第294話 先生のお言葉
場所は依然としてスーパーだ。
とはいえ、立ち話もなんなので、店内を巡りながら話を詰めていく。
と、その前に、
「そういえば、四人お返しする前提で話を始めたけど、勇姫先生にも返さなきゃだよな。
勇姫先生はどういう風の好きなんだ?」
「私は別にいいわよ。お返し目的に渡したわけじゃないし。
それに、義理でも渡さなきゃ気持ちが落ち着かなかったから渡しただけよ」
「なら、それは今の俺も同じ気持ちだ。渡さなきゃ気が済まない。
それこそ、フィットネスコーチとしてお世話になってるわけだし」
遠慮がちな姿勢の勇姫先生に、俺が頑として言うと、「そ、そう?」と理解はしてくれた。
しかし、今の反応は割と本気でお返しとか意識してなかった感じだったな。
まぁ、それが勇姫先生らしいと言えるが。
「......ハァ、わかったわ。なら、実用性のあるものにして。
こちとら、予定外のカロリーの摂取は許容してないのよ」
「わかった。考えておくよ」
そう言いながら、勇姫先生から渡されたものを思い出してみる。
確か、あの時も勇姫先生は永久先輩と同じ「物」だったんだよな。
タオルにポケットがあって、そこに保冷剤とか入れられるやつ。
タオルがヒンヤリ、首にかけてヒンヤリと実に体温が高い俺にはありがたい品であった。
だから、勇姫先生にもそういう系統のものを考えておこう。
そう思案する俺の横を、勇姫先生は横目で様子を確認しながら、
「でも、今は例の四人のことを考えておきなさい。
目的を定めないと取っ散らかっちゃうでしょ?
特に、あんたは無駄に考え事を増やすタイプだから、悩むなら私が居ない時にして」
「りょ、了解です」
表情から俺の思考を読み取ったように、勇姫先生はピシャリと言った。
なんとも合理的な彼女らしい考え方だ。
しかし、そもそも時間を作ってもらったのは四人の相談なわけで。
となると、その目的を終えなければ、イタズラに時間を奪うだけの結果に終わってしまう。
それはさすがに俺もしたくないので、頭の片隅に入れて、今は意識を切り替えよう。
「で、まずは確認なんだけど、あんたは現状どう思ってるの?」
決意を新たにした俺を見て、勇姫先生が話題を振る。
現状どう思ってるか......つまり、今の四人に対する俺の気持ちということか。
まぁ、勇姫先生も俺の動向を追ってくれてるわけで、外側の様子なら理解してるけど、俺個人としての気持ちを知らなければアドバイスも出来ないってことね。
だとすれば、現状の結論は一つしかない。
「正直、まだ決まってるわけじゃない。なまじ一緒に作った思い出がそれぞれ大きすぎて、それがその人の魅力を形作ってる感じで......誰が一番とかは」
「......そう。ま、でなきゃ、今もあんなじれったい修羅場なんて形成されないものね。
そんで、あんたは無駄に誠実であり続けようとするから余計に拗らす」
「無駄って......容赦なさすぎない?」
「無駄は無駄でしょ。それに、『誠実』ってのもキレイに着飾って言った方よ。
誠実な奴ほど、本来なら今も状況に許容できない。罪悪感が勝つから。
だから、そもそもこういった関係性は早々に崩れる。鈍感でもないならね。
でも、あんたの場合は、気付く前に関係性が形成された感じだから......同情はするけどね」
バッサリと言い切る勇姫先生の言葉に、俺はぐうの音も出ない。
でも、確かに、そうだ。
そもそも好意うんぬんあって、それで誠実を貫こうとすれば、すぐに一人を選ぶ。
相手が自分に好意を寄せているんじゃないかと疑える感性があるなら尚更。
それでも、こうなってしまったのは俺の怠慢であり、落ち度でもある。
「無駄」という言葉もまんま言葉の通りだ。
「ま、でも、不誠実な関係性でも誠実を貫く姿勢は評価するわ。
それが下手に女の機微に敏感なクソ野郎であれば、相手を全員沼らせメンヘラ化させて、包丁持った女達にめった刺しエンドだろうからね」
「意地でも通りたくないバッドエンドだな。幸い、俺にはそういう甲斐性ないけど」
「そう? 若干、怪しい領域には来てるけど。
あの程度に済んでるのは、あんたの周りが全員認知済みの了承済みだからよ。
つまり、一時的に許容されたハーレムだからこそ。それを忘れたら不味いわよ?」
「それは確かに......」
思い返してみれば、クリスマスの時に「この一年で自分の気持ちにケジメをつけて、一人を選べ」的なことも言われてたしな。
もちろん、今の関係をズルズル引っ張るつもりはないけど、もう少しちゃんと自分の気持ちにも向き合わないとダメだよな。
しかし、それが難しい。どの子達もそれぞれの魅力があって。
それこそ、自分の体が一つであることがもどかしく感じてしまう。
もしこの体が四人に分裂したのなら、どうなっていたのか。
あぁ、クソ、なんと強欲な考えだろうか。いかんな、この考えは。
己のクソッたれな感がを払拭するように、俺は首を横に振る。
そんな俺に対し、隣の勇姫先生がため息を吐けば、
「こっちを向きなさい」
「あ、はい――痛っ!?」
勇姫先生に顔を向けた瞬間、思いっきりデコピンされた。
彼女の付け爪の尖った先端が若干ひっかくようになって衝撃とダブルで痛い。
痛みが走る額を抑え、突然のことに瞠目して彼女を見れば、
「今更、悩むな」
と、一刀両断する切れ味をもった言葉でバッサリ斬られた。
それから、勇姫先生は俺に向けて「いい?」と人差し指を向けると、
「あんたは状況が恵まれてるだけのクソ野郎。それをまず自覚しなさい。
だけど、誠実であろうと目指しているから、周りが甘やかしてるだけ。
だったら、そんな自己嫌悪に悩ます時間があるなら、少しでも相手のこと考えろ」
「......」
「返事は?」
「え.....あ、はい」
「んでもって、今のあんたのやることは何?
バレンタインデーのお返しをどうするかってことでしょ?
でも、自分じゃ上手く考えが整理できないから、たまたま出会った私を頼った。違う?」
「そうです」
「私は関係性を確認するために質問し、それにあんたは『一番は居ない』と答えた。
なら、そこで話は終わりのはずよ。
確かに、話を脱線させた落ち度は私にもあるけど、そもそもの目的を見失うな」
「はい、了解です......」
若干捲し立てるような勇姫先生の言い分に、俺が出来たのはただの返事。
それも、一切の否定の意味は含まれない。
仮に、反論しようものなら、もっと熱量ある言葉で論破されていただろう。
もっとも、反論の余地もないが。
なんたって、勇姫先生は最初の方にちゃんと釘を刺していた。
自分が付き合うのは、バレンタインに求めるアドバイスを送ることだけで、悩むなら勝手に悩めと。
それを破って勝手に自己嫌悪して、それを指摘されてるのだから、目も当てられない。
だからこそ、防御も出来なかった体に言葉のストレートパンチが来たわけで。
その結果、固まる俺を見て、勇姫先生はため息を吐き、
「時間は有限。私もいつまでもあんたと付き合えるわけでも、付き合うわけでもない。
それを考えて、意識して次から行動しなさい。返事は?」
「イエス、マム」
「......まぁ、いいわ」
思わず出てしまった敬礼と言葉に、勇姫先生は目を細めながらも矛を収めてくれた。
その明らかな緊迫した雰囲気の鎮静化に、俺もホッと胸を撫で下ろす。
それと同時に、こうも思った――隼人、お前は良い人を捕まえたかもしれないぞ、と。
ともあれ――、
「なら、他に確認しておきたいことはありますか?」
「いいわよ、そんな口調まで丁寧にしなくて。
でもそうね......なら、いくつか質問に答えてもらおうかな。
さすがに外野からじゃ客観的なことしか見えないし」
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