第306話 緊急クエスト、美玻璃ちゃんからの試練
四月、それは終わりと始まりの季節。
色んな人達が過ごしてきた思い出を過去にし、未来へと足を進める。
と、カッコいい言葉を並べたが、正直さしていつもと変わらない。
学年があがり、また新たな日常生活へと移行する。
もちろん、勉強範囲とかクラスメイトとか差異はあれど、やることは一緒だ。
とはいえ、俺も忘れてはいけない――この年で決着をつけると。
その決着が何かと問われれば、もちろん俺を取り巻く恋愛事情の話だ。
俺はありがたいことに俺に好意を寄せてくれている女子が四人いて、そしてその全員から等しく告白された経歴を持つ。
とはいえ、この世界はフィクションではないので、いずれは一人を選ばないといけない。
誰も選ばないという選択肢はなしだ。それは彼女達の誠意に対する不義理になるから。
だから、誰か一人を選ばないといけないわけだが、それがまた難しいのなんの。
それこそ、全員と作り上げた関係性が複雑なもので、一概に決めれるわけではない。
つまり、俺は全員に同じぐらいの好意を抱いているということだ。
優柔不断と罵られても反論一つできぬ状況。
過去の俺が作り出してしまったことだ、今の俺は過去の俺を殴りたい気分だ。
ともあれ、そんなこんなでクリスマス以降、全員のことをしっかりと見始めたのだが――、
「いや、普通に全員可愛いんだが」
これほどまでに甲乙丙丁つけがたいことがあるだろうか。
加えて、俺が見定めてる間、彼女達からのアグレッシブな行動が止まるわけじゃない。
当然だ、彼女達は全員自分の方へ振り向いてもらいたいわけなんだが。
というわけで、未だに具体的な基準すら見つかっていないのが現状である。
せめて俺の中で好きな基準があれば話が早いんだが、あいにくストライクゾーン広めのヲタクであるが故。
「とりあえず、とっとと着替えよ」
いつもより朝早く起き、その時間を使ってうだうだ考えていたが、結局答えは出ず。
思考を切り替えて運動着に着替えると、俺はいつものランニングへと出かけた。
本格的にダイエット生活を始めて、もうすぐ半年が経過する感じだろうか。
相変わらず勇姫フィットネスジムに定期通いする日々だが、正直成果は出てきた。
というのも、体が軽いのだ。
筋トレ、ランニングを欠かさず続ける意味はあったようで、実際体重も減っている。
現在の体重は65.5キロほど。なんと70キロ台を大幅に切ったのだ。
全体的なフォルムはスッキリしており、お腹もだいぶへっこんだ。
うっすらとだが、腹筋すら浮かび上がって気さえするのだ。
つまり、脂肪が燃焼されて筋肉がついてきたという意味であり、それこそクラス替えする前では柔道部の男子と腕相撲して結構いい勝負になったぐらいには筋肉がついた。
そんな成果が目に見える形でわかったおかげか、今や苦痛だった筋トレが楽しいのなんの。
自分の体がシャープに仕上がってく感じがあり、その男らしい体形に近づいてきた影響か、自然といろんなことに対しても自信が漲ってきたというか。
勇姫先生が母親から聞いたことらしいのだが、実際自信をつけるために筋トレを始めるっていう人もいるようなので、俺がそう感じるのも間違っちゃいないということだ。
「くひひ――」
そう考えると、俺がこれまでしてきた行動も正解と感じられ、さらに自信がつく。
一種の成功体験を肌で感じているので、余計にそう思うというか。
ともかく、今の俺はちょっとそっとじゃ動揺しない......気がする!
「――もうこれ以上、お姉ちゃんに簡単に近づけるとは思わない事ですね」
ランニングから帰り、朝食を済ませた後の登校時間。
その道中でたまに早起きして顔を見せる玲子さんの隣に番犬がいた。
グルルルルと唸り声でもあげそうな目で睨むのは、玲子さんの妹の美玻璃ちゃんだ。
久々の登場からの開口一番のセリフにちょっと動揺してしまった。
そういや、彼女とは元日で会ったのが初めてで、そん時玲子さんと同じ高校を受験するとか言ってたな。
つまり、無事に受かったということか。
「今更だけど、受験合格おめでとう。改めて、早川拓海だ。よろしく」
「これはご丁寧にありがとうございます......ってそうじゃない!
なんですか、いきなり私を口説いてるんですか?
そういうとこホントやめた方がいいですよ」
なんの琴線に触れたのがわからないが、自己紹介の返答として罵声が飛んできた。
一瞬丁寧に返してくれたのに、そんなに姉が取られているという状況が許せないのか。
そんなことを思っていると、美玻璃ちゃんの後ろにいる玲子さんが口を開く。
「拓海君、迷惑かけるわ。この子、私に関わると基本誰にでも噛みついて。
特に、私が拓海君に好意を寄せてることを話して以来、拓海君を目の敵にするようになってしまって」
「当然です、少しは体形はマシになったみたいですが、それでお姉ちゃんと釣り合うと思っているなら片腹痛い!
言っておきますが、その程度の努力でお姉ちゃんの横に並ばないでもらえますか!!
お姉ちゃんの隣は未来永劫、この妹である私の席なんですから!」
ご近所さんに迷惑になりそうな大声でもって、美玻璃ちゃんが胸に手を当てながら宣言。
なんという清々しいほどの敵意だろうか。いっそ気持ちがいいとさえ感じる。
とはいえ、妹君は少々勘違いしておられる。というのも――、
「あいにくだけど、俺自身、玲子さんに釣り合う人間とは思っていない」
「は? もしかして、自分の方が上だと思ってます?」
「そんな悪意のある曲解をしないでくれ。そうじゃなくてだな。
もちろん、俺の努力が足りないことは理解している。
でも、だからってそれが努力を放棄していい理由にはならない。
それになにより、誰かが隣にいてくれるって凄い心強いし」
不甲斐ない頃の俺は周囲に誰も寄せ付けなかった。それが大切な母であっても。
そんな俺だからこそ、一人でオンボロ城の主をやる心寂しさってのを知ってる。
たとえどれだけ虚勢を張ろうとも、やっぱり孤独ってのは辛いもんで。
だから、顔の見えない相手に繋がりを求めたけど、身勝手で失敗して。
「美玻璃ちゃんも大体想像つくと思うけど、玲子さんてば凄い人気なんだよ。
それこそ、ファンクラブができているぐらいにね。
そんな玲子さんに対して、周囲は勝手に格付けして距離を置く。
それってさ、案外寂しいもんなんだよ」
そんな俺がやり直した時の絶対的な味方である母さんという存在の安心感たるや。
その差を知っている俺だからわかる――玲子さんも似たような状況であることを。
「それが玲子さん自身で作っている状況なら未だしも、玲子さんは案外社交的だしね。
そんな玲子さんの隣に気軽に話せる相手がいないってのは悲しいし」
「同情心で助けてやってると?」
「一概には否定できない。でもそれ以上に、俺が話したいから隣に立ちたいんだ」
「――っ」
胸に手を当て、内側に燻った熱を言葉とともに吐き出した。
その言葉に大きく反応したのは、美玻璃ちゃんの後ろに玲子さんだ。
彼女は大きく目を見開くと、そのまま俺のそばに近寄り、
「わぷっ!?」
「お姉ちゃん!?」
突然抱きしめられた。しかも、顔を抱えられる感じで。
そのせいで俺は玲子さんに顔を埋めるような形になり、視界は真っ暗。
また、鼻孔を通って脳を麻痺させるような甘い匂いに、顔を覆う柔らかい感触。
とてもじゃないが、頭が急激に沸騰するのを感じる。
やり場のない手だけが空中を少し彷徨い、それから肩を掴んで頭を上げようとするが――上がらない。
やばい、本格的に呼吸困難になってきた。お願いだから、このタップに気づいてくれ!
「お、お姉ちゃん、ストップ! ストーップ!
そのままだと死んじゃう! 早川先輩が死んじゃう!」
「ハッ、それは不味いわ。まだ未亡人になるのは早い」
「いや、まだ付き合ってすらないだろ!」と叫びたがったが、それよりも解放された顔が求めたのは空気であった。
さすがに生死を彷徨ってる状況の時でさえツッコんでる暇はない。
これを世の人は役得というのだろうか。言うのだろうな。
そんなことを思っていると、玲子さんが慌てた様子で話しかけてきて、
「拓海君、ごめんなさい。つい嬉しすぎて抱きしめてしまったわ。
でも、今は大丈夫。深呼吸して落ち着いたわ。だから、もう一度抱きしめていい?」
「なんで落ち着いたはずなのに行動が変わらないんだよ。
止まってください。おかわりは却下します」
「そう、わかったわ。なら、このエネルギーは次の時に取っておくわ」
「チャージ式かよ、怖いなぁ......」
最大までチャージされたら一体どうなってしまうのか。
範馬勇〇郎に抱きしめられた朱〇江珠みたいになってしまうのではないか?
そうでなくても半死ぐらいはなりそうなのが油断ならねぇ。
数度荒っぽく呼吸を繰り返し、俺の火照った体も冷えていく。
二重の意味のドキドキで支配され、もううっすら汗をかいているレベルだ。
そんな俺と玲子さんのやり取りを見て、何かの我慢の限界に達した美玻璃ちゃんが一言。
「こうなったら、早川先輩がお姉ちゃんの隣にふさわしいかテストします!」
突然、指を突きつけられて宣言された言葉に、俺は眉根を寄せることしかできなかった。
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