第315話 さすがに容赦がなさすぎる気が
現在、久川姉妹と一緒に俺はファミレスにいる。
もっとも、美玻璃ちゃんが来たのは突然であり、俺にはどうすることも出来ない。
しかし、それ以上にどうすることも出来ない事態が起きた。
それは美玻璃ちゃんのこれまでの行動による玲子さんのうっ憤の爆発だ。
といっても、声を大にしてケンカを始めたわけではない。
ただ冷たく、耳の奥まで聞こえるような声で一言――「しつこい」と言っただけだ。
俺は兄妹がいないからわからないが、それでもその程度の軽口なら言い合うだろうとは思う。
だから、玲子さんの一言も恐らくそういった類のものと思われる。
しかし、問題は――それが美玻璃ちゃんにとって致命傷だったことだ。
「ぁ――」
玲子さんの衝撃的な言葉が理解できないのか、口を軽く開け、パクパクさせる美玻璃ちゃん。
その表情はまるでずっと慕っていた姉に裏切られたような絶望的な顔で。
そのままの状態でその場にガタッと崩れ落ちる。
「しつ......こい.....」
玲子さんに言われた言葉を、美玻璃ちゃんが口の中で反芻させるように呟く。
床に膝を突け、テーブルにうな垂れるような姿勢になったため表情は見えない。
しかし、全身から溢れ出る多大な悲愴感が、今の美玻璃ちゃんの全てを物語っている。
「しつこい.....しつ恋......失こい――失恋......お姉ちゃんにフラれた.....」
「そのメンタリティでその連想ゲームはできるんだ.....」
むしろ、上手く連想した感じと言えよう。
場違いながらもちょっと感心してしまった。
しかし、そんなことがあろうともこの場の空気は変わらない。
この姉妹のケンカが収まらない限り、この場はお通夜の空気だ。
それはさすがに周りのお客さんに悪い。
っていうか、俺が修羅場作ったみたいな視線送られてない?
「玲子さん、この場は一旦押さえて。大人の余裕ってやつで」
「私のストレス許容量は大きいと自覚があるわ。
しかし、それでも限界がないわけじゃない。
特に、拓海君との間を邪魔されるのはすっごくストレスが溜まる。
その限界がたった今訪れただけ。しばらくは無理よ」
淡々とキレながら合間にデレられた気がするが、あいにく俺にそんな余裕はない。
とりあえず、美玻璃ちゃんをこのままにしておくわけにはいかないので、俺の隣に座らせた。
なぜ俺の隣かといえば、玲子さんがオーラで結界を張っているからだ。
その状態で美玻璃ちゃんが座れば、隣から継続ダメージを受け続けることになる。
さすがに俺もそんな死体撃ちみたいな真似は出来ない。
加えて、怒りの元凶を隣に置くというのも、それは違うだろう。
それは玲子さんに対しても配慮出来てないことになる。
もっとも、一番いいのはこのまま距離を取ることだが――、
「拓海君、美玻璃はいないものとして早く昼食を済ませましょう」
「がはっ」
「......」
もう少し手心とかはないのだろうか、玲子さん。
確かに、美玻璃ちゃんはやりすぎた。
これまでのSPみたいな行動には、俺もちょっと目に余るものはあっただろう。
がしかし、姉大好きな妹からすれば、姉に嫌われることは死よりも恐ろしいのだ。
そして、その死に目にあっているのが今の現状。
それで通常運行なんて、さすがの俺も出来やしないぞ。
「......ハァ、さすがにこのままは無理そうね。仕方ないわ」
お、さすがの玲子さんも状況を飲み込んでくれたか?
玲子さんが怒るのは最もだと思うが、ここはぐっと我慢してくれ。
そんな姉の態度の変化に、美玻璃ちゃんは希望を見出すように顔を上げ――、
「美玻璃、ハウス」
「――ぁがっ」
「玲子さん!?」
姉として妹に言い渡した言葉、それは事実上のトドメであった。
故に、その言葉を受けた美玻璃ちゃんは無事死亡。
そこにはおおよそ俺が見てはいけない美少女のあられもない死に顔がある。
そこから、俺はゆっくりと視線を玲子さんに向け、
「どうしてそこまで言っちゃうの」
「半端に生きてると可哀そうだと思って。確キルを取るのは大切って唯華も言ってたわ」
「それFPSゲームでの話だから......てか、妹に確キルすなよ」
「せめて姉として介錯するのが筋だと思って」
どうやら玲子さんは自分が下した判断を間違っていないと思っているようだ。
逆に言えば、そこまでしっかりと玲子さんは美玻璃ちゃんに怒ってる。
それこそ、俺でもこんな怒り方見せたことないってのに。
とはいえ、だからといって、俺が美玻璃ちゃんを蔑ろに出来るはずもなく。
まるで限りなく人間に近づいた人形のようになっている彼女を操るように、俺は彼女にメニュー表を見せる。
もうこの際、美玻璃ちゃんの柔らかい肌の感触に恥ずかしがってる場合じゃない。
これは介護.....そう、介護のようなものだ。
実際、美玻璃ちゃんもそれに近い感じなので、そこに特に思うことは無い。
もっとも、そんな圧よりも先程から机の向かい側に立つ玲子さんの視線の方が怖いのだが。
「どうして私より美玻璃の方がそんなに密着してるのよ.....」
そう言って、玲子さんが水を飲んで自信の怒りをクールダウンさせる。
そも、飲んだ瞬間に蒸発してそうな怒りの熱量であり、それが俺に向き始めた。
美玻璃ちゃんの介護をすれば、玲子さんが怒り。
玲子さんを優先すれば、死んでいる美玻璃ちゃんを蔑ろにすることになる。
そんな状態で横で楽しくしゃべりながら食事していたら、俺はそいつの正気を疑うね。
故に、今の俺はあちらを立てれば、こちらも立たず状態。
嫌な中間管理職に身を置き、もう先程から胃がキリキリと痛い。
もう若干食欲が失せ始めてきたよ。あぁ、抜け出したい。
「ごちそうさまでした。これで私はいつでも出発できるわ」
玲子さんがお皿を平らげ、途中から全然食ってない俺にそう口走った。
「早く昼食を済ませて、美玻璃をこの場において行きましょう」という隠された言葉がヒシヒシと伝わってくるようで、さらに食欲が減退していく。
とはいえ、やはり俺は美玻璃ちゃんを見捨てることが出来なかったので、俺が玲子さんから裏切者の視線を浴びながらこのまま介護を続けた。
そして結局、美玻璃ちゃんをそのままにしておくのは不味いという判断の元、午後になって早々に俺達は現地解散の運びとなる。
故にその後、玲子さんに連行された美玻璃ちゃんの所在はわからない。
俺にすら見せない笑顔を張り付けたような玲子さんに連行されたのだ。
もはや結果なんて聞かずともわかると言えよう。
****
「――ということが昨日あって。
お前の方で美玻璃ちゃんの安否とかって確かめることできない?」
『死んでんじゃねぇのか?』
「おい、どこかのイカれコックみたいな回答はやめろ!」
不味い、隼人の言葉のせいで、玲子さんに冷たくあしらわれ、精神的死を迎える美玻璃ちゃんの姿が容易に思い浮かんでしまう。
それこそ、状態はあのファミレスよりも酷いだろう。
なんせ二人は姉妹である以上、帰る場所な同じなのだから。
もっと言えば、それで新たな扉を開こうとしている姿も見えるのが不思議。
とはいえ、さすがにこればっかりは酷い妄想だ。
いくら玲子さんもそこまでのことはしないだろう.....たぶん。
そんなことを思っていると、隼人が「そういや」と話題を変え、
『久川妹の素性については色々わかったぜ。
んで、現在進行形で厄介ごとに巻き込まれてるみたいだ。
それも相手は小学生からの同級生らしい。
とはいえ、ここから詳しい情報は本人の口から聞け』
「おい、教えてくれるんじゃないのかよ」
『お前のことだ。どうせ久川辺りから妹の過去を聞いてるはずだろ。
となれば、わざわざ俺が話すという無駄な時間は必要なくなるわけだ』
「ハァ......わかったよ。んで、さっきの情報は確かなんだろうな?」
『当然だ。俺の力で調べられない相手など、この世の一人もいない。
つまりだ、お前としても約束を果たすためには久川妹の存在は邪魔なはずだ』
「だから、決着をつけろと」
隼人の言い方はともかく、言い分は最もだ。となれば、俺も早速行動だ。
そして、俺はレイソから美玻璃ちゃんのアドレスを探し出し、そこへ文字を打った。
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