第305話 お返しのホワイトデー#9
先輩と一緒に空き教室を出れば、そのまま雑談しながら下駄箱へ。
靴を履きかえれば、そのまま合流して再び一緒に歩いていく。
そのあまりに自然な流れは、さながら付き合って数カ月経つカップルのようで――、
「なんだか付き合ってるのかってぐらい自然ね」
そう思った途端、隣の永久先輩の口からそんな言葉が聞こえてきた。
一瞬、俺の思考を読んで発言したのかと勘繰ったが、表情見る限りそうではなさそう。
「どうした? そんなワタシの顔を見て。もしかして、かわいい顔でドキドキしちゃった?」
「いえ、まぁそれは当たり前なんですけど、いつも通りで安心したというか......先輩?」
いつも通りからかい癖のある先輩の態度で安心した、といったことを言おうとしたのだが、なぜか先輩の顔がみるみるうちに赤くなり、手の甲で口を押えた。
顔はそっぽを向き――かと思いきや、数秒後には真っ赤な顔で睨んでくる。
まるで人に懐かない猫が威嚇するような感じだ。いや、下手したらそれよりおっかない。
にしても、俺は変な回答してない気がするんだが......。
「あなたってこの1年で相当質の悪い男の子になっていることに気づいた方がいいわよ」
「質の悪いって......優柔不断だし決して出来た人間じゃないことは自覚してますけど、そこまではさすがに.....」
「そうね、確かに『質の悪い』は言い過ぎたわ。
あなたと関わった人間にとっては質の悪い男の子だわ」
「それ訂正箇所のどのあたりが変わってるんですか?」
思わずツッコんでしまったが、先輩はツンツンした態度でそれに答える様子はなし。
とはいえ、機嫌が悪ければ速攻で帰るようなタイプの人間なので、たぶんそこまで機嫌を損ねていないと思われる。
「......そういえば、随分と時間がかかってましたけど、何してたんですか?」
機嫌を損ねていないとはいえ、これ以上の話は分が悪いと思い俺は話題を振った。
大した話題があるわけではなかったが、やはり気になったのは先輩が空き教室にいなかったことだ。
それも、パソコンをそのままにするというのは、なんとも先輩らしくない。
何か困ってるならとちょっとした老婆心で聞いてみれば、先輩は「大したことじゃないわよ」と言葉を挟み、
「ただ、執筆途中でふと進路表を提出し忘れてたことに気づいてね。
それを慌てて書いて担任まで直接出しに行ったら、その場で捕まっちゃっただけよ」
進路......考えてみれば、俺が親しい女子の中で唯一先輩だけが「先輩」だ。
そして、今や二年の終わりであり、後少しでもすればあっという間に受験シーズン。
となれば、先輩や先輩のお母さんからしても恋愛事にかまけてる時間はないはず。
「捕まったって......先輩は別に成績悪い方じゃないですよね? むしろ、トップ層というか」
「そうね、だからよ。ワタシの出した進路が私に対して目標が低すぎるというか、どうしてもっと上を目指さないのか的なことを言われたの」
「あぁ、なるほど。確かに、先生同士の評価的なアレでありますもんね」
ほとんど聞きかじったことでしかないが、先生同士も色々面倒らしい.....ということを鮫島先生が言ってた。
鮫島先生はそこら辺に無頓着らしいが、先生の中には出世狙いでそういう進路を厳しく煽る人もいるらしい。
「そ。だから、今はまだ検討段階ですって感じで口論にならないようにそれとなく時間稼ぎはしてきたけれど、まぁまだ追撃は来そうね」
そう言葉にする先輩の表情は少し乾いていた。
あまり先を考えたくないような遠い瞳を浮かべ、小さな口から大きめな吐息をする。
そんな先輩に大して、俺がかけれる言葉は――残念ながら無い。
なぜなら、俺は一度目でも進路というものに真面目に向き合ったことがないのだ。
一度目の高校生活の三年間はただ明日生きることに必死で、「未来」など見ていなかった。
見れなかったというのもあるが、俺自身も見なかったのもあるかもしれない。
ともかく、永遠に続くわけのない安置に身を隠し、ただ屍のように生きていた。
そんな俺にとって「未来」という言葉は酷く脆く無価値なもので、どう取り扱えばいいかわからない。
今だってわかっているわけじゃないし、きっと先輩の方が「未来」を見ている。
だから、たとえ俺が何を言おうとも、それは全て釈迦に説法のようなもの。
しかし、悩む先輩の手助けになりたいと思う気持ちはある。
なので、今の俺にできることはきっとこれぐらい。
「先輩、そんなに頭を使っては疲れませんか?
ってことで、ここは一つ、糖分でも取って落ち着いてください」
バックから小袋を取り出し、それを先輩の前に差し出した。
そんな俺の行動に虚を突かれたように口黙る先輩が、両手を差し出してそれを受け取る。
すると、普段の大人びた先輩ではなく、純粋な少女が顔を覗かせたようで、
「これは......?」
「お返しに決まってるじゃないですか。
良かったら、食べてみてください。落ち着くと思いますよ」
「そ、そうね......ゴホン、そうね。ありがたくいただくわ」
ふいに漏れ出た高い声色を咳払いで引っ込め、先輩が感謝を述べる。
それから、小袋の中からホワイトチョコを取り出し、それを口に含んだ。
「ん~~~......美味しい♪ しかも、これ中からキャラメルの味がする!」
「キャラメルをホワイトチョコでコーティングしてみたんですよ。
なんかどっちか片方だとお返しとして味気ない気がして。
一応、味見は何回かしたんですが、口に合って良かったです」
「えぇ、美味しいわ......とっても、美味しいわ」
手で頬を支え、舌で転がすように味わう先輩の姿。
それがなんとも身長に似合わない色香を出しており、少しドキドキする。
しかしそれ以上に、頬を緩めて喜んでくれる姿に、胸の中に安心が広がった。
やがて、一つのキャラメルホワイトチョコを味わいつくしたのか、残りの小袋に蓋をしてバッグにしまった。
全部食べても良かったが、考えてみれば時間帯的に家庭によっては夕飯前ぐらいだ。
となれば、そこら辺キッチリしてそうな先輩の家では良くないことか。
そんな無益なことを考えていると、先輩がふいに大きく伸びをした。
両手を天に向かって大きく伸ばし、上半身をグイッと逸らす。
瞬間、制服越しでもわずかに捉えられる小山に目を吸い寄せられるのを感じた。
だから俺は素早く顔を背け、体のクールダウンを図る。
この思春期の体、マジで節操ねぇ。
「ありがとう、助かったわ」
ふいに聞こえてきた声に顔を戻せば、そこには道なりを真っすぐ見る先輩の横顔があった。
加えて、その横顔には元気を取り戻してるようにも見え、力強い道は自分の行き先をしっかりと捉えているように感じる。
「......確かに、さっきまでワタシの視界には靄がかかってた。
まるでこの先の道が途切れてるように、ワタシの未来が閉ざされているかのように。
でも、さっきの口の中に広がったいっぱいの幸せが、それを晴らしてくれた」
「......」
「もちろん、そこにある無数の道の中から、ワタシがワタシだけの道を選ばないといけないわけだけど、でもこれだけはハッキリ言えるかもしれない」
そう言うと横顔を向けたまま、視線がチラッと横を向く。
それから、赤くなった頬を隠そうともせず、顔を俺に向け、
「ワタシ、拓海君に誇れる先輩でいたい」
そんな言葉とともに送られる笑顔は、いつもの大人びた仮面をつけたものではなくて。
ただひまわり畑にいる白いワンピースを着た少女が向ける純粋無垢な感情に、俺の頬が焦がれる。
ほんと、本当にもうさ――
「あら、顔を赤くしちゃって。そんなにワタシの言葉が良かった?」
「それもありますが、それだけじゃなくて。
先輩も含めて、ゲンキングも、琴波さんも、玲子さんも本当に.......ハァ、四人に分裂してぇ」
「諦めなさい。それがあなたの道よ」
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