、まだ学校だけど?」
教室を出てから歩いて一分と少し。
たどり着いたのは、これまでに入ったことのない校舎の三階だった。
てっきり、喫茶店とかそういうところで話でもするのかと思ってたから虚をつかれた。
「お~い、いるか~?」
戸惑う私を置いて、財前くんは扉を空けて眼の前の室内へと入っていく。
「げっ、財前数真! また来たの!?」
「また来たも何も、今日の放課後に行くって前もって連絡してたろ……ほら、入れよ」
「お、お邪魔します……」
財前くんに促されるまま、恐る恐る室内へと足を踏み入れる。
並べられたいくつもの本棚に、多くの書籍がギッチリと詰め込まれている部屋。
真ん中には大きな机が置かれ、その上にはパソコンやペンタブなどの機材が並べられている。
「今度は女連れ!? 何回も言うけど、ここはあんたの休憩室じゃないんだから!!」
「ひぃ! ご、ごめんなさい!」
部屋の主らしき女子の大声に、思わず謝ってしまう。
「ちげーよ。前にも言っただろ? こいつが例の新入部員だよ」
「ぶ、部員……!?」
私を示しながら言われた、全く身に覚えのない言葉に戸惑う。
「じゃあ、これが例の……?」
「そうそう、えーっと……Vtuber『柑橘ルナ』改め『星橙ルナ』の演者、橘瑠奈だ」
「ど、どうも……はじめまして……」
一体何がどうなってるのか分からないけど、流れに沿って挨拶をする。
「ふ~ん……私は柊彩葉。この漫研の部長」
「あっ、ここって漫研なんだ……」
そう言われて改めて室内を見渡すと、本棚に並んでいるのが大量の漫画本だと気づいた。
中には私の部屋にも置いてある有名作品などもある。
「何? そんなことも知らないで入ってきたの?」
「ひ、ひぃ……ご、ごめんなさい……」
「こらこら、いちいち噛みつくなって」
「噛みつくとか人を狂犬みたいに言うな!!」
「……と、こんな感じで孤独を極めすぎて人とのコミュニケーションの取り方には難のあるやつだけど仲良くするんだぞ」
あんまりできる気がしないんだけど……ていうか、財前くんがそれ言うんだ……。
「あ、あの……そもそも話に全くついていけてないんだけど……結局、どういうことなの? なんで私、ここに連れて来られたの?」
その多大な戸惑いを込めた呟きに、財前くんは――
「お前、漫研部員ってことになってるから」
私の全く知らない事実を軽い口調で告げてきた。




