第304話 お返しのホワイトデー#8
俺のホワイトデーイベントも四分の三が終わった。
つまり、残りタスクは永久先輩に渡すことになったわけだが、
「先輩がいない.....」
放課後になり、いつも通り空き教室に行ってみたが、そこに先輩の姿はない。
とはいえ、最初から来てないわけではないらしい。
なぜなら、つい先補まで作業していただろうノートパソコンがあるからだ。
画面を覗いてみれば、几帳面な先輩らしくフォルダが整理されてる。
詳しく見てみたい気持ちはあるが、さすがにそれは堪えよう。
デスクトップ画面を表示されてるのが良い証拠だ。
とはいえ、パソコンを閉じるぐらいはしても良かったと思うが。
「先輩を来るまで待つか......」
教室の中にある時計に目線を移動させると、今は丁度16時ぐらい。
だから、チューニングを合わせる吹奏楽部の音をBGMに、俺は読書で待つことにした。
......あれからどれぐらい時間が経過しただろうか。
比較的遅読の俺が小説の半分ほどを読み終えてしまった。
ふと時計を見てみれば、もうすでに40分以上経過している。
ここまで遅ければ、さすがの先輩でも一言ぐらい連絡があるはずだ。
というか、先輩の性格だとそれぐらいのマメさがある。
だから、連絡がないとこっちが逆に不安になるというか。
「こういう時って連絡してもいいのだろうか」
考えてみれば、俺は自分から女子に連絡することって少ないかもしれない。
いや、少ないってもんじゃない。たぶん数える程度と言ってもいいかもしれない。
それぐらい、逆にあの四人からの連絡が多いのだ。
といっても、話している内容は実にどこでも出来るような雑談類だけど。
ふむ、むしろアレか、色々な会話の延長線上でただ漠然と返答してるだけなのかも。
ともあれ、だからこそ、こういう時の連絡はまた違った緊張感を感じる。
「もっとも、具体的には今連絡してもいいタイミングなのかってことだが」
この部屋の、特にいつも持って帰ってるはずのパソコンがある以上、先輩はまだ下校していない。
つまり、私用でこの場から席を外しているということだ。
......そう考えると、パソコンのおきっぱは少し不用心な気がするが。
画面も省エネモードじゃなくて、常時表示状態にしてるのもそうだけど。
ともかく、用事を現在進行形で済ませている最中に、こちらから連絡かけるのは迷惑なのでは? という気持ちが俺にはある。
気づかないで送ってしまったなら未だしも、気付いてる時点で送ったならそれはもう確信犯ではないか?
いや、それは考えすぎ? それとも普通に配慮足りてない? う~む、わからない。
「どっちに.....いや、でも.....けどなぁ.....」
なんかもう決定がバグったルーレットのように、「連絡する」と「連絡しない」が交互に頭の中を過っていく。
こういうのがどっちつかずの所以と言われたら、俺はその正論パンチで泣いてしまうかもしれない。
そんな時間をどのくらい過ごしただろうか。
本当に思考してる時って案外時間経過してるもんだし、十分そこらは経っていたかもしれない。
時計を見る余裕も無く腕を組んで考えていると、突然部屋のドアがガラガラと開いた。
「あら、いたの」
入って来たのは、永久先輩であり、俺が教室にいることに驚いたようだ。
しかし、すぐに視線を時計に合わせると、途端に申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「.....そう、案外時間が経ってしまっていたのね。
待たせてしまってごめんなさい。そこまで長引く予定じゃなかったの」
「いえ、何か用があるんだろうと思ってましたし、普通に本を読んで待ってましたよ」
とはいえ、つい先ほどまで好きな人に初レインをするってぐらい行動するか否かを熟考してたけど。
そんな俺の回答に、先輩は興味なさそうに「ふ~ん」と返事をすると、歩き出した足が途端にピタッと止まった。
直後、縮地でもしたように素早く脇を通り抜けると、先輩が向かった先はパソコンだ。
そこに表示されているデスクトップを見つめながら、妙に焦った表情で俺に尋ねてくる。
「ね、ねぇ、このパソコン.....触ったりした?」
「いえ、特には。ペンぐらいなら未だしも、パソコンほどの人の私物は触ろうと思いませんよ。
ただまぁ、不用心とは思いましたけど。あ、さすがに画面は見ちゃいました」
「それはデスクトップ画面、という意味よね?」
「えぇ、はい......」
俺がそう返事をした途端、先輩が大きく息を吐いて脱力し始めた。
なんというあまりにも露骨な態度だろうか。
それこそ、エロサイトの閲覧が親バレしかけた中坊みたいな反応だ。
逆にそこまで大きく反応されると気になるが、聞いても答えてくれることは無いので不毛な思考か。
とはいえ、先輩の心が落ち着くまで少し雑談するか。
そう思うと、俺は先程まで考えていたことを聞いた。
「そういや先輩がいない時、連絡しようと思ったんですけど、大丈夫でした?」
そんな質問をすると、途端に先輩から険のある視線が飛んでくる。
「その質問だと、ワタシの回答は『はい』か『いいえ』の二択になるけどいいの?
たぶん、あなたが聞きたい質問ってそういうことじゃないわよね?」
「え......そ、そうですね。はい、そうです」
「なら、長くなっても良いから情報は正確に伝えて」
「あ、はい」
と、俺の言葉足らずが先輩を怒らせてしまったので、改めてイチから説明。
つまり、相手が忙しい場合の連絡のタイミングについてだ。
そんなことを言うと、先輩は水筒を片手に、
「それはあなたの緊急性次第じゃない?」
と、答えてから中身はお茶であろう水筒を口につけた。
なんともあまりに淡白な回答に俺が唖然としていると、水筒の蓋を閉じる先輩はさらに言葉を続け、
「なんかポカーンとしてるけど、難しく考える必要もないでしょ。
相手が何か忙しそうにしているとわかっている前提で送る連絡なんでしょ?
だとすれば、それが今のあなたにとって緊急性が高ければ送ればいいんじゃない?」
「でも、それって相手の都合を見てないって思いません?」
「見てないわね。でも、それでいいじゃない。
それを返答するかどうかは相手が決めるのだから。
返答が来ないもしくは遅くなるってことは、今が都合が悪いからでしょ。
相手の都合がよくなれば、返答ぐらいしてくるはずよ。
とはいえ、あんまり自分の都合で動かれても困るけど」
「へぇ~......さすが合理性の鬼」
「その評価には物申したいとこあるけど、まぁいいわ。
ともかく、そういうのは相手のことがわかってれば、自然と判断がつくものよ。
だから、そもそもそういうことを考えること自体が間違いとも言えるわね。
逆に言えば、未だそこで悩むということは、まだあなたはワタシのことがわかってない」
瞬間、先輩から再び険のある視線が俺に送られる。
しかし、その視線に帯びる感情は、先ほどとは少し性質が違うような。
ともあれ、たったこの瞬間、俺は確かに感じた――流れ変わったな、と。
「ハァ、なんとも嘆かわしい話ね。
半年以上も経過するのに、未だワタシのことを理解してないなんて。
ましてや、普通の人よりは濃い時間を過ごしたと思っているのはワタシだけなのかしら」
「いや、それは......別に、俺は先輩のことをわかってないつもりは――」
「いいえ、わかってないわ。だから、今からあなたにはワタシを理解してもらうわ!」
そう言って、先輩は席から立ち上がり、指をビシッと向ける。
その迫力に俺が慄いていると、先輩が次第に指を下ろしていき、
「――と、思ったけど、さすがに今は都合が悪いわ。
時間も無いし、策も練ってない」
「一体、俺に何をするつもりなんですか......」
「言ったでしょ、ワタシを理解してもらうと。
とはいえ、さすがに今日は時間が無さすぎるからね。
だから、残りの時間はあなたに譲るわ。でしょ?」
「――っ」
その意味深な含み笑いに、俺の心はドキッと跳ねる。
どうやら先輩には全てお見通しのようである。
今日が何の日かで、俺がどういう心持ちでいるかということが。
相変わらず、先輩の掌でコロコロされてる気分だが、それが悪く無いと思う俺も末期だな。
ともあれ、俺も今日の仕事をしっかり果たさねば。
「なら、帰りましょうか」
「あら、外で渡してくれるのね」
「ちょっと冷たい風に当たりたくなっただけです!」
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