第287話 ちょっと風が強いですね
学校の旧校舎......アニメや漫画ではよく怪談話の舞台となり、通常生徒は近づかないという設定だが、やはり現実は現実なわけで。
その場所は、通常授業としての使用頻度は少ないが、移動教室型の授業ではよく使われてる。
例えば、視聴覚室で映像を見たり、物理化学の授業で実験をしたりなどの場合だ。
後は部活で使う生徒達がいるぐらいか。
だから、旧校舎と言えど、結局同じ学校に変わりないというのが生徒のほぼ総意と言えるだろう。
確かに、若干年季が入った建物故の雰囲気の違いがあるが、逆に言えばそれだけだ。
つまり、ここの東棟の二階最奥にある空き教室に通いまくった俺からすれば、もはや庭も同じ。
むしろ、性根が陰キャである俺からすれば、少しでも喧騒から離れる場所はそれだけで安置と言えるかもしれない。
どうして今更そんなことを思うのか、そういう疑問は自分自身ハッキリしていない。
強いて言うなら、もうそろそろ節目を迎えるからだろう。
皆の運命が決められる、そんな節目の年が。
―――コンコンコン
目的の空き教室に辿り着き、俺はいつも通りドアの叩いてノックする。
反応はない。これもいつも通りだ。
俺も礼儀の一環としてやってるだけだから。
例えば、中で永久先輩が着替えていたら不味いだろう?
まぁ、そんな機会なんて一度も無かったが。
あからさまラッキースケベ展開なんて、およそ場繋ぎぐらいの意味合いしかないんだから――
「失礼しま.......す」
「ハァ、どうしてこんな目に.......」
艶やかな白髪のストレートが腰まで届き、その状態で上半身のワイシャツを胸の下辺りまで脱いだ少女――白樺永久先輩のサービスカットがそこにはあった。
電灯に照らされる白髪は妙に質感よく輝いていて、毛先がまとまった前髪からは僅かに水滴が溜まっている。
頬に流れる雫は、あご先へ伝い、滴り落ち。
よく見れば、先輩の脱ごうとしているワイシャツも、その内側に秘められていたであろうピンクの小さな下着も多量の水を浴びたように湿っていた。
一拍、それが俺と先輩が見つめ合った時間。時間にして、一秒か、長くても二秒。
互いに状況が飲み込めず固まり、俺はその場の視覚情報をダイレクトに捉えてしまい。
脳内エラーを起こしてしまった俺に変わり、先輩の頬がみるみるうちに紅潮する。
表情は変わらず、まるで赤のスプレーで顔面だけを塗装するかのように。
いや、その一秒後に眉根が斜め下に尖った。
一言で言い表すなら、ムッとした顔というべきか。
それから、先輩はゆっくり開き――
「いつまで見てるのよ、変態」
「.......うす」
険もあるが、それを甘い甘い恥じらいで覆ったような言葉に、俺は生返事で後ずさり。
その後、なぜか振り向くこともせず後ろに下がり、ドアの敷居を跨ぐと、ドアを横にスライドさせて閉めた。
目の前に広がるのは、曇りガラスが張られたドアのみ。
通常、学校のドアは中の様子が見られるように一部ガラスが張られているが、ここはなぜか曇りガラスになっているため、なんとなく動きは見えても、何をしてるかはわからないのだ。
だからこそ、俺も先輩も油断していたのだろう。
いや、さすがにこの展開は予測できんて。
なんで、先輩が生着替えなんて――
「――っ」
曇りガラスの向こう側に、凄まじく解像度の悪い先輩のシルエットが動く。
それだけでは先輩が何をしてるかなんて、それこそ中を覗かなきゃわからない。
しかし、俺はもう知ってる以上、知ってしまった以上、想像力が働いてしまう。
わかる、先輩の動作がどういうものをしているのか。
ダメだ、これ以上は――不義理になる!
「だっはぁ.......」
何とも言えないため息を大きく吐き、俺は後ろに振り返る。
そのままドアに寄りかかると、ズルズル滑るようにしてしゃがみ込んだ。
何も見てないと手で顔を覆う――その手が鉄板に熱せされたように熱くなった。
何が一体どうなって......そう思うのはおかしいだろうか。
玲子さんのハグ騒動然り、ゲンキングの小悪魔ムーブ然り、琴波さんのお泊り事件然り。
俺がケジメのために宣言したクリスマスからおおよそ二か月でこの波状攻撃。
こういう立場になった以上、俺自身がラブコメ主人公っぽいなと疑いはしないが、それでも明らかこういうことが増えてる気がする。
ましてや、今回に限ってはラッキースケベ。
ラブコメ主人公が持つ異能を使うなんて!
さすがに俺もそこまで自分の立場を許容した覚えはない!
とはいえ――、
「見ちまったものは事実なんだよなぁ」
それだけは疑いようもない事実であり、真実だ。
自分の保身に走るのも結構だが、起きてしまったことは認めなければいけない。
とりあえず、先輩には誠心誠意謝らないとな。
そう思った途端、背後のドアがガラガラと開き、背中の圧力が消える。
若干もたれかかっていたために、ぼてっと尻が床についた。
瞬間、背中に細く少しゴツゴツとした感触を感じた。
それが先輩の膝であるとわかったのは、頭だけ振り返った時のこと。
真下から冷たい眼差しで見下ろす先輩を見たからだ。
先輩の姿は、もともと制服であっただろうものから、ジャージ姿になってる。
普段というか、もはや体育祭以外一切見ていない格好に新鮮味を感じる。
濡れた髪はタオルで拭いたのだろうが、まだ少し艶っぽい。
それが幼女体形の先輩に色気という大人っぽさをプラスさせている。
と、先輩の変化に感想述べてる場合じゃない――
「とりあえず、入りなさい」
「はい......」
すぐに何かを言われるかと身構えたものだが、意外と何も言われず拍子抜け。
しかし、それで先輩の気が収まったとは大変言いずらい。
余計なことを言わないように俺は立ち上がり、先輩の後ろをついて歩く。
気分はさながら罪人だ。いや、気分どころじゃないか。
これから行われるのは、正しく取り調べ。
当然、罪は女性の肌を無遠慮に見てしまった軽犯罪法違反か。
「座りなさい」
冷たく言い放たれる声に、俺はL字に設置された長机の角にあるパイプ椅子に座る。
その角を挟んで反対側の位置に先輩が足を組んで座り、さらに腕を組んでふんぞり返った。
現状、どちらが上かすでに理解しているのだろう。
もちろん、その状況に対して俺が指摘することはない。
わざわざ藪をつつく前に出てきてしまった蛇をさらに挑発することもないだろう。
「さて、私がこれから何を話そうかわかっているわね?」
「はい......」
言葉は冷たいが、そこにあるはずの怒気が無く、俺は少し眉根を寄せた。
いつもの先輩ならこの優位性を活かしてまくし立てるように言葉を並べるはず。
それがない。まさかそれで困惑するとは思わなかった。
「まずはこの経緯に至るまでの状況説明をしましょう」
そう言って、先輩が説明した内容はこうだ。
時は、いつもよりホームルームが早く終わり、早めの放課後。
そのために、他の教室では掃除がまだ続いている時間帯でもあった。
いつも通り、空き教室に先輩が向かっていた先輩は、昼休みにも空き教室へ訪れており、そこで防寒用の上着を忘れ寒い廊下を足早に進んでいたという。
そんな時、旧校舎という先生すらあまり立ち行かない場所を利用して、男子数名の悪ふざけが行われていた。
端的に言えば、水道の蛇口を指で塞ぎ、その状態で水を出すという......まぁ、夏のプールとか公園で行われるようなことを真冬の中で行っていたわけだ。
たぶん、真冬だからこそ濡れたら不味いというスリルを味わっていたんだろう。
と、その男子の心情理解はさておき、その悪ふざけが暴発し、その被害が空き教室へ移動中の先輩が被ったというわけだ。
濡れたままいるのは不味いと思った先輩は、幸い体育の授業があったこともあり、体操服に着替えようとした矢先、俺と対面したという形だ。
考えてみれば、不自然に廊下が濡れている箇所があったが、足を滑らせないようにしていただけで左程気にしていなかった。
いや、まさかこんな結果になるとは思わないじゃん?
「――というわけで、私達はここに至る。ここまでは理解できる?」
「はい、それは十分に」
しかし、それをどうして話したのかは腑に落ちないが。
もしかして、俺に情状酌量の余地を与えてくれるのか?
「だから、私はあなたに落ち度があると思ってないわ。それで怒るのは筋違いだもの」
「おぉ!」
「それに、あなたのことだから、しっかりノックはしたのでしょ?
自分のことで手一杯だった私が気付かなかったとしても、それは私の落ち度。
それで怒るのは筋違いというものよ」
「おぉ!!」
まさか先輩が自ら起訴状を取り下げてくれるなんて!
これは一体全体どういう風の吹き回しだ?
まぁ、許してくれるならなんでもいいか!
「だから、それとは別で聞かせて欲しいの。私の体を見てどう思ったのか」
「.......おぉ?」
なんか風の吹き回しが強すぎて雲行きが怪しくなったんだ?
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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