第314話 着火、爆発、巻き込まれ
時は、昼食の時間帯。
先程まで玲子さんの将来について話しており、そこで空気が少し甘くなった。
だからか、運ばれたパスタを食べても心なしか味が少し甘く感じる。
そんな折、玲子さんが話題を変えるように口を開いた。
「話が変わるのだけど――これまでを振り返って美玻璃をどう思う?」
突然の質問、それも美玻璃ちゃんの話題に俺のフォークの動きが止まる。
それから視線を玲子さんに向けると、真意を問い質すような真っ直ぐとした目が向けられていた。
つまり、俺の嘘偽りない本心を聞かせて欲しいと暗に伝えている。
だからこそ、俺はこれまでの美玻璃ちゃんがとのやり取りを思い出した。
美玻璃ちゃんとの基本的なやり取りは、一方的に噛みつかれ悪態をつかれながらも、それでも玲子さんを介してなんとか上手くやってるという感じだ。
逆に言えば、玲子さんがいなければきっと上手くいかない。
それは俺がというより、美玻璃ちゃんが上手く動けなくなる感じだ。
それぐらい今の美玻璃ちゃんは玲子さんにベッタリである。
シスコンと言えば聞こえはいいが、それ以外にも何かが隠されてる気がする。
だからこそ、今の俺の気持ちは――、
「少し玲子さんに依存気味って感じがするね。
最初の頃は『大好きな姉を奪われたくない妹』って感じだったけど、ここ一週間の様子を見てる限り、玲子さんという精神的支柱でもって動いてる気がする」
「そうね、近すぎる私でもそう感じるぐらいだから。
もし原因があるとすれば、小学校の頃かしら」
「何かあったの?」
「拓海君が引っ越した後の話よ。
拓海君がいなくなり、変わろうと自立し始めた私の一方で、当時の美玻璃もいじめを受けていたの。
私に似て美形だったから勝手に敵が増えてしまったみたいでね」
それからの玲子さんの話を要約するとこうだ。
もともと内気で引っ込み思案な美玻璃ちゃんは、いじめを受けてからもしばらく誰にも相談できずにいた。
そんな日々が続いたある日、俺との出会いをキッカケに変わった玲子さんが、そのままの状態で美玻璃ちゃんのいじめを収めてしまったらしい。
その結果、自分の窮地を救ってくれた姉への尊敬が上限突破し「ヒーロー」と崇め、そんな姉をいつでも助けられるように努力した結果が今の美玻璃ちゃんだという。
もっとも、それだけならまだ話は良かった。
問題は、その崇拝が度を越し、玲子さんに合う人物を査定し始めたのだ。
それこそ男に対しては、一切を敵とみなし、排除するというのが彼女のやり方。
というのも、美玻璃ちゃんのいじめの原因は、玲子さんと違って男子からだったのだ。
いわゆるキュートアグレッションと呼ばれるやつであり、小学生男子がやりがちなやつ。
それ故に、美玻璃ちゃんはそもそも男に対して強い苦手意識を持っている。
それが玲子さんの査定の評価にも影響し、俺を目の敵にしてる理由だという。
「玲子さんはいつから気付いてたの?」
「姉として恥ずかしいけど、厳密にはこの二度目の世界線を迎えてからよ。
一度目の場合じゃ、美玻璃がどう思ってるか振り返ることもしなかったわ。
それに、当時の美玻璃はこれといって普通に見えたしね」
「俺が言うのもなんだけど......それは玲子さんが男にかまけてる場合じゃないと思ってたからでは?
その、さっきも俺に『自分を魅せたい』って言ってたし」
「それはあるかもね。私にとってそれが生きる全てだった。
だから、そもそも警戒せずとも男の影が生まれる余地は無かった。
確かに、今振り返れば、仕事上で懇意にさせてもらった俳優で『この人には気をつけろ』的なことは言っていた気がする」
そんなことをサラッと言いながら、玲子さんがコンポタをスプーンですくって飲む。
そんな様子をぼんやり見ながら、俺は「それじゃ、俺が許されてるのはなぜか」と考えたが、答えは既に出ている――玲子さんが近づくからだ。
当時の玲子さんは、高校を卒業して以降俺がどこにいるかわからなかった。
だから、芸能活動という手段を用いて、メディアに出て俺の目が届くように活動したのだ。
しかし、今は違う。
俺も玲子さんも自分の一度目の運命の流れに逆らい、出会うはずの無かった高校生活の中で出会ってしまった。
つまり、玲子さんに男の影が出来てしまったのだ。
加えて、玲子さんはその男のことが好きなのだという。
妹からすれば、大好きな姉がその男に奪われたと思ってもおかしくない。
「.....なるほど、去年のうちに何も無かったのは、中学生と高校生という物理的距離があったからか。
だけど、美玻璃ちゃんも高校生になり、平日でも堂々と介入が出来るようになった」
「それが今の結果というわけ。
美玻璃にも決して友達がいないわけじゃないんだけど、私にかまけて友達を蔑ろにするような妹にはなって欲しくないの。
それになにより、これ以上私と拓海君のイチャイチャタイムを邪魔されるのは我慢ならないわ」
「そんな時間を作った覚えはないんだけど.....」
とはいえ、さしもの玲子さんもそろそろ我慢の限界らしい。
あの玲子さんが穏やかな心を持ちながら、猛々しい怒りに呑まれそうになっている。
このままではいつスーパーサ〇ヤ人になってもおかしくない。それだけは避けねば。
「問題はどうすれば美玻璃ちゃんが俺の存在を認めてくれるかだけど.....」
そんなことを呟きながら、俺は右手のフォークをクルクルと回す。
フォークの先端にパスタが絡まり、回転に合わさって密集していく。
その光景が今の俺の思考の停滞を表しているようで、少しだけ食欲が失せた。
すぐに食べるわけでもなく、しばらくクルクルしてると、ふと誰かに見られてる気配を感じる。
ふと正面を見てみれば、玲子さんが左手で髪を押さえ、スープを飲んでいた。
それから俺の視線に気付くと、薄くニッコリと笑顔を向ける。
違う、この視線じゃない。となれば――、
「ん?」
視界の端、外の風景が見える窓ガラスに影がある。
そこから感じる猛烈な視線と、少しだけ喉が詰まるような威圧感。
まさかと思い視線を向ければ、そこには窓ガラスに張り付く妖怪MIHARIがいた。
「あ」
その妖怪は凄い形相でこちらを睨み、窓ガラスにベッタリ張り付いているために可愛さも台無しだ。
加えて、その視線や表情からは凄まじい憎悪を感じ、ちょっと身が竦む。
「れ、玲子さん!」
「ん?」
「窓、窓!」
「窓?」
すかさず玲子さんを呼びかけ、指を差して視線を誘導する。
しかし、そこにはすでに美玻璃ちゃんの姿は無く、まるで幻覚を見たような気分になった。
だけど、それがすぐに現実だと理解する。なぜなら――、
「二人きりで昼食とは随分と大胆なことをしますね、早川先輩」
「――!?」
声が聞こえた方向、視線を180度向きを変えれば、テーブルの脇に美玻璃ちゃんが立っていた。
あの一瞬で店内に!? なら、さっきのは威圧による幻.....とかではなさそうだ。
若干頬に跡がついてるし。って、そうじゃないだろ!
問題は、玲子さんが遠ざけたはずの美玻璃ちゃんがどうしてここにいるのかだ。
さすがに会話内容までは聞かれてないだろうが、この状況は控えめにいって不味い。
「美玻璃ちゃん、そのこれは.....」
「美玻璃」
俺が言葉に詰まっていると、その話を遮るように玲子さんが横合いから入り込む。
それから、キリッとした玲子さんの威圧感のある視線が美玻璃ちゃんに飛び――
「我慢していたけど、少しだけ不満を言わせてもらうわ――しつこい」
え、爆弾が着火するのそっち!?
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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