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高校時代に戻った俺が同じ道を歩まないためにすべきこと  作者: 夜月紅輝


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第274話 バレンタインの乙女達#9

―――久川玲子 視点――


 とあるこじんまりとした猫カフェ。

 そこで数多の猫に囲まれ、口元をだるんだるんにするのが拓海だ。

 そしてそんな彼を見ながら、玲子はまずまずの感触を感じていた。


(拓海君が動物好きなのは知っていたし、一先ずこの反応はイイかもね)


 膝上にふんぞり返る猫を撫でつつ、そんなことを思う玲子。

 彼女の目的は、当然拓海にバレンタインチョコを渡すこと。


 しかし、そのイベントは起こそうと思えば、いつでも起こせる。

 必要なのは、いかに効果的に拓海に印象を与えられるか。

 この猫カフェはそのはじめの一歩に過ぎない。


「拓海君、せっかくだから何か飲み物でも注文してみない?」


「そうだね。せっかくだし何か注文しようか。

 メニュー表は......あ、これか。

 あ、違うから、メニュー表を取りたかっただけだから! 猫パンチやめれ」


 拓海がローテーブルに置いてあるメニュー表を取ろうとすると、彼の膝上にいた白い猫が手をバシッと伸ばした。

 さながら拓海の行動を邪魔しているみたいだ。

 

 そんな微笑ましい光景に、玲子は頬を緩める。

 されどその一方で、先ほどから居座る白い猫に妙な妬心を感じていた。

 なんというか、あの白色がどこぞの先輩を彷彿とさせ、ちょっとムカつくのだ。


(......って今、私があの女のことを思い浮かべる必要は無いわ。

 それよりもメニュー表の数は一つ。つまり、私も見るためには近づく必要がある)


 玲子はすぐさま拓海の位置を確認した。

 拓海との間には、およそ人一人分のスペースがある。

 つまり、それだけ二人の距離を詰められるのだ。


 そして、メニュー表が一つというのも都合がいい。

 意図的に近づいても、下心があることがバレにくい。

 そうと決まれば、早速行動あるのみ。


 ジリジリと移動しつつ、玲子は拓海の膝に寄りかかる茶色の猫を持ち上げた。

 その猫を別の場所に移動させると、一気にひざがくっつく距離感まで詰め寄る。


「拓海君、私もメニュー表を見てもいいかしら?」


 その瞬間、ひざがちょんと触れた。

 生身の膝に、拓海が履くズボンの布のザラッとした感触がわかる。

 その瞬間、とても大胆なことをしている気がした。

 胸の内側からカーッと熱がこみ上げてきた。


(いや、まだよ。これぐらいじゃ拓海君の意識はこちらに向かない。

 まだイケる。肩をくっつけるぐらいまでなら、イケるはず!)


 それぐらいなら以前にもやったことがある。

 もっとも、あの時はそもそも拓海に自分を認識させてもらう目的だったが。


「......へぇ、色々ドリンクの種類があるのね。

 私はそうね......ミルクティー辺りにしようかしら」


「お、俺は......そ、そうだなぁ......」


 玲子は肩をくっつけ、覗き込むようにして拓海を見た。

 すぐ近くに好きな人の顔がある。瞬間、心臓がバクバクと始めた。


 これまでにない感覚で、もはや苦しささえある。

 頬も今にも緩みそうで、耐えるのに手いっぱいだ。

 しかし、それでも今は攻めあるのみ!


「じゃ、じゃあ、抹茶ラテで......」


 拓海の顔がわかりやすく赤くなる。隣からも熱を感じる。

 この熱はただの人肌ではないだろう。

 .......って、ええい、威嚇してくるな白猫!


「それじゃあ、注文しよっか」


「そうだね。すみませーん!」


 拓海が左手を挙げて、店員を呼んだ。

 注文を済ませ、飲み物が来るのを雑談して待つ。

 それから、二人分の飲み物が届くと、早速口にした。


「ん~、美味い。最近抹茶にハマってるんだよね。

 好みが変わったというか、ちょっと前までは甘いものと言えばチョコだったんだけど。

 でも、なんか甘すぎるのは口に合わなくなって.....」


「あるわよね、そういうの。

 私も今は普通にあっさりしたものをよく食べるわ。

 昔はからあげとかよく食べてたのに......今ではささみの方が美味しく感じるわ」


 そう言って、ストローに口をつけ、ミルクティーを飲みながらチラリ。

 拓海は抹茶ラテを飲んでは頬を緩ませ、幸せそうな顔をする。

 本当に抹茶が好きなことが伝わってくる。


(......間接キス、イケるかしら?)


 そんな純粋な拓海の一方で、玲子の脳内は煩悩で溢れていた。

 狙いは、拓海が口をつけたあのストロー。

 それにごく自然と近づき、口をつけるのが次なる目標。


(間接キスは相手を意識させるための必須テク。

 確かに、リスクは高いけど、その分リターンは破格。

 狙わない手はない。断じて、間接キスがしたいわけではない!)


 そう言い訳しつつ、玲子は拓海の挙動を観察し続けた。


*****


 な、なんだか凄い見られてる......。

 隣から玲子さんの視線を凄く感じる。

 特に、俺が抹茶ラテを飲もうとした時、彼女の目つきはまるで獣のようだ。


「......拓海君、私のミルクティー飲んでみたくない?」


 コップを手に持った状態で、玲子さんが聞いてきた。

 その目は相変わらず鋭く、それでいてどこか淫靡に感じる。

 喉の奥がゴクリと鳴った。顔が熱くなる。

 しかし、それはそれとして少し怖い。


「......えーっと、それは飲み物のトレードでいいってこと?」


「っ! えぇ、そうよ! あ、でも、タダとは言わないわ!

 私、拓海君のためにチョコ作って来たの! それと交換でどうかしら!?」


「チョコレートってカードをそこで切ってくるの!?

 玲子さんはそれでいいの? いや、欲しいんだけど......ここで出すのはやめようね?」


「あ、ごめんなさい......先走ったわ」


 先走り過ぎだと思うよ。

 チョコ系は猫様にはダメだから、何かあっても困るし。


「でも、今のは成立したって考えでいいのかしら?」


「今日はなんかいつにも増してグイグイ来るね」


 そ、そうまでして抹茶ラテが飲みたいのか?

 もうそこまで来ると、もう一杯買った方がいいと思うんだけど......。


 いや、でも女の子って食にがめついって思われるの恥ずかしいんだっけ?

 もし玲子さんがそういうタイプなんだとしたら、一応この行動に頷けるけど。


 にしても、俺の飲み物を誰かにあげるのか。

 嫌ではないんだけど、なんというかいざ行動しようとすると恥ずかしいな。

 しかし、あまり長引かせていると、隣にいる獣に噛まれそう。


「ど、どうぞ......」


 二つの意味でドキドキしながら、ゆっくりと抹茶ラテを差し出した。

 その瞬間、玲子さんは目を輝かせる。


「ありがとう。少しだけ頂くわ」


 しかし、反応は至って大人だ。

 かと思えば、身を乗り出してすぐさま両手でコップを手にした。


「こ、これが、拓海君の.....」


「......」


 なんかやたら変態っぽいな、今日の玲子さん。

 普段見ない一面にドキドキする一方で、どことなくイメージが崩れていく。

 解釈不一致というかなんというか。

 いやまぁ、それでも今後の態度を変えるわけじゃないんだが。


「......はむ、ん」


 ストローに口をつけ、玲子さんは抹茶ラテを飲んでいく。

 頬が赤い状態で飲むその姿は、やっぱなんだか変態っぽい。

 あまり見てはいけない類の気がする。目を逸らしておこう。


「ぷはっ、美味しいわね~」


 それから少しして、玲子さんは満足そうに飲み干した.....飲み干した!?

 え、うそん、全部飲んじゃったの!?

 いや、いいんだけど、いんだけども!

 なんだろう、心なしか肌がツヤツヤしてる気がする。


「......満足した?」


「えぇ、満足したわ」


 とってもいい笑顔だ。いつにも増して輝いている。

 そんなに抹茶ラテが好きだったのだろうか。


「......」


 ......いや、やっぱさすがにそれはないよな。

 玲子さんが実は間接キス狙いなわけがない。

 だって、そうだったら抹茶ラテを全部飲み干すわけないし。


「それじゃ、そろそろ帰ろうか」


「そうね」


 そして俺達は店を出た。

 隣をチラッと見れば、玲子さんはルンルンだ。

 もう雰囲気から満足気なのが伝わってくる。


「あ、拓海君、これお礼のチョコね」


「え、あ、うん......ありがとう」


 サッとバッグから小さな袋を取り出すと、玲子さんはそれを渡してきた。

 その透明な袋の中には、チョコ一緒にキャラメルも入っていた。

 なんというか、思ったよりあっさり受け取ってしまった。


「それじゃ、また学校でね」


「うん、また......え、あ.....え?」


 チョコだけ渡すと颯爽と帰ってしまった玲子さん。

 その後ろ姿を見ながら、何とも言えないバレンタインデーの最後の時間を過ごした。


****


―――久川玲子 視点――


 家に帰って来た玲子は、ルンルンな気分で玄関をあけた。


「ただいま」


「お姉ちゃん、お帰り......遅かったね」


 玲子を迎えたのは、妹の美玻璃だ。

 目つきを細め、彼女は上機嫌な姉を見る。

 何か言いたげな様子であるが、特に口にすることはない。


「まぁ、バレンタインデーだからね」


「それじゃやっぱり、あの男にチョコを渡したんだ」


「それはもちろ――っ!?」


 その時、玲子の脳裏に電流が走った。

 せっかくのバレンタインデーで、自分が犯した愚行が蘇る。

 間接キスの功を焦り、代わりにチョコを渡すというドッキドキイベントを蔑ろにしたことを。


「私はなんて愚かな女なの......!?」


「お姉ちゃん!?」


 玄関で四つん這いになり、しばらくの間後悔で動けない玲子であった。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)


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