第297話 お返しのホワイトデー#1
ついに迎えたホワイトデー当日。
つまり、今日が3月14日なのだが、結局俺が取った選択肢というのが既製品によるプレゼントだ。
どうして既製品にしようかと思ったのか。
その経緯は至極単純で、時間が足りないというものだ。
四人それぞれに違うお菓子を渡そうと考えた時、圧倒的に準備期間がない。
加えて、勇姫先生からホワイトデーのお返しの意味を貰ってしまった以上、それが頭から離れず悩ましてしまったのも原因だ。
俺の好意が、俺の特別が誰に向いているか。
俺自身すらわかっていないことを、特別な意味を持つお菓子を渡すわけにはいかなくて。
結果、既製品という手抜きみたいな手段に落ち着いてしまったわけで。
とはいえ、さすがに渡すお菓子に関してはちゃんと厳選した。
近くのスーパーやショッピングモールで売ってるヤツではなく、ネット上でオススメのお菓子を厳選に厳選を重ねて......と、言い訳っぽくなってしまうが、取れる手段は全て取ったつもりだ。
もっとも、「品」に関してはもはや何を送ったらいいかわからず、現地調達するつもりだ。
それに関しては、あまりにもセンスが問われる気がするし、失敗もしたくないと日寄った結果でもあるため、まぁ、あらゆる誹りは受ける予定だ。
ともあれ――、
「とりあえず、最初の一つは渡さなきゃな」
ササッと制服に着替え、足早に一階へ移動すると、リビングのドアを開ける。
直後、油が心地よく跳ねる音と、ジューシーなソーセージが焼けるニオイが耳と鼻を刺激した。
それらを確認した途端、お腹が急速に朝食の準備を始め、お腹の減りが一段と感じた。
そんな俺に対し、ドアが開いた音で気づいた母さんが顔だけをこちらに向け、
「拓ちゃん、おはよう。もう少しで出来上がるから待っててね」
「おはよう、母さん。うん、わかった」
それから数分後、食卓に朝食を並べていくと、二人で手を合わせて「いただきます」と食事の挨拶を済ませてから食べ始める。
そして、俺の右手に持つ端がすぐに動いたのは、先ほど俺の耳と鼻を犯してくれたソーセージ君である。
一口サイズに切られたそれを口の中に運ぶとパクリ。うむ、美味い!
「拓ちゃんが美味しそうに食べてくれて何よりよ。
あ、こっちの目玉焼きも上手く作れたから食べてみて!」
「うん、わかった」
そう返事して、卵焼きを白米の上にライオドオン。
それから黄身と白身を箸で切り崩し、醤油も塩もかけずあえてそのまま口に運ぶ。
瞬間、口の中に広がる外れの無いハーモニー。
白身の若干の焦げすらも素敵なアクセントに代わり、白米が進む進む。
そして、箸と口が動くままに夢中で朝食にがっついていると、突然母さんが口を開き、
「そういえば、今日はホワイトデーね。お返しの準備は出来てる?」
そう言った後、ズズッと味噌汁を飲み、それから一拍置く。
まるで返答を待っているかのような間に、俺は妙な感じがした。
というのも、母さんが俺が準備しているのを知らないはずがないのだ。
俺が勇姫先生からアドバイスを受けてからホワイトデーまで、そこまで期間は空いていない。
だから、急ピッチで準備を進めれば、当然配達の荷物の受け取りはほとんど母さんになるわけで。
加えて、あまりにも配達が多ければ、母さんも不審がるので説明しなければいけない。
となれば、これまた当然、俺が何を準備していたかバレるわけで。
「出来てるよ。っていうか、母さんの場合は、俺が渡すのを催促してるだけじゃない?」
「あ、バレちゃった?」
そう指摘すれば、母さんは悪びれず少女のような笑みを浮かべる。
相変わらずいつになっても茶目っ気が抜けない人であるようだ。
ともあれ、そんな距離感にすっかり慣れてしまっているのが息子の俺である。
「そりゃわかるよ、息子のホワイトデーなんて多分大抵の親は興味ないよ。
それこそ、当事者でもない限りね。むしろ、うちは珍しい部類だと思うよ」
「そうかしら? まぁ、よそのご家庭の事情はともかく、うちは仲良しだからいいの。
それに、今の拓ちゃんの状態を気にするなっていう方が難しくない?」
「それはそうかも.....」
どこのご家庭の息子が学園ハーレムの主人公やってんだって話だよな。
しかも、ラブコメの主人公にありそうな典型的なフツメンでもなければ、むしろ小太りという。
俺が知ってるローファンのラノベ主人公ですら、ゲーム世界では活躍の場があったぞ。
まぁ、そういう意味ではこっちも人生のやり直しという摩訶不思議な現象を体験中なわけだけど。
「で、拓ちゃん、何を渡してくれるの?」
「もはや剛速球でいっそ清々しいよ。
というか、普通に冷蔵庫に入れてあるから後で好きに食べたらいいのに。
なんだったら、届いたその日から渡すのが決まってたんだから食べてよかったのに」
「何言ってるの、こういうのはムードが大事でしょ?
ホワイトデーの日、愛する息子からの素敵なプレゼントを渡される母。
二人のムードは一気に高まり、男女二人何も起きないはずもなく――」
「そこで何か起きたら、俺怖いよ」
「それはそうね」
自分で思いっきりボケておきながら急にスンと冷めるなよ。
というか、昼ドラをこよなく愛する母さんからして、何とも乙女回路なことか。
いや、違うか、これがある意味正常な回路かもしれない。
だって、この人が昼ドラを見てる理由が「たまに苦いものを食べたくなるアレと同じ」って理由だし。
内心では、ドラマの内容見て「こいつらヤベェ」って思ってるらしいし。
と、そんな母さんの昼ドラ事情はともかく――、
「今、取ってくるよ。大人しく待ってて」
「はーい!」
ホワイトデーだからなのか、朝から元気な母さんが大きく手を挙げて返事をする。
人によっては痛々しい母親に映るかもしれないが、俺からはその姿が少し嬉しい。
だって、俺も母さんにちゃんと向き合えてる気がするから。
冷蔵庫に移動すると、扉を開けば目立つように主張する白い箱がある。
ホールケーキを一回りほど小さくしたぐらいのサイズのそれを手に取ると、食卓に運んだ。
食卓は真ん中を開けるように、母さんによって食器が全て移動されており、そこに置いてくれと言わんばかりに母さんが目を輝かせる。
先程は乙女と思っていたが、もしかするともう少し精神年齢が退行してるかもしれない。
そんなことを思いつつ、俺は食卓に箱を置くと、早速中をオープン。
白い箱から輝かしい光を放って現れるは――バウムクーヘンだ。
「わぁ、バウムクーヘン! しかも、この箱って中島屋のものじゃない!」
中島屋とは、バウムクーヘンで有名なお店である。
とはいえ、母さんは受け取った時点で知ってるわけで、実に白々しい初見反応だ。
中島屋の時点である程度想像ついていただろうに。
「拓ちゃんがまさかこんな素敵なプレゼントをくれるなんて。
にしても、どうしてバウムクーヘンなの?」
「そ、それは......なんかめっちゃいいのあったから。それに、自分も食べたくなって」
「ふふっ、そっか。てっきりお父さんの真似をしたのかと思ったわ。
でも、話したことないから不思議だなとは思ってたのよ」
「父さんの真似?」
「昔、お父さんもホワイトデーのお返しにバウムクーヘンをくれたってだけの話よ。
ましてや、言い訳もおんなじ......血は繋がってるものねぇ」
意外な事実に、俺は母さんを見ながら瞠目する。
一方で、そうしみじみと語る母さんの瞳は僅かに揺れていた。
瞳にバウムクーヘン以外にも何か映っているような気がしたが、詮索するのは野暮な気がするのでやめておこう。
「あ、そういえば、知ってる?
バウムクーヘンのホワイトデーでの意味、確か『長く続く幸せ』って意味よ。
だから、お父さんはこれにしたのかも.....って少し思っちゃったりして」
「......そうなんだ」
まぁ実際、意味から探してバウムクーヘンに辿り着いたわけで。
そう考えると、写真でしか見たと来ない父さんも似たようなことしたのかもな。
にしても、勇姫先生の言う通り、ホワイトデーの意味をキッチリ知ってたよ。
本当にあざっす! これからも一生ついていきます!
「さ、早く朝食食べてデザート食べちゃいましょ!」
「気に入ってもらえて何よりだよ」
そう言って、母さんはいつもよりがっついて朝食を食べ始めた。
そんな母さんの姿を見て、俺は少しだけ心が救われたように気持ちが晴れたのだった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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