第284話 強制連行です、か
―――キーンコーンカーンコーン
「はーい、そこまで」
金曜日の五限目。
黒髪ポニーテールに赤ジャージの女教師――鮫山先生の声が静かな教室に響き渡る。
日差しが傾くにはまだまだ早い時間の中、最後のテスト科目が終わった。
三日間にも及ぶ長い長いテストが終わり、さしもの俺も脱力。
同時に、一先ずやり切った達成感に浸るように、俺は背もたれに寄りかかり、そのまま両腕を天に伸ばして伸びをした。
そこから一気に吐息とともに力を抜けば、下がった両腕とともに肩に疲労が圧し掛かる。
一年という期間の集大成のテストは、やはりというべきか中々の内容であった。
「にしても、むずかったなぁ~......」
もちろん、対策はしてきたつもりだが、それでもいざ問題用紙に目を移せば、何かと裏をかいたような出題ばかり。
製作者の悪意を感じる......とまでは言わないが、言葉のニュアンスというか、言い回しを変えるだけで妙に別問題に感じてしまうんだなと改めて実感した。
後は、どこを焦点にして問題を出題にしているかとかも。
理系科目はまぁ手ごたえはある気がするし、英語も次点でまぁ。
副科目である美術系や保健体育、地理や歴史の筆記は基本暗記だから、そこもまぁ。
ただ、現国と古典は微妙。やはり作者の気持ちみたいな問題がキツかった。
これで二年になったら漢文まで来るんだろ? おいおい、勘弁してくれよ。
「おーし、全員の集まったな。これでテストも終わりだ。
六限目はねぇし、このままホームルームやってとっととズラかるぞー」
束になった問題用紙を教卓で整えながら、鮫山先生が全体に伝える。
そして、速やかに帰りのホームルームが始まった。
人によってはここから部活があるんだから大変だよなぁ。
気分転換になるって発想もあるけど、俺はやっぱり帰宅部で良かった。
そんなことを思いながら、頬杖をついてぼんやり聞いていれば、あっという間にホームルームが終わる。
他のクラスでは、担任次第で「ホームルームが長い」と愚痴る生徒も多いらしい。
そういう点では、うちの担任は実にスピーディーである。本人が長引かせるの嫌いだし。
「――早川。プリント持ってこい」
え、まさかの突然の指名。とはいえ――、
「鮫山先生、明らか手ぶらじゃないですか」
「うら若き乙女になんてことを。お前をそんな甲斐性のない男にした覚えはないぞ」
「常日頃パシられてるもので」
何かと呼びつけられては職員室までノートやプリントを運び、辿り着いたら着いたで先生からの愚痴とも何とも言えない話に付き合わされる。
これまで文句言わずに付き合ってきたんだから、手ぶらの時ぐらいは勘弁して欲しい。
「それに、別に乙女って年齢じゃ.......」
と、つい憎まれ口が飛び出しかけたのを必死に抑えるが、時既に遅し。
周囲から「あ~あ、やっちまったな」みたいな視線を受ける。
その視線の感情は、悪口に対する敵意というより、同情に近い。
そして、その言葉を受けた担任はというと、
「そうかそうか。つまり、アタシを乙女から大人の女にしてくれるというわけだな。
それじゃ早速、挙式場を決めようじゃないか。
今ならまだブライダルシーズンに間に合うかもしれない」
「先生、落ち着いてください。悲しい独白が続いて聞いてて辛いです」
先生の年齢は先月レベル30に達したらしい。
周りは早くに結婚しているにも関わらず、先生は結婚してなければ、そもそも相手もいない。
友達から「子供ができた」と報告を受けたということを語る先生の姿といったらもう。
全身が真っ白に燃え尽きちまってたね。
なぜ知ってるのかと問われれば、聞いたのがつい昨日だからだ。
職員室で聞いていたのだが、お通夜みたいな雰囲気になってた。
加えて、数名の独身らしき先生(男女とわず)に刺さっていた感じだし。
そんなこともあり、今の発言がブラックジョーク過ぎて笑えない。
俺まだそれを笑える年齢に達してないです。
精神的にはわかるつもりなんだけどね? 本当だよ?
「おい、未だ一人身のアタシを可哀そうと思わないのか。いい加減にしろ。
というわけで、お前はこの後プリントを持って職員室に来い。内容を詰めるぞ」
「あの、学級委員という立場なら、一応玲子さんもいるんですが」
「確かに、今は多種多様の時代で、同性婚もアリだろう。だが、アタシはノンケだ!」
「先生、唐突な性癖開示は止めてください」
その後も先生から不必要な熱烈アピールが続き、最終的にそれがクラスメイトの同情を誘い、クラスメイトほぼ全員から「諦めて行ってやれ」と説得された。
それでいいのかと思うが、その中に玲子さん、ゲンキング、琴波さんも含まれてる時点でもうお察しだ。
彼女達は先生を微塵も脅威に思っていない。悲しいかな。
そして、生徒から説得される俺を見て、自分が得た成果のようにふんぞり返る先生も見て、また一層悲しさが増す。先生、それでいいのか、と。
決して悪い先生じゃない、むしろ良い先生なのは重々承知してるんだけども。
「――よいしょ、これでいいですか」
とまぁ、そんな形でホームルームが終わった後、俺はプリント持ってとある部屋にやってきた。
そこはいつもお通夜の空気で汚染する職員室ではなく、国語準備室。
壁際に本棚がずらりと並び、乱雑に教材らしき本が積まれている。
入ってすぐの長机を四つ組み合わせたテーブルにも、本棚が積まれていたり、やりかけのプリントらしきものが置いてあった。
「......なんでここ?」
最初に出た疑問だ。というのも、鮫山先生は体育教師である。
加えて、教科ごとの準備室は、基本その授業を担当する先生しか使わない。
つまり、普通なら体育準備室に行くのが正解のはずだが。
「先生、ここでいいんですか?」
そう尋ねるように振り返れば、先生はなぜかドアに背を向ける形で立っていた。
手は背中の方へ回し、まるで腰辺りにあるであろうカギに手を伸ばす形で――
―――ガチャッ
「っ!?」
「.......演出してみた」
「だぁ~~~~.......」
俺のビクッとした反応を見て、実にいやらしい顔を浮かべる先生。
その「してやったり」という顔に書かれた言葉に、俺は思いっきり息を吐いた。
なんというか、心臓に悪くてこの上ない。
「いや~、悪い悪い、ついからかいたくなってな。
にしても、お前の反応良かったぞ~。
ちゃんといっぱしの男子生徒になったみたいじゃないか~」
俺が顔を青くしているのをよそに、先生がバシバシと背中を叩いてくる。
笑いながら叩いてくる姿勢が、まさに親戚のおじさんのソレだ。
たぶん先生のそういうとこが原因だと思う......心の中で留めておくけど。
つーか、
「俺は入学した時からいっぱしの高校生ですよ」
若干刺々しい語調になってしまったが、皮肉を言ってないだけマシだろう。
そんな言葉に対し、先生は別段気にした様子なく、近くのパイプ椅子に横向きで座った。
そして、机に肘を乗せ、頬杖を突くと、「いや」と前置きを入れ、
「お前はそんな殊勝な人間じゃなかったぞ。
まるで死に急ぐような必死さがあったからな。その様子じゃ気づいてないだろうけど」
まぁ、そう言われちゃ思い当たる節は無くもないが。
「それもこの一年でだいぶマシになったみたいだな。
ちゃんと精神年齢が適正年齢まで退行してる」
「それ、褒められてる気がしないんですが......」
「お前らみたいな年齢は年相応の精神年齢で十分なんだよ。
大人になれば嫌でも上げなきゃいけなくなる。そう、大人になれば。
大人に......大人っていつから大人だ? そもそも大人ってなんだ? なぁ、何だと思う?」
「急に哲学的な問いを出されても......」
そんな質問に俺が答えられるはずがない。
なぜなら、一度目の人生では子供部屋おじさんだったのだから。
一応、これまでは当時の実年齢で精神年齢を語っていたが、それも実際適切かどうかつったら微妙なラインだし。
そんな難題に答える気がせずスルーすることに決めると、俺は質問でもって先生に返答した。
「で、なんでこんな場所なんですか?」
「お、華麗に無視と来たか。ちょっと寂しくもあるがいいだろう。
お前をここに呼んだのは、単純に部屋が空いてそうだったのと、少しばかり話をしようと思ってな」
その言葉を聞き、俺は首だけ振り返ってチラッとドアを見た。
「わざわざ二人っきりの状況を作ってまでですか?」
「あぁ、そうだな。とはいえ、別に大した話じゃないさ。
少しばかりお前の身の上話と、白樺について聞きたいだけさ」
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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