第309話 特殊な拷問を受けています
午前中も色々と厳しい監視の目を乗り越えた俺。
休み時間のたびに美玻璃ちゃんが張り込んでいるため、俺が休まる暇はない。
暇なんか? と思いつつも、そんなことを口に出せるわけもなく。
そして迎えた昼休みは、ある意味本番のようなものだ。
なぜなら、俺は今彼女の前で堂々と玲子さんと二人で昼飯を食ってるのだから。
いやこの場合、「二人で」と言うのだろうか?
本人からは「私はいないものとして扱ってください」と言ってたけど、いやガッツリいるし。
目の前にいるし、なんなら俺と玲子さんをセットで見ながら飯食ってる感じだし。
「拓海君.....はい、あ~ん」
「あ、はむ......あふぃふぁと」
そんな状況の中で、玲子さんの攻勢レベルは五段階中Maxだ。
目の前で妹が見ていようと構わずイチャついてこようとしてくる。
それこそ、普通に「あ~ん」とかしてくる始末。それを受け入れる俺も俺だけど。
いや、これも受け入れなかったら玲子さんが悲しむし、でも受け入れたら美玻璃ちゃんから厳しい目をされるしで、もうこの仏と閻魔の板挟み状態をどうすればいいというのか?
ともあれ、関係値的には玲子さんの方を優先したいというのが俺の心情だ。
だから、玲子さんの「あ~ん」も受け入れたわけだが。
あぁ、これが素直に喜べる状態だったらどれだけ良かったことか。
「拓海君、はい、これも」
「玲子さん、少しは自分のも食べようか。
完全に俺に餌付けしてるみたいになってるから」
「餌付け.....ふふっ、それもありかもね」
「絶対ヤメテネ」
玲子さんの微笑が一瞬暗黒微笑のに見えてしまったのは気のせいだろうか。
ともかく、俺の忠告で玲子さんはようやく自分の昼食分も取り始めたのだが、
「......」
「玲子さん?」「おふぇはん?」
突然、玲子さんが箸を見つめながら、動きを止めたのだ。
そんな様子に対し、俺と美玻璃ちゃんがほぼ同時に反応する。
わけもわからない見つめていた数秒間の横顔だったが、すぐに何か察する。
「あ、玲子さん、良かったら俺の箸使う?」
「は、はぁ!? なに、間接キス狙いで提案してるんですか!? さすがにキモいですよ」
「いやいや、違うから。
というか、目の前で見ていたなら、俺が一度も箸使ってないこと知ってるでしょ?
俺が食べようとしたら、まるで俺が何を食べたいか知ってるようにおかずが口元に来るんだから」
そう、昼休みの時間が始まってから今の今まで俺は箸を使っていない。
まるで赤ん坊のように口元に運ばれるものをパクパク食べていただけなのだ。
なんなら、俺が食べるはずのご飯は玲子さんに確保されてるわけだし。
そんなことをしていた玲子さんであるが、この展開は予想していなかったらしい。
なんというか真っ先に思い付きそうなことだが、まぁ玲子さんも若干暴走気味だったし。
だからこそ、この状況はどうしようか――
「拓海君、さすがに意識する.....よね?」
そんな課題解決に思考を回していると、突然真横から衝撃で殴られる。
頬を薄紅色に染めた玲子さんによる少し上目遣いの問いかけ。
加えて、普段みたいな急なしおらしい態度に俺の思考が一瞬吹き飛んだ。
そして、その空白の思考に叩き込まれる「可愛い」という三文字の言葉。
たった一瞬の、一言のセリフがあっという間に体を熱くさせる。
心臓の鼓動が走った後のようなうなりを上げた。
「かはっ」
そんな俺の対面側にいる美玻璃ちゃんは、口を手で押さえてうずくまった。
目はかっぴらき、今にも口から漏れる様々な感情を抑えてるようである。
わかる、俺にはわかるぞ......可愛さに吐血している光景が手に取るようにわかる。
俺だって似たような気持ちだ。言うなれば、少しだけ耐性があっただけなのだから。
「そ、そりゃ......まぁ。だから、提案したわけだし」
突然の不意打ち攻撃に、初心な中学生みたいな反応をしてしまった。
今更そんな関係値ではないにもかかわらず、胸の高まりが抑えられない。
そんなことを感じていると、玲子さんが箸を置き、代わりに両手を差し出した。
「拓海君、仮に私の立場だとすれば、どっちを選ぶ?
一つ、このまま知らぬ存ぜぬを突き通して同じ箸を使うか」
「さっきの言葉といい、この提案をしてる時点で無理な気がするけど」
右手を少し高く上げて主張する玲子さんの言い分に、さすがの俺も苦笑い。
それをするならば、もう止まってしまった時点でアウトよ。
すると、玲子さんはもう片方の手を同じく少し上げて、
「二つ、拓海君が私と同じようなことをする。
つまり、私に対して『あ~ん』をするということ」
「え、その二択しかないの?」
「えぇ、今の私の興奮度合からすれば、この二択じゃなきゃたぶんごねるわ」
「恥ずかしげもなく堂々と言える姿勢は評価するよ」
じゃあなんだ、俺はこれから玲子さんのためにその二択を選べと。
俺が最初に提案した箸を交換するという手段ははなからないと。
こんな甘い首絞めってあったりする? 向かい側から刺されそうなんだけど。
「.....本当にその二択じゃないとだめ?」
「別に、選択しないという第三の選択肢を拓海君が新たに作るのもアリだわ。
ただしその場合、先ほども言った通り私は妹の前で姉の尊厳も無くだだをこねることになる。
そんな私を見たいというのなら、全力でやらせてもらうわ」
「もうその発言の時点でだいぶ姉の尊厳はないよ。
つーか、それ以上にそんな自爆特攻にみせかけた脅しやめてよ」
玲子さんの奇行もとい「奇言」とでも言うべき言葉に、俺の心がクールダウンされていく。
どうやら玲子さんも興奮によって正常な判断が出来ていないようだ。
だからこそ、ここは俺が冷静になって事の収拾を図らなければ。
でなければ、この場に美玻璃ちゃんという死者が生まれてしまう。
「わかった。わかったから、なら選ばせていただきます」
玲子さんからの無言の圧力に屈しながら、俺は素早く思考を回転させる。
つまるところ、どっちの方が俺にとってよりダメージを追わないか。
え、美玻璃ちゃんは? 彼女はどっちにしろ致命傷だから俺には救えないね。
ともかく、普通に考えれば、どちらの選択肢も思春期には実にダメージが大きい行動だ。
しかし、それでもどっちの方がマシかと問われたなら、後者しかないだろう。
理由は深くは語らぬ。もはやそれは俺が理解してればいいことだから。
「それじゃ、後者で」
「なるほど、前者ね」
「そんな玲子さんから見て左右反転してるみたいな穿った認識しないで。
そのままの意味で後者だから」
そう言うと途端に玲子さんが不満そうに頬を膨らませる。
どうやら玲子さん的には正解の選択肢があったらしい。
いや、それはさすがに卑しい選択すぎるから俺には出来ない。
というわけで、俺は自分の箸を使って玲子さんから卵焼きを拝借。
それを手皿で構えながら、そっと玲子さんの口元に運んでいく。
「それじゃ、玲子さん.....口を開けてくれ」
「......」
「.....はい、あ~~」
「ん」
今にも顔から火が出そうな熱さを感じつつ、俺は卵焼きを玲子さんの口に入れた。
それを玲子さんの艶やかな唇が閉じ込めると、そのまま咀嚼を始める。
たった一つの卵焼きを食べただけなのに、なんという幸せそうな顔だろうか。
そういうのが見ているだけでわかってしまう。
それがかえって俺の恥ずかしさを加速させるのだが。
「がっは」
そんな俺達のやり取りを見て、美玻璃ちゃんが吐血した。
もちろん、俺の想像力豊かな脳内がそうエフェクトをつけただけだ。
しかし、そう思わせる程度には、その場で大胆に寝転がった。
陸に打ち上げられた魚のようにピクピクしながら。
だけど、これは全て玲子さんを甘やかしすぎた監督不行き届きである。
なので、俺は美玻璃ちゃんの命令通りに執事ポジションを徹底させてもらう。
にしても、これ一体いつまで続くんだ?
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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