第293話 結局頼りになる人には変わりない
俺の長かった学校生活もついに三月に入り、二週間後ぐらいには新学期を迎える。
そんなことを思うととつい考えてしまうのだ――
「ホワイトデーどうしよう......!」
来たる3月14日、バレンタインデーと対となるイベント日――ホワイトデー。
やることはバレンタインデーの逆で、バレンタインデーのお返しみたいな意味合いがある。
そう、お返しだ。
つまり、俺はこれから渡してくれた四人、否、八人のお返しを考えなければいけない。
八人? と疑問に思うかもしれないが、なに簡単な話だ。
俺がチョコを貰ったのは例の四人ではないということだ。
バレンタインデーが終わった翌日、実は勇姫先生、椎名さん、柊さんからも義理チョコをもらっていた。
正直、貰えることは期待してなかったから、貰えた時はビックリしたけどね。
その中でも、柊さんが含まれてたのは一番の驚きだったけど。
ちなみに、最後の一人は当日にくれた我が母である。
ともあれ、俺はその三人からもチョコを貰っていることは事実で、そのお返しを考えなければいけない。
ただ、今まで母親を除けばゼロだった俺にお返しで思いつくものは何もなく。
既製品のチョコを買うのか、全員統一の手作りチョコを渡すのか、はたまた一人一人に考えて手作りお菓子を渡すのか。
一応、料理を始めてからかれこれ半年以上経過するから、料理の手際は良いと言える。
だから、お菓子作りを始めれば、それなりの完成度で作れるだろう。
しかし、肝心の何を作るかは何も思い浮かばない。
「う~ん」
だから、そのヒントを得るために少しでも街を繰り出し、当たりを見渡してるわけだが。
シーズン的にホワイトデーで街は色づいて、こと品を探す分には申し分ない。
問題は、俺自身が納得していないのと、好みを意外と知らないということ。
「基本的には前回くれたお菓子をそのままお返しする感じでいるが......いや、それだと手抜きだと思われないか?
それに、そうすると仮定してしても、既製品と手作りとじゃ今後の予定が大きく変わる」
一応、バレンタインデーの日に貰ったお菓子がどんな種類かは、過去の俺がホワイトデーに備えてメモっていたので種類はわかる。
わかるがしかし、そんな安直でいいのか、気持ちをお返しするのはそんなんじゃ足りないか、と思ったり思わなかったり思い過ぎていたり。
とりあえず、近くのスーパーで下見をしているが、やはりこういう場所じゃ味気ないな。
やっぱり俺の答えを知っているのは駅前のショッピングモールしかないか。
よし、そうと決まれば行こう。と、行動を映したその時――
「あ、早川じゃん」
背後から聞こえてきた声に、俺の出口に向かおうとしていた足は止まる。
同時に、敬愛する師の声に先程の低かったテンションが嘘のようにぶち上がった。
すぐさま振り返り、背後にいる人物の声に反応するように、
「勇姫先生じゃないか!」
「あんた、人前で大きな声出すんじゃないわよ。
っていうか、人の顔見てそんなに嬉しそうな顔をしないでもらえる?
別に嫌とかじゃないけど、あんたの場合は周囲が怖いのよ」
俺の主人に懐く犬のような行動に、勇姫先生は一切隠すことなく顔をしかめた。
相変わらずのサッパリとした塩対応、実に勇姫先生らしい。
それが俺にとってはむしろありがたくて、いや~顔を見ると実に安心する。
「ねぇ、人の顔見てニタニタしないでもらえる。キモいんだけど」
「うんうん、この感じだ。
一時は俺に気を遣っていた感じだったけど、また初期のような無遠慮感が出てきた。
とはいえ、何も知らなかった時の俺とは違うから、そう考えるとこの感じも新鮮でいいかもしれない」
「は? 何言ってんの?」
気持ち悪いことを語る俺に対し、勇姫先生は遠慮なく眉根を寄せていた。
表情は明らかに不快なものを見る目だ。しかし、不思議と悪くない。
いや、それは俺はMだからというわけではなく、この距離間に嬉しいのであって。
とはいえ、いつまでもこの態度だと本気でキモがられそうなので、一旦ここでストップ。
心の荒ぶる波を静めると、俺は勇姫先生に声をかけてきた理由を尋ねる。
「で、急に声をかけてきてどうしたんだ?」
「急にスッとなるな。それはそれで怖いわよ。
それに、別に大した理由じゃないわ。あんたがいたから声をかけただけよ」
「勇姫先生......!」
「今度は急にフッと沸くな。テンションのふり幅おかしいのよ。
いちいちそんな反応されるんだったら、今度から見かけても声かけないわよ」
「それは止めてください。命に関わります」
「なんだコイツ.....」
ベクトルは違えど、勇姫先生に抱く熱量はあの四人と同じ。
急に勇姫先生に疎遠にされては、きっと過呼吸で倒れるだろう。
だからこそ、これ以上は一旦落ち着かねば。ひーひーふー。
一回、二回と深呼吸をし、荒ぶる心の波が凪になるように意識。
完全に静めることは難しかったが、ひとまず正常に離せるぐらいにはなったか。
「それで、勇姫先生は買い物か?」
「それはこっちが先に聞こうと思ってたんだけど......まぁいいわ。
そうね、久々に一人だから何かお菓子でも作ってみようかなって」
「え、勇姫先生ってお菓子も作れるのか?」
「何、そんな女子力無いと思われていたわけ?」
「そんな邪推しないでくれよ。単に驚いただけだし、むしろありがたいんだ」
「ありがたい?」
食って掛かるような勇姫先生の態度であるが、俺は特に気にせず事情説明。
当然、話す内容はバレンタインデーのことで、正直にありのままをぶっちゃけた。
今更、勇姫先生に隠し事することなんてないしね。
その内容に対し、腕を組んだ勇姫先生は小さく頷き、
「......なるほどね、それであんたは今ここにいると。
でも、種類とか数とかでいえば、やっぱり駅前の方があるわよ。
あたしは単に自分用に作ろうと思っていただけだし」
「隼人にあげるんじゃないのか?」
「隼人君はお菓子自体が苦手みたいね。
でも、あげれば一応食べてくれるから、そのうちお菓子好きにさせるわ。
そうなれば、いずれスイーツ巡りとかも誘いやすいし」
相手が食べてくれるなら、こちらから引く気はないと。
なんとも勇姫先生らしい強気な行動だ。しかも、あの隼人相手に。
是非とも頑張ってもらいたいところだ。俺は隼人の全面的な負けを望む。
「是非とも二人の写真を送ってくれ」
「えぇ、写真も苦手らしいからそっちも克服させるわ」
そう言って、打倒隼人に燃える勇姫先生。
恐らく、こういう野心的な一面が隼人に刺さったんだろうな。
アイツの好みって、悪い良い方すれば、音の出るおもちゃが好きだし。
ともあれ――、
「あの、実は折り入って相談がありまして......」
「バレンタインデーに贈るものを一緒に考えて欲しいってこと?」
「話が早くて助かります」
そう、俺が勇姫先生のお菓子作りに過剰反応したのは、彼女に相談できると思ったからだ。
女子のことを考えるとすれば、やはり女子から聞くのが一番だろう。
加えて、彼女に限っては、隼人の彼女であることはあの四人も知っているので、仮に一緒に行動していても疑われまい。
もっと言えば、俺自身が彼女のファンであることを公言しているので。
そんな俺のお願いに対し、腕を組んだ姿勢のまま勇姫先生が目線を移動させる。
僅かな時間、考える仕草を見せた後、最終的にため息を吐くと、
「仕方ないわね、不肖な教え子の悩みを聞いてあげるのも先生ってものよね。
このあたしの貴重な時間を奪おうってんだから、しっかりと学んでいきなさい」
と、気持ちのいい返答をしてくれた勇姫先生だった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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