第276話 彼女はもう狂っているのかもしれない
前回のあらすじ――ゲンキングの頭がおかしくなった。
この人、俺とイチャイチャしようとしている。
いや、この言葉だけだと、ある種可愛くも聞こえるだろう。
しかし、問題はそれ以外でツッコミどころが満載ということだ。
「おかしくなんかないよ、そりゃまぁそういう経験ないからアレだけど。
でも、私だって女の子なんだから、そういうことに憧れるの!」
「いや、そうじゃなくてね? もちろん、そういう欲望を持つことを悪いこととは言わない。
けど、けどさ、状況を見ようか。ここ――琴波さんの家」
「......バレなきゃ問題ない!」
「うん、おかしくなってるね」
確かに、大抵のことはバレなきゃどうにかなるよ。
でも、そういうことじゃなくない? ないよね? 俺間違ってないよね?
つーか、今の返答、一周回って開き直ってないか?
「だからおかしくなってないって!
ただ、わたしは拓ちゃんとイチャイチャしたいだけ!」
「うん、そう思ってくれるのは嬉しいよ。
たださ、さっきも言ったけど、ここ琴波さんの家なんだわ。
そして琴波さんいるんだわ。俺達は三人で勉強しにきた。
これがどういう意味か分かる?」
「バレなきゃイケる......!」
「もういっそおかしくなってて欲しいよ」
むしろ、正気の方が怖いまであるよ、ゲンキング。
それにどんなに圧で攻めようと、俺はその提案を是と判断出来ない。
だから、諦めてくれ。俺はここを死地にするつもりはない。
「わかったよ。認めるよ。確かに、私はおかしくなってた」
お、やっと認めてくれたか。
随分な迷走っぷりだったと思うけど。
「だからこそ、問うよ。拓ちゃん、やっぱイチャってみない?」
「おかしさを隠れ蓑に使うな」
ゲンキングのやつ、完全に開き直りやがったな。
「イチャって」ってなんだよ。そんな造語初めて聞いたわ。
しかし、なにが彼女をそこまで駆り立てるんだ?
シチュエーションに憧れていたのは理解できるけど、何も今じゃなくていいだろ。
むしろ、今じゃないといけない理由があるのか?
「なぁ、どうしてそこまで今にこだわるんだ?
俺も男だし、そういうのが嫌いなわけじゃない。
だけど、何の脈絡もなくイチャイチャするってのもおかしいだろ」
しかも、自分の部屋じゃない友達の部屋でな。
冷静に考えても頭おかしいとしか言えない。
そんなことを聞いてみれば、ゲンキングは終始真顔で、
「理由ってそんなに重要かな?」
「今この場においては最重要事項なんだわ」
もうダメだ、この子。欲望に頭が支配されている。
これまでこんな子を言う子じゃなかったのに。
まさか俺のクリスマスでの宣言以降で、欲望解放したわけじゃないよね?
それだと間接的に俺がおかしくしてしまったみたいになるじゃん。
全く否定できないのが辛い所だけど。
「理由、理由ね......」
俺の質問を聞き、ゲンキングは腕を組んで考え始める。
え、スッと出てこない辺り、ガチ感強くなるから止めて欲しい。
とはいえ、まずは何も口出さず、理由を聞かせてくれるのを待ってくれることにした。
もしかしたら冷静に振り返ることで、自分がいかに頭が湧いた発言をしていたか気付くかもしれないし......という淡い希望を抱いて。
「あ、もしかしたら......」
その時、ゲンキングが何かに気付いたように声を漏らした。
瞬間、引いた頬の赤みに赤を塗り足し、口元を歪めて、
「私、スリルがあった方が好きなのかもしれない」
「......」
唖然とするしかなかった。あんぐりよ、あんぐり。
求めている答えの中で(いや、求めてはいなかったけど)、一番最悪な答えかもしれない。
ゲンキング、えぇ......おま、えぇ.......。
スリルて、それはちょ、えぇ......スリルは無いよ。
どうした? 本当にゲンキングか?
実は寄〇獣がゲンキングに化けた姿じゃないよな?
「ほら、考えてみてよ。私ってゲーマーじゃん? しかも、ちょっと廃寄り。
となるとさ、単純な刺激じゃ満足できない体になってるのよ。
体がマゾゲーマーとして調教されちゃってるわけなのよ」
「出来れば、聞きたくなかったな。そこら辺の単語」
「でさ、ゲーマーにとって何が一番刺激になるかって言ったらさ。
やっぱり、生死の瀬戸際のヒリヒリ感なんだよ。
この縛りでクリア出来るか出来ないかの絶妙なライン。
そこをギリッギリセーフで駆け抜けていくのが気持ちいいのよ」
「これまでの話の流れは普通にアウトだけどな」
にしても、まさかゲンキングにそんな性癖があったとは。
ゲーマーがおかしいのか、単純にゲンキングがおかしいのか。
まぁ、比べるべくもなく後者だろうな。
さすがに前者は主語がデカいし。
「さぁ、拓ちゃん。わたしは理由を述べたよ。後は拓ちゃん次第。
イベントシーンに『はい』か『YES』で答えるだけだよ。
ゲーマーとして重要なスチル回収が出来るよ!」
「その選択肢、二つあって一つしか結果ないんだけど。
スチル回収の気持ちはわかるけど、同時に何か失う気がしてならない」
さっきからこの子は、どうしてこんなにもキラキラした目が出来るのか。
もう洗いざらい気持ちを吐いた自分には、失うものが何もないとでも言うのだろうか。
「おまたせー......ってどうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。少し話してただけ」
俺が返答に困っていると、ベストタイミングで琴波さんが戻って来た。
両手には木製のトレイに三人分の麦茶がある。
その展開に、俺はふぅーっと安堵した。
ゲンキングがふくれっ面して睨んでくるが、知らん。
これで俺が選択しなかったことに非があるだろうか。
いや、無い。無いはずだ。これに限っては絶対に。
「ごめんね、来るの遅れて。途中、宅配便来ちゃってハンコ探してて」
「そうだったんだ」
全然玄関の音に気付かなかった。
それだけ、ゲンキングの狂気的行動の処理に思考リソースを割いていたのか。
「麦茶しかなかったんだけど、これでいい?」
「うん、全然大丈夫。ありがとう」
琴波さんがサッとテーブルに三人分の飲み物を置いた。
彼女も席を着いたところで、ようやく勉強会が始まる。
こうなれば、さすがのゲンキングも手出しは出来ないだろう。
さっきのふくれっ面が良い証拠だ。俺は無事逃げ切れた。
「拓海君は、最初何やるつもり?」
「数学かな。宿題でプリントも出されてるし。それがどうしたの?」
「どうせ勉強会やるなら教科合わせようかなって。
ほら、拓海君が数学やってる時に英文の質問しても困ると思って」
「そういうことか。確かに、そっちの方が助かるかも。
もちろん、俺が教えられるのは、俺がわかることだけだけど」
俺は隼人みたいにはなれないしな。
でも、この中じゃたぶん俺が一番成績上だと思うし、先生役を頑張ろう。
出来れば、俺がわかるような問題の質問が来ますように。
そう願いつつ、俺は勉強を始めた。
それからどれくらい経っただろうか。
俺達は終始真面目に勉強し、思ったよりも勉強会が荒れることは無かった。
そんな中で俺的に嬉しかったことは、二人から来る質問に対して、なんなく答えられたことだ。
相手の質問を理解し、適切にアドバイスを送り、答えに導く。
これまで隼人に質問していた立場であったが、まさか回答側がこんなに気持ちいいとは。
なんだか成長が実感できて嬉しい気分だ。
「ふぅー、プリント終わり」
そこそこあったプリントも、存外時間がかからず終わった。
俺は左手を床につけ、右手でコップを手に取り、麦茶で喉を潤す。
ぷはー、ひと勉強した後の麦茶は美味いな――、
――ムニッ
「――!」
その時、左手が握られるような感触を感じた。
瞬間、視線を左手に向ける。
手に手を重ねられ、指の間に指をひっかけられていた。
その手に沿って、腕、肩、やがては顔へと視線を移す。
「......」
ゲンキングは何も答えず、ただ口元をニヤッとさせた。
え、おいおい、嘘だろ?
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