第273話 バレンタインの乙女達#8
永久先輩からバレンタインチョコならぬマグカップを貰った放課後。
いや、正確にはボロクソに文句を言われた放課後と言うべきか。
先輩と話した廊下から下駄箱へと俺は移動していた。
「バレンタインにマグカップね.....」
正直、バレンタインに物を貰うイメージは無かった。
バレンタインといえば、チョコみたいな感じだったし。
CMでもほとんどチョコのCMだし。
だけど、これはこれでいいものだ。
まさにプレゼントは型にとらわれず、気持ちでいいってのを体現してる気がする。
ちょっとした固定概念を破壊された気分だ。
「とはいえ、これの3倍返しって......」
バレンタインを貰った者の宿命だ。
ホワイトデー3倍返し......一体誰が考えたものなのか。
つーか、マグカップの3倍返しってなんだ? 3倍の量?
「いや、これも気持ち的な面で考えるべきか。
となると、気持ちの3倍......マグカップに込められた気持ちの3倍......」
これ、俺は一体何を支払えるというんだ?
別に先輩に限った話じゃないけど、貰った物にはそれ相応の気持ちがあるわけで。
特に、俺の場合は事情が少々特殊なわけで。
「これはかなり大きな課題になりそうだ。
今すぐでなくても早めから考えておかなければなさそうだ......ん?」
俺のスマホからレイソの着信音が聞こえた。
ポケットに入れていたそれを取り出すと、メール差出人は玲子さんからだ。
その瞬間、もう何度目かの緊張が走った。
というか、彼女に至ってはあげる宣言していたし。
ふぅー、行こうか。彼女を待たせるわけにはいかない。
玲子さんから呼び出された場所は下駄箱だった。
なので、早足でそこへ向かうと、下駄箱の壁に寄りかかる彼女の姿があった。
水色のマフラーを身に着け、物憂げに待つ姿は、まさにバレンタインのCMのよう。
存在しない記憶と言うべきか......俺、このCMのワンシーンみたことある。
ガ〇ナチョコで見た。そん時にたぶん玲子さんいた。
「玲子さん、待たせてごめん」
「!......いえ、それほどでもないわ」
俺が声をかけた瞬間、玲子さんの表情が驚くほど華やかになった。
なんというかパァッと雰囲気が明るくなったというべきか。
ここ最近、彼女もだいぶ表情豊かになったような。
いや、もともと表情豊かだったか?
「拓海君、宣言通りにチョコを渡す予定なのだけど......」
「うん」
「その前に先に学校を出ちゃいましょ。
ここじゃあんまり長話出来なさそうだからね」
というわけで、俺は玲子さんと一緒に下校する運びとなった。
空を見れば、東の空に星が散らばり、西の空がオレンジ色に染まっていた。
白い息が口からもわっと空気に溶ける。
「三人からチョコは貰った?」
「っ!」
美しい景色に耽っていると、突然話題を振られた。
しかも、その話は今の俺にとって、鈍器で殴られた衝撃。
それをよりにもよって玲子さんから聞いてくるなんて。
こういう場合ってなんていうのが正解?
......とかなんとか考えたけど、普通に考えてこういう場面ってなくね?
うん、わからない。なら、せめて正直に白状しよう。
「はい、貰いました......」
「でしょうね。それで貰ってなかったら逆に驚きだわ。
まぁ、私的にはそれはそれでも良かったけれど」
そんな言葉を、玲子さんは淡々と口にする。
クリスマスの一件以来、玲子さんの欲というか、自我が強く出てる気がする。
こんな独占欲強めだったっけ? 嬉しいけど、気恥ずかしい。
「拓海君、まだ少し時間ある?」
「え、うん......玲子さんの方は大丈夫なの?」
「私が聞いたのだから大丈夫に決まってるわ」
「いや、その妹さんの方で機嫌が悪くなるんじゃ......」
「大丈夫よ。黙らせるから」
「それは止めてあげて」
右手をグッと握りながらアピールしてくる玲子さん。
あの、それだと殴って黙らせるみたいな感じになるから。
それに、玲子さんにそれやられると、たぶん俺にしわ寄せが来るんだよな。
いや、俺が玲子さんのお願いを了承した時点で決まっていた未来か。
俺が彼女のお願いを断ることはまずないしな。
「それでどこに行く予定なの?」
「制服でも良ければなんだけど、猫カフェに行ってみたいの。
もともと言ってみたい気持ちはあったんだけど、せっかくだから一緒に行ってみたくて」
「いいよ。行ってみようか」
それから十数分後、世間話をしながら玲子さんの案内で猫カフェに到着。
看板の名前は「シェイミー」というらしい。
一見オシャレな外観だが、思ったよりこじんまりとした入り口だ。
言うなれば、裏路地にありそうな知る人ぞ知るスナックみたいな。
「入ってみましょ」
「うん」
人生初の猫カフェであるためか、入るのに若干緊張している。
その一方で、玲子さんは躊躇なくドアを開けた。
ドアベルがカランカランと高い音を鳴らす。
「......」
猫が.....アメリカンショートヘアーの猫が見ている。
黙ってこちらの様子をジーッとみている。
極上の座椅子になり得るかどうか確認している。
「見られてるわね」
「そうだね......っ!?」
店内の様子よりも真っ先に、俺が猫と睨めっこしていると、突然足元に感触を感じた。
思わずそちらに視線を移すと、種類はわからないが茶色で毛並みの長い猫がスリスリしていた。
「け、気配に気づかなかった......!」
「拓海君?」
い、一体いつの間に俺の足元へ?
まさか先程のアメショ猫は、俺の視線を釘付けにするための囮!?
全ては死角からこの一撃を与えるための!?
「ぐっ、堕ちる!......だが、まだ致命傷だ! 俺はまだ戦える!」
「拓海君、その......大丈夫?」
「大丈夫、俺はまだ負けてない......!」
「そうね、大丈夫じゃないことは理解したわ」
なんとか猫の可愛さに耐えた俺は、店員さんに苦笑いされながら店内を見た。
全体的な広さは、やはりこじんまりとしてる感じだ。
二つのテーブルに、それぞれ二つの椅子、それからふれあいスペース。
ふれあいスペースにもローテーブルがあるので、そこでも飲食ができるらしい。
また、壁の周りには色々な形のキャットタワーがある。
そして色んな高さと角度から俺達を監視してくる。
「いろんな角度から仕留めようとしてるな。だが、俺は負けない」
「安心して、あなたはすでに負けてるわ。
仮にそうでなくても、完全なフラグでしかないわ」
そんなツッコみをされつつ、俺達はローテーブルの方へ座った。
するとその瞬間、猫様達が蛮族のように俺達を囲み始める。
まるで人に警戒していない。当然の話だけど。
「凄いわね、だいぶ集まって来た。あ、この子乗ってくるわ」
玲子さんの膝上に、ちょっとぽっちゃりした黒猫が寝転んだ。
なんだあの我が物顔は! まるでここで寝るのは当然ばかりに! ちょっと羨ましい!
「っ!」
そんなことを思ってると、俺の周りにもどんどん猫が集まってくる。
若干大人しい感じの茶色の猫が恐る恐る左側から。
目がランランとした様子のクリーム色の猫が左側から。
最後には、高貴さを漂わせた白色の猫が、当たり前のようにあぐらの上に。
「ぐっ.......これは......ダメだぁ~~~」
「知ってた」
玲子さんに淡々とツッコまれながら、俺は猫様達を撫で始めた。
サラサラとした柔らかな毛並み。もうこれはたまらん!
「玲子さん、これヤバいね!」
「ふふっ.....えぇ、そうね」
思わず感情のままに感想を言えば、玲子さんは慈愛の笑みを浮かべて返事をした。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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