第290話 自爆は爆発しないと救われない
先輩とのデート、初っ端から前途多難な感覚を味わいつつもようやく始まる。
とはいえ、相変わらずどこへ行くか判然としないので、そこだけは明らかにしたいところ。
相変わらず左手にこそばゆい小さな手の感触に意識が向きそうになりながら、俺はできるだけ表情に出ないように努めて聞く。
「んで、結局どこへ行くんですか?」
「それは一緒に来てからのお楽しみよ。
それともあらかじめ言っておかないと不安で仕方ないって感じかしら?」
「そうじゃないですけど......それにその言い方はズルいですよ」
今更、俺が先輩を信用しないなんてありえない。
それは先輩からの好意を自覚してるからという理由ではなく、純粋な積み上げてきた関係値だ。
それを考えれば、先輩が俺に対してどうこうしようとは思わないはず......たぶん。
この「たぶん」というのはアレだ、先輩の小悪魔的なムーブへの警戒だ。
そんな俺の気持ちをよそに、先輩は周囲を見て口を開き、
「そういえば、こうして休日に出かけるのってなんだか新鮮ね。
ほら、普段は放課後の空き教室という限定的な時間で逢瀬を重ねてる感じじゃない?」
「逢瀬ってなんか妙にいやらしい表現してません?」
「文学的な表現をしていると言って欲しいわね。
ともかく、そこで過ごす時間の方が多いから普段のあなたを見ることが無いの。
だから、そうね......私はあなたの服装は嫌いじゃないわ」
「――っ」
あまりにストレートな誉め言葉に、俺の喉が小さく鳴った。
プロ野球選手の剛速球を鳩尾で受け止めたような衝撃が駆け抜ける。
正直、こちらから女子の服装を褒めるという意識はあっても、逆は無かった。
だからか、妙なカウンターを貰ったような気分でむずがゆい変な感じ。
つーか、そういえば、俺は先輩の服褒めてねぇ!
「せ、先輩の服も普段見ない感じで俺は良いと思います!」
「別にそれを催促したわけでないのだけど、まぁいいわ。
ありがとう、でももう少し早ければ私の好感度にプラス補正がかかってたわ」
「そ、そうなんですか......」
「そこは『もう先輩の好感度はカンストしてるから意味ないでしょ』とかってツッコまないと」
「先輩、俺はそんなにキザ野郎じゃないです」
いや、キザ野郎以前に俺のビジュアルでやったら気持ち悪いだろう。
イケメンでなければ公然わいせつ罪になる類の発言だからね、それ。
まぁ、先輩も期待してなかった感じで、すました顔をしてるけど。
......それはそれでなんだかムカつく。先輩に優位を取られる続けるのは。
そう思った瞬間、俺はその場に立ち止まり、先に進む先輩の右手を引いた。
瞬間、伸びた右腕によって先輩が一瞬つんのめり、怪訝な顔そして振り返る。
「どうしたの?」
綺麗に整った眉根が中央に寄り、先輩の首を傾げる姿は服装も相まって幼い可愛らしさが滲み出る。
されど、真っ直ぐ視線を飛ばす利己的な瞳が大人びた少女の要素をプラスした。
そんな西洋人形も羨む造形美に見つめられれば、俺のちっぽけな復讐心も容易く瓦解する。
白いものを汚したいとか、そんな癖はないが、やられっぱなしは癪だ。
だから、そういう気概で挑もうと思ったけど、それすらも甘かった気がする。
これから言おうとする言葉への恥ずかしさが勝り、体に余計な熱が帯びた。
しかし、もうここまで来たなら言わなければ、この気持ちを抱えることになる。
あぁ、なんか先輩が自爆特攻してる気持ちが少しわかった気がする。
出すもんは出さないと気が落ち着かねぇんだな。
「先輩......」
「――?」
「でも、なんだかんだ言って先輩は俺のことが好きなんですよね?」
「――!」
本来なら口に出す必要のない言葉、俺が口にするにはおこがましい言葉。
それは重々承知しているし、実際その通りだと思うので何も反論できない。
そこに先輩なら大丈夫という多少の打算があったとしてもだ。
普段の俺なら言うことは絶対ない言葉を聞き、先輩の目が剥かれた。
わかりやすいほど「予想外」という表情が伝わってくる。
なんなら、頭の上にその言葉が飛び出しているようにすら感じる。
瞼を大きく開く先輩、しかし次第にその開きも小さくなり、
「......本当にどうしたの?」
ちょっとガチめな心配をされた。解せない。
いやまぁ、気持ちはわかるんだけど、そこまで綺麗に滑ると思ってなかったと言いますか。
えぇ、はい、ちょっとばかし先輩が反応することを期待してましたよ! チクショウ!
これじゃただ自爆しただけじゃねぇか! 一番見るに堪えないやつ!
その感想は行動を伴い、俺はいつの間にか両手で顔を覆っていた。
痛い、もう周囲からの視線が痛い。たぶん誰も見てないのはわかってる。
自意識過剰なのはわかってる。けど、痛い。目が開けられない。
「拓海君......あなた、もしかしてワタシをからかいたかったの?」
「ぅぐ」
的確な指摘に、肩をビクッと震わせて反応してしまった。
こんなのもはや肯定しているようなものだ。余計に恥ずかしい。
暗闇の中で何も見えないが、代わりに聴覚が敏感になって、傍らからため息が聞こえる。
それが誰かなんて今更明かす必要もないだろう。
「あなたはそういうタイプじゃないでしょう。
むしろ、素でやるタイプだから厄介というか......」
後半は煩雑とした人込みの騒音で聞こえなかったが、前半だけ考えればイエスだ。
俺は自分の立ち位置を理解しているので、そういうことを言うタイプではありません。
なんだったら、根は陰キャオタクに変わりないので、口にしようとも思いません。
にもかかわらず、今こうしてやってしまった事実。たぶん浮かれてたんだろうな。
「ともかく、キャラじゃないから止めておきなさい。
そ・れ・に! 他の女子も大いに戸惑うことになるから止めた方がいいわ」
「肝に銘じておきます」
「えぇ、そうしておきなさい。
それでもやりたくなったら、その.....ワタシだけにしておきなさい。
ワタシなら寛容な心で受け止めてあげるから、ダメージが少なくて済むわよ」
それ、結局自爆してるってことじゃないか?
え、俺、失敗ルートしか残されてないの?
だったら、やらんて。先輩の言う通り、俺のキャラじゃないし。
「ほら、さっさと行くわよ。余計な時間を使わせないで」
「あ、はい......」
左手が奪われ、天岩戸が開かれたように視界に光が差し込む。
少し前まで暗闇だった中からの光だもんで少し目が焼ける。眩しい。
そんな俺に構わず先輩は左手を引っ張り、若干をこけそうになりながら前に進む俺。
左手を握る先輩の右手はいつのまにか、また恋人繋ぎの形になっている。
もはやこれが当たり前のように。
「......」
先程までの楽し気な雰囲気はどこへやら、今の先輩は歩くペースが少し早い。
それこそ、俺も少し大股で歩かなければペースが合わないほどに。
それほどまで目的地に急いでいるのか。それとも予約してるとか?
いや、だとすれば、先輩が情報共有しないのはおかしい――くもないか。
目的地を明かさないのはサプライズの意味合いも含まってそうだし。
「いや」
そう思ったのも束の間、俺の視線が少し前の先輩を捉えた時、その認識が変わる。
それは先輩の耳だ。そこが赤い。もしかして......思ったよりもダメージ入ってた?
本当にそうなのか、俺がそう思いたくて目を曇らせてるのかわからない。
しかし、心の安定のためにそう思うことにしよう。うん、そうしよう。
「着いたわ」
俺が自分のことに手一杯の間に、どうやら目的地に着いたらしい。
どこだろうと顔を上げれば、そこにあるのは大型商業施設である――
「ラウン〇ワン」
着いた場所は、おおよそ先輩とは縁遠いと思ってた場所だった。
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