第269話 バレンタインの乙女達#4
現在、登校時間。
数々の男子がソワソワした気持ちで登校する時間でもある。
そんな中、唯一ホクホクとした気分なのは俺ぐらいだろう。
なんだろうか、この心が満たされる感じというのは。
普段味わったことのない感覚だ。嬉しい。
やはり形というものはこんなにもハッキリと好意がわかるものなんだな。
「......」
そんなことを思っていたが、時間はあっという間に昼休み。
その間、他の三人から特に動きらしきものはなし。
やはり傲慢というか強欲とか......そんな感じになってしまってるな、俺。
しかし、気になるものは気になるじゃないか!
だって、チョコ好きだし、こういう日だし、意識するのも許して欲しい。
なんなって、俺にとってイベント事は初めてなのだから。
―――ピロン♪
俺が弁当を片手に席を立ちあがった時、スマホから着信が来た。
もしかしてあの三人の誰かか!? と思ってスマホを見たが、違った。
連絡してきたのは、我が上司こと隼人であった。
『愛名波に用がある』
グループチャットにたった一言。添えるように文章が送られた。
どうやら勇姫先生が勇気を出したらしい。
なぜだろうこの文面を見ただけで嬉しく感じるのは。
もう今更感満載だが、俺、彼女のファンすぎるだろ。
そんなことを思っていると、大地からも連絡が来た。
その文面は「部活の連中に呼ばれた」というものだった。
しかし、なぜか不思議とその文章から別の気配を感じる。
「......ということは、今日は空太と二人か」
なんだか珍しい組み合わせである感じはした。
いやまぁ、別に空太と仲良くないわけじゃないので気まずいとかないのだが。
普段そんなに二人で話す機会とかあんまりないし。
―――ピロン♪
三度目の通知音。もしや空太もか、と思ったが、違った。
相手は太陽神ことゲンキングである。
『昼休み、時間作れる? 屋上に来て欲しいんだけど』
「......っ!」
文面だけでドキッと心が跳ねた。嘘のように鼓動が高まる。
お誘いだ。お誘いが来た。これは間違いなくイベントである。
ギャルゲーであれば、選択肢が出るタイプのやつ。
すでに確定ルート入って無ければ立たないフラグのやつ。
「.......行こう」
はやる気持ちを押さえ、俺は「わかった。向かうよ」と返信した。
んじゃ早速......と待て。先に空太に連絡しなければ。
素早く「今日は俺も無理になった」とだけ伝え、屋上へ向かった。
屋上へ出るドアの前までやってくると、一つ深呼吸をしてドアノブを握る。
ギィと捻り、外へと繰り出した。瞬間、少し強い風がブワッと当たる。
冷たい風が髪どころか顔中を撫で、浮かれていた思考が冷やされる。
うん、寒い。今日はいつもより格別暖かい日とはいえ、風はやっぱ寒い。
「本当にここで良かったのか......? 踊り場でも良かった気がするが。
っつーか、どこにいるんだ?」
防寒具をつけずに来たことを後悔し、自分を抱くようにして腕を擦りながら暖を取る。
同時に、周囲を見渡したが.....ゲンキングの姿は確認できない。
先に早く来すぎてしまったのだろうか。
と、思った瞬間、急に俺の視界は真っ暗になった。
同時に、ひんやりとした線の細い手の感触をまぶたに感じる。
「だーれだ?」
意識が別の方向に向いていれば、そんな言葉が後ろから投げかけられた。
正直、後ろに誰がいるかなんてわかり切っている。
これで別の人であったらそっちの方が怖い。
ただまぁ、ゲンキングはこういうことしないタイプだと思っていたが。
「......ゲンキングだろ?」
「えへへ、正解......」
目元から手が離れる。わずかに温い感触が残る。
なんかこう思うのは気持ち悪いな。というか、俺がキモい。
そんな自省と自嘲を胸に振り返れば、当然そこにはゲンキングがいた。
首元には赤いマフラーを巻いており、愚かな俺とは違い温かそうだ。
いや、スカート分を考えれば、まだ全然マイナスが勝つか。
「......」
俺が黙って見ていれば、なぜかゲンキングまで無言になる。
加えて、最初こそ笑っていた彼女であるが、次第にその笑みは消えていく。
それから、ゆっくりと両手は顔を覆い、沈むようにしゃがみ始めた。
そんな彼女の口から飛び出たのは、嘆きの言葉。
「やっぱ恥ずいよぉ、これ......どういうメンタルでやってんだ」
「なら、なんでやったん?」
思わずツッコみの言葉が出てしまった。
確かに、根が陰キャの彼女がやるようなことではないと思うが。
そう考えると、彼女はもうただの陰キャとは言えないのではなかろうか?
それはともかく、俺を呼んだということはやはりそういうことでいいんだよな。
この時ばかりはうぬぼれてもいいんだよな!?
「......」
静かに見守っていると、ゲンキングがそっと立ち上がった。
雰囲気は一気に緊張したものへと変わっていく。
なんせ、彼女の目が真剣なんだ。そりゃ雰囲気も変わるってものだ。
「拓ちゃん、今日は良い日だね」
顔をそっぽ向けると、ゲンキングは耳元の髪をかきあげた。
少し強い風がポニーテールを弄ぶ。
煌めく太陽光が彼女の髪を輝かせる。
その光景はまるでギャルゲーのスチルのように様になっていた。
つまるところ、美しいという意味だ。
胸の内側から感じる感動と言うべきか。
綺麗なものに見惚れるとはこういう感覚なんだろうなってことがわかる。
「......拓ちゃん、あれから何か心境の変化とかあった?」
ゲンキングがそんなことを聞いてくる。
あれから......俺の勘違いでなければ、クリスマスの時の宣言からだろうか。
だとすれば、そうだな.....。
少し顔を下に向けて考えてから、俺は率直な気持ちを言葉にする。
「.....正直、まだなんともと言うのが今の気持ちだ。
ただ、皆と触れてきて何も感じないわけじゃない。
まだ自分と向き合えてない感じがするけど」
「なるほどなるほど......まぁ、それが聞けただけ良かったよ。
このタイミングで『実は.....』なんて言われたら、どうしようって思ってたし」
そう言って、ゲンキングが近づいてくる。
先程から右手首に紙袋があることは気づいているのだ。
だとすれば、そこにチョコが入っているのは道理。
だからこそ、渡しに来るのか!? と俺は思わず身構えた。
しかし、ゲンキングは世や指を立て、それを屋上の入り口に向かって横に向けると、
「調子乗ってここに呼んだけど、寒いから移動していい?」
「なにやってん」
「普通にカッコつけすぎた」
俺の似非関西弁ツッコみが出てしまう。
一瞬でもドキッとしてしまった俺の心を返してくれ。
つーか、ここでカッコつけるって、ゲンキングは琴波さんとはまた違う意味で行動が読めないな。
「ふぅー......あったけぇ~~」
屋上を出てすぐの踊り場に移動してきた俺達。
ゲンキングはすぐに階段の最上段に腰をかけると、風のない空間にリラックスし始めた。
そんな彼女を見ては、実家にいるような気分になってきた。
彼女と関わると、最近妙にそう感じることがある。
根の属性が似ているから波長が合いやすいのだろうか。
「いや~、やっぱイベントに関しては屋上が一番と思ったけど違うね。
いくら晴れていようと二月の冬空に出ることはないや。寒い」
「やっぱそんな感じで屋上に呼び出したんだな。
確かに、シチュエーションってのは大事かもしれないけど、さすがに今はな」
「本当にそれ。ここならグッと来るだろうって呼んだけど、普通に間違ってた。
やっぱアレはフィクションの世界だから成立する物語構成なんだなって」
「......」
気のせいか今日のゲンキング、妙にぶっちゃけてないか?
いや、俺の気のせい? 前からこんな感じだった?
しかし、琴波さんと同様に彼女からも変化らしきものを感じる。
「そういや昼休み無くなるから早くお弁当食べなきゃ。
拓ちゃんもちゃんと持ってきてるよね?」
「あ、うん......いちいち教室取りに戻るの面倒だし」
俺がそう答えた直後、ゲンキングは紙袋に手を入れ――弁当を取り出した。
瞬間、俺の視線はそこへと目が吸われていく。
え、まさかの紙袋に入っていたのそれ!?
「.......」
少しばかり目線が紙袋に奪われてると、ゲンキングがじっと見てきていた。
その視線に今度はビクッと体が反応する。
真っ直ぐ向けられる双眸は、俺の思考を読み解いてる目だ。
もう去年で散々人に思考読まれまくったから、そん時の目がわかる。
そして、俺の思考を肯定するように、彼女はニコッと笑みを浮かべ、
「安心して、ちゃんとチョコも入ってるから」
「え......あ、うん......ありがとう」
とはいえ、人に考えが読まれていることがわかるといってなんだろうか。
結局、こっちが不利であることにはかわらないし、こちらが相手の考えを読めるわけではない。
つまり、この状況で俺が出来ることも無いわけで。
同時に、ゲンキングに対して思うのはこれしかない。
ぺ、ペースが掴めねぇ.......。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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