第302話 お返しのホワイトデー#6
ホワイトデー早朝、まだほとんどの生徒が教室どころか学校にもいない中。
既に俺は二人にお返しが出来たことに、ちょっとした安堵感を感じていた。
こう未知の領域に一歩を踏み出して、道が開けた感じというか。
暗がりの世界に光が差して道が見えるようになったから足が出しやすくなったというか。
ともかくそんな感じで酷く緊張感を感じることは無くなっていた。
「とはいえ、まだ全てが終わったわけじゃないんだよな.....」
主な登校時間となり、教室に続々とクラスメイトが入り込む。
そんな彼ら彼女らの反応は、普段の日常とまるで変わらない。
そう、バレンタインデーでソワソワしてた男子と違い、女子は誰もが落ち着いているのだ。
まるで貰えることを期待していないというか。
それ以上に、今日がホワイトデーであることを知らないような素振りだ。
それがなんだか男女の心持ちの違いが如実に表れてる気がしてならない。
なんなら、一部の男子がソワソワしているぐらいだ。
たぶん、アレは貰ったお返しをしたいのだろうが、タイミングが掴めないと言った感じだろう。
わかるぞ、その気持ち。たった今さっき俺も通過してきた場所だ。
それどころか、その男子からすれば周囲からの茶化しが入る可能性がある分、状況が悪いかもしれない。
となれば、ここは先に道を開いた俺がしんぜよう。
俺の場合、もう周りに色々言われ過ぎて耐性がついた感じもあるしな。
というわけで、俺は早速スクールバックからお菓子を取り出し、席を立つ。
「先生、柊さん、椎名さん、おはよう。早速だけどこれ、前回のお返し」
「お、サンキュー」
教室の隅で一塊になっている彼女らの席に向かうと、早速お菓子を提出。
たったそれだけの行為なのに、背中からなんだか熱い視線を感じる。
詳細は定かではないが、恐らく男子からの羨望と見た。
そんな俺の行動に対し、勇姫先生は今日がホワイトデーである事実を思い出したように、簡単にお礼を言って受け取っていく。
その近くにいる柊さんや椎名さんも同じくと言った感じだ。
一応、三人からはバレンタインデー当日ではないが、その後日に渡されている。
というわけで、渡されたのならばキッチリお返しするのが礼儀であろう。
それを皮切りに、俺はお菓子をくれた女子に順々に返していくことにした。
意外かもしれないが、こんな俺にもくれる女子というのが意外と多かったのだ。
友チョコや義理チョコという枠組みからは外れないだろうが、それでも貰えるものは嬉しい。
これが委員長効果なのか、これまでの頑張りが認められた証なのか。
それはわからないが、少なくとも自分という存在が肯定されたような感じがして気持ちがいい。
承認欲求が解消されていく感じだろうか。まぁ、もともと承認欲求なんざないが。
ともあれ、そんな俺の行動を後追いするように、他のチョコを貰ったであろう男子も動き始め、朝のホームルームが始まるまでの間、甘いニオイが教室に広がった。
「なんか今日、やたら甘いニオイしない?
あ、そうかホワイトデーか。おい、そこの早川拓海とかいう奴ら」
「俺は一人ですけど、何ですか?」
「ちゃんとアタシの分用意してあるだろうな? 無かったら昼休みに調理室で作らせるぞ」
「どんなパワハラですか、それ」
と言った感じに、いつも通りの鮫島先生からのイジりがあったり、それを見て他のクラスメイトが一切止めに入らない感じであったりと日常風景を味わいながら、俺は考えた。
即ち、残り二人である玲子さんと永久先輩にはどのタイミングで渡そうかと。
本来、朝の教室で琴波さん一人に渡す予定だったので、ゲンキングにも渡せたのは僥倖な結果だ。
とはいえ、ここからは時間管理がシビアになってくる。
さすがのあの二人とはいえ、周囲の注目を浴びながら渡されるのは嫌だろう......たぶん。
というわけで、なんとかして時間を作らないといけない。
では、どのタイミングがベストか。
やはり狙い目は昼休みと放課後だろう。
自分がどこ移動しようと自由で、時間が意図的に作れる時間。
たぶん多少は話すことがありそうだし.....うん、そこだろうな。
それじゃ、どっちから先に渡そうか。
放課後に先輩がいるだ空き教室を渡すのがベストか。
そうだな、玲子さんは同じ教室だし、そっちの方が良さそう――
「拓海君」
そんなことを考えていると、突然視界に一本の腕が差し込んだ。
その腕は俺の机から伸び、それを辿って視線を動かせば、玲子さんの見下ろす顔が見える。
え、今ホームルームなんじゃ......と思ったらとっくに終わっていた。
周りに見えるクラスメイトが移動教室のために準備を始めているようだ。
「教えてくれてありがとう、玲子さん。少し考え事してて。
今すぐ準備するから待ってて――」
「違うわ。それもあるけど、それだけじゃない」
玲子さんの迫力のある視線が、俺の目をくぎ付けにする。
迫力があるといっても怖という感じでは無い、芸術的美に触れてるというか。
まるで宝石を埋め込んだような瞳に、心が歓心にも似た吐息を漏らすだけだ。
そして、そんな瞳を持つ玲子さんが口を開けば、
「昼休み、時間あるかしら?」
「......あります」
どうやら俺が選ぶ前に本人が直接凸してきたらしい。
となれば、もはや俺に選択肢はないというわけで。
まぁ、どっちにしろ俺の都合的に良かったからいいが。
――昼休み
人間不思議なもので、緊張しないと意気込んでいても意外とそうではない。
渡す時間が迫ってくるたびに、心臓が驚くほどビクビクしているのだ。
それも、最初に抱いた緊張感と同じぐらいに。
単に俺が緊張しいなだけかもしれないが、それぐらい玲子さんも等しく本気で思っているのか。
となると、その後の先輩に対してもきっと同じ感じになるんだろうな。
もういっそここまで本気なら、「俺の肉体よ、分裂してくれ!」と思うが、絶対にならないことを神に祈るのもなんだか馬鹿らしいか。
......いや、現に俺がこの世界にいる時点で願えばワンチャンあるんじゃね?
そんなバカらしいことを考えていると、屋上に続く階段の最上段に座る俺の眼下に玲子さんの姿が見えた。
片手にはお弁当を持ち、悠然とこちらに向かって歩いてくる。
そんな姿は、俺と違って緊張してないようにも見えた。
いや、緊張するはずもないか。受け身である以上、特に勇気を踏み出す場面もないし。
実際、あの時の俺も今以上の緊張はしなかったわけで。
「ごめんね、急に二人でお昼ご飯を取りたいなんて申し出を聞いてもらって」
「それは別に構わないよ。俺も玲子さんに用があったのは確かだし」
「そう言ってくれると助かるわ」
もっとも、ゲンキングと琴波さんからは「しょうがないけど、なんだかなぁ」みたいな視線をたっぷり含んだ見送りをされたけど。
玲子さんが最上段まで来ると、そのまま俺の横を通り過ぎて屋上のドアまで向かった。
そして、そのままドアノブを捻り、ドアを開ける。
冷たい風が踊り場の床を這って流れ込んできた。
季節は三月中旬とはいえ、案外寒さはまだ残るもの。
天気予報で度々暖冬なんて言葉を聞いたが、一体どこら辺なのか首を傾げたくなる冷たさだ。
しかし、そんな冷たさを一身に受けそうな格好をしている玲子さんは、その寒さに一切の感心を向けることなく、それどころか俺に視線を向けると、
「拓海君、今日は風も少なくて外が温かいみたいなの。
良かったら一緒に屋上でお弁当を食べない?」
長く伸びた銀髪を揺らし、玲子さんが問いかけた。
その微笑みを浮かべる表情は、人を堕落させる魔女のようで。
ただの一言、されど一言。誘蛾灯の蛾のように俺の体は吸われていく。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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