第288話 一概に否定できないのがなんとも
俺の半年以上を刻んだ思い出の空き教室。
そこで行われた事実を思い返せば、基本適当に過ごし、時折永久先輩と話していただけだ。
先輩も自前のパソコンで変わらず連載を続けているラブコメの執筆.....と変わらぬ日常だった。
そんな俺達の間に起きた突然のラッキースケベという変革。
それに伴う先輩の自分の容姿を尋ねる意味深な質問は一体俺に何を求めているのか。
直観的にわかるのは「流れが変わったな」と漠然とした雰囲気のみだ。
「......ちょっと何を黙ってるのよ」
思考に遅延でグルグルとしていると、先輩が赤ら顔で尋ねる。
身長差もあって、それでいて顔を少し俯かせての上目遣いの威力は超絶だ。
加えて、見た目の可愛さに、濡れ髪というバフも加わってるのでオーバーキルも甚だしい。
それこそ、俺達の立場が彼氏彼女であれば、可愛さに抱きしめて撫でまわしていただろう幻想が頭の中をよぎるぐらいには。
とはいえ――、
「冗談、ですよね......?」
あの言葉を正面から聞いて聞き逃せるほど鈍感も極まっていない。
いや、そもそもあの構図ならどんな鈍感系でも気付くだろう。
そして、漏れなく俺と同じ反応をすると思う。
「冗談に見える?」
少しだけのどが渇く感覚を味わっていると、先輩は質問を質問で返した。
いや、それは質問で返すという「答え」だ。そして、その答えを是とした。
つまり、俺には質問に答える義務が発生した。
即ち――、
『だから、それとは別で聞かせて欲しいの。私の体を見てどう思ったのか』
これが先輩が俺に問いかけた内容の全て。
あまりにも短く、鋭く、俺の内に秘める好意を丸裸にしようとする質問。
状況が状況だけに意図せずって可能性もなくもないが――、
「先輩はどうしてそんなことを?」
あの状況、普通なら怒って然るべきなはずだ。
なんたって、俺は先輩の下着姿を無断で見てしまったのだから。
合意であればいいという話でもないが。
しかし、先輩は圧倒的に優位な立場にいながら、独特な解釈で怒りの矛を下げてくれた。
そうまでした先輩がわざわざ聞くなんて、俺にはわから――
「――私はね、自分の魅力というものが無いと思うの」
ない、と考えた俺の思考を遮るように、自分の両腕を抱いて先輩がしゃべった。
表情にはさきほどの恥じらいはなく、向けていた視線も力なく下がって目が合わない。
「これまで自分の容姿についてそこまで考えたことなかった。
結局、この世界は能力主義で、運動能力で自分の人生を切り開こうとしているわけじゃないんだから、自分の容姿がたとえどんなものであろうと関係ない。
もちろん、気を遣っていた方が、第一印象という受けがいいのは理解していても」
言わんとすることはわかる。
プログラミングスキルに身体能力の高さは関係ない。
容姿が頭脳の高さに直結しない以上、容姿には当然無頓着になる。
「だから、気にしてなかったし、これからも気にする必要はないと思ってた――今までは」
先輩の最後の言葉が、凪の水面に水滴が落ちて波紋を広げるように空気を波打たせた。
その空気の変転の原因が俺であるということを暗に示しているようで。
「無縁だと思っていたこの容姿に対して、私は気を遣わなくてはいけなくなった。
これがもし他に誰もいない状態であれば、もう少しメンタル的にマシだったかもしれない」
そこで言葉を区切り、先輩が一度瞑目する。
そのまぶたの裏に何を思い浮かべているのか、普通ならわからないだろう。
しかし、当事者と関りが深い俺には、なんとなく誰を思い浮かべてるかわかった。
そして、そんな俺の理解したことを言葉にするように、先輩は「でも」と言葉を続け、
「私の周りには久川さんや元気さん、東大寺さんと魅力的な子達がいる。
あの子達が一個下という現実に、今でも不思議な気持ちを抱えているわ。
いえ、違う、わかってる。まさか、女性的魅力を、この私が妬む日が来ようなんてね」
女性的魅力の基準を俺ごときが語るのは大変おこがましいが、ひいき目とか、忖度抜きの思考で感想を言うならば、先輩の容姿は女性的三人に劣る。
もちろん、その女性的魅力というのは人によって価値観が違うのは理解している。
それこそ、男視点と女視点では天と地ほどの開きがあるのかもしれない。
だから、あくまで俺が先輩の思考をトレースしたなら、先輩の女性的魅力は正しく「肉付き」を示しているのだろう。
それを踏まえて意見を展開するならば、先輩の容姿は身長が低ければ、胸だって控えめ。
身体能力も決して高いとは言えず、特筆して「肉付き」がいいわけではない。
ただ、本当に身長の低い女の子というだけなのだ。
「私は自分の容姿が、とりわけ魅了できるものではないと思ってる」
だからこそ、先輩は――
「でも、それはあくまで私の意見。だから、聞かせて欲しいの――あなたの意見を」
俺に求めている――俺だけの価値観を。
真っ直ぐと向ける双眸に、嘘でも冗談でもない感情を乗せて。
自分の容姿に対して、先輩は自信も持っていない。
容姿が恋愛においてどれだけの武器になるか正確に理解しているから。
しかし、その武器も人によっては特攻性能は違う。
明かるい子やクールな子といった内面で価値を見出す人もいれば、巨乳好きやももムチ好きといった外面で価値を見出す人がいる。
それこそ、その価値の数は千差万別であり、区別なんてできない。
だから、先輩は自分の容姿が俺の価値に見合うのか確かめたいのだ。
だって場合によれば、四番手で走っていた所から一番手に躍り出る可能性もあるのだから。
自分が有利と思っている時に、相手の弱点を突いてる時に攻めるのが一番。
それは純粋に戦おうと思うのならば、正々堂々よりも明白な真理だ。
「あなたは、私をどう見たの?」
前半で一度区切り、口を強く結んでから、それでも後半の質問を伝えた。
先輩は退かない選択肢を取った。どんな意見でも受け止めると。
なんだか甘い雰囲気になりそうだと思って身構えていた俺からすれば、とんでもない空気の変化だ。
甘いどころか、まさかシリアスモードに突入するなんて思わないだろう。
ともかく、先輩が勇気を出した質問に対し、俺は答えを言わなければいけない。
俺が持つ価値の、俺が持つ考えの、俺だけしか持ちえない答えを。
んで、俺がその答えを言うとすれば――、
「先輩は可愛いです。それが容姿も含めて。
それに、最低ながら思わぬ一面を見れてラッキーとも思いました」
「.......」
これは紛れもなく本心だ。
確かに、先輩の下着を見てしまった動揺はある。
それに必死に思考の外に追いやろうとしていた。
でも、好意を寄せてくれてる子を意識しないの無理だし、なにより先輩は美少女だ。
しかし、俺はその思考に区切りをつけ、「でも」と言葉を発すると、
「容姿で言うなら、玲子さんもゲンキングも琴波さんも好きです」
最低なことを言ってる自覚はある。
しかし、偽らざる本心を語ろうとした時、どうしてもそうなってしまう。
本をタイトルで買ってしまうように、ゲームをパッケージを見て手に取ってしまうように、SNSに流れる野良絵師さんのオリジナルキャラに「いいね」してしまうように、ビジュアルでの好みを完璧に否定できない。
どれだけ内面で好みを選ぼうとも、外面を一切排除することはできない。
だからこそ、俺自身も太っているビジュアルを変えようと鋭意努力中だ。
そう考えると、俺に好意を寄せてくれてる彼女達は例外になってしまうかもしれない。
けど、俺はそれは違うと思う。いや、思いたい、か。
彼女達の俺に対する好意は、外面への嫌悪を内面への好意で塗り潰してくれたんだって。
「あばたのえくぼ」とあるように、今だけバフ効果が乗っかってるだけなのだと。
ともかく、それが俺の持ち得る答えであり、偽らざる本心だ。
と、本来なら長ったらしく語って見せるべきなのだが、たぶん先輩なら言わずともわかる。
だって、俺以上に俺の内面を見てくれた人なんだから。
「......でしょうね」
俺の言葉を聞き、先輩は一つ息を吐いて返事をした。
瞑目するその姿は、まるで最初から答えがわかっていたかのようで。
無駄足だったとばかりの印象が伝わってくる。
「あなたがビジュアル重視の変態なら、今頃好みの女の子は盛った獣のように襲い掛かってるでしょうからね」
「俺はそんなに節操無しじゃないですよ」
「今の状況がそれを言う? キープ状態が黙認されてるからって」
「そ、それは結果的にそうなったと言いますか......」
シリアスの雰囲気が霧散し、代わりに先輩らしい毒舌が帰ってくる。
先輩の見せる表情も硬さがなくなり、俺が苦手とする邪気を帯びた笑みになった。
そして、先輩は大きくため息を吐くと、
「ま、まだほぼ横並びって状況は安堵すべきかもね。
ただ、それもいつ崩れるかわかったものじゃない。相手が相手だから」
「先輩?」
「というわけで、今週末空けておきなさい。拒否権はないわよ」
そう向ける小悪魔的な笑みは、まるでこれまでの流れ全てがここに集結するためだったと思わせるようで......え、嘘だよね?
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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