第267話 バレンタインの乙女達#2
朝のルーティンが終わり、帰ってくれば母さんが朝食を用意していた。
なので、俺もいつも通りにシャワーを浴びて着替え、テーブルに着く。
両手を合わせ「いただきます」と告げ、ご飯に手を付けたその時。
目の前の母さんから何かをそばに置かれた。
それに目線を移してみれば、小さな透明の袋にチョコがいくつか入っている。
「昨日頑張って作っちゃった。まぁ、知ってるとは思うけど」
確かに知ってる。
というのも、昨日隠す気もなく当たり前のようにチョコ作りに励んでいたのだ。
なんだったら、普通に味見もさせられた。
なので、あんまりサプライズ感はないんだが......やはり嬉しい。
そういう経験も遥か昔ってのもそうだが、こう思い出が増えるってのがいいのだ。
もっとも、そのおかげで明日がバレンタインデーってことに気づけたんだが。
「ありがとう。もちろん食べるよ。さすがに食後だけど」
「えー先に食べて欲しいなぁ~」
「先に食べたら口の中変になっちゃうでしょうが。
ごはんに味噌汁流し込みながらチョコ摘まむってどういうことよ」
そう言った瞬間、俺は思わずハッとする。
なんか友達にツッコむみたいに母さんにツッコんでしまった。
さすがにこれには母さんんも怒って――
「いや~ん、拓ちゃんが今日ノリがいい~♪
どうやら今日という日をしっかり意識してるようね。感心感心」
なんか謎の感心の仕方だ。母さんの感性には相変わらず驚かされる。
とりあえず、怒っている様子じゃなくて安心したが。
そんな母さんは自分の朝ごはんそっちのけで、両手で頬杖をつきながら聞いてくる。
「拓ちゃんは今日はとっても幸せな一日になりそうだね~。
なんたって、少なくとも四人からは確実に貰えるんだし。
ねぇねぇ、今の所誰が一番気になってるの? 母さん気になるぅ~!」
朝っぱらからめっちゃグイグイ来る。もうこれでもかってぐらいに。
息子の恋愛事情って親はそんなに気になるもんかね?
まぁ、母さんの精神はどっちかっていうと少女寄りだしそうなるのか?
とはいえ、息子の立場とすれば、実に答えずらい質問であるわけで。
「......ノーコメントで」
「え~、なんでよ~。どうせ知ってるんだし今更恥ずかしがることないでしょー。
でも逆にその反応ちょっと怪しい。もしかして朝に何かあった?」
......相変わらず妙に勘が鋭い。これも母親故か。
もしくは、母さんの生来の力によるものなのか。
どちらにせよ、これ以上の会話は俺には分が悪い。
もうとっくに半分確信程度にはいかれているが、ここは素早く逃げよう。
そう決めた後の俺の行動は早かった。
素早くおかずにてをつけ、ご飯を口に含み、味噌汁で一気に流し込む。
おかずはともかく、味噌汁でホロホロと崩れていくご飯は美味しかった。
それが終わると、チョコの入った袋を手にして自室へレッツゴー。
「こらー、逃げるなー! 卑怯者ー!」
背後から妙なことを言われてる気がするが、俺は迷わず廊下に続くドアを開けた。
自室へ戻ってくると、一息吐くと同時に、母さんの作ったチョコをパクリ。
昨日の今日で知っている味だが、やはりチョコは美味い。
普段甘いものを控えているだけに、甘味というものが体に沁みる。
これを俺は後四人からもらうのか......なんか口元がニヤけてきた。
不味いな、自惚れてるのが、この状況に甘え始めてるのがわかる。
「しっかりしろ、俺。あんまだらしない姿を見せていると、今に嫌われるぞ」
袋を持っていない逆の手で、頬を叩き、俺は認識を矯正する。
彼女達が好意を示していることは知っている。
いずれ関係性に決着をつけるにしても、だからこそ自惚れていい理由にはならない。
それに、ニヤけるとだいぶ気持ち悪いからな。気を引き締めなければ。
そんなことを考えつつ、俺は制服に着替え投稿の準備を済ませた。
それから家を出る前に、母さんにチョコの味の感想をちょろっと伝える。
そして、弾むような心持ちで、俺は学校へと向かった。
俺が正門を通る頃は、大抵俺一人か見かけても数える程度だ。
しかし、今日は不思議といつもより男子の数が多い気がする。
登校時間を間違えたのかと思って腕時計を見るが、どうやら間違ってないらしい。
「......」
......少し周りの男子の様子を見てみよう。
まず最初に見かけた男子生徒.....見かけは普通に見える。
しかしよく見れば、どうにも足元が浮足立っているような。
普通の歩き寄りかはステップを刻んでる.....気がする。
気のせいかもしれないので、次の男子を見てみよう。
お次は耳にワイヤレスイヤホンをつけている男子だ。
その人物については知っている。あくまで一方的に。
というのも、その男子は俺と同じ早い時間に登校するタイプだからだ。
クラスが違うので名前は知らないが、定期的に顔を見るので覚えている。
そして、その男子は本を読みながら登校するので、俺は「金次郎」と呼んでいたりする。
さて、もうお気づきかと思うが、その「金次郎」がワイヤレスイヤホンをつけている。
いつもはそんなものつけず本を読むことに耽っているのに。
まるで初めから音楽聞いて増した感を醸し出している。
「おい、いつもはつけてなかったろ!」とツッコみたい気分だ。
だが、そうなっている理由に俺はとっくに気付いている。
彼もまた「バレンタイン」という言葉に踊らされる子羊なのだ。
しかし、俺と決定的に違うのは、俺は確約されているということ。
やっべ、すっげー浮かれてる。結局、調子乗ってるじゃねぇか。
表に出さないように平静を装っているが、内心は早くもドッキドキ。
あぁ、もう今日ぐらいは勘弁してくれ。慣れてねぇんだ、こういうの!
「ハァ......不味い、不味いぞ俺......気持ち悪い姿が鏡見なくてもわかる」
俺の立場は本来おかしいのだ。
その立場に甘んじるのはダメだ、ダメなのだ。
とはいえ、それで受け取らないのはもっとダメだろう。
そう、これはあくまで好意を素直に受け取るだけだ。
「だから、こうして浮かれるのも何の問題もないはず。許して」
「何を浮かれてるの?」
「っ!?」
俺が独り言を呟いていると、突然後ろから声をかけられた。
咄嗟に後ろを振り向けば、そこにいたのは琴波さんだ。
彼女は俺と同じく朝早くに登校するタイプで......というより、俺のせいで早くなったというべきか。
「おはよう、拓海君」
「お、おはよう.......」
「突然話しかけっちゃってごめんね。
でも、ビクッて反応したとこ少し可愛かったかも」
「あはは、そうなんだ......それは何より」
......ん? あれ? 琴波さんってこんなこと言うタイプだっけ?
「それで何を浮かれてたの?」
「うぇ、そこ問い詰めてくる?」
「だって、気になるし」
え、何、どうしたの? なんかいつもよりグイグイ来るじゃん!
いつもなら俺が話題を逸らしたら、そっちだって軽く話をスルーするはずなのに。
しかし、琴波さんのあの目.....どうやら逃すつもりはないらしい。
となれば、俺はありのままを話すべきか?
いや、それはない。どう考えたって恥ずかしすぎるだろ。
それじゃ、この状況をどうやって言い訳するつもりだ?
なんとか、なんとか頭の中からひねり出せ。
「そのなんというか......実は最近面白そうなゲームが発売されそうで。
一人でニヤニヤしてるのは気持ち悪い自覚があるんだけど、そういうのぐらい浮かれてもいいよなって思って......」
我ながら絶妙な塩梅の良いわけだと思う。
ゲンキングなら不審に思われそうだが、ゲームをあまりしない琴波さんなら隠し通せる。
「ふ~ん、そっか。なら、浮かれちゃうかもね」
「ホッ......」
「ところで、今日何の日か知ってる?」
「え」
琴波さんが笑みを浮かべて聞いてくる。
しかし、その笑みのどこかにただ明るいだけじゃない感情が見える。
なんだ、なんだこの感覚.....? 俺は何かに気付いていない?
「拓ちゃん、少しお話しようよ」
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