第317話 期待が重いぜぇ
現在、俺は自分でも若干吐き気を感じる外道ムーブを実行中。
というのも、そうしなければ俺の目的である美玻璃ちゃんとの会話が成立しないからだ。
これまでの流れをざっくり説明すると、俺は美玻璃ちゃんに認められたい。
その理由は、そうでなければ俺の誠実が玲子さんに対して実行できないからだ。
しかし、ここで玲子さんの不満が爆発し、姉至上主義の美玻璃ちゃんは無事撃沈。
今の白く灰になった美玻璃ちゃんを復活させるためには、玲子さんの言葉というエリクサーが必要なのだが――、
「わ、私が拓海君を認める......」
うっ憤が爆発した玲子さんは、美玻璃ちゃんを一切助ける気がない。
しかし俺の言葉によれば、玲子さんだって動くかもしれない。
なので、俺は俺の目的で玲子さんに対して搦め手を使ってるわけだ。
つまり、俺の邪魔をするようなら玲子さんの評価が落ちるけど?――と暗に言っている。
これが如何に傲慢で、自分勝手なクソ野郎な男のセリフなことか。
それを理解しているからこそ、その態度を取りながらもジリジリと俺は自傷ダメージを受けている。
しかし、そうしなければ美玻璃ちゃんと会話する糸口すら掴めないのだ。
「俺はただ美玻璃ちゃんと話がしたいだけなんだ。
仮に玲子さんの言葉で美玻璃ちゃんが邪魔しなくなったとしても、それは俺が認められたこととはイコールにはならない」
「つまり、拓海君は正面から美玻璃に認められたいと?」
「玲子さんは美玻璃ちゃんにとってヒーローなんだ。
いつしか言ってくれた玲子さんが俺に抱く憧憬と同じように。
美玻璃ちゃんにとって、俺はそんなヒーローを奪いに来た悪党。
ならさ、せめて悪党なら悪党らしく正面から挑まないとダメじゃん」
大切なものを奪われる気持ちは俺にはわからない。
一度目の人生で母さんを亡くしたのは、完全に俺のせいだから奪われたわけじゃないしな。
だけど、大切な人がそばにいてくれる温かみというのは知っている。
母さんが生きていることに、俺はどれだけ胸が苦しくなるほど歓喜したか。
だからこそ、余計に大切にしたいと思い、未だって俺なりの親孝行を続けている。
美玻璃ちゃんにとって、玲子さんはそれと同じだ。
大切な肉親であり、同時に自分を導いてくれた光の存在。
奪われたくないと思うのは当然のことだ。
それに、その光を誰かが奪えば、自分の周りはすっかり暗くなり進む道もわからなくなる。
頼りが無くなって、恐怖に足が竦んで動けなくなってしまう。それが怖いのだ。
「......美玻璃は私のことを高く買い過ぎてる。
私だって人間だし、間違えることもあれば、勘違いだってある。
そして、世の多くの女の一人として、誰かを好きになったりすることもあるの」
俺の言葉を受け、玲子さんは遠くにいる白い人形を見つめる。
その時の瞳には、怒りというものはなく、少しだけ憐れみがあった。
そして、多分の後悔の感情が瞳から漏れでいる。
「私がやったことは、言うなれば拓海君の再現。
あなたならきっとこうしただろうってことを、やってみせただけの話。
とはいえ、それが結果的に美玻璃を私に依存させる結果となってしまった。
そして、それを今の今までずっと放置していたのは私の落ち度」
そう言うと玲子さんはそっと瞑目し、そのまま顔の向きを俺に戻す。
それから、ゆっくり目を開けると――、
「拓海君、少し難しいことを言うかもしれないけど――美玻璃を私から解放できないかしら?」
「玲子さんから解放、ね......そうだね、少しどころか結構難しいよ。
だって、美玻璃ちゃん自身が玲子さんに囚われに行ってるんだから」
「えぇ、でも――拓海君には出来ると思ってるわ」
その言葉は「期待」と呼ぶにはあまりにも重い言葉であった。
それこそ、まるで俺が問題解決を成功させることに確信を持ってるみたいな。
そんな感情が、そんな信頼が俺にのしかかっている。
その言葉に何を答えるか、あまりにも口が重たい。
安易なことは言えない。だからといって、弱気なことも言えない。
俺だって女子の前ではカッコつけたいってプライドもあるし。
だから――、
「玲子さんの期待通りの結果になるかはわからない。
それでも、俺にやれることをやって、美玻璃ちゃんには認めてもらえることにするよ」
「......えぇ、大丈夫よ。きっと私の期待通りになるから」
紆余曲折あったが、なんとか玲子さんとの会話は丸く収まった。
となれば、玲子さんによる美玻璃ちゃんの蘇生も確約されたことと同じだ。
んじゃ、ここからは美玻璃ちゃんと――って、その前に蘇生してもらわないと。
「んで......今の美玻璃ちゃんは復活できるの?」
玲子さんの言葉であれば、蘇生することも可能だとは思う。
しかし、それまでにダメージを食らい過ぎて、蘇生が難しいってことになってなければいいが。
そんな一抹の不安を言葉にすれば、玲子さんは全く表情を変えず答える。
「えぇ、問題ないわ」
「本当に? さっきからずっと真っ白に燃え尽きて、今尚風に吹かれて体組織が空中に散っているような状態なのに?」
「拓海君、先ほどの会話で一つだけ訂正させてもらうことがあったわ」
そう言いながら、玲子さんは美玻璃ちゃんの方へ振り向き、そのまま歩き出す。
その堂々とした歩き方は、まるで常日頃から同じようなことをしてきたみたいな感じだ。
そう、言うなれば――「いつものこと」。
そんな後ろを俺がついて行けば、玲子さんは振り向かないまま答えた。
「先程、拓海君は『美玻璃は私をヒーローに見てる』って言ってたけど、厳密には違うの」
「というと?」
「拓海君がいなくなった私と違い、美玻璃の場合は常に私という存在がいた。
言い換えれば、常に私という信仰の対象がいたというわけなの」
ん? なんか妙に雲行きが怪しくなってきたような。
「私に対する憧憬、それはいつしか敬愛に変わり、そしてやがて崇拝に変わった。
言うなれば、私がやってること、決めたこと、判断を下したことそれら全てが正しくて、仮に間違っていたとしても、美玻璃の中ではそれが正解になる」
「え、えーっと......それって、つまり――」
「美玻璃にとって私はヒーローなんて少年漫画的な存在には収まらない。
私は美玻璃にとっての――神になったのよ」
そんなことを堂々と言って見せる玲子さん。
それこそ、ドタバタラブコメみたいな展開だったら、ちょっとしたギャグ的なセリフだったかもしれない。
しかし、今は雰囲気で言えばシリアスターンであり、だからこそ困惑する。
玲子さんが大真面目に言っているということは、たぶん......きっとそうなる。
「もちろん、これは私の推測でしかない。
でも、一度目の人生.....ある時、大人になった美玻璃が言ってたの。
『お姉ちゃんは女神だから純潔しかありえない』って」
「り、立派なユニコーンになってやがる......」
「だから、きっと今もそう。私が神なら――」
そこで言葉を区切ると、玲子さんはそっと美玻璃ちゃんに目線を合わせるようにしゃがみこむ。
まるで干からびた今にも死にそうな彼女に対し、女神は一言。
「美玻璃、あなたが私の言葉を一つ聞くなら、あなたの暴挙を全て許してあげる。
だから、いい加減ふてくされてないで起きなさい」
そう言って、玲子さんは美玻璃ちゃんの額にそっとキスをする。
瞬間、命が散りかけていた美玻璃ちゃんの瞳に光が宿り、そして――
「美玻璃、我が生涯に一辺の悔いなし!!!」
バッと立ち上がると、拳を突き上げて猛々しく叫んだ。
そんな死ぬ前のラ〇ウみたいなセリフとポージングで復活する美玻璃ちゃんに対し、俺は少しだけ感情が冷めた。
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