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高校時代に戻った俺が同じ道を歩まないためにすべきこと  作者: 夜月紅輝


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第95話 女の子の独白

 なんだかんだで月日は経ち、あっという間に明日で学校の一学期が終わる。

 なんともあっという間というか、ようやくこの日が来たというか。


 というわけで、今日が最後の午後まで授業のある日なのだが、この日になってようやく永久先輩から呼び出された。


 といっても、これまでの日々で普通に空き部屋で放課後には顔合わせてたけどな。

 ただ先輩が俺の顔を見ては気まずい顔をするし、先輩から話題を振ってくるまでひたすら待ちに徹してただけ。


 そして今日になって、ようやく先輩の踏ん切りがついたのか俺にここで話すようだ。

 随分と時間がかかったような気もしなくも無いが、それだけ重要な話なのだろう。


 俺は先輩がいる部屋に訪れる。

 ガラガラとドアをスライドさせれば、いつも通り読書している先輩の姿があった。

 ここ最近パソコンとにらめっこしている先輩の姿は見ていない。


「お待たせしました、先輩」


「そんなに待ってないわ。ワタシも今来たところだから」


 俺は定位置に座っていく。

 先輩はチラッと俺を見ると、ジャブのような会話を入れてきた。


「そういえば、拓海君、元気さんと一緒に放課後帰ったそうね。何をしてたの?」


「普通にゲーセンで遊んできただけですよ」


「そう。だけど、あまり軽率な態度は取らないようにね」


 軽率? あ、そっか。俺は先輩と付き合ってることになってるんだし、あまり他の女子と歩くのは醜聞が良くないってことか。

 ついつい友達の誘いだからといって、気軽に乗るのはあまり良くないよな。


「そうですね、俺は先輩と付き合ってることになってるんですし、今後は気をつけます」


「そ、そうよ! あなたは私の恋人なのよ!? もう少しワタシ以外の行動を控えて欲しいわ」


 先輩は少しどもった様子で言った。全く持ってその通りで。

 俺の評判もようやく回復してきたのに、浮気野郎的なレッテル張られたらたまったもんじゃないしな。


 先輩はコホンと一つ咳払いする。

 読んでいた本に栞を挟めば、机の上に置いた。

 体の向きは俺の方へ向く。

 どうやら本題に入るようだ。


 俺も気持ちを整える。

 いくら俺が聞くだけだとしても、その態度は相手に伝わるものだからな。

 相手が真剣に話すというのなら、こちらも真剣に聞くというのが礼儀だ。


 先輩は深呼吸し、口火を切った。


「体育祭終わりに話したと思うけれど、これから話すことは私の過去。

 内容としては取るに足らないことだろうけど、私にとっては今の原型となった印象的な出来事があったの。

 それをこれから話すから、拓海君には聞いて欲しい?」


「話す前に一つ。なんで俺に話そうと思ったんですか?」


 先輩は目線を斜め下に向けた。


「最近過去の情景と重なってしまうのよ。

 特に拓海君と一緒の時に見てしまうの。

 それはつまり、私は過去を払拭出来ていないということで、拓海君に言うことで気持ちの整理がつくんじゃないかと思っただけ」


「なるほど......」


「それじゃ、話すわ。リラックスして聞いてちょうだい」


 それから俺は先輩の話を聞いた。

 それを要約するとこんな感じた。


 ある昔に小さく引っ込み思案な女の子がいた。

 その女の子には5歳上の兄がいて、女の子はいつでもどこでも兄についていった。

 女の子は兄のことが大好きだった。


 兄は頭が良く、運動も出来て、何より女の子にとても優しかった。

 そんな優秀な兄は母親からも重宝され、父親のいない女の子の家にとっては大黒柱のような存在だった。


 女の子は兄の真似をすることもあったが、兄ほど優秀じゃなかった女の子は失敗することも多かった。

 しかし、その失敗すらも兄は笑って励まし、出来るまで優しく見守ってくれた。


 女の子は兄を尊敬し、兄のようになりたいと努力した。

 兄もその努力を応援し、困ったことがあればすぐに力になった。

 兄妹の絆はより強く、太く結びついた。


 その仲睦まじい様子に母親も喜んでいた。

 平凡な家族に生まれた金の卵。

 自慢の息子は大きな翼を広げて、空高く飛び立っていくだろう――そう思われていた。


 だが、飛び立つ前のひな鳥は巣から零れ落ちた。


 ある日突然の出来事だったようで、兄は交通事故に遭った。

 原因は相手側の飲酒運転だったらしいが、それによって兄は帰らぬ人となった。


 兄の消失の影響はあまりにも大きく、女の子の家にもすぐさま氷河期が訪れる結果となった。


 これまで和気あいあいとした様子もなく、常にお通夜が開かれてるような家。

 残された家族からは笑顔が消失し、金の卵を失った母親は錯乱した。

 母親にとって、兄の存在だけが家の誇りであったようだ。


 母親は次第に女の子に兄の面影を追うようになった。

 いや、もっと言えば、女の子に兄の代わりを務めさせようとした。

 兄が金の卵であるなら、その妹も同じく金の卵であるはずだと。


 しかし、そんなことはなかった。

 母親が兄と同じような真似をさせても女の子の出来は悪かった。

 その事実が母親に怒りを募らせ、様々な自由を奪ってまで改造しようと試みた。


 そんな母親に対し、女の子は反発するどころか必死に食らいついた。


 女の子も兄のようになりたいと願っていたし、なにより母親のことが嫌いになれなかった。

 母親に言われた通りに努力し、少しずつ少しずつ女の子は優秀と呼ばれる部類に近づいていく。


 だが、その時には母親の兄に対する想いはさらに強くなっていた。

 あの子ならこんな簡単なミスはしない。

 あの子ならその程度は簡単にやって見せる。

 あの子なら言われる前に終わらせている。

 あの子なら、あの子なら、あの子なら――


 母親にはもはや兄のことしか見えていない。

 女の子が努力し、前より出来る姿を見せても褒められることは決してない。

 常にすでにいない存在(あに)と比べられる毎日。


 それでも女の子は食らいついた。

 なぜなら、女の子も兄のことが好きであり、それを言い訳にしたくなかったから。


 だが、人間にも限界というのはある。

 どこかで吐き出さなければパンクしてしまう。

 元々引っ込み思案だった女の子にとって、その解消方法が“本を読む”ことだった。


 本の世界は誰にも邪魔されず、自分は確約された成功ストーリーだけに感情を重ねられる。

 それに本を読んでいる間だけは、母親にあまりしつこく言われないというのも大きかった。

 

 本を読むこと――女の子にとって()()()()()()()()()()()()ことが出来る唯一の方法だったのだ。


 そんな環境での生活を数年と繰り返したある日。

 女の子は母親が外出しているある日、なんとなく外に出てみた。


 まるで数年ぶりに外に出たかのような女の子は、街の景色の移り変わりに目を見張りながら、兄と歩いた道をなぞるように散歩した。


 母親の帰宅時刻が近くなってきたある時、たまたま近くに通りかかったゲームセンター。

 そこで兄にクレーンゲームで商品を取ってもらった記憶がある少女は、最後にそこへ訪れようとつま先を向けた。


 ガヤガヤとうるさい場所のそこは様々な人が色んな台で遊んでいる。

 兄と一緒だった記憶を頼りに歩く女の子は心細かった。


 また、友達がいない女の子は、遠くに見える4人組の男子グループを見てさえも、友達がいるということに羨ましさを感じた。


 気まぐれに気に入った人形があったクレーンゲーム台。

 そこで人形を取ろうと何回か挑戦していると、見知らぬ男達三人に囲まれた。


 女の子は身を縮こませた。

 自分よりも大きい人達が乱暴にどこかへ連れて行こうとする。


 女の子は願った。そこに兄が助けに来てくれることを。

 するとその時、そこに“兄”が現れた。

 随分と等身は小さくなっていたし、フォルムも違ったが、確かにそこには兄の姿があった。


 その時からだったようだ――女の子が目の前の見知らぬ男の子に、兄の幻想の姿を重ねるようになったのは。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')


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