5話 「開眼」
そう。
私は生きる糧を見つけたの。例え世間が認めなくても。例え世間が冷笑したとしても。例え世間が嘲笑したとしても。例え世間が物笑いしたとしても。今はこれでいい。今はそれでいいの。
「・・・痛くなかった?」
「・・うん」
虚実が入り混じる外の世界。
真の自分を拒否する外の世界。
嘘の自分を受け入れる外の世界。
私は私。
だから内の世界に住居した。
だから外の世界を投げ出した。
簡単に言えば・・・外の世界が怖かった。
でも今は違う。あなたがいる。
真実の世界。
二人だけの世界。
もう外に出るのも怖くないかな。
もう視線を気にしなくてもいいかな。
もう飴を舐めるのも少なくなるかな。
私はお風呂で身体を洗う。
私はお風呂で自分を洗う。
私はお風呂で過去を洗う。
私はお風呂で暖まる。
染みる身体も心地いい。
腫れる身体も心地いい。
震える身体も心地いい。
この刺激。
この謳歌。
この逸楽。
この充実感。
ソファーでコーヒー私とあなた。
優しい言葉の優しいあなた。
肩を並べて素に戻る。
肩を並べて私に戻る。
肩を並べてあなたは戻る。
肩を並べていつもの心。
俯いたままの私とあなた。
気恥ずかしさの私とあなた。
衣服に着替える私とあなた。
不安そうな優しいあなた。
私を気遣う優しいあなた。
あなたは別人のよう。
さっきまでは・・・私を罵倒したあなた。
私を痛罵したあなた。
私を面罵したあなた。
私を嘲罵したあなた。
私を悪罵したあなた。
私を冷罵したあなた。
でも。
今は。
私を気に掛ける優しいあなた。
今のあなたが虚実なの?
サドのあなたが虚実なの?
どちらのあなたが虚実なの?
紙一重ね。
心の表裏も。
虚実と真実も。
でもね、瞳が充血してるあなたが好き。
汚い言葉を吐くあなたが好き。
強引に鷲掴みするあなたが好き。
私を拘束し続けるあなたが好き。
私は自信がついた。
私は私を曝す。
私は私を暴く。
私は私を開く。
私は私を濯ぐ。
そう、他人の視線なんて気にしない。
そう、他人の意見なんて気にしない。
そう、他人の常識なんて気にしない。
そう、他人なんて。
頷きなんていらない。
同調なんていらない。
同情なんていらない。
理解者なんていらない。
私は私を見つけたんだから。
怖い物なんてないんだから。
守る物なんてないんだから。
なくす物なんてないんだから。
そうよ。
今日のこの日に比べたら、他の出来事なんて何の価値もないわ。
ああ、今日はいい日。
だって新しい私が生まれた日なんだもの。
新しい道が示された日。
新しい生き方を開眼した日。
ま・・・表立って人には理由を言えないけどね。
うん、明日から何しよう?
意外に積極的な私だわ。
美容室に入った。
喫茶店に入った。
お店に入った。
服を買った。
鞄を買った。
靴を買った。
口紅を買った。
時計を買った。
帽子を買った。
指輪を買った。
化粧水を買った。
ベルトを買った。
ピアスを買った。
バレッタを買った。
猫の置物を買った。
コンシーラを買った。
ネックレスを買った。
ブレスレットを買った。
アングレットを買った。
マニュキュアを買った。
赤いスリッパを買った。
海に行った。
散歩を始めた。
映画にも行った。
スキップをした。
日向ぼっこした。
ブランコに乗った。
煙草を吸った。
お酒を飲んだ。
眼鏡を変えた。
耳に穴を空けた。
枕を変えた。
布団の色を変えた。
ポトスを置いた。
お香を炊いた。
背伸びをした。
柔軟運動を始めた。
ブロッコリーを食べた。
トマトを食べた。
私は。
私を見つけた。
決めた。
引きこもってる場合じゃない。
何事も経験が大事。
立ち止まってちゃあ。勿体無い。
今日、改めて、そう感じた。
そうよ。今日から私は自分を主張して生きる。
だって真実の私を見つけたんだからね。
私の真実はSM。
そして。
私は。
私はMなんかじゃない。そんなの、ただの思い込みだった。経験して理解出来た。やっぱり何事も経験なのね。
そう、私は荷虐愛者。
ええ、私は荷虐趣味者。
私はS。
今はSを経験したい。
相手から責められたい・・・そう思うMな私は事実。でも、完全な受身じゃあなかった。どう責められたいか、どう苛められたいか、どう愛されたいか・・・頭と心の中で願望が沸いてきた。
自分の中にある責められたい願望を達成させる為に、私は彼を誘導した。声や、言葉、身体や視線。私にある全ての部位で、あなたを誘惑し、レールに乗せて、操った。つまり、
『私は、あなたに責められ、あなたは私を責めていた』のではなく、
『私は、あなたが責められるように、受けの姿勢であなたを支配、責めていた』の。
意識の問題だわ。
紙一重。
いつのまにか、私はあなたの心を掌握していた。
そう、そうなのよ。相手を思いやる気持ち、相手の身になって考える気持ちがなきゃあ、何事も駄目って事ね。Sの気持ちだってそう。自分勝手な振る舞いは相手を傷付け、何も生まれない。相手は何を望んでいるか、何を欲しているか、次はどうされたいか、どうされるのが一番好きか・・・常に考えてなきゃ駄目。その時は、自分がMのつもりで考えんきゃあ、現実味がない、真剣味が足りない。SにしろMにしろ、お互いに本気で相手を知ろうと努力しなければ・・・ただの変態になる。
ああ、人を思いやるって素敵!
うん。
決めた!
女王になろう!
札幌の女王にね。
ふふ、意外に積極的な私。
となれば、引きこもってる場合じゃない。
もう、引きこもりはお終いね。
まあ・・・理由は公然と言えないけど。
さて、と。
とりあえずは鞭でも買おうかな。
あと、色々な物を詰め込む大きな鞄もね。




