第311話 行け、少年探偵団
玲子さんから尋ねられた一週間後に聞かれる質問。
その時はなぜそんな質問をしたかわからなかったが、金曜日の今では分かった気がした。
その原因は言わずもがな、玲子さんの妹である美玻璃ちゃんである。
というのも、この一週間、俺の記憶にあるとすれば常に玲子さんの隣にいたということだ。
そもそも、俺は美玻璃ちゃんのテストはその日限りだと思っていたが、それが誤りだった。
美玻璃ちゃんのテストは長期的というか、もしかしたらそもそも期限がないのかもしれない。
それぐらい美玻璃ちゃんは玲子さんにベッタリであり、それに伴って俺の時間も奪われる。
その結果、現在、俺の周り(主に三人)だが、悪印象がうなぎ上りである。
凄まじいヘイトを買ってるようで、同じ教室にいるのに空気が凄く悪い。
そして、永久先輩に限っては会ってないので凄く怖い。
そんな状況の中でも、俺は美玻璃ちゃんの目があるので逃げること叶わず。
なんだか段々と「美玻璃ちゃん」なのか「見張りちゃん」なのかよくわからなくなってきた。
とはいえ、この一週間ずっと時間を過ごしているが、テストという割にはそこまで厳しいものはない。
若干パシリ扱いは受けているが、それらも基本玲子さんの制御下に置かれている。
つまり、玲子さんが一声かければ止められるものなのだ。
それぐらい強制力が弱い......にもかかわらず、玲子さんは止めようとしない。
それは自分に利があるのか、それとも別の思惑があるのか。
「たぶん後者なんだろうなぁ......」
でなければ、あの質問の意図が理解できなくなるしな。
にしても、ここまで来ればさすがに美玻璃ちゃんの印象も変わるというもので。
まぁ、その......言葉を選ばずに言うのであれば、若干面倒くさい。
「拓海」
鮫島先生に呼び出され話を受けた後の放課後。
それも、いつもなら結婚脅迫というセクハラを受けるのだが、その日ばかりは「白樺に何をした?」と心配された。
それから教室に戻って来た俺を呼び止めたのは、この一週間でめっきり話していない隼人だった。
相変わらずデカく、季節も場所も問わずニット帽を被ってるのが印象的な我が悪友。
そも、コイツから話しかけに来るなんて珍しいな。
まぁ、ここ最近は昼休みも玲子さんもとい美玻璃ちゃんに時間を費やしてたしな。
「なんだ? 今日はもうあんま時間をかけられないけど」
「お前が久川の妹にご執心なのもわかるが、お前の態度一つでこの教室の空気は終わるんだ。
特に、ここ最近の元気と東大寺の印象がヤベェ。女の嫉妬は怖いぞ」
「なんだか経験者は語るみたいな言い方してるけど、お前だって初彼女だろ。
っていうか、そこまでわかってるならお前にどうにかできないか?
出来ることは少ないが、その見返りぐらいはなんだってやるつもりだぞ」
「お前が俺をどれだけ高く評価してるかしらないが、さすがに女関係は専門外だ。
いや、それを言うならお前ほど平穏無事に綱渡りしているタラシもいないってとこだが」
「お前らしくない矛盾した言葉を使うじゃないか。
え、もしかして、今相当爆発に近い感じ?」
「俺の目から何とも。ただ、導火線に火がついていることだけは確かだ。
少なくとも、それとなく聞いた限りじゃ事情は把握してるようだしな。
ま、それはそれとして、うっ憤は溜まっていくだろう」
おっふ......いやまぁ、わかっていたけども。
月曜日に数学の授業中に琴波さんから言われた言葉も忠告の類だろう。
もちろん、俺はそれを破るつもりは無かったが、結果的には破ってるも同じか。
「ってことで、その爆弾を処理できんのはお前だけだし、お前しかその爆弾は扱えない。
にしても、女関係で信頼を崩していくってのはどこの世界でも一緒だな」
「ちょ、待て待て! もしかしてお前の信頼も下がってる感じ!? それは困る!!」
だって、それはこの一年の俺の努力が全て水の泡になるってのと同じだし!
そう思っていると、隼人はゆっくりと首を振って否定すると、
「安心しろ、お前はまだ俺に実害を与えていない。
それに、曲がりなりにも愛名波という原石の献上という功績もあるしな」
「勇姫先生に関しては結果的にそうなったというか......まぁいいか。
とはいえ、お前に害を与えたら、信頼が下がるって言ってるもんじゃねぇか。
いや、そりゃそうか。なら、その間はお前に調査をお願いできるってことだな?」
「さっきも言ったが、俺は女関係には知識がない。姉貴すら避けてたしな。
それに、愛名波も別クラスになったことで、他クラスにあまり首を突っ込みたくないとのことだ」
「あぁ、わかってる。仮に相談するとしても、俺から行くのが筋だ。
お前経由で頼むことはしねぇよ。それだと実質命令になってるしな。
だけど、否定しないってことは対価次第でやってくれるってことだな?」
「そうだな。姉貴がお前と話したがってるから、今度会うことを約束したら引き受けてやろう」
隼人の姉――成美さんが俺と話があるかぁ。
それって十中八九、隼人関連の話だろうな。
というか、あの人の興味ってそこら辺しかないだろう。
つまるところ俺を通じた間接的な隼人の監視というわけで。
別に、俺は成美さんのスパイになったわけじゃないんだけどなぁ。
ま、それに気づかないコイツでもないか。
「わかった」
「交渉成立だ。詳細は追って知らせる。
で、肝心のお前の用件はなんだ?」
「お前に美玻璃ちゃんについて調べて欲しい」
「久川の妹を?」
そう切り出した瞬間、ポケットに手を突っ込んで立つ姿がデフォルトの隼人が、何かを思案するような顔を浮かべて腕を組んだ。
それから一、二秒ほど経過すると、
「それ自体は別に構わないが、どうしてそれを知る必要が?
少なくとも、お前が久川の相手をしている以上、妹からは認められる。
それに、この流れでこのまま答えを出すってのもナシじゃない」
「合理的な考えを持つなら、いつまでも関係を引きずる今をどうにかできるチャンスを掴むべきなんだろうな。
だけど、あいにく俺は合理的に生きてねぇんだわ。だから、頼む」
そう言って、俺は誠心誠意に頭を下げた。
正直なとこ、俺は美玻璃ちゃんの素性を探ることも、隼人にこういうことをやらせることもあまり好きじゃない。
しかし、それすら行動しないということは、問題を先送りにしてるということだ。
それは今後の彼女達の人生に関わっていくという俺からしても、やってはいけない「逃げ」だと思う。
だから、その解決のために少しだけ俺も濁を呑むことにした。
ひいては、それが今の歪な関係に終止符が打たれることだとも思うから。
そんな俺の願いの裏に隠された言葉に対し、隼人は――、
「......世の中、不条理で不合理で理不尽である以上、多少は汚れるもんだ。
それこそ、『水清ければ魚棲まず』ってやつだ。
綺麗すぎる奴の綺麗事ほど胡散臭い話はない」
「それって......」
「あぁ、やってやるよ。
ま、俺からしても少々シスコンが過ぎると思ってたしな。
粘着度合だけで言ったら、うちの姉貴といい勝負できるだろう。
つまり、そういう言動をするようになった原因が必ずあるはずだ」
そこまで言うと、隼人は自分の机に置いてあるスクールバッグを手に取った。
そして、俺の横を通り過ぎ去ると、先に教室のドア枠に手をかけ、
「一日寄越せ。日曜日には結果を出してやるよ。
早い方がお前としても助かるだろ?」
「あぁ、助かる。ありがとう」
そう言って、隼人は教室から去っていく。
そんな頼りがいある背中を見て、俺はふとすぐにスマホを取り出した。
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