第316話 こんなことをするつもりはなかった
翌日の学校、朝はいつも通り玲子さんの執事しつつ、時が来るのを待った。
さすがにこれから美玻璃ちゃんの過去を暴くってんだから、朝だと辛いと思って。
というわけで、放課後まで普通の一日を過ごそうと思ったのだが......
「これって俺が何かする必要あるかな.....」
その時間ではいつも通り屋上で昼食をとっており、外は暖かすぎず寒すぎずの良い塩梅。
出会いと別れの季節というが、個人的にはそんなアンニュイな感じはしない。
しかし、今回ばかりはその儚げもニュアンスこそ違えど、なんとなくわかった気がする。
なぜなら、俺は目の前の光景に目を向けてそう思ったからだ。
というのも、やっぱり朝から美玻璃ちゃんの様子がおかしいのだ。
朝から魂が抜けた、それこそマリオネットみたいな感じだったのだが。
今は若干色素すら抜けてるような、俗に言う「真っ白になった」状態である。
対して、玲子さんは常に輝かしいオーラを放っているので、余計にその対比が目立つ。
どうやら先日に姉から言われた言葉が相当答えているらしい。
もっとも、その割には姉にくっついている様子だが。磁力でも働いてるのか?
う~む、これはもはや何言っても聞こえないのではなかろうか。
「玲子さん、美玻璃ちゃんのこの様子って.....」
「えぇ、前回からずっとこの感じよ。
基本的な食事や着替えはしてくれるけど、上手く寝れないようで。
だから、さすがに忍びなくなってそばに控えることは許してるの」
「なるほど、それが今の美玻璃ちゃんの生命維持装置になってるのか.....」
昨日......じゃなかった、一昨日か。
隼人から情報を得て、いざ決戦という意気込みで挑んでこの肩透かし。
まるで去年の不良グループに挑んだような気分になっている。
もっとも、あの時とはまるで状況も理由も違うのだが。
とはいえ、この状態で美玻璃ちゃんと話すとなると、さすがに死体撃ちすぎるな。
というか、これは復活する見込みはあるのか?
「玲子さん、美玻璃ちゃんはどうすれば元気になるんだ?」
元気にして話をする――もとい、秘密を暴くというのは、なんとも外道だが仕方ない。
そうでなければ話が出来ないのだから、甘んじて受け入れよう。
とはいえ、話にするにしても、美玻璃ちゃんが話を聞ける状態でないといけないのだが、
「私が一声かければ息を吹き返すわ」
「それで、息を吹き返す気は――」
「ない」
「グフッ」
ハッキリ断言する玲子さんと、その言葉の直後にダメージボイスを発する美玻璃ちゃん。
あまりにも容赦のない死体撃ちに俺もさすがにビックリだよ。
玲子さんってあまり人のこと悪く言わないのに、本当にうっ憤溜まってたんだな。
ってか、美玻璃ちゃんも姉の声は届くのか。
しかし、これは困ったぞ。
美玻璃ちゃんを動かすには、玲子さんの協力は必要不可欠。
だけど、玲子さんは今の大人しい美玻璃ちゃんをご所望で、蘇生に協力してくれるかどうか。
「とはいえ、このままずっとそばに居られても鬱陶しいわね」
「がっ」
「どうどう、玲子さん一度口を閉じてもろて」
もはや玲子さんの一言が、美玻璃ちゃんにとっての致命傷になる。
あぁ、玲子さんに負けず劣らずの容姿が.....。
どんどん水与えなかった10日後の花みたいにしわがれていく。
なんというか見ていられなかったので、俺は自分の昼食も取りつつ、美玻璃ちゃんにご飯を与える。さ、たくさんお食べ。
そんなことをしていると、今度は玲子さんから容赦のない嫉妬の視線が。
「そんな簡単にあーんしてもらえるなんてズルい」って声が幻聴で聞こえる。
にしても、あぁ......そういうことか。
「今の状況をやっと理解した」
そう小さく言葉を呟き、俺は大きくため息を吐く。
今の俺達の関係、歪でありながら持続されている理由。
それを一言で言えば、「三すくみ状態」だからだ。
俺達の関係は、簡単に言えば上下関係が生まれている。
美玻璃ちゃんに認めてもらう俺。つまり、俺<美玻璃ちゃん。
玲子さん絶対主義の美玻璃ちゃん。つまり、美玻璃ちゃん<玲子さん。
俺と仲を深めたい玲子さん。つまり、玲子さん<俺。
という感じであり、まるでじゃんけんみたいな構図が知らず知らず出来上がっていたのだ。
それが玲子さんによって一度均衡が崩れた――かと思われた。
しかし、結果的には、少し理由が変わっただけだ。
俺はしわ枯れた美玻璃ちゃんを見て見ぬふりが出来ず、美玻璃ちゃんは相変わらず姉依存であり、妹にかまける俺を見て玲子さんは嫉妬するが手を出さないという変わらずの三すくみ状態。
この均衡をどうにか崩したいが、かといって俺は今の美玻璃ちゃんを見捨てられるか。
否、俺の良心からしても、こんな精神崩壊一歩手前みたいな相手を見捨てられるわけない。
となると、俺が崩すべき相手は、俺の意思を尊重している玲子さんか。
なんだか弱みに付け込むようで少し気分が悪いが、背に腹は代えられない。
「玲子さん、少しあっちで話いい?」
「えぇ、もちろん!」
玲子さんの雰囲気が一気に変わる。
声の弾みでもわかるが、どうやら俺からお呼びがかかったことが相当嬉しいらしい。
そこまで喜ばれると悪い気はしない。玲子さんもだいぶ年相応になってる気がする。
ともあれ、俺は玲子さんと一緒に屋上の角の方へ移動する。
その際、子供と無理やり引きがされた母親みたいな美玻璃ちゃんを尻目に。
そして、十分に距離が取れたところで、俺は本題を切り出す。
「玲子さん、一つ頼みがあるんだ」
「えぇ、いいわよ。美玻璃を復活させること以外なら何でも言って」
「うっ」
初手に牽制してくる玲子さん。
俺が何のために場所を移したか理解してるな、これ。
とはいえ、それでもここで日寄ってたら俺は変わらない。
もはや「自分を変える」というのがこの二度目の人生においての座右の銘になりつつある以上、俺が今からすべきは変わることを恐れないことだ。
「いや、お願いというのは、その美玻璃ちゃんのことなんだ。
俺は美玻璃ちゃんと話がしたい。
そのためにも、俺と話してもらえる状態が必要なんだ」
「嫌」
「だけど、この状態が続けば、それは玲子さんにだってストレスだ。
なぜなら、俺の良心は今の美玻璃ちゃんを見捨てられない。
それは俺よりも俺のことを知ってる玲子さんも理解してるはずだと思うけど」
「それは........うぅ、それでも嫌!」
あの毅然とした玲子さんが、お菓子を駄々っ子な子供みたいになってる。
なんか新鮮......ってそうじゃない。俺がちょっと弱りかけてどうすんだ。
それはそうと、さっき少し玲子さんの反応が揺らいだな。
やっぱり玲子さんは今の状態を打破したいという気持ちがあるようだ。
なればこそ、その弱点を突くのみ。
「そうなのか.....俺は玲子さんとたまには二人で話したいと思っているけど、玲子さんは違うんだな」
「うっ、そ、それは.....」
なんだか何股もしている口が上手いクソ男ムーブしてる気がする――って、それ俺やないかい!
うぅ、この胸の奥がむず痒く気持ち悪くなる感じ。
やっぱりこのタラシみたいな感じはすっごく慣れない。
俺の魂がさっきの玲子さんみたく「嫌」って拒絶している。
自己嫌悪しないようにしたいのに、自己嫌悪したくなる。
それでも、俺はどうにかして現状を打破しなければいけないんだ。
だからこそ、俺は今のムーブを貫かなければ。
「わ、私もそうしたいとは常々思ってる......」
「それじゃ、どうすれば玲子さんは認めてくれる?」
張り付けた笑みの裏に吐き気を隠しながら、俺はそう問い質した。
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