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高校時代に戻った俺が同じ道を歩まないためにすべきこと  作者: 夜月紅輝


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第300話 お返しのホワイトデー#4

 ゲンキングにバレンタインのお返しのプレゼントを渡した後、そのまま二人で一緒に登校した。

 その時のゲンキングは、さながらクリスマスに望んでいたプレゼントが貰えた子供のようで。


 正直、ゲンキングの手作りチョコに比べれば、見劣りするんじゃないかという気もしなくもなかったが、もはやここまで喜んでくれるなら正解であったと心から思える。


 そんな登校時間も会話していれば、あっという間。

 気が付けば学校の正門まで辿り着いており、そのことにゲンキングが不満そうに頬を膨らませていた。


 その表情を見るだけで気持ちがわかってしまうのがなんともむず痒いが、きっとこういう気持ちを受け止めるのも俺に課せられた使命なのだろう。

 というわけで、不満そうな横目に歩き出し――、


「あ、おはよう! 二人一緒か、珍しいね」


「おはよう、琴波さん」


 教室に辿り着けば、一足早く琴波さんが教室の掃除を始めていた。

 もはやただの俺の日課であるそれを琴波さんが積極的にやる意味はないのだが、まぁそれを考えるのも今更という話であって。


「今日は早いね。いつもなら俺が初めてからしばらくして登校してくる感じなのに」


「そうだっけ。あー、確かに、若干早いかも。あはは、これは予想外だったかな.....」


 俺の質問に対し、琴波さんは時計を見ながら答える。

 それから、最後の言葉だけは俺の耳にも届かない小さな言葉で何かを言っていた。

 ともあれ、この行動の変化がわからないほど、俺も愚かではない。


 恐らく、彼女は俺が渡しやすいように時間を合わせてくれたのだろう。

 だって、いつものこの時間なら、夜更かしタイプのロングスリーパーであるゲンキングがいることがないので、教室には二人っきりなのだから。


 人に何かをプレゼントするというのは、勇気がいるもので、勇気には恥ずかしさが伴う。

 言わば、身の丈に合っていない行動だと自覚しているために、心の不安を恥として感知してしまうのだ。


 加えて、その恥を感じる要素は外的要因も大きい。

 その本来褒められるべき勇気ある行動が、周囲の言葉で恥へと塗り替えられる。


 知人の一人に言われるなら、まだ「そんなことない」と言い返せるかもしれない。

 しかし、それが全く知らない第三者にも言われたなら、それが客観的な意見の真になるために、途端に恥ずかしさを感じて動けなくなってしまう。


 もっとも、これはあくまで俺の持論だ。何も根拠はない。

 それこそ、今の現状は、琴波さんがそこら辺を感覚的に気づいて作ってくれたにすぎない。

 彼女の誤算は、考えるべき対象は俺一人じゃなかったということだ。


「すぐに手伝うよ」


「あ、わたしもー」


 琴波さんに一声かけると、俺はすぐさま自分の席に荷物を置いて掃除に参加する。

 その行動に、すぐ傍らにいたゲンキングも便乗し、動き出した。


「にしても、珍しいね。唯華ちゃんがこんなにも早く登校するなんて」


 掃除が始まってすぐに、机を片側には運びながら、琴波さんがゲンキングに話しかけた。

 たぶん彼女のことだから何気ない会話の言葉であろうことはわかる。


 しかし、それが別の意味も含んでいるように聞こえてしまうのは、俺の心が汚れてるせいなのか。

 実際、彼女ら二人は友達でもあり、恋敵でもあるわけだし、あながち間違ってないようにも感じてしまうのは気のせいじゃないだろう。


「そうだね。今日は珍しく早く起きたんだ。

 たまにあるじゃん、なんか妙に目が覚めること」


 その理由自体は、俺が朝早くにゲンキングと会った理由と同じだ。

 しかし、その裏に隠された本当の早起きの理由が違うことは知っている。


 もちろん、それも確かめたわけではないので、憶測の域は出ない。

 が、それでも二人の作り出す雰囲気が、その憶測が正しいことを語っていた。

 ちょっとした剣呑な空気に包まれ、俺は空気を読むように口を閉ざした。


「あー、あるある。うちも『明日土日とか今日は長く寝よう』とか思っても、いざ翌日を迎えれば、なぜかいつもより早く起きてる感じがあるし、そういう時に限ってあまり二度寝しようとは思えないんだよね」


「それは実に羨ましい。土日ほど寝てしまう私の病を治したい」


「それは単に徹夜してゲームしてるだけでは?」


「正論パンチやめてね」


 せっせと机を運ぶ最中に聞こえてくる二人の会話。

 その会話自体は、実に微笑ましいほど長閑に感じるものだ。

 きっと日常系の漫画ならこんな感じの会話がされるだろうことが、現実からわかる。


 しかし、それはあくまで耳を閉じた限りに生み出される現実だ。

 何を言っているかわからないと思うが、この光景を見たならすぐに肌で察する。

 だって、先ほどから二人が張り付けたような笑みで会話してるもの。


 関係性こそ知らなければ、笑顔で楽しそうに会話してるように思えるかもしれない。

 しかし、その逆である俺からすれば、互いに譲らぬ一進一退の攻防を繰り返してるようにしか見えない。


 なんというか、俺を取り巻く四人の中では、玲子さんと永久先輩がバチバチやってるイメージが強いけど、実はこっちもこっちでバチバチやってるんだよな.....頻度が少ないだけで。


「にしても最近、琴ちゃんって自分で動く事多くなったよね。

 前まではすぐに『莉子ちゃ~ん』って自陣の優秀なブレーンに頼ってるイメージあったけど」


「そうかな? 別に、そこまで変わった感じはないし、莉子ちゃんには常々お世話になってるよ。

 うん、それはもう......今やどれだけ負債を抱えてるのか。払えきれるのか」


「おっと、これは予期せぬ地雷を踏んだ気がする。ごめん」


「いや、これは自分が勝手に抱え込んだ借金だからお気になさらず......」


 空気の流れが一変して、バチバチからお通夜みたいな感じになった。

 もっとも、その空気を作り出したのは、琴波さん一人であるが。


 借金、借金ね.....リアルマネーじゃないことはわかるが、一体何をしてるのか。

 まぁ、そこら辺を俺が考えるのは逆に野暮ってものか。


 三人で始めた机運びもついに終盤に迫り、教卓側に全ての机が寄せられ、広々としたスペースが出来る。


 この空間を作るのは掃除以外で言えば、文化祭の演劇練習の時のみだ。

 そういや、演劇練習なぁ......あの時のゲンキングと琴波さんの動きには驚かされたものだよな。


 まさか隼人と結託して演目を私物化してしまうんだから。

 ただ、その全ての元凶が俺である以上、狂わせた彼女達に苦言を言う権利は俺にはないが。

 ちな、別の意味で先輩にも驚かされたけど。

 ともあれ――、


「このままじゃ、俺の予定も狂うしな.....」


 しゃべり続ける二人の様子を見ながら、俺はボソッと呟く。

 バレンタインという日に、あの四人は俺一人のために勇気を出してくれた。

 となれば、俺もその誠意に答える義務があると思う。

 いや、もはや使命と言っていい。


 最低でも、今日中に全員にお返しを渡す腹積もりでいる以上、出来ればゲンキングには時間を作ってもらいたい。


 琴波さんとて、そんな現場を堂々と目の前で見られたくないだろうし。

 ならばこそ、俺の方でもいい加減覚悟を決めねば。

 これぐらいは出来ないと、返答すら出来んだろうし。


「......ゲンキング、突然だけど悪い。三人分の飲み物を買って来てくれないか?」


「三人? 別にいいけど、どうして急に......ぁ」


 瞬間、言葉の裏に含めた意味に理解したのか、途端にゲンキングが不満そうな顔をする。

 その一方で、ゲンキングの表情を見て遅れて気づいた琴波さんが瞳をパァと輝かせた。


 そんな対照的な二人の反応に、俺の心はギリギリと締め付けらる。

 しかし、それを甘んじて受け入れながら、自分の財布から千円を取り出し、ゲンキングに渡した。


「頼む。誠意ぐらいはつけさせてくれ」


「『誠意』って言えば、人が動くと思ってるでしょ......全く。

 言っておくけど、拓ちゃんの誠意って全然誠意じゃないからね」


 そう文句を言いながらも、ゲンキングがサッと千円を手に取って、颯爽と歩き出した。

 そして最後に、教室のドアから出ていく瞬間にあっかんべーをすると、そのまま廊下に消える。


「あちらを立てれば、こちらが立たず.....わかってるつもりだよ」


 人には人の価値観があり、全員が同じ価値観でない以上、全ての人を満たせる需要はない。

 そんなことはわかってるし、いずれはその中から一つを選ばないといけないこともわかってる。

 でも――、


「唯華さん、少し話せる?」


 せめて今日ぐらいは俺にもカッコつけさせて欲しい。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)


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