第308話 この状況に乗っかって玲子さんの攻勢もだいぶ強い
新学期が始まり、ありがたいことに俺は今年もクラスメイトに恵まれている。
というのも、俺の周りには俺の知っている連中が多いのだ。
つまり、隼人、大地、空太の男友達三人と、玲子さん、ゲンキング、琴波さんも然り。
惜しむらくは、勇姫先生は別のクラスになってしまったというべきか。
できれば、このまま弟子の成長を見守っていて欲しかったが。
とはいえ、これからもダイエットコーチをしてくれるというので感謝しかない。
そんな俺の朝は早い。ま、言うなれば、去年と変わらないというべきか。
今日も今日とて朝から誰にも頼まれていない掃除を自主的に行っている。
これをやると、気持ち的に気分がスッキリするのだ。
そして、それを手伝ってくれるのが玲子さんであり、そんな俺達を見張ってるのは――美玻璃ちゃんだ。
「めっちゃ見てる......」
机を教室の片側に運ぶ最中、教室のドアから覗き見るように美玻璃ちゃんがいる。
あれで隠れてるつもりなのかわからないが、監視していることは間違いない。
だから、俺は出来る限り意識せずに、今の作業を続けている。
すると、プルプルと震え出した美玻璃ちゃんが突然教室に入ってきて、
「早川先輩、いつまでお姉ちゃんに机運びをさせてるんですか!
お姉ちゃんはリンゴより重いものは持てないんですよ!」
「たった今机運んでたのに?」
指をビシッと突きつけ、美玻璃ちゃんが憤った様子で指摘してきた......一瞬で矛盾する内容を。
なんだろうか、美玻璃ちゃんの中で玲子さんはそんな箱入り娘的立ち位置なのか。
そんなことを思っていると、美玻璃ちゃんは玲子さんから机を奪い取って運び始めた。
その後もテキパキと自分の教室でないにもかかわらず、教室掃除を手伝っていく。
なので、俺は玲子さんと一度目配せすると、玲子さんには掃き掃除に移ってもらった。
さすがに何もしないというわけにはいかないので、リンゴより重いが箒なら文句は言われまい。
というわけで、玲子さんが端の方から掃き掃除をしている間に、俺も残りの机運びを続行。
こんな時でも基本なんらかの会話があるのだが、今は美玻璃ちゃんがいるためか無言だ。
そのためか若干空気が辛い。こう、無言での作業の独特の居心地の悪さというか。
そんな妙な気分を味わっていると、運んでいた机から一つのプリントがはらりと落ちる。
それは前後にゆらりゆらりと動きながら落ちていくと、今にも踏みしめようとしている左足にスッ。
そのプリントを踏んだ俺は、さながらバナナの皮を踏んで滑るように左足を投げ出した。
瞬間、俺の自重は後ろに傾き、机も相まって倒れていく。
机には椅子も乗っけて運んでいるのだ。
このまま倒れれば割と悲惨なことになる。
「拓海君!」
瞬間、弾けたような声が聞こえたとともに、俺の背中が柔らかいもので包んだ。
一瞬のヒヤッとした感覚がスッと溶けていき、冷えた肝が温められる。
といっても、まだ心臓はバックバクだけども。
「大丈夫?」「大丈夫ですか!?」
背後と隣から二つの声がかけられ、それぞれ玲子さんと美玻璃ちゃんのものだ。
俺が握る机には、玲子さんの手が重ねられており、彼女の協力を得ながら体勢を立て直す。
「ごめん、なんか踏んだみたいで滑っちゃった。ありがとう、助けてくれて」
「大丈夫よ。拓海君に怪我が無くて良かったわ。
とはいえ、こんな新学期早々から机の中をパンパンにしてるのは許せないわ。
ここは徹底的に指導した方がいいかもしれないわ」
「ほどほどにね。美玻璃ちゃんも心配させてごめん」
「わ、私は別に.....お姉ちゃんが悲しむから嫌なだけで。
っていうか、それよりもいつまでくっついてるんですか! 早く離れてください!」
「いや、早く離れてって言われても......」
現状、俺は机と玲子さんにサンドイッチ状態だ。
仮に、動こうとしても玲子さんが動いてくれなければ動けない。
だから、玲子さんには早く離れて欲しいのだが、それをわかってる本人は動かず――
「いいわね、こうやって後ろからも.....」
「玲子さん!?」「お姉ちゃん!?」
俺と美玻璃ちゃんの声が、言葉が違えども同時に発せられる。
というのも、玲子さんが俺の手から手を放したかと思えば、そのままお腹に腕を回したのだ。
そう、一言で表すのならバックハグ状態であり、これでは動くことも叶わない。
「早川先輩、お姉ちゃんをどうやって唆してそんな羨ま.....じゃなかった、ご褒美......でもない、酷いことができるんですか!?」
「ちょくちょく本音が漏れてるけど.....って、この状況でも俺が悪いの!?」
もはや美玻璃ちゃんの視覚フィルターはどうなってるのか。腐ってるのか。
「玲子さんファースト」もここまでくれば、もはや狂気じみている。
ちょっとタカが外れれば、玲子さんを軟禁しかねないだろ。
そんな俺の思考の一方で、背中から感じる思考が俺の理性を侵食し始める。
そう、先ほどから俺の神経を高ぶらせて仕方ない物体πについてだ。
これは登校中の玲子さんをお姫様抱っこした時から感じていたものだが、今はそれをハッキリ感じる。
というか、今思ったけど、玲子さんって抱き着き癖がないだろうか。
特に感情が高ぶった時とか、そんな場面が多いような......気のせいか?
「玲子さん、そろそろ離れてもろて」
「延長料金を払うわ」
「当店ではそのようなサービスは行ってません」
そこまでハッキリ言えば、さすがの玲子さんも離れてくれるようだ。不満たらたらだけど。
そして掃除を再開させれば、その後は何事も無く進み、途中は琴波さんが合流したために速やかに朝の掃除が終わった。
―――休み時間
「玲子さん、荷物お持ちします」
「あら、ありがと」
新学期初めての移動教室。
つまり、休み時間が終わる前に目的の教室に向かう必要があるのだが、そんな時でも美玻璃ちゃんのテストが無くなるわけではない。
なんだったら、休み時間の度に教室に現れては、玲子さんと俺の様子を監視している。
どうやら美玻璃ちゃん的には、玲子さんのパートナーは執事のような存在をご所望らしい。
だからか、俺に命じたのは「お姉ちゃんに仕えろ」なのだ。
そして、その命令もといテストを受けて行動をしているのが現在である。
そんなことをせずに教室で友達を作って欲しいと思うのは俺だろうか。
知ってるか? もうすでに俺の周りで玲子さんの妹はシスコンだって定着し始めてるぞ。
そんな彼女の監視のせいか、俺も気が休まるところがない。
別に普段通りでもいいかもしれないが、それで美玻璃ちゃんに認められないのは違う。
好意の有無はともかく、俺は玲子さんに対して真剣に向き合っているという姿勢を示す必要がある。
そのために、出来ることなら美玻璃ちゃんの信用を得るためにも、やれることはやってあげたい。
とはいえ、その行動のせいでゲンキングと琴波さんからの不満が溜まってるようで。
休み時間のたびにこちらに向く視線が厳しいものになってる気がする。
これは少しばかり面倒なことになりそうな気がしてならない。
そうなったら頑張るのだぞ、未来の俺。期待してるぞ、未来の俺。
「はい」
「ん?」
そんなことを思っていると、玲子さんが両手を無造作に伸ばした。
その意味不明な挙動に俺が首を傾げると、玲子さんも首を傾げ、
「どうしたの?」
「いや、それはこちらのセリフというか」
「荷物運んでくれるんでしょ?」
「そうだけど......え、そういうこと?」
咄嗟に思い付いた言葉を確かめるように問いかければ、玲子さんがコクリと頷く。
つまり、玲子さんは登校の時と同じようなことをしろと言っているのだ。
え、正気か? そんなの恥ずかしいどころじゃないんだけど。
「玲子さん、冷静に未来が見えてる?」
「えぇ、見えてるわ。拓海君とハネムーンに行く未来が」
「それは未来見すぎてる気がするけど......」
ダメだ、今の玲子さんは無敵の人となっている。
もはや己の外聞も気にすることなく、俺との関係性の構築を進める気のようだ。
もしここでそんなことをすれば、実質既成事実を作ってるようなもの。
さすがの俺でもそこまで不埒な真似は出来ない。てか、しない。
「とりあえず、俺は直近の未来回避のために玲子さんの荷物を運びますね」
「む、ガードが固い。しかし、それぐらいで私が止まらないことね」
「......知ってますよ」
一先ず、玲子さんの机の上にあった教材を持てば、そう返事する。
もはや今の犯行声明をどう反応すればよかったかわからなかったが、どう返事したところで玲子さんの行動が変わるわけでもなし。
そして、これがまだ午前中という事実に、俺は少しばかり悲しくなった。
本当に、この生殺し状態が辛い......。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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