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高校時代に戻った俺が同じ道を歩まないためにすべきこと  作者: 夜月紅輝


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第272話 バレンタインの乙女達#7

―――白樺永久 視点―――


 ガラガラと音を立てるドアに、永久は視線を向ける。

 空き教室に拓海が入ってきた。何食わぬ顔.....と思ったが、表情が固い。

 あくまで平静を装っているという顔だ。本当は期待しているくせに。


「あら、随分と遅かったじゃない。どこぞの女とよろしくやってたのかしら?

 こ~んな、後輩想いな先輩を放っておいて」


 拓海を見るなり、永久はすぐにトゲのある言葉を飛ばした。

 いや、これはトゲではない。ジャブである。

 友達に会ったときに「久しぶり」と声をかけるのと同じ......友達いないけど。


「すみません、遅れて。空太......日立と少しだけ話してたんですよ」


「言い訳はゆっくりと聞いてあげる。だから、まずは座りなさい」


 拓海を促すと、永久は定位置である斜め前に座らせた。

 長机がL字に並んでいるので、角を二人で挟む位置だ。


 本来なら、執筆しながら顔が見れるベストプレイス――なのだが、今回ばかりはそこだと少し都合が悪い。


(不味いわね、その位置だと机の上から渡すことになる)


 脳裏に浮かべるイメージでは、隣同士でさりげなく渡したい。

 なぜさりげなくか......恥ずかしいからだ。


 プレゼントを渡そうとした時、今の位置だとどう足掻いても顔を見られる。

 沸騰したやかんのように赤くなった顔を。

 そんなの完全に負けた気がしてしまう。絶対に避けねば。


(となると、どうにかしてあの男を近づけさせないと......)


 そう考え、永久は簡単にプランを考える。

 パッと思いついたのは3パターン。


 1つ目、普通に呼び寄せるパターン。

 一番確実な方法だ。しかし、デメリットもある。

 それは拓海を期待させてしまうことだ。

 呼べば怪訝に思いながらも、普通に近くに来るだろう。


 しかし、今日がバレンタイン。

 相手に期待させたままでは、まるでこっちが渡す雰囲気を作っているかのような気分になる。

 それでは負けたのも同じ。よって、却下。


 2つ目、何か見てもらうために呼び寄せるパターン。

 例えば、目の前のノートパソコンを使って、適当な言葉で検索をかけたとする。

 それに対し、「これどういう意味かわかる?」といった具合で自然と呼び寄せる作戦だ。


 これならば、先ほどよりも自然な感じで拓海を呼ぶことができる。

 しかし、問題があるとすれば、自分が知らず、拓海が知っている場合だ。

 基本的に、知識マウントはこちらが優位でいたい。


 なので、それが取られるようなことは出来る限り避けるべき。

 なら、確実にわからないようなことを検索すれば? と普通なら考えるだろう。

 しかし残念ながら、それは無理だ。


 なぜなら、知識マウント故の知識欲が刺激され、調べものをしているうちに一日が終わる......なんてことになりかねないからだ。

 というか、過去に一度せっかくの二人っきりで会話もなく終了した例がある。


(確実性がないだけで、使えない手ではない。いったん保留ね)


 そして最後は、拓海をパシリとして使うパターン。

 もう少し詳しく言えば、拓海に適当なものを取りに行かせ、それで渡すために近くまで来たところを捕まえる作戦だ。


 この作戦は先ほどに比べれば確実性がある。

 拓海の性格からしても、席に着いてから渡すような横着な行動はしないはず。イケる。

 この方法なら、優位性を保ったままプレゼントを渡すことが出来る。


(見てなさい。今からあなたを手玉にしてあげる)


*****


 ......なんかめっちゃ見られてる。

 そう思うのは、きっと気のせいじゃないはず。

 だって、さっきから妙に俺の行動を探られてる気がするし。

 いや、でもタイミングを見計らってるとしたら?

 いやいや、あの先輩が今更ビビらんて。


「拓海君、あなたからよその女の気配を根掘り葉掘り聞こうと思ったのだけど」


「良かったです。踏みとどまってくれて」


「それよりも、少し頼みたいことがあるの。これらの本を探してくれる?」


 そう言って、先輩はスマホの方で、探してほしい二冊の本のタイトルを送ってきた。

 タイトル的にミステリージャンルだろうか?


「わかりました。それじゃ、図書室に行ってきます」


「大丈夫よ、この部屋にあるから。それ私物だし」


「相変わらずこの部屋を私物化してますね......」


 この空き教室の壁には、いくつもの本棚が置いてあり、当然本もズラーッと並んでいる。

 もともとは文芸部の部室だったらしく、大半は卒業生の残しものと聞いているが......いかんせん、ジャンル分けされてる感じじゃないから時間かかりそうだな。


 「探してみます」と言って、俺は席から立ち上がり、早速後ろの棚から探し始めた。

 その棚は純文学が多い感じで、パッと見目当てのものはなさそうだ。


「「......」」


 後ろからカタカタとタイピング音が聞こえてくる。

 恐らく、引き続き執筆に取り掛かっているのだろう。

 ......いつも通りすぎやしません?


 いや、俺が勝手に期待してるのは百も承知だけど、あまりに流れがない。

 てっきりタイミングを見てるのかと思ったけど、ワンチャン忘れてるのでは?

 ほら、先輩ぼっちだし。


 けど、ラブコメ作品を読んだことがあるなら、まず忘れないイベントのはずだ。

 作者がこんな美味しいイベントを書かないはずがないし。

 読者としてもイチャイチャ確定イベントは読みたいと思うし。


「『今日、死ぬ私。昨日はあなた』.....今日の.....っと、これか。

 んで、二つ目が『特別な日』か。これさっき見たような......あ、あった」


 棚から指定された二冊の本を手に取る。

 思ったより早く見つかってくれて助かった。

 にしても、なんで今日に限って頼み事なんか?


 前は確か勝手に一人で探してたのに。

 それこそ、手伝おうとしたら「別に手を借りるほどのことじゃないわ」って断られたし。

 いや、さすがに考えすぎか。俺もだいぶ頭お花畑だ。


「先輩、見つけましたよ......先輩?」


 俺が先輩の横に立つと、なぜかビクッと反応された。

 まるで俺が脅かしたみたいな反応......。


「な、なにかしら......」


「あの......なんかしましたか?」


 今の先輩は、俺から全力でそっぽ向きながら、手を差し出してる状態だ。

 明らかに不自然な顔の向き。加えて、耳が赤い。


「......その手に本を置くのはいいですけど、やっぱちゃんと見て受け取らないと危なくないですか?」


「いいのよ。さっさと置いて」


 少し震えたような声で返答が来た。

 相変わらず顔はそっぽ向いてる。


「......」


 その時、不意に魔が差した。

 すなわち、本ではなく俺の手を置いたらどうなるのか。

 というわけで、思い立って即行動してみた。

 瞬間、小さな手が俺の手を優しく握る。


「!?」


 感触の違和感に気づいた先輩が、すぐさま頬を朱色に染めた顔で手を見る。

 そこに乗っているのは俺の手だ。それが細く小さい指が押さえつけている。

 こそばゆい力加減と少し冷たく感じることに、逆に俺の体が硬くなり、熱が巡った。


「っ!!」


 その次に原因を辿るように握る手を辿り、俺の顔を見る――潤んだ瞳がギリッと睨んだ。

 その瞳は小刻みに揺れていて、恥ずかしさの中に確かな怒りが含まれている。


 しかし、潤んだ瞳がその怒りを包み込んでおり、羞恥心に真っ赤な顔は俺の脳天を貫くように嗜虐心を刺激した。


「......はっ!」


 最後、先輩は俺と顔を合わせたことに気づいた。

 その途端に、口をぽかーんと開け、顔全体が塗りたての赤いペンキのようになる。


 まるで全身の血流が顔に集まり、湯気が出るんじゃないかという勢いだ。

 涙目の瞳はもはやうっすら涙が浮かんでおり、あまりの事態にフリーズしている。

 嗜虐心と罪悪感が同時に襲って妙な感覚だ。


「......」


 そんな先輩を見て、沸き上がる感情とは別に俺の思考も停止した。

 脳内を「可愛すぎかよ」という言葉が埋め尽くす。

 こっちまで恥ずかしくなるような.....というより、今は驚きが勝っている。

 ここまで赤面している先輩なんて見たことない。


 もともと白い肌も相まって、余計赤く見えるのかもしれない。

 にしてもしかし......紅潮した顔で涙目で睨む、か。

 一瞬、変な扉が開閉したのはわかったわ。


「くっ......これ!」


 そんなことを思っていると、先輩は顔を背けたまま、紙袋を持った手を突き出してきた。

 もしやこれって――、


「先輩のバレ――」


「帰るっ!」


 ガタッと立ち上がると、先輩はすばやくノートパソコンを畳んだ。

 それをスクールバッグに突っ込みながら、足早にこの場を去っていった。

 嵐が過ぎ去ったような強烈なインパクトと速度に、さしもの俺も唖然だ。

 なんか悪いことをした気もするし、後が怖そうとも思う。うん、そうだな。


「......あとでレイソで謝っておこう。それはそうと、どんなチョコ.....ん?」


 紙袋の何か入っていた小さな箱。

 持ってみた感じわりとずっしりとしていた。

 まさか立方体型のチョコか!?......と思いつつ、箱を開けてみれば違った。


「これは......ブタ柄のマグカップ?」


 正面にデフォルメされたブタの顔があり、尻尾が取っ手になっている可愛らしいマグカップだ。

 紙袋を見てみれば、メッセージカードも入っていた。


『あなたにチョコは毒よ。自分がどんな存在か忘れないようにしなさい』


「で、俺はブタってか......」


 相変わらずの先輩節。正直、嫌いじゃない。

 にしても、バレンタインでチョコ以外を貰えることあるんだな。

 それを先輩は口実をつけて渡そうとしてくれていたのか。


 そう考えると、実に悪いことをしてしまった気がする。

 だって、先輩の勇気を俺は弄んだってことになるし。

 うぅ、悪いことした。絶対に謝らねば。

 そして――、


「感謝も伝えなきゃ」


 おざなりに閉めたドアの方へ視線を向けながら、俺はこのプレゼントを大事に使うことを誓う。

 同時に、すぐさま電話をして、電話越しに罵詈雑言を聞きながら追いかけた。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')


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