第82話 青春体育祭#3
俺は今にも心臓が口から飛び出そうなのを我慢して、永久先輩に手を差し出した。
そのあまりに突然の行動に大きく目を開く玲子さんはもとより、実況者は大きく騒いだ。
『な、なんということでしょうか! 先ほどまで動けずに固まっていた早川選手が動き出したかと思えば、近づいてきた場所はなんと実況席!
それも今回特別ゲストとして参加された白樺さんに手が差し出されています! これはもしや!?』
『う~む、そのもしやかもしれませんね~。
となると、早川選手が手に取った指示書は低く見積もっても『異性と一緒にゴールしろ』でしょうね~』
『仮にそうであったとしても、その指示書に対して動くには思春期の男子にとってはとても勇気ある行動だったでしょう。さて、その行動に白樺さんはどう答えるのか!』
俺が差し出した手に、先輩は困惑した顔を見せる。
今までにない目が泳いだ戸惑い方だ。
そして、主にその目は左右に動いている。
まるで周囲を気にしてるような感じだ。
「あ......」
瞬間、俺は現在進行形で同じ過ちを犯しているような気分に駆られた。
それは当然、林間学校の時のゲンキングでの時だ。
多くの注目を集めた中での答え待ち。
これはもうほとんど決まっているようなものだ。
周囲から寄せられる望み通りの期待。
俺と先輩との間には疑似とはいえ“恋人関係”が発生してるし、それを知らない人からしてもこれは公開告白のようなものだ。
周囲からの目、エンタメとしての期待感。
これに応えなければ周囲の人達から白い目で見られ、さらにぼっちを決め込んでる先輩からすれば学校という環境がさらに居心地が悪い場所になるだろう。
しかし、まだ先輩にダメージがない方法はある。
幸いなのは、俺がデブであるということだ。
美醜に敏感な人間にとって、今の先輩と俺の関係は美女と野獣ならぬ美少女とブタだ。
それを逆手に取って、先輩に断ってもらえば、他の人達から「当然の結果」という評価が来るはず。
いや待て、もう今は恋人関係が周知された後。
これはあくまでそれ以前の状態なら成功していた作戦。
ということは、もう俺が逃げ道を潰してしまった......?
浅はかだった。
勝ちにこだわるあまり、先輩の気持ちを考えてなかった。
ゲンキングとは状況が違う。
わざわざこんな展開にする必要は無かったんだ。
先輩は小刻みに震えた手を俺の手に伸ばす。
その行動が俺からはあまりに痛々しく見えた。
だから、声をかけた。
「先輩」
先輩の手が止まり、顔がこちらに向く。
俺はそっと首を横に振った。
先輩はきっと自らぼっちを選択しているってのは嘘じゃないんだろう。
でも、自ら選んでようと、結果的になってようとその共通点は陰キャだ。
陰キャは自分が目立つことを嫌う。特に悪目立ちを。
周囲からの目に耐えられるほど精神が強くないんだ。
妄想力が豊かな故にあらぬことも悪く考えがちになってしまう。
俺がそうだったからだ。
今の俺は自分の未来を変えようと行動している。
その選択によって目立ってしまうのは仕方ない。
そう割り切ってる。
だけど、先輩は違う。
先輩は恋人関係がバレるってのはある程度予想してたとしても、こんな巻き込まれ方は予想してなかったはずだ。
だから、道に迷って立ち往生している小学生のように今の状況に戸惑っている。
俺のエゴに先輩を巻き込んではいけない。
とっくに手遅れな展開であっても、理由ならいくらでもつけれる。
断ってくれさえすれば、後は俺がどうにかする。いな、しなければいけない。
「すーっ」
俺は小さく息を吸った。
これから披露するのは太った道化師によるイベントの一つ。
タイトルとしちゃ「またもや調子に乗ったブタ、大炎上」かな。
俺が伸ばした右手を引き戻し、声を出そうとしたその瞬間――
「待って」
俺の右手には小さな両手がギュッと握られていた。
小刻みに震えた手を伝って先輩を見れば、彼女は椅子から立ち上がり俺の目を真っ直ぐ見ている。
「ワタシも行くわ」
やや震えた声でありながらハッキリと宣言した。
その言葉に戸惑ったのは俺の方だった。
「え......だ、大丈夫なんですか?」
「うっさい。行くわよ」
先輩はグラウンド側に回り込めば、俺の手を引っ張ってゴールに向かい始めた。
俺は体がつんのめりそうになりながらも、なんとか堪えて先輩の横に並んだ。
「やられた......」
何か声が聞こえた気がした。
先輩の方ではない。実況席側の方から。
視線をなんとなく玲子さんの方を向けば、彼女はクラス応援席側の方を向いていた。
『これはとんでもない展開になりました!
早川選手が勇気を振り絞った行動は実を結び、白樺さんと一緒にゴールへ向かって行きます!』
『この展開は期待こそしてましたが、周囲の目のある中で行動できる人は少ないですからね~。
二人に敬意を払いたい気分になりました~。
もっと言えば、これまでの早川選手の活躍を見て彼のファンになりそうですね~』
『ゲストの久川さんはこの展開に対してどう思う......か聞こうと思ったのですが、なにやらハナさんを物凄い形相で見ているので無しにしたいと思いま~す!』
周囲のざわつき方が異常だ。
それはそうか、方や恋人同士のいちゃつきと認識され、方や告白まがいが成功したみたいな評価をされているのだから。
これで全く知らない人にも俺達は恋人関係と認識されてしまった。
まぁ、これを一時的なエンタメと認識して、もうすぐ迫る夏休みの期間をあければ忘れてそうなものだけど。
そんなことよりも、だ。
「先輩、本当にこんなことして良かったのか?」
俺は隣で俯く先輩を見た。
少しだけ頬や耳が赤くなっているが、それよりも下に向けた後悔しているように感じる目が印象的だった。
「えぇ、これはワタシの選択だから。あなたが気にする必要は何もないわ」
「と言われてもな、先輩にそんな顔されちゃな。
俺も悪かったと思ってますよ。自分の浅はかさにも後悔しています」
「だから、気にしなくていいって言ってるでしょ。
これはワタシが後悔したことによる罪滅ぼしみたいなものだから」
「?」
先輩の言ってることはわからなかったが、何やら本音が垣間見た気がした。
結局、俺はそれからかけられる言葉が見つからず、ゴールまで。
着順的には3位だった。
最初と途中誘いを諦めようとしたのが時間的に響いたのだろう。
幸いだったのは、指示書がどんな内容だったか公表されなかったことだ。
しかし、今となればどうでもいい話だ。
俺が素直にギブアップをしていれば、こんな手ひどい結果にはならなかっただろう。
はぁ、これこそちゃんと考えてれば未然に防げていたはずなのに。
「先輩、ありがとうごさいました。俺のわがままを聞いてもらって」
「はぁ、だから......あなたは自分を下手に出さないと死ぬのかしら?
もう妙なことを考えるのはやめなさい。
そんなことをしたって自分のためにはならないわ」
「なら、せめて感謝の気持ちだけは受け取ってください」
「それぐらいなら」
話している間、いつも真っ直ぐこちらを見て来る先輩はいなかった。
時折俺を見るも、何かを気にしたように視線を逸らしていく。
そして、俺との会話が終われば、背を向けてクールに去った。
その後ろ姿を見て、小さくなるまで目で追った。
いなくなれば、腰に手を当て、大きく上を向く。
肺に溜まった息を吐きだした。
「なんか日に日に自分の置かれている状況がデカくなっていくな」
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