第301話 お返しのホワイトデー#5
ゲンキングに教室から離れてもらい、意図的に作った二人きりの空間。
その教室の中にいるのは、当然お返し相手の琴波さんだ。
そんな状況のせいか、完全に意識してしまってる彼女の表情は赤く、固い。
まるで今まで一回も告白されたことがない子が、初めて校舎裏に呼び出された時のような初々しい表情をしている気がする。
もちろん、俺のラブコメ脳がソースの勝手な妄想だが。
そのせいで俺も余計に緊張する。
手汗を多く感じ、喉も痺れてるみたいに声が出にくい感じだ。
心音は少しずつボリュームを上げ、スピーカーを通したように教室に響き渡る。
いや、実際に響くはずもないが、俺の耳にはそう感じてしまうのだ。
とはいえ、ここまで緊張感を高められると、実に動きずらいというか。
ただのお返し、されどお返しなのは自覚してるし、かといってここまで雰囲気をを作られると。
さすがに俺も身動きが取りずらいので、少しアイスブレイクといこう。
「それにしても、いつもありがとな。教室の掃除手伝ってくれて」
「え?」
思っていた言葉と違ったのか、琴波さんが急にキョトンとした顔をする。
しかし、すぐにハッと我に返ると、俺の言葉に返答してくれた。
「ど、どうしたの急に?」
「いや、最近こうして琴波さんが手伝ってくれてるのが当たり前な感じがしててさ。
でも、考えてみれば、俺が勝手な打算と自己満足で決めたことを琴波さんが善意で手伝ってくれてるだけであって、だから忘れないように感謝の言葉を言った方がいいと思ってね」
「別に、気にしなくていいのに......うちも好きでやってることだし。
それに、こう見えてもうちは面倒くさがりだから、やりたくないことは続けられないし」
「それでもだよ。ほら、誰かが何かしてくれるって当たり前じゃないじゃん。
母さんが朝食を作ってくれてるけど、それだって本来当たり前じゃない。
そこに自分のことを想ってくれてる気持ちがあるからしてくれることで.....それを俺は無下にしたくない」
この気持ちは、俺の心からの本心だ。
というか、俺がこの年齢に戻ってきてから一度も忘れてはいけない気持ち。
一度目の人生でクソみたいな俺が生きられたのは、全部母さんの愛があったからだ。
それを当たり前だと思っていた俺は、母さんがいなくなったことで破滅した。
しかし、幸いにも俺にはやり直すためのチャンスがあった。
だから、そのチャンスを最大限に活かすためにも、俺が今生きれていることに対する感謝を忘れてはいけない。
琴波さんは自分が好きで手伝ってくれたことだと言ってくれたけど、俺はそうは思わない。
実際、そうなんだとしても、あの時の俺は琴波さんが手伝ってくれたことで勝手に自分の行動が肯定されたような気持になっていたのだ。
その自己の肯定というのが、どれだけ進むために大きな一歩をくれるか。
それはきっと貰った人にしかわからないだろう。
たとえ、それが何気ない行動だったとしても、俺は嬉しかったのだ。
そんな偉大な行動が感謝の言葉もなく当たり前? ハハッ、冗談じゃないね。
俺はその時の気持ちを、今に至るこれまでを、琴波さんがしてくれたことを当たり前にしたくない。
だから、感謝を述べる。むしろ、これこそが当たり前の行動だ。
「だから、改めてありがとうと言わせてくれ。
今の俺がここにあるのは、琴波さんの助力あってのものなんだから」
「......」
恥ずかしさも、緊張も、手汗も、色々と感じている。
それでも、紡ぎ出した言葉に、琴波さんは固まっていた。
いや、表情は固まったまま、目から涙を流し.....って、ええぇ!?
「こ、琴波さん!? 泣いてる!?」
「へ?......あ、本当や」
俺が琴波さんの状況を指摘すると、彼女は今更気付いたように手で頬に触れる。
それから、そこにから感じたであろう涙の感触に、指先を見つめると、
「本当や......」
なぜか涙を拭うこともせず、濡れた手を握りしめ、大事そうに胸に抱える。
そんな姿を、俺は見ていることしか出来ず、いや、見惚れていることしか出来なかった。
そして、しばらくの沈黙の時間が流れると、琴波さんはようやく涙を拭い始めて、
「ハハッ、ごめんね。急に泣き出したりなんかして。驚かせちゃったよね」
「いや.......まぁ、ビックリはしたかな」
「正直でよろしい......なんてね、えへへ。
でも、嬉しくて涙が出ちゃったのは本当だよ。
今、その言葉でこれまでの行動が報われちゃった気がして。
あ、私がしてきたことって正しかったんだって認められた気がして」
そう言いながら、琴波さんは屈託なく頬を緩ませていた。
あまりにも邪気がない笑みは、小さい女の子の笑顔みたいで。
なんだか無性に庇護欲がそそられてしまうのは、きっと気のせいじゃないはず。
にしても、そっか......そういや、琴波さんも元からこうした行動的じゃなかったけな。
確か、俺の頑張りに触発されて、内気だった自分を変えようと努力し始めたんだっけ。
となると、先ほどの涙は好きな人に認められたというより、自分の推しに認知された時の喜びって感情の方が近いのかもな。
だとすれば、こっちも感謝を述べた甲斐があったってもんだ、うんうん。
「なら、こっちこそありがとうだよ。まずは、存在してくれてありがとう」
「初手でありがとうの規模大きすぎない?
別に、俺はアイドルでも何でもないんだから、そんな壮大でなくても」
「いやいや、そんなことないよ。拓海君の存在は拓海君だからありがとうなんだよ!
今の私は拓海君なしでは存在しないわけだし、そう考えると私の存在があるのは拓海君が存在しているわけで成り立つわけで!」
「うん、そんなに力説しなくてもわかるから大丈夫だよ。
それでも、だいぶ大袈裟だと思うけど.....でも、うん、ありがとう」
「それじゃ、次は地球に生まれてくれてありがとう!」
「次でそれ? え、それ以上規模デカくなることあるの?」
と、それから始まるは琴波さんの怒涛の「ありがとう」攻撃であった。
アイスブレイクのために始めた言葉が、なぜか琴波さんの枷を外してしまったらしく、まるで荒れ狂う激流のように様々な角度から感謝の言葉が述べられる始末。
もはや「ありがとう」と言われすぎて、何に対するものかわからなかくなってきた。
感謝されることには嬉しいし、満更でもないのだが、そこまで言われると混乱する。
というか、このままでは本題から大きく逸れてしまう。
なので、流れを断ち切るように、俺は急いでスクールバックからプレゼントを取り出すと、
「ストップ、琴波さん。急だけど、これ、バレンタインのお返し」
「え、ホント!? 嬉しい! 開けて見てもいい?」
「もちろん」
俺の返答を聞くと、クリスマスにサンタからプレゼントをもらった子供のように、琴波さんは小袋の紐を解いて中身を見た。
「わぁ、マドレーヌだ。美味しそう。うち、好きなんだ!」
「そっか。それなら、選んだ甲斐があったよ」
琴波さんの反応を見て、ようやく渡せた俺も安堵の息を吐く。
思わぬ流れになってしまい、このまま渡せないでは困ると思ったので急遽流れを変えたが、どうやらそれで正解だったようだ。
琴波さんも喜んでくれてるようだし、渡せて良かった。
「......そっか、もっと仲良うなりたかて思うてくれとーったい」
不意に意識を切ったせいで、琴波さんが何を言ったか聞き取れなかった。
しかし、小袋を見つめる姿はとても優しいもので。
ましてや、愛おしそうに見つめている雰囲気でもあったが......さすがに気のせいだ。
それから、琴波さんは俺に視線を戻すと、
「拓海君、ありがと!」
パァッと背景に花畑が広がるような笑顔で感謝を言ったのであった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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